―――神無優夜、穢土の最果てにて
最愛の人との別れを終えた後、俺は街へと進攻しようとする妖怪の軍勢の前へと立ちはだかった。
地平線を覆うほどの魑魅魍魎の軍勢に対して、こっちはたった一人。普通なら、この状況はただの自殺行為としか見られないだろう。
妖怪共も俺を見て嘲笑い、そこら中で聴くに堪えない下品な笑い声で満ち溢れた。
そんな中、見知った妖怪の少女が一人、俺の前へと歩み出てきた。
忘れるはずもない。常闇の妖怪、ルーミアだった。
彼女が妖怪共の前に現れると妖怪の笑い声は止み、静寂な間が訪れた。
「久しぶりね。ユウヤ」
「あぁ、一年ぶりといったところか」
「さぁ? 私たち妖怪にとって、その程度の時間なんて瞬きの様なものよ」
「そうかよ」
「でも、アンタに会えない時間は何よりも長く感じたわ。悔しいほどにね」
「それはありがたないな。でも、今はそんな話をするためにここに来たわけじゃない」
俺はそう言うと、ルーミアやその後ろにいる妖怪共を睨みつけた。
他の妖怪共はそれだけで軽く後退りしたが、ルーミアはその場に立って俺と面と向かっていた。
「その殺気、まるで別人ね」
「生憎と、今の俺は一生で一番機嫌が悪いんだ」
「その分だと、あの美命って男と何かあったのね」
「やっぱり、街への襲撃はアイツの悪知恵か」
「そうよ。餌となる人間に逃げられたら、私たちは生きていけないもの」
「ごもっともだ」
「まぁ、私はどうでもいいのよ。アンタともう一度会えるのなら、ね」
「それは嬉しい言葉だ。でも、後ろの連中はそうじゃないみたいだ」
俺の視線の向こうでは、妖怪共が今か今かと殺気立っている。
本来の目的である街への襲撃、それを邪魔している俺への怒りと言ったところだろう。
まったく、自分勝手な行動で俺の大切な仲間たちを傷付けさせてたまるかよ。
「ルーミア、俺はお前と戦う為にここに来たわけじゃない」
「なら、どうしてここに来たの?」
「決まってる。アイツらが逃げるまで、俺がここで時間稼ぎするためだ」
「勇ましいわね。人間を護る為に一人犠牲になるなんて」
「そうでもないさ。これはただ、アイツとの約束を護る為だ」
「約束? ――!?」
俺は左腕に巻いた紅いリボンを握り締めると、それを見てルーミアは目を見開いた。
「そう……あの娘との約束なのね」
「あぁ。だから、お前らの相手は俺が務めさせてもらう」
「いいわ。だったら、その約束とやらでこいつらに勝ってみなさい。人間」
「言われなくても、そっちも死ぬ気でかかって来いよな。妖怪」
ルーミアが背を向けると、後ろで待機していた妖怪の軍勢が一斉に躍り出た。
「こんな奴らの為に、これ以上誰かの涙は見たくない」
荒波のように押し寄せてくる妖怪共を見て、俺は月美のリボンを握り締める。
「だから、お前は傍で見ていてくれ………俺の、物語を!!!!!」
妖怪共に押し潰される寸前、ひとりでにリボンが解かれると、それが光を帯びて刀へと変わった。
黒い鞘に月華美人の花が添えられ、美しい鉛色の刀身をした日本刀。俺はそれを手に握っていた。
俺がそれで一薙ぎすると、襲い掛かってきた妖怪共が風圧によって押し返された。
驚愕に目を見開く妖怪共、俺を見て嬉しそうに笑っているルーミア、それらを見て俺は叫ぶ。
「誰一人、この先へは進ませない。進みたければ“俺たち”を超えて行け!!!!!」
俺の叫びは遠くまで響き渡ると、それに焚き付けられた妖怪共が飛びかかってきた。
俺はそれを捉えると、ホルダーからカードがひとりでに飛び出してきて、俺の手元に現れた。
紅く光る月を背に、蝙蝠の様な翼を広げ、その手に紅い槍を携えた吸血鬼の少女。
