―――夢燈月美、月の民の街にて
私は穢れた存在、災いを呼ぶ忌み子………そう呼ばれてきた。
穢れに染まった外の世界で、私は拾われた。
人間と妖怪の骸の中、私だけが生きていた。
記憶を失くしてしまった私に、街で頼れる人なんていなかった。
むしろ、どこの誰かも分からず、穢れた外の世界から来た私を、周りの人達は避けていた。
無意味に暴力を振るう人、蔑みの目を向ける人、存在すら認めようとしない人、色々な人達を見てきた。
そんな行き場のない私を、あの人達は拾ってくれた。
永琳先生は、行き倒れていた私を介抱してくれた上に、助手として雇ってくれた。
輝夜ちゃんは、私の事情を知っても態度を変えず、友達になってと言ってくれた。
でも怖かった。いつか見捨てられるのではないかと、でもそんなことは無かった。
だから、あの時だけは死を覚悟した。
人喰いと有名な妖怪、その妖怪に追われていた男性、その人は今までの人達と同じで私を見捨てるのではないかと思った。
やっと人を信じられるようになったのに、また見捨てられるのが、それが何よりも怖った。
けれどその人は、自分が死ぬかもしれないのに私を救ってくれた。
心配して後ろを振り返った時も、あの人は笑っていた。心配しなくてもいいよと言っているようだった。
私は逃げた。街に辿り着いても、頼れる永琳先生は「諦めなさい」と首を振った。
この時、私は初めて人を見捨てた。その痛みは自分が一番知っているというのに。
罪悪感に耐えきれずに一晩中涙を流したが、その人は何事も無かったかのように私の前に現れた。
彼は私が見捨てたことなんか気にしていなくて、むしろ私が無事だったことを喜んでくれた。
嬉しかった。それと共に、別に気持ちがあった。一体何だったのだろう?
それから彼、ユウヤさんと一緒に過ごしていくうちに彼のことがよく分かった。
冗談が大好きで、女性に優しくて、面倒事だと思っても最後まで付き合ってくれる。
そんな彼に、私はいつの間にか惹かれていた。
永琳先生や輝夜ちゃんに話してみても、みんな妙にニヤニヤしてる。
「貴女が一番いいと思う選択をしなさい」、二人揃って同じ事を言った。
今の私にはこの気持ちが何なのか分からない。
でも、ユウヤさんと居ると心が落ち着く。それは今まで似なかった感覚だった。
いつまでも一緒に居たい。そんなささやかな願いを、私は今日も祈っていた。
少 女 祈 祷 中
ユウヤさんがこの街に来て九ヶ月、私の周りはいつの間にか騒がしくなっていました。
永琳先生は彼にまた新しい薬を試して、その反応を見て考え込んだり、楽しんでいます。
輝夜ちゃんは新しい遊び友達ができたおかげで、前よりもよく笑うようになりました。
豊姫様はよく遊びに来ては彼と楽しげに話し、依姫様は私の前で愚痴るようになりました。
そのすべてに、ユウヤさんがいる。
彼のおかげでみんなが笑うようになった。あの堅実で有名な依姫様さえもです。
毎日がお祭り騒ぎの様に退屈しない日常。
孤独だった昔では考えられないような楽しい日々を、私は噛みしめていた。
ユウヤさんと出会えて、私は良かった。でなければ、こんなに笑うこともなかったのだから。
でも、私はそんなユウヤさんに一線引いていた。
それは私が忌み子だから、人を不幸にする穢れた存在だから。
だから、私はあの人の傍にいられない。隣に立てる資格もないと、自分に言い聞かせた。
そう言い聞かせていたというのに、私は何故かユウヤさんと一緒に街の中を散歩していた。
いや、理由は私だということは重々承知している。数日前、彼にどこか遊びに行こうと言われて、それに返事をしたのだから。
しかし、こうやって歩いていると本当にこの街も変わったなと思った。
