「では彼女の目的はなんです?態々一高に通う理由がわかりませんが……」
達也の行動原理は一つ。
深雪の安全のみ。
極端な話、それさえ守られれば後は二の次、三の次だと達也は考えているのだ。
紫苑の家庭が十師族を超える、魔法師を超える存在であることは分かった。
だが、達也にとっては彼女が何者かであるより、彼女が自分達の障害になるかどうか、知りたいのはその部分だ。
「そればかりは本人に聞かないとね。僕にはわからないよ。」
なにせ同じ人間なのかも怪しいからね、と肩を竦める八雲。
「ただ、先程も言ったように霊泉家は基本的に俗世に不干渉だ。達也くん達を害する目的はないと断言できるよ」
「不干渉、の割には七草と仲が良すぎる気がしますが……」
傍から見れば紫苑と真由美は姉妹と思えるほど仲が良い。
一方的に真由美が可愛がっているようにも見えるが、達也には紫苑が嫌がっているようにも見えなかった。
入学のお祝いに自宅に招かれるほどなのだ。
達也からすれば、七草家に肩入れしているようにしか見えない。
「それはないよ。少なくとも霊泉家として七草家に肩入れはしてないと断言する。恐らく長女の真由美くんに紫苑くん個人として肩入れしてるんじゃないかい?」
「しかし……」
「実を言うとね、達也くん。僕も紫苑くんとは面識があるんだよ。僕はこれでも古式魔法の伝承者だからね。正式に九重の名を継ぐときに、こちらから挨拶に行ったんだよ。それに、彼女が一高に通うと聞いてその時も挨拶に行っている」
その言葉に少なからず驚きを覚えるが、今更でもある。
それだけ霊泉家が裏では有名ということだろう。
だが問題はそこではない。
紫苑に九重の名を継いだ時に挨拶に行ったということだ。
九重八雲は見た目こそ三十代だが実際には五十才を超えている。
九重の名前は世襲制なのだ。
秘伝の「忍術」と共に伝承者として名前を引き継ぐのだ。
そして、八雲が名前を引き継いだのは今から三十年前だと聞いている。
「待ってください、先生。その当時から当主は紫苑さんなのですか?それとも霊泉家も世襲制なのですか?」
そこまで大人しく話を聞いていた深雪が慌てて口を挟む。
そう八雲は紫苑に挨拶に行った、といったのだ。
「いいところに気がついたね。そうだよ。僕が九重を継いだのは三十年前。そしてその当時の当主も紫苑くんさ。今と全く同じ容姿をしていたよ。もちろん別人じゃない。言いたいことは分かるね?」
「つまり、彼女は既に三十代以上だと?」
いいや、違う。と目の前で手を振って否定する八雲。
「九重には何代も前の代からずっと伝わる書物や仕来りがある。その仕来りの一つが霊泉家へ世襲時に挨拶に行くというものでね。最も古い書物にもその時の様子が書かれているんだ。そこにはこう書いてあったよ」
ここまで話して八雲は、悪戯を思いついた子供のように笑みを浮かべる。
「霊泉家の当主は黒く長い髪を携えた人形のような方だった。そして土産として献上した焼き菓子を喜んで受け取っていた、とね。これは百年以上前に書かれていたものだよ」
今度こそ空いた口が塞がらなかった。
つまり、彼女は百年以上前から変わらない容姿で生きているということだ。
霊泉の魔法というものでそんなことができるのなら、それはもう魔法とは呼べない。
間違いなくそれ以上だ。
十師族が恩恵を授かろうとするのも無理もないだろう。
「言っただろう?同じ人間かどうかも怪しいって」
「頭が痛くなってきましたよ……」
「それと一つ面白い話をしよう。どうしてどの魔法学校も花をモチーフにしたようなエンブレムをしていると思う?花冠や雑草なんて花に関係するような言葉があると思う?そして、霊泉の当主はもうずっと前から紫苑という名前だ」
分かるね?と八雲は目で問いかける。
まさしく魔法使いの真似事、ということだろう。
達也はあまり物事に動じるタイプではないが、衝撃が大きすぎて驚く暇もないというのが本音だ。
あまりにも常識はずれだ。
深雪を見ればずっと呆けたような表情で固まっている。
「話が逸れてしまったね。だから僕は少なからず彼女と交流がある。その上で言うと……。好奇心を満たすこと、が目的だと予想してるよ」
「好奇心ですか?」
「うん。考えてもご覧よ。確かに羨ましいほどの力を持っている彼女だけど、何をしようと必ず叶ってしまうんだ。願うだけでね。そんな世界、楽しいと思うかい?」
楽しくないだろう、と達也は思う。
力ない自分達からすれば羨ましい事この上ないが、何もせずとも結果だけが手に入るのだ。
努力する価値も苦労する価値もない。
それは恐ろしく味気ない世界だろう。
「彼女のその力は生まれ持ったものだと聞いてる。けど、彼女が望んだ力ではないだろうね。つまらないだろう?そんな世界。そんな世界にそうあるべくして生まれて、そうあるべくして生きてるんだ彼女は」
