完全勝利したマリーダ・クルスUC   作:1100/870

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ちょっとリハビリのつもりで。




 光。七色に輝く無限の光。

 虹の彼方へ続く道をマリーダ・クルスは渡っていく。

 

 ──存外、いい人生だったかもしれない。バナージ、姫様、お父さん、アルベルト……、それにわずかしか言葉を交わしていないネェル・アーガマのクルーも、こんなに私を惜しんでくれている。

 

 戦場という狂気の一瞬に生まれた、大勢の人間が生み出す暖かさ。マリーダはその温もりを思い出す。今、高みに至ろうとする思惟に生身の存在は遥か遠い。

 超光速で疾駆するマリーダは視線の先、虹の境界線とその上で飛び跳ねる少女たちのシルエットを知覚する。

 

 ──そう、やっと来れたよ、姉さん。

 

 懐かしい嬌声が聞こえる。栗色の横髪が風に揺れてる。マリーダは内から沸き出る熱い思いを糧に、さらに加速する。

 瞬間、踏み蹴っていた虹の感触が消えた。回転する世界の中で、姉たちの悲鳴が届く。

 

 ──あぁ……! マリーダが落っこちた!

 ──あんなとこに、穴が開いてた!

 ──マスター、トゥエルブが……。

 

 虚無の泥に沈もうとするマリーダはもがき、必死に水面上の虹に目を凝らす。少女に呼応した、金髪の青年が駆け寄り、深淵に手を伸ばしている。その手をつかみかけて果たせず、マリーダは下へ下へと飲み込まれて行った。

 神の悪戯か、サイコフィールドの狭間は汚濁にまみれた世界へとつながっていた。

 

 

 

 光。妖しく、人の欲望を刺激するネオンの光。

 娼館が立ち並ぶ通りに立っている。排泄物が腐敗した臭いが鼻をつく。

 

「臭い子だねぇ!」

 

 目線が低いので、シルエットを見上げる形となった。縦にも横にも大きい中年女。肥大した腹には膿でもつまっているのか、嫌悪感を起こさせる。ネオンの逆光で表情ははっきりと伺えない。しかめていることは確かだ。この女の笑顔を私は知らない。

 

「まるっきり子供じゃないか。売りモンにならないよ」

 

「そういう趣味の客ってのもいるんだろ?」

 

 十歳くらいの少女を無視して、取引は瞬く内に終わった。多少の金を懐におさめた男が、足早に去る。ゴミでも投げ捨てたかのように何の未練も感じさせない背中。

 でも彼がコクピットの闇から引き出してくれなければ、冷たい棺桶は宇宙を泳いでいた。

 

「ありがとう、マスターになってくれなかった人」

 

 つぶやく少女は、雑踏にまぎれ姿を消した男の方角を見続ける。不意に肩を乱暴につかまれた。店の中へ連れていこうとする。

 

「なにを呆けているんだい! 今日からおまえのマスターはわたしだよ」

 

 掌越しに、粘性の意志を感じ取る。蝶をからめとる蜘蛛の巣のような。不快感から少女は手を払った。バチン、と思いの外大きな音を立て女が手を引っ込める。怒りの形相に変わった。

 

「言うことを聞かないのかい! しつけが必要だねぇ!」

 

 平手打ちは少女の左腕がしっかりと防いだ。一瞬で蛇に変化した腕は、逆に女の手首をつかまえる。

 

「な、なっ! なにすんだい!? 離しな!」

 

「断る」

 

 音声こそ幼女だが、厳然とした口調は幼女のものではなかった。

 

「ぎ、ぎ、ぎ、……」

 

 建て付けの悪い戸を開閉するような不気味な悲鳴を漏らし、女が膝を付く。残った片手はつかまれた手首を引き剥がそうとするが、万力と化した少女には無力だった。骨が女と同じ悲鳴を上げる。

 

「すでに、最後の、命令は、受け取ったぁ!」

 

 一語一句区切るような気合声と共に、右ストレートは膝立ちの女の顔面に埋まった。酔っ払いの吐瀉物をまき散らしながら、盛大に通りに転がる。騒ぎを聞きつけ、店のスイングドアが爆発的に開いた。用心棒は惨状に目を剥いたが、仁王立ちする少女を見て、「なんどぁぁ、オラァ、このガキャァ!」正体不明の念仏を唱えた。少女がせせら笑う。

 

「うらぁ……、げぼっ!」

 

 勢いよく殴りかかって、直後、股間を両手でおさえて内股に崩れ倒れた。光速の少女のつま先には、二つのピーナッツを蹴り潰した感触が生々しく残った。

 

「昔世話になった。()()()()を教えてくれたお礼だ」

 

 少女は冷たく暗殺者の目で見下ろすが、それは慢心ともいえる。

 

「死ねやぁぁ!」

 

 呪詛が迸り、バットが少女の後頭部に激突する。背後からの奇襲、別の用心棒のフルスイングだった。

 

 

 

 光。網膜に映る星の瞬き。

 それは本物の星ではなく、殴られた衝撃によるものだと、マリーダ・クルスは理解する。左目は腫れ潰れ視界が狭い。口中は鉄の味に満ちている。通りに唾棄して一緒に白い物が出た。獲物を狩った肉食獣のように顔面血だらけだった。

 それでも、マリーダは勝った。

 少女の周りには五人の用心棒と娼館店主の女が気絶している。酔客や黒服たちは戦々恐々となって遠巻きにするしかない。

 鋭い聴覚が遥かのパトカーのサイレンを捉える。ネオ・ジオン士官としての習性から、少女は条件反射的に走る。

 

「うわぁ、なんだ!?」

 

「通り魔ー!」

 

 通行人の上げる悲鳴をBGMにマリーダは猟犬のように駆ける。

 そうか、これが走馬灯、死ぬ間際に見る光景か。

 彼女がサイコフィールドの狭間から時空跳躍したことを理解するのは、もう少し先のことである。

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