魂を試され、人間性を捧げ、絶望を焚べる不死   作:hammer

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魂を試され、人間性を捧げ、絶望を焚べた者

全身が揺れる。

いや、語弊がある――全身ではない。己の身、魂、存在そのものが揺れている。

もう何度も経験した感覚。果たすべき役割を遂げ、次の世界へと飛ばされる己が身を運ぶ、

世界が用意した揺り籠と言うべき物にでも乗っているのだろうか。

 

男は、人間であった。

 

ある貴族の家に産まれ、代々の者がそうした様に、騎士として身を立てた。

常に前線に身を置き、国に、民に、王に忠誠を誓った――騎士として申し分の無い男であった。

 

男が二十代も半ばに差し掛かった頃。

北の大国ボーレタリアは、賢王と謳われたオーラント王によって目覚めさせられた“古い獣”が

生じさせた、色の無い濃霧によって亡び、やがてその濃霧は世界へと広がっていった。

男の国はボーレタリアから程近く、英雄・豪傑と謳われた数々の戦士がボーレタリアへと

旅立ったが、ついぞ誰も戻らず、やがて濃霧が広がるにつれ悪しきデーモンまでもが現れる。

 

それはまさしく世界の終わりであり、誰もがゆるやかな滅びに絶望していた。

男もまた例外では無かったが――幸か不幸か、彼は臆病な自分を自覚出来る

人間であったのだろう。

彼が何よりも怖れたのは、これまで己が身を捧げた全てが崩れ去る事であった。故に、彼もまた、これまで故郷を護る為に振るってきた剣を手に取りボーレタリアへと旅立ったのだ。

 

それこそが旅の始まりであり、彼の運命を決定付けた選択であった。

 

他の英雄達と同じく容易くデーモンに屠られた彼は、楔の神殿と呼ばれる場所に魂を縛られ、

デーモンを殺す事だけを望まれた存在として戦い続ける事となる。

 

時には踏み潰され。

時には粉々に噛み砕かれ。

時には槍衾に全身を貫かれ。

 

何度も、何度も、何度も何度も何度も何度も崩れ、滅び、死んでいく己の体を感じながら。

 

ついぞ彼の心は折れず、老王オーラントと対峙し、元凶を打ち斃す事に成功する。

 

それが“一度目”。忘れもしない、輪廻の始まり。

世界を結ぶ楔として、己自身を要とする要人の役割を求められ、世界の柱となった所で彼の意識は潰えたはずだった。

そう、そのはずだった。長い旅が、絶望が終わり、人々が希望に向かって歩む事の出来る

主柱となった。それで終わりでは無かったのか。

 

否。

 

この身は、楔の神殿に囚われた時点で世界の手中にあったのだろう。

 

『そうさね』

 

聞こえたのは、老婆の声であった。

しわがれた、同情するような、嘲り笑うような声。

それはまた、愚図る幼い子供を宥めるようでもあった。

 

『ダークリングは呪われた不死の証』

 

『だからこの国では、不死はすべて捕らえられ北に送られ、世界の終わりまで牢に入る』

 

ダークリング。

呪い。

知らない。そんな物は知らない。

だが、その言葉が己に向けられているのは間違い無く、男もまたそれを驚く程自然に受け入れた。

 

『お前もそうなるんだよ』

 

その言葉が頭の中で響いた時、全身が跳ね上がるかのように目を覚ました。

辺りを見回せば、そこは薄汚い牢であり、遠くからまともとは思えぬ者の呻き声が

怨嗟となって木霊する。

 

これが“二度目”。

 

牢は不死を閉じ込める為の不死院であり、男はそこで一人の騎士と出会った。

聞けば不死の責務を果たす為にやって来たのだと言うが、既に限界を迎え掛けている彼は、

あと一度息絶えれば理性を保てないという。

彼は言った。自分の代わりに、不死の英雄としての責務を果たして欲しいと。

元より全てが終わったはずの身であり、牢から解き放ってくれたのもその騎士であった。

男は頷き、男から不死の宝であるというエスト瓶を受け取る。

 

『これで、希望を持って、死ねるよ……』

 

後から考えれば、不死である彼にとって、それはどれほどの希望を持った死であったのだろうか。

何十、何百という死を重ねたはずだ。その度に絶望を感じ、心折れ掛けたはずだ。

末期に希望を持った死で終われたのならば、不死にとってこれ程の救いは無いであろう――

男はそう信じている。

 

不死の英雄の責務。

それは、神の地ロードランにて、二つの鐘を鳴らし、世界の蛇と自称する怪物から聞かされた話。

曰く、かつて世界は朽ちぬ古竜が支配しており、それを変えたのは、「はじまりの火」から

王のソウルを見出した者どもであったという。

太陽の光の王グウィン、混沌の魔女イザリス、最初の死者ニト、

そして古竜を裏切った白竜シース。

彼らは古竜の悉くを打ち斃し、火の力、そしてソウルの力でもって火の時代を到来させた。

 

それは、この世界がかつて男の居たあの世界では無く、全く違う世界だと気付かせるに

充分であった。

恐らくは世界の要となった時、男はこの世界にも繋がれてしまったのだろう。

 

男はこの世界でも、数え切れぬ死を経験した。

おそらくは自殺以外のあらゆる死因を経験したであろう彼は、やはり心折れず、

二つの鐘を鳴らす。

 

