―――神無優夜、???にて
この世界に来て一年が経った。
永琳は俺に新薬を試すことが少なくなり、偶に俺にその開発などを手伝わせようとする。まぁ、馬鹿な俺にはそんな大それたこともできるはずもなく、永琳の能力を使って見様見真似程度しかできない。
依姫とは今でもよく決闘をするが、お陰でこっちも能力のことが十分把握できるようになった。ただ、それが解ると彼女が本気になって掛かってくるので今は隠している。……まぁ、それも時間の問題だなと、半ば諦めている俺がいる。
豊姫は相変わらず依姫から逃げては俺の所に来て、他愛のない世間話を交わしている。話を聴いていると、ついこの間告白されたらしい。そういえば原作で既婚者だって言ってたな、しかも相手は永琳の又甥、いい感じに青春してるな~。
輝夜は屋敷を抜け出ては俺の、というより月美の所に遊びに来ている。彼女は月への移住のことを少なからず知っているようだが、結局外へ自由になれないのならどこに行っても一緒だと達観しているようだった。
天野は特に変わったところはなく、いつも通り門番を続けている。そういえば、ここ最近妖怪たちの動きが妙に大人しいと言っていた。何かの前触れ、というよりやっぱりあるだろうな。東方二次創作でのお約束とも呼べるものが。
最後に月美だが…………うん。色々あってなんか充実してます。三か月前(前回参照)にキスされて以来、二人きりになると俺に甘えてくるようになった。どことなくヤンデレな感情も見え隠れするが、俺にとってはこれで一応ハッピーエンドだ。……そして彼女は夜が強い事も知った。
そんなことを思い返しながら、俺は街中を一人で歩いていた。
いつもと変わらない風景、変わらない人たち、そんなありふれた日常に俺は幸福を感じている。
「このまま、何事もなく平和に過ごせたらな」
「そんな事、この世界が許すとでも思ってるの?」
「え?」
雑踏の中からはっきりと聞こえたその声に、俺の心臓は跳ね上がった。
咄嗟に周りを見渡すと、奇妙なことに人間や建物、空の色までもがセピア色に染まり、道行く人たちの動きがまるで石造の様に止まっていた。
時間が止まっているような世界で、俺はしきりに周囲を警戒した。
「どこだ……!!」
「そんなに怯えなくてもいいのに、何を必死になってるんだろうね」
声が聞こえた瞬間、俺は雑踏の向こうに見える人影へと視線を向けた。
セピア色の世界でもよく映える白髪、オーシャンブルーを思い浮かばせるような蒼い瞳、シンプルな白いロングコートに真っ白なズボン、顔が中性的な事を除けばまるで俺を正反対にしたかのような姿だった。
少年は俺を見つけると、口元をニヤッとさせた。
「久しぶり。神無優夜」
「初めまして、名前も知らぬ誰かさん」
「ふふ、折角会えたのにそっけないな」
「生憎だが、俺にはお前みたいな知り合いはいない筈だぜ」
「そう言わないでよ。“いつも”より早く会えたんだから」
少年は意味深に笑うと、俺の方へと向かって歩いてくる。
なぜだが、俺はコイツに対して敵対心を抱いていた。よくあるライバルだとかに抱く感情なんかじゃない、どちらかといえば憎むべき相手に向けるような感情だ。
俺は無意識に後退りしていていることに気付いた少年は、笑みを崩さずに歩みを進める。
「でも人間って不思議だね。記憶を失っても、その身に受けた恐怖を心で憶えている」
「心が、憶えてる?」
「そう。この人に会ってはならない。この人に会えば、“また殺されてしまう”から」
「何を言って……」
その時、俺の頭にとある光景がフラッシュバックされた。
廃墟の教会………割れたステンドグラス………血の海………笑う少年………剣と銃………!!!!!
濁流のように押し寄せる忌まわしい記憶に立ち眩みすると、俺は目の前のアイツを睨んだ。
「お前は、一体……!!」
「その様子だと、少しは思い出してくれた?」
「あぁ、少なくともお前が友達だとかの関係ではないってことはな」
「それは残念だ。僕はずっと君と親友だと思っているのに」
「悪いが、男から好かれる趣味はないんだ」
「そっか……」
アイツは落ち込むように顔を俯かせるが、すぐに顔を上げて満面の笑みを浮かべる。
一見すれば子供の様に無邪気な笑みだが、俺はコイツの笑みの意味を“知っている”。
「じゃあ、君の大切なものを“もう一度”壊すとするよ」
「なんだと?」
「そうすれば僕だけを見てくれる。僕だけのモノにできる」
「おいおい、コイツまさか……!!」
俺が後退りすると、アイツは俺に一瞬で詰め寄り、その狂気に歪んだ瞳を俺に向ける。
憶えている。コイツの嫌となるほどの執着心を、狂気に染まった邪悪な笑みを………!!
「ねぇ、ユウヤ?」
「“前にも”言っただろ」
俺は反射的にアイツの顔面に向かって拳を放つが、アイツの姿は一瞬で消えた。
気配を追うと、アイツは俺のすぐ後ろに立っているのは解っている。
「クレイジーサイコホモは、お断りだ」
「残念だ、本当に残念。“また”僕は君の悲しむ顔を見なければいけないということか」
「嫌ならやめておけばいいんじゃないのか?」
「そうはいかないよ。君のすべてが好きだからね、悲しむ顔を見るのもまた一興さ」
「狂ってるな」
「お互い様だろ」
背中合わせでも解る。コイツは今、笑っている。
昔馴染みの友達とでも再会したかのように、心から嬉しがっている。
それが解ってしまう自分が、なんだか怖かった。
「さて、友達との再会はこのくらいで終わりにしておこうか」
「最後に一つ聞かせろ」
「なんだい?」
「お前の目的は?」
「目的なんてない。僕はただ、こんなくだらない世界を壊したいだけさ」
「なるほど。聴くだけ無駄って訳か」
「そういうこと。まぁでも、僕から君に一つ忠告しておくよ」
「忠告?」
俺が聞き返すと、アイツは俺の耳元で囁く。
「もうすぐこの物語も終わる。妖怪の進攻によってね」
「そうかよ。ご丁寧に教えてくれてどうも」
「でも、それだけじゃ物足りないから、もっと面白くしてあげるよ」
「なんだと?」
「ふふ。精々、残り少ない幸せな日常を謳歌しておくことだね」
「それってどういう――」
俺が振り返ると、そこにはアイツの姿はなかった。
いつの間にか、セピア色の世界からいつもの日常へと戻り、通りを人が行き交っていた。
白昼夢でも見ていたかのような感覚だったが、俺は自分の手を見つめた。
「震えてる……」
これまでルーミアや依姫と戦って、何一つ恐怖なんてしてこなかった俺が、アイツと話していただけで恐怖を感じていた。
俺を前世で殺したかもしれないアイツは、世界を破壊しようとするアイツは………………。
「一体何者なんだ……」
俺の問いかけに、誰も答えてはくれない。
そして、俺の知らないところで、着々とこの物語も終わりへと向かっていた。
次回予告
歴史の分岐点、それはこの世界にも存在する。
月へと移り住もうとする民たち、それを察して妖怪は動き出す。
絶体絶命のこの状況を、優夜はただ見つめていた。
そして彼は、別れを告げる決断をする。
東方幻想物語・月之刃編、『月へと逃げる者』、どうぞお楽しみに。