沈黙は金では無い。    作:ありっさ

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ハンター再開おめでとうごじゃいます。



10.愚痴を溢す時は、下を見てからにした方が良い。

 

 黄玉が欲しければ医師を探すと良い。

 向かうなら水晶を掲げし場所が望ましいだろう。

 

 翡翠石が欲しければ時期を待てば良い。

 焦る必要は無い、金剛石は貴方の手元に有るのだから。

 

 蒸し暑く涼しい日、貴方は柘榴石を奪われる。

 

 未来が欲しいのならば金と銀に手を出してはいけない。

 世界を知る者に刃を立てる事は、未来を捨てる事と同義なのだから。

 

 

 

 六月の始まりの日、ライト・ノストラードは困惑していた。娘の予知能力をフル活用して裏社会をのし上がろうとしていた矢先、唐突に示された自らの死を示す予言に。

 一行目と二行目は、まだ意味を理解する事が可能なレベルだった。

 だが問題は最も重要な三行目だった。世界を知る者とは? 金と銀が特定の人物、もしくは何かを指しているのだとしてもそれが何かが分からない。

 周囲の人物、取引先等、思いつく限りの全てを調べたが明確な答えは見つからなかった。幾度も会議を重ねたが結論は出ず。

 娘のボディガード兼、自身の相談役でもあるお抱え念能力者ダルツォルネもお手上げとの事だった。

 

 当面の対策として、予言に記された月日が過ぎ去るまで護衛を増やし、財産管理の一切を行わない事を決定したが、胸中で渦巻く不安は晴れる事は無かった。

 

 娘の機嫌を取る為に占い通り希少品を探しにジャポンに向かわせた部下達から、目的の物を見つけたと報告が入ったのが一週目の終わり。

 

 交渉が難航しているとの報告が入って来たのが二週目の中程。娘の機嫌を保つのが限界だと訴えが有ったのが二週目の終わり。

 

 多少の金銭を失ってでも慎重を期すべきだと主張するダルツォルネに半ば押し切られる形でゾルディック家に殺しの依頼を立てたのが昨日。曜日で言えば火曜日だった。

 当然だが少しでも予言を回避する為、ゾルディックとの交渉に自分は関わらず、組の金も自分の金銭も一切使っていない。

 

 そして、今日が水曜日。予言に記された日だった。

 

(後七時間か……)

 

 ノストラードは屋敷の周囲を武装した構成員で固め、居室で時間が過ぎ去るのを待っていた。厳戒態勢が敷かれている所為で人の声はおろか、物音も全く聞こえて来ない。

 

 静寂の中、唐突に羽音が聞こえた。

 次の瞬間、首筋にちくりとした痛みが奔る。咄嗟に手で叩き、開く。見れば蜂の潰れた死骸が掌に広がっていた。 

 

「……何だ、虫か。……ぐあっ!?」

 

 まともに思考できたのはそこまでだった。

 全身を耐え難い程の激痛が駆け巡る。呼吸が止まり、急速に意識が薄れて行く。死を告げる警報が脳内で鳴り響く中、それでも内線に手を伸ばそうと必死にもがいて。 

 

 

 

 一体、何……が…………。

 

 

 

 ネ……n。

 

 まだ、私……は、

 

 

 し……ね……ぃ……。

 

 

 閉じて行く瞼に最後に映ったのは、朽ちた包帯を全身に巻きつけた奇妙な男の姿。

 

 未来を求め続けた男、ライト・ノストラードの人生が終わりを告げた。

 

 

 

【Ⅶ】

 

 

 始まりは何時もと同じだった。

 依頼が入り、情報の一切合切を担当している執事が標的の身辺を徹底的に洗い、そして家の中で適任と思われる人間に割り振られる。……此処までは何時も通り。

 違ったのは標的。詰まる所、殺しのターゲットだ。

 

 

「……何コレ、どう見ても一般人じゃん。こんな、そこらのチンピラでも出来そうな殺しを俺にやれって?」

 

 標的の情報が子細に記された一枚の紙。仕事によっては自分の命を左右しかねない『それ』を、オレは無造作に放り捨てた。余りにも殺り甲斐のない仕事だったからだ。

 

