―――ルーミア、大和の国にて
半日かけて私と武蔵は大和の国へと辿り着いた。
特に思い浮かぶような出来事もなく、無事目的地へと来れたわ。道中では妖怪に何度も襲われたけど、どれもこれも歯応えがなくてつまらなかったわ。
「最近の妖怪も、弱くなったわね」
「お前が強いだけだ。なんだあの力は」
「さぁね。私が自然と使ってきた力だから、何と聴かれても答えようがないわ」
「そうか。……あの時勝負を挑んでいたら、俺も」
「良かったわね。私が今は人間の味方で」
私はそう言って武蔵の背後へと回ると、彼にそっと耳打ちする。
「それじゃあ、アマテラスまでの道案内は頼むわよ」
「だが、どうやってお前をそこまで連れていく?」
「これでも長く生きてるとね、自分の能力の使い方を色々と試すのよね」
「つまり、騒ぎを起こさずにここに潜り込めると?」
「その通り」
「やれやれ、お前が味方で本当に良かったよ」
武蔵が深い溜息を吐くのを見ると、私は彼の影を踏んだ。
すると私の身体はその影に溶けるように消えていった。元々私は『闇』の妖怪、身体なんて持ってなかった。だからこうして他人の影に身を潜めることもできる。
武蔵は自分の影を訝しげに見つめると、大きく深呼吸をして門を潜った。
この状態でも五感は機能しているけど、今の私にはどうでもいい情報ばかりだった。
大和の国はそこそこ栄えているし、そこに住む人間も皆活気に溢れている。ただそれだけだった。
気になる事といえば、武蔵の周りに女性が群がっていることでしょうね。
生真面目な性格を除けば、それなりに良い男みたいね。まぁ、ユウヤに比べたら天地の差ね。
……なんだか、あの人に再会してからこんなことばかり考えているわね。
そんな風に思っていると、武蔵の歩みが止まった。
そこは見るからに神を祀っているような豪華な建物、いつかあの人から聞いた「いずもたいしゃ」によく似たものが私、というより武蔵の目の前にそびえたっていた。
「ここがそうなの?」
「そうだ。……もう出てきたのか」
「心配ないわ。“何故か”この辺りには人がいないみたいだから」
「ならいい。だが、これからどうする気だ」
「直接聴くわ。今回の騒動の真相をね」
「それもいいが、ここにはあの方以外にも神はいるからな」
「その程度、私の相手にならないわ」
「だおうな。少なくとも騒ぎは起こさぬように」
そう言って敷地へと一歩足を踏み入れたその瞬間、私へと向かって大きな木の柱が飛んできた。
武蔵は大きく目を見開いて身動きが取れない、なら、私は避けるまでもなくその柱を影の刃で真っ二つに斬り裂いた。すると、柱は塵となって消えた。
「やれやれ、とんだ歓迎ね」
視線の先に、攻撃を仕掛けてきた人物が立っていた。
サイドが左右に広がった紫がかった青髪のセミロング、白色のゆったりとした長袖の上に赤い上着と臙脂色のロングスカート、殺気に混じる神力を察するに神の一柱だというのは理解できた。
彼女は私を睨みつけると、武蔵は小さな声で呟いた。
「……八坂様」
「なるほど、アンタが八坂の軍神、八坂神奈子ということね」
「黙れ、妖怪風情が無駄な言葉を利くな」
「あらあら、随分と嫌われているみたいね」
「当然だ。ここを何処だと心得ている」
「知ってなければこんなところ、好きで来るわけないでしょ? お馬鹿さんね」
「……図に乗るな」
神奈子が片手を上げると、空からさっきと同じ柱が何本も降り注いできた。
私一人なら簡単に避けらるのだけど、隣にいる武蔵は心ここにあらずの状態、一歩も動くことはできない。
「自分のところの神主を巻き込んでもいいのかしら?」
「妖怪に加担した奴なんぞに、かける情けもない」
「酷い人ね。そうらしいけど、アンタはどう思う?」
「……わからん。ただ、これだけは言える」
「なに?」
