完全勝利したマリーダ・クルスUC 作:1100/870
――本当に早いものだな。
難民の列にパンとスープを手渡しながら、マリーダは思う。三年の月日はあっ、という間に過ぎ去った。その間、レビン
宇宙世紀0092年。翌年には第二次ネオ・ジオン戦争、俗に言う『シャアの反乱』が勃発する。一度目の人生では世俗から隔絶されたマリーダも、その歴史ぐらいは把握していた。
──十二月にはシャアの艦隊がこのコロニーにやってくる。
ここ、スウィート・ウォーターは難民収容施設として、開放型/密閉型コロニーを無理に連結した異形を宇宙に浮かべていた。
移住を提案したのはマリーダだった。ネオ・ジオン軍に早く復帰したかったのだが、「絶対ダメ!」とルチーナが拒絶した。
「そんなことしたら、えぐっ、……マリーダも、プルツーみたいに、ひくっ、……死んじゃうよ!」
泣いて抗議し、マリーダとルチーナの父・ロイを困らせた。
最初の出会いから驚きだった。
「プルツー! 生きてたんだぁ!」
レビン父子を襲おうとした三人の暴徒を
ハマーン戦争(第一次ネオ・ジオン戦争)の最中、ルチーナ・レビンは幼い強化人間プルツーに命を救われた。エルピー・プルを始祖とするプルツー、そしてクローニングによって生み出されたプルトゥエルブことマリーダ。お互いは姉妹のような存在である。
「違う。私はマリーダ・クルス」
事情を説明し、当時のネェル・アーガマのクルーに連絡を取るよう薦める。戦時徴用された少女兵、エル・ビアンノの返信、『プルツーは星になってしまいました』にルチーナはひどく落胆した。
「私はただのクローンで、……プルツーの代わりはできないけど、……元気を出してほしい」
それからレビン父子との共同生活が始まった。マリーダ自身も思いのほか居心地の良さに、三年を感じさせぬ速さで時は過ぎた。
──しかし、軍に戻らなくて良かったかもしれない。
第一次ネオ・ジオン戦争終結後、残党軍はハマーン派、グレミー派、さらに大小の派閥に分かれ、骨肉の争いを続けた。グレミー・トトの切り札、『ニュータイプ部隊』に所属していたマリーダは、袂を別ったハマーン派に見つかれば、殺される公算が高い。
──グレミー派に戻っても、再調整を受けるようでは……。
いずれにせよ、早期にネオ・ジオンに戻ることは拙速といえる。
配給の列が途切れ、マリーダはテーブルのマグに手を伸ばす。
「うぐっ、……!」
冷めたブラック・コーヒーはひどく不味い。慌てて、シュガーとコンデンスミルクを大量投入する。
状況は今年に入り変化する。ネオ・ジオン残党の動きが活発化すると同時に、コロニーのローカル・ネットには噂が流れた。『赤い彗星が再来する』と。
根拠のないホラ話ではない。出所を追えば、反地球連邦政府運動組織のひとつ、
──エグムの連中が言っている。間違いはない。それに、時期も私の記憶と一致する。
マリーダ自身は活動に参加していないが、この一年でシンパとコネクションを作っていた。
──なんとか、シャアの艦隊に潜り込めれば、お父さんの居場所も分かるかもしれない。
最大の目標『バナージとアイスクリームを食べる!!』の達成が難しい以上、当面は第二目標『
──お父さんは確か、……陥落するアクシズから姫様を救出して、各コロニーを流浪していた。
軍に入れば、その動向も探れる可能性がある。
思い巡らせていたマリーダの視界に、見知ったエプロンが入り込み、手を振る。ルチーナが両手に抱える巨大なトレーには、焼きたてのパンが満載されていた。
「マリーダぁ! もうすぐ配り終えるから、そしたら一緒に食べよっ」
茶髪のルチーナの顔が薄ピンクに輝く。
──毎日のことなのに、なにがそんなにうれしいのだろう。
「おーい、お姉ちゃん! パンをおくれよ」
小汚い身なりの幼女の声に我に返る。マリーダの前の列は伸びていた。
──一向に改善される兆しがないな。
連邦政府の難民無策を垣間見たマリーダは、たった今パンを受け取った妊婦の後ろから、少年が走り寄るのも見た。
「きゃっ!」
「待て!」
妊婦の悲鳴、マリーダの怒声は同時だった。少年は妊婦を突き飛ばしざま、パンをもぎ取る。脱兎の少年を栗毛の猟犬となったマリーダが追う。
土地勘がある逃げ足だったが、それを上回る追跡だった。マリーダはフェンスや板塀を獣のしなやかさで飛び越える。
──そんなわけがないか。
思わず飛び出したが、およそ少年はバナージ・リンクスとは違う。カールした銀髪、身なりは他の難民同様、薄汚れている。なにより、
──バナージが引ったくりなんてするわけがない。
わずかな間とはいえ言葉を交わし、お互いの心に触れ合った。マリーダは彼女なりにバナージを知ったつもりだ。
ビルに挟まれた狭い街路でとうとう追いついた。後ろ襟をつかむや、壁に向け投げ飛ばす。ビリッ、とシャツが破けながら、少年の背は激突する。その手からパンが離れ、地面に転がった。
尻もちをついた姿勢の少年は、しかし悲鳴も上げずにマリーダをにらみつける。
説教を口にしかけて、
「お前……」
感電したかのようにマリーダは立ちすくみ、先の言葉は途切れた。
白い肌は垢と汚れにまみれている。銀髪は手入れもされず伸び放題。
だが、上目遣いの強い眼光には見覚えがあった。薄暗い空間にコロニー・ミラーのわずかな採光が差し込み、少年の瞳が紫に輝く。
一瞬で立ち上がるとパンを引っつかみ、少年は再び逃走した。マリーダは動けなかった。
道を曲がり、その姿が消えてからマリーダは呆然とつぶやく。
「アンジェロ、ザウパー? なんで……」
続きはやはり出てこなかった。