―――神無優夜、月明かりの森にて
「絶体絶命、か」
「――終ワリヨ」
ルーミアは感情も籠っていない声でそう言った。
そして、彼女の鉤爪のような黒い手が俺に向かって振り下ろされた。
「これまでか」
死を覚悟したその時、カードホルダーの中から一枚のカードが飛び出した。
カードがルーミアの前に躍り出ると、結界を張って鉤爪から俺を護ってくれた。
彼女は結界に弾き飛ばされると、恨めし気にそのカードを睨んでいた。
「なんだよ、いったい……」
カードはその場でゆっくりと廻り、徐々に絵柄が浮かび上がってきた。
そこに描かれていたのは、真っ暗な背景に紅黒の巫女装束を身に纏った少女が背中を向けている姿だった。
「使えってことか」
俺が手を差し出すと、そのカードは俺の手元までやってきた。
僅かに感じる暖かな光、すべてを受け入れ、あらゆるモノの中立となる力。
「――忘却『名もなき幻想を護る巫女』」
俺はそのカードを握りつぶすと、それは砕け散るように光の破片となった。
破片は俺の体に吸収されるように消えるが、特に何も変わったという感じはしなかった。
「あれ? こういう時ってなんか力が沸き上がるとか変身するとかいう流れじゃ――」
「――随分ト余裕ネ」
変化が無い事に拍子抜けしていると、暴走しているルーミアが俺に向かって走り寄ってきた。
俺はそれを避けようしたが、気付いた時には俺は右手に持っていた御札を彼女へと投げていた。
御札は紅い光を帯びると、湾曲しながらルーミアへと直撃した。
「ホーミングアミュレット……!!」
俺は自分でも何をしたのか解らなかった。
しかし、それでもルーミアは俺に向かって影の鉤爪を振り下ろした。
そしてまた、俺の身体は勝手にそれを避けて彼女の背後へと回ると、今度は数本の針を彼女へと放った。針は見事のルーミアの身体へと直撃すると、その痛みで彼女は吠えた。
「パスウェイジョンニードル、やっぱりか」
「――目障リダ!!」
ルーミアは針を引き抜くと、影に潜ませた黒い手で俺に襲い掛かる。
さっきは身体ごと吹き飛ばされたが、今度はそれを受け止め、そのまま黒い手を斬り裂いた。
それを見て彼女の目が見開くと、俺の中の自信が確信へと変わった。
俺は、戦い方を知っている。
あのカードには俺がよく知っている人物が描かれていたが、そういうことだったか。
さっきまで俺の身体が勝手に動いているように感じたのは、無意識のうちに戦い方を刻み込まれたから。あのカードの意味が、大体わかった気がするぜ。
自分の中の疑問に決着がついた。今度は目の前の相手との戦いに決着をつけなければいけない。
ルーミアは完全に頭に血が上っている。このままいけば取り返しのつかないことになりそうだ。
まぁ、元はといえば俺が煽りに煽って感情が暴走させたんだけどな。
「責任もって終わらせるのも、なかなか大変だな」
「――黙レ!!」
ルーミアは俺に向かって走ってくるが、さっきと違って俺には余裕があった。
徐々に縮まる互いの距離、俺は刀を彼女の真上へと放り投げ、彼女は黒い手を思いきり振りかぶると俺の身体を空中高く放り投げた。
「――勝ッタ!!」
「いや、お前の負けだよ」
俺が口元をニヤッとさせると、ルーミアの周りを赤い光を帯びた御札の結界が取り囲んだ。
『封魔陣』、相手を拘束するのには手っ取り早い方法だ。お陰で彼女は身動きが取れずにいる。
俺は空中で刀を手に取ると、右手にはあのカードが握られていた。
「――『夢想封刃』」
俺の言葉と同時にカードが砕けると、俺の周りに七つの光弾が出現した。
光弾は次々とルーミアへと向かって飛んでいくと、直撃するたびに赤、橙、黄色、緑、青、藍、紫へと変わっていき、すべての光弾が直撃するとはじけた光が刀へと収束され、刀身が七色の光に輝いた。
「これで、終わりだ」