「俺はそれでも、八坂様を信じている。それだけだ」
「やれやれ、神が神なら、それに仕える人間も同じってわけね」
私は満足げに口端を吊り上げると、降り注いでくる柱を槍状にした影で貫いた。
突き刺した内部で無数の針へと形を変え、柱を見るも無残に粉砕した。その破片が私の神奈子の間にパラパラと音を立てながら落ちてくる。
「まったく、神様より人間の方がよっぽど話が分かるわね」
「なんだと?」
「上の命令にだけ付き従って自分で考えようとせず、誇りや威厳なんかを大事して、何が神よ。
そんなものを大切にするよりは、もっと視野を広めないと、そのうち足元をすくわれるわよ?」
「妖怪風情が知ったような口を」
「今だってほら、私か見えていないじゃない」
「なに――っ!?」
その瞬間、神奈子の背後にある自分の影から鎖の形をした影が飛び出し、彼女を縛った。
「いつの間に!?」
「私の影の射程距離はそこまで長くないわ。でも、他の影を伝うことでその範囲は無限に広がる。
影の種類は何でも構わない。人だろうと、動物だろうと、そう、何かの破片でもね」
その言葉に神奈子は私の足元を見る。
そこには、私の影から伸びた小さな一本の黒い線が、柱の破片と破片を繋ぎながら自分の影へと延びている光景が映っていたでしょうね。
「さて、それじゃ話でもしようかしら」
「くっ……どうして私を殺さない」
「勝手に私の目的を妄想しないでくれないかしら。私はただ会いに来ただけよ」
「そんな戯言が」
「人の話は最後まで聴きなさい。でないと―――っ!?」
その時、私の直感が危険を知らせた。
それはこちらにとって好都合と同時に、逆に私にとって面倒な事だった。
「ルーミア? どうかしたのか」
「驚いたわ。わざわざあっちから来てくれるみたいよ」
「なに!? ま、まさか直接俺たちを」
「ふふ、これで貴様らも終わりだな。いくら貴様でも、あの方に掛かれば」
神奈子がどこかの悪役みたいな台詞を言っているのを遮るように、拝殿の扉が勢いよく開かれた。
見惚れるほど美しい長い黒髪、紅色の着物の上に橙色の羽織を羽織っており、首には小さな鏡の付いた首飾りをかけている。人間が一目見ればその神々しさに言葉を失うでしょうね。
その女性は私を見ると、一歩踏み出してこう言った。
「るーちゃーん!!!!!」
数秒前の神々しさをどこかへと放り捨て、彼女は私へ向かって思い切り飛び付いてきた。
避けるのさえ面倒だった私はされるがまま彼女に抱きしめられると、満面の笑みに彼女は言った。
「久しぶりね、るーちゃん」
「はいはい。久しぶりね、アマテラス」
「も~そんな堅苦しい呼び方は嫌だって言ったじゃない。私の事は気軽に『あーちゃん』って」
「それこそ嫌よ。まったく、数億年ぶりに会っても何も変わらないわね」
「るーちゃんこそ、相変わらず可愛いわ。妹に欲しいくらい、いや、むしろお嫁さんに」
「そんなことより、この場の二人に説明してあげなさい」
「え?」
そう言って周りを見渡すと、笑えるほど呆気にとられている武蔵と神奈子の姿があった。
それもそうでしょうね。自分たちが信仰している最高神が、我を忘れてはしゃいでいるのだから。
なんというか、誰も悪くないのに申し訳ない思いがこみ上げてくるわ。
とりあえず、私はアマテラスを引きはがすと、未だ状況が把握できていない二人に説明する。
「単刀直入に言うと、彼女とは顔見知りよ」
「いや、それは今のを見て十分に理解しているが………」
「どうして天照様がかような妖怪と、その………仲睦まじいのか」
「ふふ。かなちゃん、こういうのには深い理由なんていらないのよ」
「は、はぁ………え、かなちゃん!?」
まぁ、自分の上司からいきなりあだ名で呼ばれた驚くわよね。
しかし、それでもアマテラスは気にせず、神奈子に説教をし始めた。
