完全勝利したマリーダ・クルスUC 作:1100/870
「おやおや! かわいいお嬢ちゃんが一体なんの用、……ぐぼぁ!」
世話役のチンピラが上げる悲鳴、廊下の騒ぎを銀髪の少年は他人事のように聴いた。ここは男を買いに来る宿、そういうところだ。
荒々しい靴音が少年、アンジェロ・ザウパーの部屋に迫り、扉が乱暴に開かれた。
――やれやれ、今日は運がないな。女に投げられるし、客の趣味は悪いし。
すでに自分も汚れた身でありながら、今夜の相手にうんざりする。ベッドに横たえた半身を起こし、客を見やってますます萎えた。
「また君か。こんなところまで追ってくるとは大変だね。これもアストライア財団のボランティア活動の一環かい?」
入ってきた少女をからかう。マリーダ・クルスだった。
「俺は女は相手にしない。他の店ならフロントで聞け。帰れ」
背を向け、アンジェロはまたベッドに寝そべった。
マリーダも来るつもりはなかった。
生前は互いにネオ・ジオン仕官でありながら、犬猿の仲だ。アンジェロはマリーダを『クローンの強化人間』とさげすみ、マリーダもアンジェロを『フル・フロンタルの腰巾着』程度の認識だった。
マリーダを動かしたものは、先ほどの追跡劇、アンジェロを投げ飛ばしたときに一瞬見えた『染み』だった。
真っ白い視界にじわりじわりと広がる赤。
その正体はマリーダには分からない。アンジェロの記憶のカケラということ以外は。
同時に『体を食べられる』ような感覚が流れ込んだ。マリーダのニュータイプ能力が意図せず、アンジェロの中身とつながってしまった。
――あの感じ……。
覚えがあった。
――マスターが死んだとき、初めて
思い出すのもためらう。
――私の体から光を抜き盗られたときと同じ。
だから来た。アンジェロを放って置けなかった。
こちらに向けた背は全ての拒絶を示していた。だが、そんな態度はマリーダの特殊能力には無力だった。
忍び寄り、手の平を薄汚れたシャツに伸ばす。破れた後ろ襟が目に入る。手が止まった。
――このままアンジェロの中に入ることが、・・・・・・。
許されるだろうか?
ひどく無遠慮で、自分勝手な行為だ。
わずかに手が震え、決心したマリーダは腕を伸ばした。背に触れた瞬間、アンジェロとマリーダふたつの思惟がつながり、絡み合い、時空は跳躍する。
三歳のアンジェロはクローゼットに隠れ、ただ見ている。
『人殺しぃ!』
『うるせぇよ、ジオンの牝豚がぁ! てめぇらはなんだ。何億人も殺しておいてよぉ! これから俺たちがお前らをベッドで殺してやるよ』
『やめてぇ!』
連邦の兵隊が
アンジェロが大好きだった白くふわふわのシーツ。それが赤く染まっていった。
石化が解けたように、マリーダは手を引っ込めた。哀しみと後悔に目が泳ぐ。
――するべきでなかった!
アンジェロの背は高熱に苦しむように震えている。
「ごめん。あの、……」
一体どうすれば、彼を癒すことができるだろう。言葉は無力だ。
寝返りをうち、こちらへ顔を向けたアンジェロは、
「今のは、な、に? 君は、なにを、されたの?」
泣いていた。
「え?」
呆然としたマリーダはゆっくりと理解した。
――アンジェロも私の中を見た。
ならば、言葉はいらない。
マリーダはアンジェロの瞳にたまった水滴を指でぬぐう。そして、その銀髪ごと胸に押し当て、頭を抱いた。
「お前と私は同類だ」
確信。かつてバナージに向けた「同類かもしれない」ではない。
「ごめん」
マリーダは先ほどの謝罪とは違う心を込める。
「なんで、謝るの?」
それは許されるだろうか?
こんな身近に救済されるべき人がいた。
――私は気付かなかった。お父さんという新しい光を得て、命令に従っていればそれで幸せだった。
盲目的にジンネマンに隷従し、彼の復讐に力を貸していれば満たされた。「自分を殺して生きる」と言えば聞こえは良いが、考えることをしない生き方は責任が伴わない。バナージに「それは呪いだ」と言われた。
今のマリーダは呪いを断ち切り、「最後の命令」を受け取った。
ジンネマンは言った。「心に、従え」と。
「アンジェロを癒したい。前の私にはできなかったから」
マリーダはただ強く銀髪を抱きしめた。彼女の胸から流れ込む温もりに、アンジェロの憎しみと怒りの炎は小さくなった。
――ママ?
久しく忘れていた母性を感じる。
「だが、それは断る」
ぐい、と腕を突っ張りマリーダはアンジェロを遠ざけた。
アンジェロも加えた奇妙な共同生活が始まった。ルチーナは「絶対イヤ!」と拒絶したが、
「安心しろ。彼は『女は相手にしない』と言った。襲うようなことはない」
真顔のマリーダはアンジェロ本人の了解も取らず、とんでもないことをカミングアウトする。ルチーナよりむしろ、父のロイが青い顔になった。
「き、今日はもう遅い。と、とりあえず、シャワーを浴びて寝てしまいなさい」
ロイが言う。
「ねぇ、マリーダ! アンジェロってホントに大丈夫なの?」
「大丈夫だ。触れ合って、いや……話し合って確かめた」
息が掛かりそうな距離のルチーナが眉をひそめる。
「触れ合って?」「そんなことはない!」
即座に、被せるように、マリーダは否定するが目は泳いでいた。
「うそつき~」
「や、やめろ!」
つねられる。一転、ルチーナがうつむき、前髪の中に表情を隠した。
「ホントの、ホントに……何もなかったんだよ、ね?」
ルチーナの温もりの中に
「私を信じろ」
「う、……うん」
蒼い瞳に
「ねぇ、マリーダ。背中流しっこしよ」
「なんだ、急に?」
「いいから、いいから♪」
難民キャンプの女子シャワー室から漏れる嬌声を、外の闇に潜んだ者が聞いていた。
「ぐぬぬ! おのれ、ルチーナ・レビン」
歯軋りするアンジェロだった。
そっちなの? いやタグ付けしてないから、そっちじゃないです。