―――神無優夜、惨劇が起きた村にて
夜明け前、俺はあの村へとやってきていた。
神話生物との戦いの後で疲労は残っていたが、まだ俺にはやるべきことが残っている。
ふらふらとした足取りでそこへと辿り着くと、村の入り口にひとつの影が立っていた。
「お前は……」
「よぉ、遅かったな」
そこにいたのは、大蛇の妖怪である浅蔵だった。
彼はとぐろを巻いて俺の事を待っていたようだった。
「なんで、お前がここに」
「お前が来るなら、ここだろうと思ってな」
「俺になんか用か?」
「別に大した話じゃない。ただ、お前がまだ正気なのか確かめに来ただけだ」
「正気、ね……」
一夜で大切にしていたものを根こそぎ奪われ、正気を保っていられるはずもない。
それを心配して、浅蔵は俺の下へと訪れたということか。
「心配するな。これでも気持ちの切り替えはきっちりしてるんだ」
「そうかよ。それなら俺の杞憂ってことだろうな」
「ああ、それと……アイツらの場所の教えてくれてありがとよ」
「お前には借りがあるからな。それを返しただけだ」
「律儀な妖怪だな」
俺が小さく笑うと、浅蔵は俺に問いかけた。
「お前は、これからどうする気だ?」
「そうだな………これ以上ここにいても仕方ねえし、気ままに旅でもするさ」
「そうか」
「でも、その前にやるべきことがある」
俺は浅倉の横を通り過ぎると、村へと入っていく。
すると、彼は俺の隣を地面を這いながらついてきた。
「……どうしてついてくるんだ?」
「お前がやることをこの目で見ておこうと思ってな」
「そうかよ」
「その前に、一つ物語でも語ってやろう」
「いきなりだな。でも、興味はあるな」
「ありがとう、ではどこから話そうか」
浅蔵はそういうと、昔を懐かしむように語り始めた。
―――???、とある物語
昔、とある国に一匹の小さな蛇がいた。
その蛇は生まれながらに人の言葉を理解し、そのお陰で他の同族より長く生きてきました。
そんなある日、蛇は大きな怪我を負いました。
蛇は死に逝くことに恐れはありません。むしろここまで生きたことに満足していました。
けれどその時、蛇の事を助けてくれる人間が現れました。
その人間は蛇の傷を手当てすると、優しく微笑みかけてくれました。
蛇はお礼を言うことができずその場を去っていきましたが、いつか恩を返したいと思いました。
そして蛇は知りました。
その人間は神に仕える巫女の一人であるが、その才がない事で周囲から蔑まれていると。
蛇はどうにかして巫女を救ってやりたいと願うと、蛇の前にとある神様が現れました。
それは『ミシャクジ』と呼ばれる、赤い目をした白い蛇の神でした。
ミシャクジは蛇に自分の力を少し分け与えると、その身体が人間よりも一回り大きくなりました。
蛇は驚きましたが、そんな彼にミシャクジはこう言いました。
「どうか、あの子をあの場所から連れ出してやってくれ。
誰も知らないどこか遠くへ、あの子を傷付けず、受け入れてくれる優しい場所へ」
ミシャクジはそう言い残し、姿を消しました。
蛇はその言葉を理解すると、覚悟を決めて巫女がいる国へと向かいました。
彼女を救うために、蛇は妖怪と成り、国を襲いました。
巫女を虐めた人間を襲うことに罪悪感はなかった。ただ、もう一人の巫女には苦戦した。
深手を負いながらも、蛇は巫女をここから連れ出すことを考えると、一つの賭けに出ました。
近くには人間と、その巫女がいた。蛇は人間に襲い掛かろうとすると、彼女はそれを庇った。
思惑通りに巫女を手に入れると、そのまま蛇は森へと逃げていきました。
巫女を連れ出した蛇は、森の中で彼女を放しました。
妖怪と人間は傍にいてはならない。それは太古の昔から本能に刻み込まれた理だった。
蛇は巫女を一瞥すると、森の奥へと消えていきました。もう二度と会わないように………………。
―――神無優夜、神社があった場所にて
「そして、その蛇は巫女に再会するも、空腹ですぐには気付かずに襲ってしまったとさ」
「おい、それって………」
「ふざけた話だよな。蛇は通りすがりの人間に倒され、その時にようやく巫女に気付いたらしい」
浅蔵は語り終わると、小さく笑った。
それはもう一つの物語、星羅が知らない………とある妖怪の物語だった。
「お前は、もしもその蛇なら………巫女になんて伝えたかった?」