以前は私が歩くだけで周りの視線が痛いほど突き刺さっていた。当然、ユウヤさんもそれに晒されていた。それでも、彼はそんなことを気にせずに買い出しや散歩に出かけていた。
そして、ユウヤさんが来てしばらく経った今では、この街が彼のことを受け入れて始めていた。
一番は依姫様と互角に渡り合ったのもあると思うけど、それ以外にも彼は困っている人を助けたりと、何かとこの街に貢献していたりする。
それを見た人たちは徐々に彼を認め、今は彼を邪険に扱う人なんて少なった。
虫の良い話、と言えば聞こえが悪いが、私はなんだか羨ましかった。
私と同じはずなのに、他人を嫌いになることも見捨てることもなく、誰にでも平等に接している。
理不尽な評判も、蔑みの視線も、それらすべてを受け入れたうえで、ユウヤさんはこの街にいる。
羨ましい。そのこの上ない心の強さが、無償の優しさが………………。
「――欲しい」
「ん? 何か言った?」
「え?」
私は無意識に思っていたことが口に出ていたことに気付いた。
うぅ、そういえばユウヤさんと出掛けていたというのを忘れていた。
思えば誰かと一緒に出掛けることなんて無かったからいつもの勝手で考え込んでしまっていた。
ああ、思い返せばさっきから私って何も話していない。もしかして不満だったりしないかな。
ここは何か話していないと、せっかく二人で出かけたんだし。……よし!!
「あ、あの!! ……って、あれ?」
ユウヤさんの方へと振り向いたら、そこには彼の姿はなかった。
周りを見渡してもどこにもいない。もしかして、私に愛想尽かしてどこかへ行ってしまったのか。
……そうですよね。二人きりなのに何も話さずにずっと考え込んでる女なんて。
「はぁ……私ってば、何してるのよ」
「俺は考え込む月美の姿も好きだけどな」
「それはどうも………え?」
声のした方へと振り返ると、そこには相変わらずの調子で笑うユウヤさんがいた。
その手には、見覚えのない袋が握られていた。
「どこに行ってたんですか?」
「ちょっと野暮用。一応伝えたんだけど、その様子だと気付いてなかったみたいだな」
「……すみません。私って考え事をすると周りが見えなくなって」
「気にするなよ。誰だって考えることはあるからさ」
「優しいですね。普通なら愛想尽かしてしまいますよ」
「そんなことはねえよ」
ユウヤさんは私の頭に手を乗せると、いつもと同じセリフを言う。
「好きになった奴の悲しい顔なんて見たくないんだよ」
いつもと同じ、彼は私を好きだと言ってくれる。
「さて、今度はどこに行く?」
他人に好かれることも、人を愛することも知らない私にとって、その言葉は理解できない。
「今日は邪魔者はいないんだ。のんびり行こうぜ」
でも、彼の言葉を聴いていると安心する。ずっと聞いていたいと、私の心がそう囁く。
「う~ん……ついでに永琳たちにも何か買っていこうかな」
貴方はみんなに優しい。でも、その優しさから紡がれる言葉を、私はこれ以上聴きたくない。
「なぁ、月美はどういったものが良いと思―――!?」
だから、私は自分の口で、彼の言葉を塞いだ。
驚いたかのように真っ直ぐ見つめるその紅い瞳、そうやって私だけを見つめていてください。
他の人と話すななんて言いません。貴方を鎖で縛ることもしません。邪魔者を殺しません。
「月…美……!?」
でも、もしも私の願いを聞き届けてくれるのなら。
私と一緒にいる間だけでも構いません、どうか私だけを見て、私の事だけを考えて。
隣を歩いている間だけでも、貴方のその優しさを独り占めしたいんです。
「あゝ、そうか……」
これが、人を愛することなんですね。
次回予告
これから始まるのはこの物語の終わり、
物語を破壊する者と、物語を紡ぐ者との再会。
そして、無邪気な笑みは悲劇の始まりを告げようとしていた。
東方幻想物語・月之刃編、『悲劇の前触れ』