―――神無優夜、諏訪湖の畔にて
決闘当日、俺と諏訪子は湖の畔で大和からの使者を待っていた。
星羅は村に急用があるのを思い出し、朝早くから出て行った。妖怪に襲われるなどの心配もあったが、むしろ体力が切れて道端で倒れないかが心配だった。
そんな考えを察したのか、隣で立っている諏訪子が俺に言う。
「そんなにあの子が心配なら、今すぐに言ってやればいのに」
「いや、その、なんというか今のアイツとは居難いというか」
「……まあ、あんな事した後じゃね」
「うぅ……」
俺は昨晩の事を思い出し、頭を抱えた。
そうだ、俺は星羅にキスされた。しかし、それだけだった。彼女は俺の瞳をじっと見つめ、そして「ありがとう」とだけ残してその場を去っていった。その間、俺の頭の中は真っ白だった。
いつもの俺ならあの場で気の利いた台詞も言えたのに、あの時の俺は何も言えなかった。
「やっぱりまだ、吹っ切れてないのかな」
「悩め悩め。その方が人生も少しは面白いから」
「他人事だと思って気楽だな。あと、何で昨日のこと知ってるんだよ」
「あの子の習慣は前々から知ってるから、二人きりで世間話でもと思ったのだけど」
「先客がいたからそのまま盗み聞きかよ」
「待ってたら偶然聞こえて、そして見てしまっただけだよ」
「そうかよ」
納得はいかなかったが、これ以上諏訪子に何を言っても俺の悩みは解決できない。
とりあえず、今はこの戦いの見届け人としての俺の役目を全うするだけだ。
そんなことを考えていると、向こうから見知った顔が歩いてきた。
「待たせたな。そこのちっこいのが洩矢の祟り神か?」
「出会い頭にちっこいとは失礼だね。そういうアンタは八坂の軍神で間違いないね?」
「ああ。……そこにいるのは」
「見届け人だ。……ところで、どうしてお前がいるんだよ。ルーミア」
そう、神奈子の隣に何食わぬ顔で立っているのは間違いなくルーミアだった。
事情を聴くと、どうやら虫とともに大和の国へと言って、そこで一戦交えて仲良くなったという。なんだこの青春漫画でよくあるような喧嘩の後の友情みたいなの。
「それじゃあ、あの文書の内容通り、一対一の決闘で問題ないな?」
「心配するな。強引な手を使ってきたが、こちらとて神の一柱。約束は守る」
「杞憂だったな。なら、お互い準備ができ次第さっさと始めてくれ」
「何でアンタが進行してるのよ」
「つまらない国盗り合戦なんかさっさと終わらせたいだけだ。巻き込まれてる人間の事考えろ」
「ご、ごめん」
「ふふ。神様相手にも相変わらずね」
「うるさい」
ルーミアの頭を叩こうとしたが、影によって受け止められた。
そんなことをしているうちに、諏訪子と神奈子は湖の上へと飛んでいった。
「神と神、この勝負はどちらが勝つかしら」
「俺に聴くか?」
「いえ、聴かなくてもこの勝負の行く末は解ってる。問題はその後よ」
「そうだな。でも、そういうのは後に考えるとしようぜ」
「そうね。それに、勝負というものは最後まで何が起きるかわからないものね」
「もしかして最初にあった時の事、まだ憶えているのか?」
「さあ、どうかしらね」
ルーミアがそう言って小さく笑うと、湖上で大きな爆発が起きた。
どうやら始まったようだ、諏訪大戦と呼ばれる歴史の出来事が。
「そういえば、どうして大和の国へなんて行ったんだ?」
「特に理由はない。と言っても信じないわよね」
「当たり前だ。理由なくそんなところに行くほど、お前も無謀じゃないだろ」
「たしかにそうね。よく解ってるじゃない」
「これでも一度は殺し合った仲なんだ。それなりに理解しているつもりさ」
湖上で行われている戦いを眺めながら、俺とルーミアは互いの事を察していた。
「……大和の国でアマテラスと会ったわ」
「やっぱりか。元凶を突き止めるなら手っ取り早いからな」
「でも、解ったことは美命が進言したことだけ。あとは……」
「なにかあったのか?」
「……ねぇ、アンタは『正直者』について何か知ってる?」
「『正直者』? 俺が知ってるのは嘘を吐かい奴の事だけど」
