完全勝利したマリーダ・クルスUC 作:1100/870
「早いものだな」
身寄りもなく、今は友人も片手で数えられる程のマリーダ・クルスは孤独感からか、思わずという感じで呟く。
第一次ネオ・ジオン戦争の影響もあり、治安の悪いコロニーではあるが、比較的安全な高級住宅街に程近い公園に、マリーダは来ている。
ベンチ脇のくず入れを漁り、いつも通り捨てられていた新聞を拾うと、腰掛け、ハンバーガーの包みを開いた。これもマクダニエルの賞味期限切れ廃棄物を失敬したものだった。
バーガーを頬張りながら、ベンチに新聞を広げる姿など、どう見てもティーンエイジャーに満たぬ少女のものではない。事実、中身は歴戦のネオ・ジオン中尉である。
今の彼女は、洗いざらしのグレーのパーカーを羽織り、年齢の割に長い脚はタイトジーンズで覆われていた。
「む……、『木星船団、エネルギー輸送再開。資源輸送艦ジュピトリス二世号、フォン・ブラウンを出港』か……」
また呟く。記事の横には先尖りの威容を見せるジュピトリスの写真も掲載されていたが、マリーダはさらに隣の記事を、斜めに読んで眉間に皺を寄せる。
──連邦軍、疲弊した戦力を再編成。今春にも旧ネオ・ジオン勢力に対し大規模掃討を開始、か。
グレミー・トトとハマーン・カーン。ネオ・ジオンは内乱によって双璧を失い、組織的抵抗力を喪失。戦争は終結した、かに見える。
──そうでもないな。
記事によれば、地球に降下したネオ・ジオン勢力は依然として抵抗を続けており、去年のダブリン・コロニー落としの余波も残る、とある。
暗いニュースばかりに嫌気がさし、マリーダは新聞とバーガーの包みを丸め、くず入れに放る。
──なぜ、こんなことになったのか。
二ヶ月近い時は駆け足で過ぎて行った。その間にマリーダもこれが死に際に見るある種の幻覚ではなく、現実世界であることを理解した。理解はしたが、当然混乱し、次に呆然とし、時間だけが無為に過ぎて行った。
太いため息を吐き、パーカーのポケットに手を入れると、カレンダーを裏紙にしたメモを取り出した。上端は『私のたったひとつの望み』と書き出しが始まっている。この不可解な現象、世界で、ともすると生きる目標を失ってしまいそうになったとき、マリーダは必ずメモを確認する。『望み』の下には、『◎バナージ・リンクスと一緒にインダストリアル7のおいしいアイスクリームを食べる!!』と書かれている。それは、太字とアンダーライン、さらに文全体を囲む円によって限界まで強調されていた。
「はぁー」
また息を吐き、マリーダは伸び放題になった栗色の髪に手をやり、かき混ぜる。その感触は、
──バナージの頭、モフモフだった……。
ネェル・アーガマの二人きりの密室を否が応でも意識させる。ぼんやりと空のないコロニーの天井を見上げる少女は、頬が自然に緩んでいることを自覚していない。桜色に上気した目元は幼女よりも大人びて、かわいらしさを匂わせていた。
一転、表情が引き締まる。
──しかし、私はバナージがどこに住んでいるのか知らない。ビスト家も難しい家柄だ。
アルベルトの数奇な人生も思いだし、マリーダは眉間の皺を深くする。逃避するようにメモに目を落とした。『食べる!!』に続き、『※その場合、姫様は』と書かれているが空白で終わっている。無限の可能性と同時に、言いようのない負の感情を想起させる不吉な臭いを漂わせていた。
──正しい戦争なんてない。でも、正しいハーレムだってないはずだ。
半ば意味不明だがマリーダはその想いに囚われ、ともすると黒い殺意が沸いてくることすらあった。考えを捨てるように首を振り、気分直しにボトルのキャップを緩める。数少ない友人がくれたココアだった。その甘さにマリーダは安堵し、冷静な思考を取り戻す。箇条書きにされたメモの残りを下端まで一気に目を通す。
・お父さんに幸せになってもらう。
・アルベルトも。※但し、マスターになってもらうのは、ちょっと
・インダストリアル7のコロニー戦を回避する。
・ラプラスの箱を先取し、連邦との交渉を有利にする。
独断と偏見に満ち、優先順位も混沌としているが、当面のベクトルを決めるものとしては十分だった。ただ、『ちょっと』の後の空白は、先ほどの『姫様は』のものとは違い、悲哀を感じさせる。
──きっとアルベルトも解ってくれたはず、誰かと共に歩めば生きていけることを。独りではできないのだから。
その『誰か』には自分、つまりマリーダ・クルスは絶対に入っていないらしい。ベンチに座り直した少女は腕を組み、力強く幾度か頷いた。
「さて」
猫のように四肢を
──ジャンクガレージにでも隠れて、……。
突如、肌を粟立たせる
「配膳のお弁当いくつあると思ってるのよ! 全部私だけでさばき切れるわけないでしょう! まったく、毎日、毎日、仕事サボろうとして。とんだごく潰しとお友達になったものだわ! 父さんもいい加減飽きれてるのよ」
茶髪の少女は白いエプロンの腰に両手を当て、柔らかそうな頬をぷぅ、と膨らませていた。
「ごめん、ルチーナ。でも私はモビルスーツに乗る以外は、食べることと、……
「まぁ! まるで犬か猫みたいね」
マリーダは複雑な思いを込めて『寝る』と言ったが、怒るルチーナ・レビンはまったく気取りもしなかった。
「働かざる者、食うべからずって、ね。さ、行きましょ!」
顔を赤らめたままルチーナはマリーダの手を取り引っ張る。やろうと思えば、振り払うことなど造作もないがされるがままに従った。
「ココア、どうだった? 薄いかな?」
「ううん、おいしかった」
「そう」
手と手を合わせる皮膚越しに、暖かい思惟がマリーダの胸までゆっくりと染み込む。かつてジンネマンが無条件に与えたものと同じ匂いがした。
戦争から逃れるため、このコロニーに移ってきたレビン親子は他の難民に襲われそうになった。暴徒化した彼らを小さな体を呈して蹴散らし、ルチーナを守ったのはマリーダだった。