空中から斜め下へと急降下し、ルーミアの身体を斬り抜けた。
その瞬間、七色の光と共に彼女の纏っていた闇もろとも弾け、夜空へと消えていった。
一時の静寂が場を包み込むが、互いに力が抜けるようにその場に膝を着いた。
「満身創痍、ってところか」
「そう、みたいね」
正気に戻ったルーミアは、息も絶え絶えにそう答えた。
「負けた、わね」
「いや、引き分けだろこれ」
「どう見ても私の負けなんだけど?」
「よく言うぜ。本当はまだ動けるくせに」
俺の言葉に、ルーミアは何も答えずに立ち上がった。
彼女は俺の下へと歩み寄ると、倒れている俺を見下ろした。
「今なら、アンタを簡単に喰えるわね」
「そうだな。自分の力量も解らずに調子に乗った報いだ」
「意外と物分かりが良いというか、諦めてるわね」
「本当にどうしようもない時は、諦めるに限るからな」
俺は小さく笑うと、ルーミアは呆れたように失笑した。
「はは……こんな奴に負けるなんて、私もまだまだね」
「だから、別にこれで勝ったとも思ってないって言ってるだろ」
「それなら私も同じよ。でも、負けたままっていうのも性に合わないわ」
「なら、どうするんだ?」
ルーミアはその場で屈むと、俺の顔を覗き込みながら答える。
「今夜は人間は見なかった。仕方ないからそこらの動物で我慢するわ」
「いいのか?」
「その代わり、今度会った時は本気で戦いましょう。どちらかが死ぬまでね」
「考えておく」
「それじゃあ、それまで他の妖怪に喰われるんじゃないわよ。ユウヤ」
ルーミアはそう言って立ち上がると、暗闇の向こうへと消えていった。
俺はそれを見送ると安堵のため息を吐いた。
「運が良かったぜ……」
俺は自分の幸運に心の底から感謝した。
初めはどうなるかと思ったが、うまい具合に事が運んでいった。
ご都合主義と言ってしまえばそれで終わりだが、何故かこれまでの出来事が怖くなった。
俺はカードホルダーの中身を調べると、さっきの『カード』の他にも何枚ものカードに絵柄が描かれていた。見た通り、そこには俺が知るすべての東方キャラが描かれている。
「まぁ、今は考えるのはやめておくか」
俺は今までの考えをすべて投げ捨てると、夜空に浮かぶ満月を眺めた。
考えていても答えなんて出て気はしない。なら、今は身体を休めておくことが重要だ。
それに、この世界にはもっと面白い事があることが解っているからな。
「東方、か……」
まるで二次創作の主人公になったような気分だ。
でも、大概の二次創作の古代スタートって大変だったよな。
まぁ、転生して初日からEXルーミアと真剣勝負するなんて、さすがに見たことはないな。
「さて、どうなる俺の物語」
そんなことを考えながら、俺は眠りについた。
今更だが、他の妖怪に食べられないかもう少し用心しておけばと、翌日になって気付くのだった。
空亡「これで、序章は終わりですね」
優夜「最初にしては濃い内容だったな」
空亡「これくらいないと盛り上がらないでしょう?」
優夜「当事者としては寿命が縮まったような気分だけどな」
空亡「まあまあ、それよりも今は束の間の休憩でもとっておいてください」
優夜「どうせこの後もハードな展開なんだろうな。考えるだけで嫌になる」
空亡「そう言わずに、主人公なら覚悟しておいてくださいよ」
優夜「諦めと覚悟は違う意味だと思うけどな」
空亡「ふふ。では、次の物語でも期待しておきましょうか」
優夜「人の話を聞かないやつだな………今更だけど」
空亡「それじゃあ、僕はここで失礼しますよ。また展開を考えないと」
優夜「もう少し待遇を良くしてもらうように直談判した方がいいな、これ」
次回予告
ルーミアとの戦いが終わり、森を抜け出た優夜。そこで目にしたのは街だった。
東方幻想物語・月之刃編、『一夜の夢の痕』、どうぞお楽しみに。