―――神無優夜、散らかった部屋にて
前回のあらすじ、ツクヨミによって瞬間移動させられた。
一瞬の出来事だったので実感はなかったが、気付いた時には俺はこの部屋にいた。
部屋のあちこちには、もはや奇跡としか言いようがないバランスで積み重ねられた資料の山や、見るからに怪しい色合いをした液体が入った試験管が置かれている。
どうやらこの部屋の持ち主は整理整頓などができない人間のようだ。さすがの俺でもここまで散らかった部屋は見たことない。…………まぁ、記憶はないんだけど。
「さて、そんなことよりもこれをどうするか」
俺はそう呟いて自分の今ある状況を改めて確認した。
現在、俺は壁の中に居る。いや、厳密にいえば壁に挟まっていると言うべきだろう。
よく○ロ同人誌にあるような、上半身と下半身が分断されている状況だ。
まさかこの俺がこんなシチュエーションを体験することになるとは、転生してから驚きの連続だ。
「んなことより、ツクヨミ絶対許さねぇ!!」
無駄に手足をバタバタとさせていると、隣にあったドアが開いた。
「あまり暴れないでくれるかしら」
そこから現れた女性は静かに怒りながら俺にそう言った。
「あ、すみません…………あ」
「ん? どうかした?」
俺は彼女を見て言葉を失った。
後ろで三つ編みをしている長い銀髪、左右で赤と青に分かれた特殊な配色のフリルの付いた半袖とロングスカート、頭には赤い十字マークが入った青いナース帽、そして彼女から漂う薬の匂い。
俺は彼女のことをよく知っている。いあや、知っていて当然だった。
八意永琳、東方永夜抄の5ボスにして月の頭脳と称される人。
公式設定でも数億年生きており、あるところでは八意思兼神ことオモイカネと同一の存在と言われている。それが元なのか、その頭脳は常人よりも遥かに優れている。
まぁ、彼女のことを全部語ると長くなるが、特筆するならあらゆる薬を作ることができることだろう。風邪薬から不老不死になる蓬莱の薬まで、オーバースペックにもほどがあるだろ。
さて、ここまで語ったはいいが、俺が知っていることを永琳に悟られたくはない。
彼女に限った話ではないが、こういうのはネタバレというか今後の展開に影響しそうだ。
「何か考えているようだけど、一つ聴いてもいいかしら?」
「なに?」
「どうして貴方は私の部屋の壁に埋まっているのかしら?」
「これも全部ツクヨミって奴の仕業なんだ」
「なるほどね」
「納得するのかよ」
「前にも力が同じようになってたから」
「ああ、なるほど」
アイツもアイツで苦労してそうだな。
しかし、永琳が妙に落ち着いているのがなんだか気になる。
ツクヨミの話を信じるのもそうだが、普通見知らぬ男が壁に挟まっているのを見たら少しは警戒するか即刻撃退させるかのどちらかだ。それなのに落ち着いているのは、やはり強者故の余裕か?
