―――神無優夜、神社の屋根にて
この村に来てから数ヶ月が過ぎた。
前の街での肩身の狭い扱いに慣れてしまっていた所為か、この村の人たちの心優しい扱いに若干戸惑っていた。目覚めてから人間関係に対して臆病になってしまっているが、あんな扱いを受ければそう思うのも無理はないか。
村の人たちの仕事を手伝っていくうちに、この時代の事についていろいろと興味深い話を聞いた。
どうやらここ最近、高天原から派遣された天津神たちが日本の国土を統治しようと躍起になっているらしい。
これは古事記や日本書紀に記されている有名な『国譲り』、今がその時期なのだろう。
国譲りとは、天照大御神ら高天原に住む天津神が「葦原中国(あしはらのなかくに)を統治すべきは天津神、とりわけ天照大御神の子孫だ」と言って、出雲に数柱の神々が降りた。その後、大国主神は自身の宮殿を建設させると引き換えに国を譲った。
既に何人かの神が降りたっているというが、どれもこれも失敗ばかりという。
天照大御神の息子である天忍穂耳命(あめのほしおみみ)は下界を覗き、自分では手に負えないと天照に報告した。その後に、数々の神が下界に降りることになった。
一人目の天菩比命(あめのほひ)は大国主神の家来となって三年は高天原に帰らず。
二人目の天若日子(あめのわかひこ)は大国主神の娘と結婚して八年は帰らず。
三人目の雉(きぎし)の鳴女(なきめ)は鳥の姿となって天若日子を問いただすと、矢で胸を射抜かれて帰らぬ者となってしまった。その後、投げ返された夜に胸を射られて天若日子は死んだ。
史実通りというか、改めて聞くと神様もマイペースな奴らばかりだな。
そんな感じで、天津神側は未だにこの国を治められていないという。
ちなみに東方でよく知る諏訪大戦、これは古事記が元ではなく、諏訪の伝承を基にしたものだ。
今はその諏訪大戦は起きていないらしいが、どうやら天津神がいる大和の国ではその事について動きがあるらしい。
まぁ、この村に人間にとってはそんなことは関係ない。
誰がこの国を治めようが何かが劇的に変わるわけもない。俺が元居た時代でも同じだったからな。
そんな感じで、原作にどうやって絡むかと考えながら、俺はいつものように昼寝をしていた。
陽気な日差し、心地良い風、澄み渡る青空、静かな空間、昼寝をするには良い条件だ。
「あゝ、神様は言っている。ここで昼寝をすべきだと」
「神様はそんなこと言いませんよ」
「ん?」
上半身を起き上がらせると、声がした方へと視線を向けた。
そこには境内のど真ん中、神の通る道とされる参道の中央に立つ、一人の少女がいた。
髪の左側を一房髪留めでまとめて垂らしている緑髪のロングヘア、白と青を基調した巫女装束(何故か腋の部部はない)、頭には蛙の髪飾りを付けている。
俺が知る『常識に囚われない巫女』と同じ既視感を覚えたが、すぐに別人であることを察した。
まぁ、この時代にあの人がいるわけもないし、いるとすれば恐らくその直系の先祖だろう。
というか、何でそんな巫女がこんな所にいるんだ? 確かここって諏訪とあまり関係ないよな?
