―――天宮星羅、洩矢神社にて
私は無能な巫女、叶恵の代わり………そう呼ばれてきました。
洩矢様に実の娘同然に育ててもらい、巫女として成長した。
けれど、私には巫女としての才能は何もなかった。
妖怪と戦えるような力もなければ、奇跡を起こせるような力さえなかった。
昔までは、そんな私をみんなは優しく励ましてくれたというのに、叶恵という優秀な巫女が来てから私に対するみんなの態度は変わった。
その時気付いたんです。みんなが見ていたのは私ではなく、洩矢様のに育てられた巫女だったと。その日の夜、私は星に願いました。『この場所から逃げたい』と。
その翌日、国を一匹の妖怪が襲いました。
それは人間の大人よりも一回り大きな蛇の妖怪、さすがの叶恵でもこれには手を焼いていました。
しかし、それを何とか退けましたが、妖怪は逃げる時に人間に襲い掛かりました。私はとっさに身を挺してそれを庇いました。
妖怪に連れ去れるとき、叶恵が私の事を叫んでいるのが見えました。
あの子は、私が無能と蔑まれてもずっと私の傍にいてくれた優しい子。だから私はあの子の事を嫌いになれなかった。憎むことができなかった。
諏訪の国から遠く離れた森の中、私は妖怪から解放されました。
妖怪は私を一瞥すると、森の暗がりの中へと消えていきました。私はてっきりい喰われるのかと思ったのですが、どうやら彼にはそんな気がなかったようでした。
その時私は気付きました。私はあの場所から逃げ出せたということに。
私は狂ったように笑いました。
他にも妖怪がいるかもしれないというのに、私は大声を上げて笑いました。
意外な形とはいえ、私はあの場所から逃げ出せた。助けに来る可能を考えましたが、そんなものは最初からないと私は知っていました。
これで私は自由になれた。これで、もう無能だと言われることもなくなった………と。
けれど、なぜか雨も降っていないのに、私の頬には滴が伝っていました。
その後、私は森を彷徨い歩きました。
するとその時、私は森の中に祠が建っているのを見つけました。
歩き疲れた私は祠に寄り添うように座りました。不思議なことに、祠の中から安らかな寝息が聞こえてきました。
ただの幻聴かもしれない。そう思っていたとしても、私はそれを聴いて安心してしていました。
昔にも体験したような感覚、それを噛みしめながら私は星々が煌く夜空を見つめました。
それからの事は、私が語ることはありません。
ルーミアさんに拾われ、村の一員として受け入れられ、神社の巫女になって………その時に気付きましたが、まさか洩矢様の分霊が祀ってあると聞いたときは驚きましたね。
そして、何よりも驚いたのは彼、神無優夜という人ですね。
あの時から密かに祠に行っては叶恵や洩矢様の無事を祈っていたというのに、まさか眠っていたのが人間だったとは。憶えていないとはいえ、我ながら恥ずかしいですね。
優夜さんが村に住むようになってから、私やその周りも変わりました。
困っている人には積極的に手を貸し、子供たちの良い遊び相手になったり、ルーミアさんの遊び相手になったりと、彼が来てから村がより一層明るくなったのを感じました。
そんな彼を見ていると、私の胸が日に日に高鳴っていくのを感じていました。
この時に初めて気付きました。私は彼に恋をしたのだと。
少 女 祈 祷 中
洩矢神社の屋根の上、私は今夜も星を見るためにここへとやってきました。
昔からそう、私は落ち込んだ時や嬉しい事があった時はここに来て星を眺めて心を落ち着かせる。
そうすれば、色々と高ぶった感情を沈ませて静かに眠れるから。
でも、今日はどうやらしばらくは眠れそうにない。
洩矢様と叶恵とようやく和解できた。その喜びが胸の鼓動を速めている。それだけじゃない、明日に対する不安も心の中で渦巻いている。
大和の国からのもう一つの文書、そこに書かれていた洩矢様と八坂の決闘。
それが明日、諏訪湖で行われる。勿論洩矢様は戦う気、あちら側もその答えが解っていてもう一つの文書を用意したのでしょう。用意周到ですね。
しかし、無駄な被害が減るとはいえ、大和側の力は洩矢様よりも強い。
もし、負けるようなことがあれば、この国はどうなってしまうのか。そう考えると眠れなかった。
「一度は見捨てられた国の行く末を気にするなんて、今日の私はどうもおかしいですね」