「まぁ、そんなことよりこれをどうにかしないとな」
「前は壁を壊して抜け出したけど、また壊されるのも嫌なのよね」
「そんなダイナミックなやり方したくねえよ。………そうだ。あれなら」
「何か良い案でもあるの?」
「すまないけど、俺の腰にあるカードホルダーを取ってくれない?」
「……わかったわ」
永琳は渋々それを了承すると、部屋を出ていった。
少しして、腰あたりにこそばゆい感覚を感じるとその後に彼女がカードホルダーを持って部屋に入ってきた。
「ありがと。え~と、たしかここに……」
「何を探してるの?」
「こういうシチュに定評があるとある仙人の能力がね…………お、あった」
カードの束の中から、俺はその一枚を引いた。
満天の星空の下、青く輝く月へと向かって手を伸ばしながら妖しく笑う邪仙。
「やってみるか。――壁抜『妖しく笑う邪な仙人』」
カードを握り砕き、俺は自分が埋め込まれている壁へと手を触れた。
すると、俺を中心に壁に丸るい穴が開いた。その隙ぬ俺が抜けだすと、その穴はすぐに閉じた。
「本当に物理的な壁抜けなんだな………夢も希望もねえ」
「今のは、いったい……」
「俺によくわからないけど、まぁ燃費が悪いってことだけは理解できる」
「どういう意味?」
「さっきのだけで滅茶苦茶疲れた」
俺はそう言うと、部屋の床にぐでーっと寝転んだ。
ルーミア戦ではあまり実感はなかったが、能力を使うとその分の疲労感がヤバい。
見上げると永琳が呆れたような顔をして俺を見下ろしている。
「なんというか、ツクヨミから聴いてた印象のまんまね」
「やっぱり知ってたのか」
「当然よ。そうでなければ、廊下で下半身だけ見つけた時点で消し炭にしてたわよ」
「ははっ。アンタのことはよく知らないけど、怒らせると怖いってことだけは解った」
「それはどうも」
俺は起き上がると、カードホルダーを腰へと付け直した。
「それにしても、散らかってるな」
「余計な事に気が付くわね」
「こんなんじゃどこに何があるかわからないだろ?」
「そんなもの」
「全部頭の中に入っているから問題ない、って?」
「……そうよ」
図星だったのか、永琳はバツが悪そうに目を逸らした。
一瞬可愛いと思ったが、それを口にした瞬間この世からサヨナラしてしまう気がした。
「そ、そういえばツクヨミから貴方のことは聴いたわ」
「話まで逸らされた。まぁいいけど」
「話によれば、妖怪相手に戦ったらしいじゃない。無茶するわね」
「男には無茶をしてでもやらなきゃいけない時ってのがあるんだよ」
「それで命まで落としたら元も子もないわよ」
「仰る通りで」
俺は立ち上がると、永琳に指示されて近くのソファへと座った。
最初は触診からしてみると言ったが、俺の具合を診るなり彼女は真剣な表情で俺に言う。
「……冗談抜きで、よくそこんな身体でこの街に来れたわね」
「そこまで酷いのか?」
「そうね。こうやって普通に話したり動いたりしてるのが不思議なくらいよ」
「マジか……」
「所々骨折していたり、内臓に負担がかかっているみたいだけど、それが徐々に治ってるわ」
永琳の言葉を聴いて、俺は少し落胆した。
なんというか、知らぬ間に自分が自分ではなくなっているような感覚だった。
「自分が本当に人間なのか疑いたくなってきたな」
「そう気に病むことはないわ。もしかしたら能力的なものかもしれないし」
「気休めはいい。でも、ありがと」
俺は永琳に笑みを向けるが、いきなりの事実に深い溜息を吐いた。
あゝ、嫌だな。化物にだけはなりたくないんだよな…………って、なんで俺、こんなに人間でいることに拘っているんだ? 別に二次創作の主人公が人間辞めてるのはそう珍しくもないのに。
化物ではなく、人間として生きなければならない。そう考えてしまうんだ?
「解らないな……」
俺が虚空に向かって呟くと、不意に部屋のドアを開けて入ってくる音が聞こえた。
空亡「良かったですね。同人誌みたいな展開にならなくて」
優夜「ふざけるなよ。リメイクしたからってやって良い事と悪い事ぐらい解るだろ」
空亡「そうですね。最悪R-18指定されそうですね」
優夜「そうだろ?」
空亡「その時は諦めてそういう路線に……」
優夜「やめろ」
空亡「冗談ですよ。それより、カードの使い方がよく解ってきましたね」
優夜「一瞬だったからよかったけど、ルーミア戦の奴を考えると怖いな」
空亡「一時的とはいえ、並々ならぬ能力を生身の人間が使っていますからね」
優夜「正義のヒーローには遠く及ばないってことだな」
空亡「その通り。誰もがヒーローになれるわけじゃないんですよ、残酷にもね」
次回予告
優夜が少女を助けた理由、それはあまりにも在り来たりで単純な答えだった。
東方幻想物語・月之刃編、『命を懸けた価値』、どうぞお楽しみに。