「まあ、それが普通よね」
「それがどうしたんだ?」
「アマテラスが言ったのよ。アイツに干渉できるのは『正直者』だけ。私たちにはどうにもできないって。いつもお気楽な彼女が、その時だけは本気だったのよ。私を殺しに来たときみたいにね」
そう語るルーミアの表情は、どこか悔しそうだった。
「私は何も聴けなかった」
「いや、それだけでも十分だ」
「気休めならいいわ」
「違う。正直言って、少し嬉しいんだよ」
「え?」
ルーミアが俺の方へと顔を向けると、彼女は目を見開いた。
当然だろうな、今の俺は口端を吊り上げて笑っているのだから。
「少なくとも、俺以外に殺される心配はないってわけだな。安心したぜ」
「……ユウヤ、アンタは」
「ああ、解ってる。自分がどれだけアイツの事を憎んでいるのか、自分が狂ってきてることも」
「憎しみに心を囚われたら、もうアンタは人間でなくなってしまうわよ」
「……それでもいい。なんて言ったら、きっと怒られるだろうな」
俺は腕に巻いたリボンを握り締め、そう呟いた。
「大丈夫、復讐の先なんて高が知れている。だから、その先を俺は見なければならない」
「いつもの調子に戻ったわね」
「ああ、心配させたな」
「いいわよ。ところで、星羅も一緒じゃなかったの?」
「アイツなら先に村に戻った」
「そう。だとすると、武蔵と同じくらいに辿り着くのかしら」
「武蔵も村にいるのか? てっきりそのまま帰ったかと」
「そうは言ったんだけど、神社でお札を忘れてきたから取りに戻ったみたいよ」
「アイツも大変だな」
「こっちに比べたら可愛いもんよ」
湖上を見つめると、そこには湖に突き刺さる無数の御柱の一本の上に立つ神奈子と、赤く錆付いた鉄輪を握り締めた満身創痍の諏訪子がいた。
史実通りの展開、正直諏訪子を手助けしたいが、物語の進行に関わるのでそれはできない。
俺はただ、目の前の物語を最後まで見届けるだけだ。
少 年 少 女 祈 祷 中
しばらくの時間が経ち、二柱の決闘に決着がついた。
勝利したのは神奈子の方だ。互いの力は均衡していたが、最後には神奈子の方が圧倒していた。
戦いを終えた二柱は互いにボロボロの状態で俺たちのところに戻ってきた。諏訪子に関しては、神奈子に背負われていた。
「お疲れさん。派手にやったな」
「本気でなければ、相手に悪いからな
「あーうー……負けた~」
「こっちはこっちで伸びてるわね。あとで神社の方に運んでおこうかしら」
「そうしてくれ。もう、私も限界だ」
「あはは……ったく、終わった後は呑気だな」
俺は二柱をつれて諏訪の国へと向かった。
手当てをするにしても、まずは休ませないとな。問題は、まあ二柱に任せるとしよう。
それに、俺も自分の想いに決着をつける心の準備もしたい。今日はゆっくりと休ませてもらおう。
「ん? どうしたルーミア」
「いえ、なんでもないわ」
ルーミアは対岸を睨みつけるように見ていたようだったが、何事もなく俺たちの後についてきた。
―――???、諏訪子の対岸にて
その場を去っていくユウヤたちを見つめる影が一つ、そこにはあった。
白い髪を風に靡かせ。蒼い瞳は彼が最も愛する人間の事をまじまじと見つめている。
「まったく、本当に見境がないですね彼は」
それは怒っているようでもあり、楽しんでいるかのような声色だった。
アマテラスに必要なことを吹き込んだ後は静かに身を潜めていたが、物語の終盤になって彼は現れた。物語を完成させる為、彼は最後の準備に取り掛かる。
「さて、後は任せましたよ。僕の可愛い神話生物(ペット)たち」
一陣の風が湖面を揺らすと、その水面に彼以外の『化物』たちが映っていた。
それは神話の中に存在する架空の生き物、人間に害をなし、狂気へと誘う、『化物』だった。
次回予告
戦いはあっけなく終わりを告げ、夜がやってきた。
しかし、その日の夜は月も星も見えぬ曇り空、彼の心と同じだった。
光無き夜の闇の中、物語は残酷にも結末を刻むだろう。
東方幻想物語・星之煌編、『旅人よ覚悟せよ』。