その言葉にはどこか哀れみも含んでいたように感じた。
達也と深雪もその言葉には思うところがある。
本人が望む望まざるにかかわらず、魔法が使う素質があれば魔法師なのだ
そして魔法師の素質は多くが生まれ持った時に決まってしまう。
深雪は生まれ持った極めて高い才能のおかげで生活に困ることはない。
だが、お世辞にも自由に生きていける、というわけではない。
(俺も深雪も生まれ持った力のせいで……)
そのことを後悔はしていない。
だが、何も思うところがないわけではないのだ。
「だから好奇心。面白いことを探してるんだよ。自分では全てが叶ってしまう。だから他人に面白さを求めているのさ。真由美くんも彼女から面白いと気に入られたんだろう。一高に入学したのは、何かそういう予感があったんじゃないかな。面白いことが起きそう、ってね」
そこまで語った八雲は考え込んでいる達也を見かねてか、明るい声を出した。
「さて、僕から話せるのはこれぐらいだね。もういいかな?」
「……はい、ありがとうございました」
我に返った達也は八雲に一礼して立ち上がり、出口に向かう。
深雪も優雅に礼をして兄の後を追っていった。
「さて、と」
一人になった縁側に腰を掛けたままの八雲は、二人が完全に寺を出たのを気配で確認していた。
そして誰もいない暗い室内に声をかけた。
「居られるのでしょう?紫苑様」
声に答えるようにパチッというサイオンの小さな火花が散ると、そこには最初からそこにいたかのように小柄な人影が立っていた。
「居た、というか呼ばれたから来た」
「空間移動ですか。またとんでもないことを平然と為さいますね」
八雲は敬語ではあるが、雰囲気を含めていつも通り飄々としていた。
対する紫苑も普段通りの無表情だった。
見た目だけなら親子ほどの年齢差がある二人だったが、お互いにそれを気にする様子はない。
紫苑は八雲の隣に静かに腰掛けた。
「私なりの推測でしたが……。当たっていました?」
「ほぼ。でも八雲、口軽い。で、何のよう?」
「それは性格だから仕方ありませんね。……たまには用がないのもいいでしょう?だから一つどうです?いいのを買ってきたんですよ。勿論、菓子も」
そう言って、部屋から酒瓶とお猪口を持ってくる八雲。
その手には高級で知られる和菓子の袋もあった。
「……生臭坊主」
「それは否定できませんな」
そう言いながらどこか楽しそうにお猪口を受け取る紫苑。
九重寺では遅くまで酒盛りの音が聞こえていたらしい。
あくまで私なりの解釈ですので、ご注意を。
イデア=世界中、全てのエイドスが記録されている次元。いわばアカシックレコードのようなもの。
エイドス=事象に付随する情報体。サイオンで構成されている。例えば、Aという林檎のエイドスがあるとすれば、その大きさ、色、形、置かれている座標といったあらゆる情報が書き込まれているデータの集合体がエイドスとなります。
サイオン=非物質粒子。認識や試行結果を記録する情報粒子。魔法師は知覚できる。起動式、魔法式はこれで構成されている。
目の前に一冊の本があるとして、その本に火が付いているとします。
それを魔法で消火したいとします。
まず、火を弱めるというように魔法を使ったとしてもそれでは消火できません。
あくまで魔法というのはエイドスの一時的な書き換えができるのみ、です。
世界自体に修復力があるために、魔法式が永続的に作用することはできないからです。
すると、確かに一瞬火が消えますが、魔法式が終了した時点で元通りに火がついてしまいます。
ので直接消火するのではなく、火そのものには手を加えず、自然に火が消えるような環境に現実を改変する、という手段を取ります。
方法は幾つか思いつきますが、一つは本周囲の酸素濃度を調節し、火が消えるまで酸素を別の空間に移動させること。
これならば魔法式終了後、酸素の濃度は元通りに戻りますが、火そのものは酸素がないために鎮火、という自然現象の元で消化されたため、再び火がつくことはありません。
これが現代魔法の仕組みということになります。
ここで紫苑の場合ですが、紫苑は一時的、ではなく完全な書き換えを行うことができます。
つまり消火したければ、火を弱める。
その工程だけで終わってしまいます。
さらにはイデアを意識的に認識することができるため、目視できない離れた場所にも干渉することができるわけです。
八雲の前に突然現れたのもこの力によります。
自身の存在する座標を、九重寺のあの場所の座標に書き換えたということです。
当然通常の魔法ではそのようなことはできません。
もしできたとしても魔法式が切れた瞬間にどんな現象が起こるかわかりませんね。
というわけで入学編 7 になります。
前回に引き続き説明回です。
本筋全く進んでなくて焦ります……。