―――神無優夜、小さな村にて
その村は、諏訪や大和に比べて栄えているような所ではなかったが、笑顔の絶えない村だった。
少し古びた家々が立ち並び、脇道には野菜や作物が育つ畑があり、いつも人で賑わっていた。
村のお年寄りは世話好きで、俺や星羅に健康に気を付けるようにと口うるさかった。近所の子供たちにはよく昼寝中に悪戯されたが、俺が人間と少し違うと知っても変わらず接してくれた。
あの若店主はいつも俺が仕事を手伝った時、売れ残った野菜を俺たちに分けてくれたっけ。そういえば、奥さんと仲良く話してたら後でこっぴどく怒られたんだよな。今思うと嫉妬心の強い奴だったんだな。
そんな思い出が、フィルムロールのように俺の頭を駆け巡っていた。
それは、まるで目の前の光景を必死で否定させているように、俺は思えた。
目の前に広がるその光景は、俺が知っているあの村の光景とは全く違っていた。
瓦礫と化した家々、踏みつけられた畑、そして辺りにはここで起きた惨劇を見せつけるかのように見るも無残な住人の亡骸が転がっていた。
月明かりのない村を、俺はただ黙って歩いていく。だが、その度に俺の心は締め付けられる。一年だけとはいえ、歩きなれた道を踏みしめると、ここがあの村だということを思い知らされる。
四肢を引き千切られた者、真っ黒に燃え尽きた者、恐怖で歪んだ顔のまま死んだ者、どれもこれも目を覆いたくなるような光景だが、俺は何故かこの光景を知っていた。
そんな時、俺の足元に何かが当たった。それは、泥や血で汚れた大根だった。
視線を巡らせると、すぐ先の道に瓦礫となった一軒の店が見えた。俺の記憶が確かなら、そこはあの若店主が営んでいた八百屋だった気がする。
俺は店の前まで行くと、しばらく考え込んで、瓦礫の中を漁り始めた。
もしかしたら、まだ生きている奴がいるかもしれない。そんな淡い希望を、俺は抱いていた。
けれど、いくら瓦礫をどけても人の姿は見えやしない。そう思った時、瓦礫の奥に人影が見えた。
急いで瓦礫を次々とどけると、そこにはあの若店主と奥さんが寝転んでいた。互いに寄り添うように、若店主が奥さんの事を護るように抱きかかえていた。
一見すればまだ生きているかのように見えるが、二人の胸に空いた大きな穴が、そんな考えを微塵も肯定させなかった。
「……最期まで見せつけやがって、この野郎」
俺は二人の亡骸をそのままにすると、再び歩き出した。
その足取りは重く、感情を押し殺し、静かな悲しみが涙となって地面に落ちていった。
しばらく歩くと、俺は神社があった場所へと辿り着いた。
粉々に壊れた赤鳥居、木造の瓦礫と成り果てた本殿………そう、もうここは神社ですらなかった。
重い足取りで本殿だった場所へと歩いていくと、そこに星羅はいた。
「……来たん、ですね………ユウヤ、さん」
「ああ、来たよ」
星羅は息も絶え絶えに言葉を紡いだ。
綺麗だった着物は所々が破け、その傷口からは血が滲み出ている。いや、そんな怪我よりも目を惹くのは、彼女の胸から広がる赤い赤い血の痕だった。
「随分と派手にやられたな」
「えぇ………剣で一刺し、見事に………やられちゃいました」
「その割には、まだ息があるんだな」
「はは……どうして、でしょう………不思議です」
星羅は笑うが、彼女の顔からは血の気が引いていっていた。
もう、いつ死んでもおかしくはないというのに、それでも彼女は俺とこうして話している。
「ユウヤさん………」
「なんだ?」
「私は、結局……無能でした。村も護れず……自分も護れず……。
みんなが死んでいくのを………見ているだけ、でした。何も、できなかった………っ!!!」
星羅はそう言いながら、大粒の涙を流した。
「お前の所為じゃない。悪いのは、俺だ」
「ユウヤ、さん」
「俺がここに来たから、俺が幸せになろうとしたから、みんなを巻き込んでしまった。
解っていたのに、俺は………また何も護れなかった。この村も、そして、お前も………」
俺は星羅に歩み寄ると、その場で膝から崩れ落ちた。
数億年前の惨劇が、俺の脳裏でフラッシュバックする。星羅と月美、その姿が重なってしまう。
「俺が来なければ………俺があのまま眠っておけば、こんな事には………っ!!!」
「それは……違います。ユウヤさんは、悪く…ないです」
「でも!!!」
声を荒げると、星羅の手が俺の頬へと触れた。
「これは最初から決められていたんですよ。ユウヤさん」
「何、言って……」
「私は、最初からこの場所、この時に死ぬ『予定』だった。それが、物語にとって必要な場面。
私が死ぬことで、この物語は完成する。これが、私にとっての最高に幸せな終わりなんです」
「ふざけるな、何が物語だ……何が死んで幸せだ!!!」
俺は星羅の胸ぐらをつかむと、あらん限りの声で叫んだ。
「どいつもこいつも『物語』ばかり言いやがって、まるでここが現実じゃないみたいに」
「そうです。現実じゃない、これは幻想………誰も幸せになれない、『ユメモノガタリ』の世界」
「ユメモノガタリ………っ!!!」
その時、俺の頭にノイズの様なものが走った。
夕暮れ……図書室……金髪の少女……貫かれた胸……血だまり……俺の友……“セイラ”………!!!
