―――神無優夜、ツクヨミの屋敷にて
歴史では大きな出来事が起き、それが歴史の分岐点となる物が多い。
アメリカならケネディ大統領の暗殺、フランスならナポレオンの革命、日本の本能寺の変など、意識しなくても印象に残っている出来事は多々あるものだ。
当然、東方の世界にも歴史は存在し、その中でも二次創作でお馴染みとなった出来事がある。
人妖大戦、誰が名付けたのかもわからないが、その名前と出来事だけは誰もが知っている。
人間が月へと逃げようとした時、それを阻むかのように妖怪の軍勢が押し寄せた。もしかしたら、自分らの餌となる人間を逃がしたくなかったからかもしれない。
その為に勃発したのが人妖大戦、人間と妖怪が死力を尽くして戦った最初の歴史だ。
そんな話をしているということは、なんとなく察しがついているはずだ。
そう。人間は月へと行く準備を進め、明日にはこの地を発つ。それを聴かされていた。
屋敷に集まったのはこの街のトップでもあるツクヨミ、発案者である永琳、それと綿月姉妹、天野やその他のお偉い方と言った層々たるメンバーである。
どうして俺みたいなのがこの場にいるのかは解らない。
だが、他の奴らの表情を見て、憧れの月へ行くような明るい感情ではないことは理解した。
部屋の扉の横に寄りかかりながら、俺はツクヨミに問いかけた。
「ツクヨミ、今日は一体何のお集まりなんだ?」
「おい貴様!! ツクヨミ様になんて口の利き方を」
「うるさい。誰も何も喋らない。俺は通夜に参加しに来たわけじゃないんだよ」
「貴様…!! 穢れた人間の分際で」
「やめなさい」
ツクヨミの一声で、俺に文句を言ってきたお偉いさんが押し黙った。
いつも神様としての威厳なんて感じられなかったが、今はそんな冗談を言えるような状況じゃないということは、アイツの表情を見て何となく察していた。
「妖怪共の大進攻、ってところか」
俺の言葉に、一部を除いた人間はざわつき始めた。
やっぱり、このタイミングで攻めてきたというわけか。あのCPH(クレイジーサイコホモ)め。
恐らく、アイツが元凶なら、月への移動を阻止するのが目的。今はツクヨミの力は月へと移され、街を護る外壁はただの障害物いすぎなくなっている。
一番無防備なこの時こそが、妖怪共にとって最後の一勝負というわけだ。
「本当なら余裕をもって月へ出発~、なんて考えたんだろうが、当てが外れたな」
「えぇ。まさかこんな時に限って妖怪が押し寄せてくるなんて」
「こんな時だからだよ。お前らみたいに生きることも死ぬ事もない奴と違って、あっちは生きるのに必死なんだ。文字通り、生きるか死ぬかの瀬戸際に立たされているんだ。躍起にもなるさ」
「貴方が言うと、説得力が違いますね」
「お褒めに預かり、恐悦至極」
俺はわざとらしくお辞儀すると、見知った顔の連中は小さく笑っていた。
さすがこの街の実力者、妖怪の軍勢と聴いても余裕はあるみたいだな。少し安心。
「さて、私たちはそんな妖怪たちを相手にしなければいけないのですが」
「最優先事項は、何と言ってもロケットの発射ですね」
「豊姫の言う通り、今急いでロケットへと住人を収容してるけど、発射までまだ五時間掛かるわ」
「で、妖怪たちがここに到着するまでにかかる時間は?」
「……約三時間、外壁で抑えられるとしても二時間も持たないわ」
「つまり、実質二時間の時間稼ぎが必要って訳か」
俺の言葉に、永琳は申し訳なさそうに顔を俯かせる。
それに連なって、周りのお偉いさん方も肩を落とす。さっきまでの威勢はどこへやらって奴だ。
そんな中でも、依姫と天野だけは何かを秘めた目をしていた。
「なぁ、時間を稼げればそれでいいんだよな?」
「えぇ。でも、そうなるとロケットに乗ることは不可能になるわ」
「つまり、時間稼ぎできるほど強くて、月へと行く必要のない人間が適役だってことだ」