「それに、いくら妖怪でも相手の話はちゃんと聞かないといけないわよ。
神様は威張るって力を振るうだけの存在じゃないんだから、もう少し柔軟に考えないとね?」
「はい………申し訳ございません」
「違うでしょ。謝るのはるーちゃんとむっくんでしょ」
「むっくん!? え、俺!?」
「諦めなさい。彼女、ああいう性格だから」
「むぅ……喜べばいいのか、しかし恥ずかしいような」
「そういうわけだから、ちゃんと謝りなさいよ?」
「は、はい」
そう言って神奈子は私の武蔵の下まで歩いてくると、頭を下げた。
「すまなかった。一方的な勘違いでお前たちに攻撃してしまって」
「別にいいわよ。私はそれなりに楽しめたし」
「そうか……だが、武蔵は」
「俺もかまいません。むしろ、あの場で仲裁に入れなかった俺にも責任はありますし」
「本当、男のくせに情けないわね。ああいう場面は身を挺して女性を護るところよ」
「お前がただの女性ならな」
「あら、失礼ね。そう思わない?」
「むっくん……るーちゃんの事をいじめたら、消すわよ?」
「すみません。謝りますから神力を治めてください」
なんというか、ここに何をしに来たのか忘れるほど賑やかな雰囲気ね。
それを見ていた所為か、神奈子も自然と笑っていた。
「ふふ。今日は散々だな」
「そうね。でも、楽しいでしょ?」
「ああ。久しぶりだな、こんな気持ちは」
結局、人間も妖怪も神様も、根本的な部分は変わらないということね。
あの人が人間も妖怪も神様さえも、どれも平等に接する理由がよく解った。
「さてと、アマテラス。本題に入ろうかしら?」
「解ってる。でも、それは私には答えられない」
「どうして?」
「彼の存在には私たちは干渉できない。唯一できるのは、『正直者』だけよ」
「『正直者』? 一体何を」
私が詰め寄ろうとした時、アマテラスは私の口を塞いで顔を近付けた。
その瞳はかつて、私を滅ぼしに来た天照大御神そのものだった。
「もう物語は後戻りできないとこまで進行してしまった。
出演者である私たちには、決められた歴史の中でしか動けない。それが物語の掟。
いくら貴女でも彼には手を出すことすらできない。神無優夜と『七人の正直者』を除いてね」
「アンタは、何を知っているというの?」
「知ってはいけない真実、観客と役者を隔てる壁の存在、かしら」
アマテラスは悲しげに笑う。
明星 美命、彼という存在が一体何なのか、それは結局解らなかった。
「さて、それじゃあ明日の準備でもしようか」
「明日?」
「諏訪の国が無条件降伏を拒否した場合、かなちゃんとの決闘を提案した文書も持たせたからね」
「その話、本当?」
「本当だ。ご丁寧に、あの星羅という巫女に持っていかれたけどな」
「そう……なら、問題なく進むわね」
アマテラスは踵を返すと、青空に浮かぶ太陽を仰ぎ見る。
「どちらも、考えることが一緒なら良いわね」
空亡「……自分で言うのもなんですが、濃いですね」
優夜「ああ、濃いな」
空亡「ここまでくるといっそ清々しいと思いません?」
優夜「考えるのをやめてるだけだろ」
空亡「おっしゃる通りです」
優夜「しかし、物語もようやく終わりが見えてきたな」
空亡「ソウデスネ」
優夜「何で片言なんだよ」
空亡「なんとなくです」
優夜「くだらない尺稼ぎするくらいならもう少し話題を出せよ」
空亡「もう僕の中でもこの『あとがき茶番劇』のネタがもう空っぽなんですよ」
優夜「ちょっと待て、このあとがきにそんな名前いつ付いたんだ?」
空亡「今さっきです。思い付きってのも大事かと思いましてね」
優夜「……もういいわ」
空亡「どうもありがとうございました」
次回予告
これは私の苦悩を綴った一人語り、彼にも言えぬ私の独白。
東方幻想物語・星之煌編、『天宮星羅の独白』、どうぞお楽しみに。