砂嵐の中に映し出される数々の場面、それは俺が見た“天宮”の最期の姿だった。
「今、のは……」
「『最も高潔な“私”は、嘘吐きに誘われ、その胸を刃で貫かれて血の海へと沈み、眠りにつく』」
星羅は歌うようにその言葉を紡いだ。
初めて聴くはずの俺は、なぜかその詩を知っているような気がしていた。
「この物語に……終わりはありません。ただ……永久に舞台を演じ、観客を楽しませるだけです」
「観客って……一体誰の事なんだ」
「教えたい、ですけど……もう、時間はありません」
小さく笑う星羅、よく見ると手先足先から光になっていっていた。
「元々、私たちはこの世界の住人ではありません。故に、亡骸すら残すことを許されません」
「なんだよ、それ………もう何が何だかわからねえよ!!!」
「はは……そう、ですよね。いきなりこんな話、受け入れられません………よね」
「ああ、だから………最後まで聴かせろ。まだ、死ぬんじゃねえ!!!」
「それは、無理ですよ。もう、私の役目は………終わりましたから」
星羅の身体が光に包まれ、消えていく。
俺は引き留めることもできず、ただそれを見ていることしかできなかった。
「ユウヤさん……少しだけ、いいですか?」
「なんだ……別れの言葉なら、早く済ませろよ………っ」
「そうですね。では、私からみんなに伝えてくれませんか。『今までありがとう』と」
「ああ、それくらいならお安い御用だ」
「ありがとうございます」
「それだけか?」
「いえ、最後に一つだけ」
星羅は悪戯に笑うと、俺の頭へと手を回し、自分へと引き寄せた。
「ユウヤさん、今までありがとうございました。
短い間でしたが、貴方と……ルーミアさんと過ごした日々は、とても楽しかったです。
貴方のお陰で、私は最後に自分のここでの因縁に決着をつけることができました。
思えば、あの日森で出会い、共に過ごし、ここで死ぬのはまでが台本通りなのでしょう」
星羅の言葉が紡がれるたびに、俺の涙が彼女へと落ちていく。
「けど、一つだけ自分の意志が起こしたものがあるのなら、それは貴方に恋をしたという事です。
誰の思惑でもない、私は自分の意志で貴方を好きになった。これだけは自信を持って言えます。
たとえ、実ることのない恋だとしても、それでも、最後に私から、願ってもいいのなら………」
星羅の声が、涙で震える。
「私は……ぁ…貴方に、惚れてもいいですか?」
耳元で囁かれたその声は、とても弱々しく、まるで懇願しているかのような、そんな声だった。
「俺は……自分でもどうすればいいのかわからない。
復讐に生きることも、平和に生きることも、幸せに生きることも、すべて否定される。
それならせめて、俺は自分自身に正直に生きていきたい。それが、俺の答えだと思うから」
俺は星羅を抱きしめると、俺の正直な思いを伝える。
「愛してるよ………“セイラ”」
「嬉しい、です………ようやく、聴けました」
星羅の身体を包む光が、輝きを増していく。
「最後まで、お供しますよ………」
その言葉を最期に、星羅は微笑んだまま光となって夜空に溶け込むように消えていった。
俺の手に残ったのは彼女が最期まで付けていた星の首飾りと、小さく煌く光だった。
光を自分の胸へとかざすと、俺の身体へと吸い込まれていき、三つの鼓動が聴こえてきた。
「受け継いだぞ。お前の命……」
俺は星羅の首飾りを握り締め、夜空へと向かって泣いた。
次回予告
彼女が最期に残した言葉の意味、それを知る為に彼は行く。
その先にあるのが、救いのない結末であろうと、彼は進むだろう。
だが、彼を待つのは狂気に歪んだ宿敵。
それと、この世に存在してはならない冒涜的な”バケモノ”たちだった。
東方幻想物語・星之煌編、『邪なる化物の宴』。