「――運命『幼き破壊を怖れぬ紅魔』」
カードを握り砕くと、その手に紅い光弾が現れた。
それと同時に、妖怪共の攻撃してくる“運命”が見えた。これがレミリアの能力か。
俺は次々と襲い掛かってくる妖怪の攻撃を避けると、後ろに跳んで距離を取る。
「――『スカーレットノヴァ』」
紅い光弾を妖怪の軍勢へと向かって投げると、高速で投げられた光弾が槍の様に鋭くなって妖怪のを貫くと、地面に直撃すると同時に全方向へと大弾と蝙蝠型の紅い弾幕が展開した。
避ける隙間など無い無慈悲な弾幕、ネーミングセンスは本人通りだな。
生き残った妖怪共が死に物狂いで俺へと迫ってくると、カードが再び出てきた。
紅く光る月を背に、七色の宝石の羽を広げ、その手に炎の魔剣を携えた吸血鬼の少女。
「――破壊『悲劇の運命に抗う紅魔』」
カードを握り砕くと、俺の視界に映った妖怪共の身体に『目』を見つけた。
手元に持ってきて“きゅっ”とすることはできないが、『目』を斬れば妖怪の身体は内部から弾けるように消えた。
その時、背後から妖怪が襲ってきていることに気付いた。
「――『自由な虹色の羽』」
妖怪の攻撃が俺に届く寸前、周囲に現れた七つの宝石が妖怪の『目』をレーザーで撃ち抜いた。
俺の斬撃に合わせて宝石は舞うように飛び回り、妖怪の『目』を正確に撃ち抜いていく。しばらくすると妖怪共の中心へと飛んでいき、それぞれが砕けると同時に波紋状の七色の弾幕を展開した。
その時、地面に倒れていた妖怪が俺の脚を掴み、その隙に他の妖怪たちが牙を剥いた。
そのまま攻撃を受けて反撃しようとしたが、月美との約束を思い出し、カードを引いた。
満開の桜の下、桜吹雪に囲まれながら、扇子に乗った光る蝶をめでる桃色の髪の亡霊。
「――死霊『桜と共に舞う亡霊の主』」
カードを握り砕くと、カードの破片が薄紅色に光る蝶へと変わった。
蝶は軌跡を描きながら妖怪共へと向かって飛んでいくと、それぞれの身体へと溶けるように消えていき、しばらくすると苦しむ暇もなく死んで地面へと倒れた。
「――『美死綺桜 ‐胡蝶之舞‐』」
俺が一薙ぎすると、地面から桜吹雪と蝶の弾幕が舞い上がった。
斬撃の動きと連動するように桜吹雪と蝶の弾幕を舞わせながら、周囲の敵を一掃していった。
それを見届けると、残りの妖怪共が弾幕を張ってきた。するとまたカードが出てきた。
満月が照らす下、竹取物語の五つの神宝に囲まれ、嬉しそうに地上を見る黒髪のお姫様。
「――須臾『地上を夢見た月の姫君』」
カードを握り砕くと、周囲の時間がまるで止まっているかのように静止した。
須臾とは1000兆分の1を表す単位、この能力はその『一瞬』を集め、それを自分の時間にすることができる。本人は極限の加速=須臾だとも言っていた。
ゆっくりと歩いて距離を取って前を見ると、妖怪共が視界を追い尽すほどの弾幕を張っていた。
「――『穢れ美しき天之羽衣』」
カードの破片が俺の手元へと収束すると、一枚のストールの様な羽衣となった。
それを左右へと大きく振るうとオーロラのような光が放たれ、妖怪共の放った弾幕へ触れると次々と打ち消し、代わりに七色の弾幕が展開された。能力を解除すると、弾幕は妖怪共へと押し返されていった。
しかし、弾幕を超えて屈強な妖怪共が俺へと迫ってきた。俺は手元に現れたカードを見る。
新月が照らす下、生い茂る竹林に炎の羽が舞い落ち、悲しげに空を見上げる白髪の蓬莱人。
「――不死『命を燃やす紅の蓬莱人』」
カードを握り砕くと、足元から炎が燃え上がり、両手両足に炎が纏った。