「あの~聴いてます?」
「ん? あゝ、すまない。少し考え事をしていたからな」
俺はそう言うと屋根から飛び降り、その少女の目の前へと歩み寄った。
……うん。見れば見るほど似ている。これで全く関係ない人だったら驚くぞ。
「すまないが、どちら様?」
「それはこっちの台詞です。何でうちの分社で勝手に寝ているんですか」
「勝手にって………ん? 分社?」
少女の話を聞いて、俺は疑問に思った。
分社とは本来の祭神を別の社で祀る場所の事を言い、その分社でも元の神社と同じ働きができる。原作では守矢の分社が博麗神社にも建てられている。
そんなことよりも、この神社が分社ということは…………もしかして。
「とりあえず名乗っておくか。俺は神無 優夜、ここに居候している人間だ」
「東風谷 叶恵(こちや かなえ)です。洩矢神社の巫女をしております」
「ご丁寧にどうも。洩矢神社というと、諏訪の国を治めてる神様のところか」
「よくご存知で。そう、ここは諏訪子様の分霊を祀っている分社なのです」
「へぇ~」
俺はそう言って後ろに振り向いて改めて神社を眺める。
確かに神力を感じていたが、まさかここが諏訪子ことケロちゃんの分社だったとはね。
でもおかしいな。星羅はそんなこと一言も言わなかった。何かあるのだろうか。
「しかし、神聖な神社ので昼寝をするとは……なんと罰当たりな」
「知るかよ。神様を信仰しても、俺には何の得もないからな。罰当たりも何もあるか」
「自分の過ちを謝るどころか、神への冒涜とは………許せません!!」
よほど信仰心が高いのか、叶恵は俺に向かってお祓い棒を振るってきた。
俺は難なくそれを避けるが、頭に血が上った彼女は俺に向かって無茶苦茶にな軌道を描きながら何度も向ってくる。
なんというか、その道の達人の動きなら読めるが、まったくのど素人の動きは読めない。ある意味天敵みたいなやつだなと、俺は軽やかにステップを踏みながらそれらを避けてく。
「なぁ、アンタ「何しに来たんですか、叶恵」――!!」
声がしたのは階段の方、叶恵の向こうには今日の買い物を済ませた星羅が立っていた。
しかし、その表情はいつもの冷静なものではなく、その瞳には怒りのようなものが宿っていた。
星羅は叶恵に一切目もくれずに通り過ぎると、叶恵は急いで呼び止める。
「せ、星羅……」
「今更何をしにこんなところまで来たんですか」
「私はその、貴女の様子を見に」
「余計な心配はしないでください。これでも一人で生きてきたんですから」
「でも……」
「それに、今はルーミアさんやそこのユウヤさんもいますから、寂しくもありません」
星羅は振り返りもせず、突き離すように叶恵へと言い放つ。
いつも冷静で感情を表に出さない彼女が初めて見せるその怒りにも似たその様子に、俺は気にならるを得なかった。
「帰ってください。そしてできれば、もう二度とここに来ないでください」
「ん?」
「それは……!!」
「私を見捨てておいて、話せる言葉がそれだけですか?」
星羅は振り返ると、睨みつけるように叶恵の目を射た。
叶恵は怯えるように後退りすると、寂しそうに目を伏せ、悔しそうに歯ぎしりをして踵を返した。
「私は、諦めませんから」
そう言い残して、叶恵はその場を去っていった。
残されたのは殺伐とした静寂と、言いようもない気まずい空気が漂う俺と星羅だけ。
「……今後あの人をこの村で見かけたら、遠慮なくつまみ出してください」
「いいのか? あちらさんはお前に話があるようだったのに」
「構いません。もう、あの人達との縁なんてとっくの昔に断ち切っているんですから」
星羅はそう言い残し、その場を去っていった。
最後に残るは俺一人、陽気な日差しは雲で隠れてしまい、少し冷たい風が境内に吹いていた。
「これはまた、面倒な事になりそうだな」
そう言って俺は星羅が去っていた方へと振り返る。
彼女が去るとき、彼女の瞳には怒りというよりも、後悔にも似た悲しみが宿っていたのだから。
空亡「なんというか、人間て難しいですね」
優夜「お前が言うと全然似合わないな」
空亡「そうですね。では話を変えるとしましょう」
優夜「そうしてくれ」
空亡「この話、調べながら書いているとやっぱり面白いですよね」
優夜「普段歴史とか神話とか苦手なのに、こういうところはこだわるんだな」
空亡「いくら二次創作とはいえ、そこらへんはきちんとしておきたいですからね」
優夜「真面目なのか不真面目なのか、よく解らない奴だな」
空亡「まあ、その分東方の要素が薄れていくんですけど」
優夜「もう、これを東方二次創作で出していいのかわからなくなるな」
空亡「ごもっとも」
次回予告
妖怪が知る物語、それは哀れな巫女の苦悩の物語だった。
東方幻想物語・星之煌編、『とある巫女の物語』、どうぞお楽しみに。