「それが本心だろ、お前の」
振り返ると、そこにはユウヤさんが立っていた。
「どうして、ここに?」
「お前と似たような用事だよ」
「似た?」
「月を眺めるのが日課だからな。まさか先客がいるとは思わなかったけどな」
そう言ってユウヤさんは私の隣に座ると、夜空に浮かぶ月を仰ぎ見た。
「今夜も月が綺麗だ」
「そうですね。ですが、私は月よりも星が好きです」
「どうしてだ?」
「一つ一つは小さな光でも、たくさん集まれば素敵な光景になり、夜空に絵を描くこともある。
それを見ていると、私の悩みなんてちっぽけなんだと、そう思えてくるんですよ」
「月明かりよりも星の煌きか。たしかに、月一つじゃ夜空は物足りないかもな」
ユウヤさんはそう言って笑った。
この人はいつも笑顔だ。面倒事を押し付けられても、皮肉を言って笑っている。
けれど一度かけ、彼が私を説教した時に見せたその表情は、すぐにでも思い出せた。
私の心の中に踏み込んできて、私の中から勇気を引き出してくれた。そんな彼を、私はいつの間にかじっと見つめていた。
「どうした?」
「いえ。少し考え事を」
「もしかして明日の事か?」
「それもありますが。今は違いますね」
「よかったら相談に乗るぜ?」
「そうですか。では、ユウヤさんに聴きたいのですが」
私はユウヤさんに尋ねた。
「恋というものはどういったものなのでしょう?」
「……え?」
「私は人を愛するということはしたことがないので、良ければご教授願えればと」
「へぇ……お前もそういうことを考えるのか」
「これでも女性ですからね」
もしかしたら、私が彼に抱いている感情は恋とは違うのかもしれない。
もしそうならば、私の気持ちが彼に対して抱いているのは何なのか、それをはっきりさせたい。
ユウヤさんは腕を組んで考え込むと、静かに語りだした。
「……正直言って、俺にもよく解らない。
いくら言葉を交わしても、何度身体を重ねても、ちゃんとした言葉には出来ないんだ」
「ユウヤさんも、恋をしたことはあるのですか?」
「あるさ。けれど、俺のは悲恋(こい)は永くはなかったな」
そう語るユウヤさんの瞳は、悲しみで揺れていた。
この人は、未だその悲恋に囚われている。そんな気がした。
「そんなことで一々悩んでいたら、その愛する人に怒られてしまいますよ」
「そうだな。俺は能天気に笑っていた方が性に合うってことだな」
「それもそれで困りますけどね」
「ひどいな」
ユウヤさんが月を見上げると、何かに気付いたように目を見開いた。
「……あ、一つだけお前の質問に答えられるかもしれない」
「なんですか?」
彼は腕に巻いたリボンを握り締め、こう言った。
「目の前の景色が綺麗に見えるのは、きっとその隣に大切な奴がいるからだな」
そう呟いた彼の瞳、そこには私なんて映っていなかった。
あゝ、そうだ。この人の目に映る月が綺麗に見えているのは、その隣に彼女がいるかだ。
私がその間に入る余地なんて、そこには無い。それを今、私は気付かされた。
「なんて、ちょっと恥ずかしい台詞だったかな」
そして確信した。彼に対するこの気持ちは、間違いなく恋だと。
でも、それは決して叶うことのない悲恋、実ることのなく朽ちるものだった。
「そういえば、星羅が恋の事なんて聞くということはもしかして………」
あゝ、お星様。これは私の身勝手な願い、それでもいいのなら聞き届けてください。
彼の隣に居たいだなんて言いません。彼の心を私のモノにしたいだなんて言いません。
でも、一瞬だけでかまいません。彼の瞳に、私を映してください。
「好きな奴でもできたんじゃ―――!?」
気付いた時には、私は彼の唇を奪っていた。
驚きと少しの悲しみの交じった紅い瞳、そこには今、私しか映っていない。
これが私の精一杯の勇気、貴方に出会って初めて抱いた悲恋を表す行動です。
「星羅……」
あゝ、もしも叶うのならこの一瞬が永遠に続いてください。
彼が彼女の事を忘れ、目の前の私にか見えていないこの一瞬を、私にください。
「あゝ、たしかに……」
大切な人と見る星空は、いつもより綺麗ですね。
次回予告
諏訪大戦、それは国譲りの最中に起きた一つの戦い。
しかし、そんな出来事など、彼の前ではただの前座に過ぎないのだ。
史実通りに物語は進み、その後に待つのはどんな結末か?
東方幻想物語・星之煌編、『遊戯の後に待つ者』。