「そうだな、色々と言いたいことはあるが」
浅蔵はしばらく考えると、夜明けの空を見上げてこう言った。
「ありがとう………それが、俺があの時言ったことだな」
「ふふ。お前らしくないな」
「うるさい。まあ、もう伝わることもないと思うけどな」
「いや、伝わるさ。ちゃんとな」
俺は首にかけた首飾りを握り締めた。
「さて、それじゃあ始めるか」
「何をする気だ?」
「この村を跡形もなく消す、ただそれだけだ」
「そんなことができるのか?」
「死者を生き返らせることはできないが、せめて最後は俺の手で終わらせたいんだよ」
「自分勝手だな」
「ああ、でも……これが俺のできる懺悔だから」
俺は浅蔵にそう言って笑いかけると、2枚のカードを引いた。
夜風が吹く草原、右半分が欠けた月の照らす下で、何かを護るように右腕を広げる半妖。
夜風が吹く草原、左半分が欠けた月の照らす下で、何かを護るように左腕を広げる白澤。
「――歴史『人を護る心強き半妖』、創史『歴史を垣間見る白澤』」
2枚の『上白沢慧音』のカードを握り砕くと、再構築されて新たなカードを作り出した。
夜風が吹く草原、金色に輝く満月の照らす下で、指を絡め合いながら向き合う人間と白澤。
「ワンペア――創正記『正しき歴史を刻む守護者』」
カードを握り砕くと、俺の頭の中でこの村の歴史がテレビの録画を再生するように映し出される。
それは新しい出来事から過去へと遡り、その過程でこの村の惨劇を目の当たりにしてしまった。目を覆いたくなる場面だが、俺はそれに立ち向かいながら歴史を遡る。
「歴史を喰らい………新たな歴史を騙れ………」
俺は“村が存在していた”という歴史を喰らい、それを無かったことにする。
すると、崩れて瓦礫となった家や踏みつけられた作物、そして村の人間の亡骸が光の粒子となって夜空へと消えていく。
「これは………」
「もう、ここには村なんてものはない。あるのは、何もない場所という歴史だけだ」
地平線から太陽が昇り始め、夜の終わりを告げていた。
かつて村だった歴史は、この夜明けと共に消え、誰もがここに何があったのかを忘れるだろう。
やがてすべてが消えると、そこには一面に生い茂る草原が広がっていた。
「これで、良かったのか?」
「男に二言はない。それに、今更取り消しは利かねえよ」
「そうか。なら、俺はもう行くぜ」
「色々とありがとな」
「礼には及ばねえよ。それじゃあ……」
浅蔵はその場婁とすると、何かに気付いて俺に向かって振り返った。
「なあ、一つ聴いてもいいか?」
「なんだ?」
「それを使えば、死んだことを無かったことにできたんじゃないのか?」
「……たしかに、できたかもな」
「なら」
「でも、そんなことをしても、あの人達を護れなかった事実は変わらない」
「そうか。余計なことを聴いたな」
「気にするな」
「それじゃあ、もう行くぜ」
「ああ、今度会う時は、楽しく語り合おうぜ」
俺はわざとらしくお辞儀すると、浅蔵は別れを告げてその場を去っていった。
残った俺は、朝日に照らされる草原を、小さな丘の上から見渡した。
この地から“村があった”という歴史は消されたが、実はそれだけでは完全ではない。
原作と同じならば、この能力は過去の改変ではなく上書き、他人からは見えず触れられないというだけのもの。
だが、俺はもう一つの能力、歴史を創る能力を使い、上書きした歴史の上に“村は跡形もなくなくなった”という新たな歴史を創って間接的に歴史を改ざんした。
「でも、俺が憶えているよ。ここには本当に心優しい人たちが生きていたということを」
俺は最後に、もうここにはいない者たちへの祈祷を捧げる。
「――安らかに眠れ、俺たちを受け入れてくれた人たちよ。
――願わくば、次の人生では俺なんかに関わらずに、幸せに暮らしてくれ」
祈祷が終わると、俺は空を見上げた。
そこには明けの明星が煌いていたが、俺の記憶ではあの場所には星なんてなかったはずだった。
「客星、か……」
俺はそれ見て小さく笑うと、かつて神社への階段があった丘の坂道を下りて行った。
次回予告
別れと涙の夜が明け、旅立ちの朝が来た。
揺れる彼の心には、まだ答えなんて見つからない。
けれど、彼がまだ人間として生きる限り、物語は終わらない。
東方幻想物語・星之煌編、『新たな旅の始まり』。