屈強な妖怪の拳が俺に放たれるが、右手でそれを受け止めると、炎を纏った左手でそいつをぶん殴った。背後から襲ってきた奴には、左足で後ろ蹴りをし、そのまま回し蹴りを喰らわせた。
視線を移せば、丁度いい位置に妖怪共が群がっていた。
「――『インフェルノフェニックス』」
俺の身体に満ち溢れる力を左足へと集束させると、一気に走り出した。
妖怪共が弾幕を張って足止めをしようとするが、足元に直撃する寸前に飛び上がり、そのまま空中で一回転して左足を突き出して妖怪共へと急降下した。群れの中心へと蹴りが命中すると、そこから大規模な爆発が周囲を包み込んだ。
爆炎が晴れると、俺は周囲を見渡した。
地平線まで覆い尽していた妖怪共はいつの間にか三割程度まで減り、そのどれもが俺を見て恐怖していた。皮肉なもんだな。
それじゃあ、最後に仕上げといくとしよう。俺はカードを一枚引いた。
上半分には晴れ渡る青空、下半分は美しい夜空、その境界線に座る金色の髪の妖怪。
「――境界『楽園を心から愛する妖怪』」
カードを握り砕くと、空間にひびが入り、そこから無数の目が妖怪共を覗いていた。
これは俺の心境の表れ、不完全な『スキマ』は妖怪共を取り囲み、逃げる道を決して与えない。
「――『美しさと残酷を表す弾幕』」
スキマからこれまで俺が出してきた弾幕が一斉に放たれた。
それはあまりにも惨く、残酷な光景だった。だが、異なる弾幕が共に舞う光景は美しかった。
美しくも残酷な弾幕は一分以上続き、やがて妖怪共の悲鳴すら聞こえなくなった。
すべての力を使い切った俺は、その場に倒れた。
もう指一本さえ動かせない………意識も朦朧として、もう自分が起きていることすら解らない。
そんな俺に、ルーミアは歩み寄ってきた。
「さすがね。ただの人間がここまでやるなんて。
アンタのお陰で、私のご馳走が空の彼方まで行ってしまったわ。ほら」
ルーミアが見上げた先には、空高くまで飛んでいくロケットの姿が見えた。
良かった……これで、もう大丈夫だな。俺も、これでようやく、力を抜ける。
「眠る前に一つ聴きたいわ」
「……んだよ」
「アンタは、これからどうするの?」
「俺は……」
月美の仇を討つ為に、美命に復讐するのか?
それとも、もう生きる気力もなくしてこのまま朽ち果てるのか?
違う。俺がしたいのは、そんなことじゃない。そうだ、俺は…………。
「アイツの分まで……生きたい。
生きて……アイツが見られなかった景色を………この命に刻みたい」
「そう、それがアンタの生きる意味なのね」
ルーミアはその場で屈むと、俺の頭を優しく撫でた。
少し恥ずかしいと思ったが、なぜかその手の感触が懐かしく想えた。
「少しでも生きたいと願うのなら、今は私の胸で眠りなさい」
そう囁くルーミアの周りを、彼女の影が覆い隠す。
夜の帳よりも暗く、しかしどこか安心するような闇に包まれながら、俺は眠りに落ちていった。
「おやすみなさい。ユウヤ」
これにて第一章は幕を閉じました。
この後、彼がどうなったのかは次回のお楽しみにということで、お願いします。
さてと、今回彼は最愛の人を失い、同時に多くのモノを得ました。
それが物語にどう紡がれていくのか、それは僕にもわかりません。
ですが、最後には皆さんに満足していただけることを願うばかりです。
さぁ、物語(悲劇)は始まったばかりです。
これからもどうぞ、この東方幻想物語に立ち寄ってみてください。
では、それまで良い夢を………。
次回予告
一つの物語は終わり、主人公はさらなる物語へと準備を始める。
東方幻想物語・星之煌編、『次の舞台へ』、どうぞお楽しみに。