「……おい、まさか!!」
依姫が立ち上がり、俺の方へと見開いた視線を向けている。
それに対して、俺は口元をニヤッとさせながら俺自身を指さした。
「居るじゃないか、ここにさ。月に行く予定のない、それなりに強い奴がさ」
「ふざけるな!! そんな無謀な事、お前に任せられるか!!」
「だったら自分が行く。そんな風に考えているんだろ?」
「ぐっ……」
「永琳の話を聞いてただろ。囮役になれば月へは行けない、アンタはそれでいいのか?」
「それは……」
「即答できないのなら囮は無理だ。いらない考えで気が散って戦い辛くなるだけだ」
「くそっ……!!」
「依姫……」
否定することのできずにいる依姫の肩を、豊姫は優しく叩いた。
そんな時、天野が立ち上がった。
「ツクヨミ様、俺は神無の意見に賛成です」
「天野……!? お前、何を」
「こいつは所詮外から来た人間、元々月へと足を踏み入れる余地すらない穢れた存在です。
そいつが妖怪共の相手をしてくれると言うのなら、願ったり叶ったりではありませんか?」
「貴様!! どうしてそこまで優夜の事を!!!」
怒り心頭になった依姫は天野の襟首をつかみ、睨みつけた。
豊姫の制止も効かず、永琳とツクヨミはそれ黙ってみている。当の天野は、それでもいつもの冷静な表情で依姫を見据えている。
俺は、そんな奴らの姿を見て、思わず失笑した。
「ふふ。やっぱりお前らは優しいな」
「優夜?」
「依姫、離してやれよ」
「だが、こいつは」
「天野、俺を罵るならもう少し言葉を選べよ。ちょっぴり心が痛んだぞ」
「俺は思っていたことを口にしたまでだ」
「それは手厳しいな。まったく」
俺はそう言うと、その場にいる全員に背中を向ける。
「あ~あ。眼帯付けたイケメン野郎にそんなこと言われて俺の心はもうボドボドだ。
もうこんな街にはいられないな。言われた通り、俺はこの街を去ろう。
しかし、外には妖怪がたくさんいるんだよな。このまま街でて生活するのにそれは大変だ。
折角だ。少しばかり数を減らしておこう。そうだな、二時間くらい戦えば丁度良いだろう。
ロケットが飛んだら戦いを終えて、どこかで静かに暮らすのもいいかもな。
さて、独り言はここまでにして、俺はもう出ていくとしよう。もう二度とここへ戻らぬように」
「待って!! 優夜!!!」
俺は扉を開けると、後ろから聴こえる静止の声に耳を傾けずに扉を閉めた。
抑えつけた扉の向こうから幾度となく叩く音が聞こえる。その中には、泣いているような声もあった。
「ひどい人ね」
声のした方へと視線を向けると、壁に寄りかかる輝夜の姿があった。
「貴方がそんなことをしても、誰も喜ばないわ」
「喜ばれなくてもいいさ。所詮、俺は余所者だ」
「そう……私は結構気に入ってるわよ」
「ありがとう。俺もなんだかんだで輝夜のことは好きだぜ」
「独りで逝こうとしてる人に言われても、嬉しくないわ」
輝夜はそう言って俺に歩み寄ると、俺の代わりに扉を押さえた。
「輝夜?」
「行きなさい」
「でも、お前」
「これくらいなら、私にもできるわ」
「そうか……」
俺は輝夜の頭を優しく撫でると、彼女に背を向ける。
「待ちなさい」
「なんだ?」
「一つ、お願いがあるのよ」
「悪いが今は」
「“今度また会ったら、その時は私とまた遊びましょう”」
「……!! わかった。約束する」
「約束、忘れないでよね」
「あぁ」
俺は彼女の約束を結び、走り出した。
この瞳から零れる涙を拭いながら、俺は最後の戦いへと向かっていく。
次回予告
街へと進行する妖怪の軍勢、
それに立ち向かうのは優夜、ただ一人だった。
そんな彼の前に立ちはだかったのは、
この物語を破壊しようとする、無邪気で邪悪な少年だった。
そして、この穢れた地で誰も知らない戦いが始まる。
東方幻想物語・月之刃編、『物語を破壊する者』、どうぞお楽しみに。