鐘に喚ばれた世界の蛇フラムトは言う。

 

『王のソウルを奪い、火を継ぐのだ』

 

元よりそのつもりであった男は、フラムトの言ではなく、ただあの騎士との約束を果たす為に

王を殺す。

地下深く、墓地に潜んだ死者を。

火を求め、自らが混沌と化した苗床を。

鱗を欲し、やがて狂った白竜を。

その悉くに何百と挑み、死に、やがて殺した。

偶然にも引き込まれた過去の世界にて、深淵のはじまりとも相対した。

 

そうして得た王のソウルを献じ、燃え滓となって尚も火の炉で燻る最古の王をも殺した。

 

男にはもう、恐怖や感慨などと言ったものは何も存在していなかった。

ただ騎士との約束を果たすだけであり、それは彼の意思が介在した行動では無かった。

 

だが、要とは縛られているが故に要である。

 

薪として燃え続け、やがて火を失い、燻るだけとなった男。

他の不死者と何ら変わらぬ存在となった後、世界はまたも彼を嘲笑うかのように未来へ運んだ。

 

ロードランでの旅から数百年が経ったのだろう、もはや嘗ての神々の名は殆どが失われ、

多くの国が興っては亡んだという。

その地の名はドラングレイグと言った。多くの不死が、望もうが望むまいが

やがては辿り着く終の地。

 

“三度目”の感想は、「ああ、やはりな」と言った物だった。

 

男には既に実感として、その身が解放される事は無いと言う事が解っていた。

どれだけ戦おうと、死のうと、世界を救おうと、軛から解き放たれる事など有り得ないのだ。

そう。ボーレタリアへ旅立ち、楔の神殿に囚われた瞬間からその運命は決まり切って

しまっていたのだろう。

 

ドラングレイグの地、マデューラという小さな漁村で不死を導く巡礼は言った。

 

『ソウルと呪いは、同一のもの』

 

『進みなさい、呪いを纏うお方。他に道などありはしないのですから』

 

だろうさ。その通りだ。

選ぶ道はなく、ただ世界の求める役割を果たす。男はそれだけの存在だ。

 

今まで通り、望まれた通りに動く。己の意思などない、ただそれだけ。

 

男は戦った。

かつて戦った者達のソウルを内に宿した成れの果てどもを、何の感慨も無く殺した。

己が死んだ回数、殺した回数などとうに数えてはいない。そんな無意味な事をするのならば、

眼前の敵を打ち倒す方法を思索する方がよほど有用だ。

 

多くの者とも出逢った。

男を騙し、益を得ようとするような外道。

男を頼り、時には男自身も頼った、心強い協力者。

その悉くがやがて姿を消していった。ロードランでも、ドラングレイグでも。

 

その戦いの多くを一人で歩んできた男にとって、そういった者達は、良きに付け悪しきに付け

大切な思い出であり、己の人間性を保つ為の鍵でもあった。

 

原罪の探求者たるアン・ディールの遺した言葉が、男の頭から離れない。

 

『試練に挑むこと、それこそ亡者に課せられた使命』

 

それが無意味であってもか。

 

『亡者よ。この捻じ曲げられた世界で、あがき続ける者よ』

 

『人は安寧の中で、生かされている』

 

『そして偽りの檻を信じ、愛おしむ。例え全てが嘘であろうと』

 

黙れ。

 

『道など、ありはしない』

 

黙れ黙れ黙れ。

 

『光すら届かず、闇さえも失われた先に、何があるというのか』

 

 

 

 

 

 

「黙れェェェェェェェェェェッ!!!」

 

半濁される声を掻き消す為に、狂った様に剣を振る。

直剣が虚空を切り裂く度、その声は大きくなり、耐え難い苦悩が男を苛んでいく。

逃れようのない問い掛けは、確かにかつて自分が自分に問うたものでもあった。

 

何故だ。

何故俺が、俺だけが、この狂った世界に囚われている?

それとも――俺がそう思っているだけで、彼らもまだこの地獄を彷徨っているのか?

 

……決まりきっている。

俺が要人となり、世界に囚われたからに他ならぬ。

俺は世界を救い、代価としてこの身を世界に捧げたのだ。

英雄の肩書きを得、永遠にこの異世界で不死として彷徨う呪いを受けたのだ。

 

元居た世界で永遠に囚われるならば、まだ良かった。

安寧を得、平和に暮らす民を目にしながら、ただただあの要人の小僧のように

座り込んでいたかった。

だが、己が身はそれすらも許されない。

 

『元より、世界とは悲劇だ』

 

なりそこないの老王オーラント。どうやらあんたが正しかった。

世界は悲劇で、俺はそれを知らずに英雄を気取った愚者に過ぎない。

 

……だって、どうだ。

この通り、また繰り返しているじゃないか。

 

「……四度目」

 

重い棺の蓋を退かし、身を起こす。

棺桶から始めさせてくれるとは、成程、今回は中々皮肉が効いているらしい。

死ねぬこの身にはひどく似合いの出立と言えよう。

 

火を失った世界は、それでも尚燻りを失わない。

 




愚作です。
DARKSOULS3発売の際、衝動の捌け口として書いたもの。
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