 たかがジャポンの女子高生一人にわざわざオレが出張る意味が分からない。

 

「し、しかしイルミ様、これはゼノ様直々にイルミ様にお渡しする様にと命じられた物で……げぶbひゃあ!?」

 

「ぐちぐち五月蝿いよ、執事の癖に。……ふーん、爺ちゃんの仕業か」

 

 口答えする執事を手早く黙らせ、ゼノ爺ちゃんの居室へ向かう。 幸いにも仕事へ出掛ける前に見つける事が出来た。

 

「おお、イルミか。……どうした?」

 

「いや、どうしたじゃないよ爺ちゃん。何であんな一般人の殺しやんなきゃいけない訳? こんなのミルキにやらせておけば良いじゃん」

 

「ふむ、それか。 何やらその依頼、裏……と云うか、厄介事が潜んでいそうな気がしての。 本当ならシルバに頼もうと思っておったんじゃが、生憎別の仕事に出かけてしもうた」

 

「裏、ね。 オレにはどう見ても只の一般人にしか見えないけど」

 

「じゃから、というのも有るな。 儂らに殺しを依頼する時点で厄介な案件で有る事に違いは無かろう。……まあ金さえ貰えば一般人じゃろうと聖人じゃろうと殺るのが儂らだがの」

 

 “年寄りの勘じゃ、精々用心せいイルミ”

 

 そう言い残して爺ちゃんは仕事に出かけて行った。もう一度紙を確認するが、やはり一般人にしか見えない。

 

 

 午前七時、ジャポンに到着。柄にも無く深呼吸を数回して気分を落ち着けようとしたが、どうにも原因不明のイラつきが収まらない。

 曲がりなりにもオレはゾルディックでプロの殺し屋だ。積んで来た経験から来る勘が告げている。こういう日は大抵ロクな事が無い――。

 

 早い所仕事を終わらせて、思う存分ふて寝でもしよう。仕事用に頭を切り替え、現時点での情報を吟味して最適な方法と手段を頭の中でシミュレートする。

 標的の行動パターンから考えて、通学バスを使用する瞬間を狙うのが確実か。

 

 午前八時、標的が家を出たと報告が入る。特筆事項無し、状況に変わり無し。歩行速度を考慮するとバスターミナルに着くまで約20分程か。

 一般人相手に何をやっているのだと思わないでもないが、念の為に気配を殺し、体勢を整える。万が一、初撃で殺り損ねた時の為に使えそうな目ぼしい車を探していると、緊急入電を知らせるトランシーバーの振動が聞こえた。

 

「……ゴトー。俺、今忙しいんだけど」

 

「申し訳ありませんイルミ様。正体不明の黒スーツの男が空港からかなりの速度でそちらへ走って向かっているとの情報が入りまして、御連絡差し上げた次第でございます」

 

「……何それ意味分かんない。……そいつ、どれ位で此処に到着する訳?」

 

「現在の速度で走り続けたと仮定しますと……約20分でイルミ様とニアミスすると思われます」

 

「大至急、そいつの情報洗っといて。というか足止め位してよ、向かって来てるのが分かってるならさあ」

 

 役立たずとの通信を切り、思考する。

 嫌な予感が見事に的中してしまった様だ。このままだと標的と俺とそいつが鉢合わせする可能性が高い。

 

 ……続行か、それとも次の機会を待つか。

 

 ――父さんならきっと次の機会を待つだろう。

 『待つのが俺達の仕事』そう口を酸っぱくして教えていたから。

 

 ――ゼノ爺ちゃんなら先に不明因子、この場合で云う黒スーツを確認、可能なら排除しに向かうだろう。

 

 ……なら俺は? イルミ・ゾルディックはどうする?

 

 

 

 

 午前八時二十五分。バスターミナルに標的の姿を確認した。不確定因子とやらの姿は見えない。決行は可能と判断。

 気配を絶ち、後ろから近づく。さり気なく、細心の注意を払って標的の背後五メートルまで接近する。頸部の急所を狙い、念を籠めた針を懐から抜いて――――放てなかった。

 

 見られている。冷徹な視線が背後から俺を射抜いていた。

 

 俺の名誉の為に言っておくと、油断はしていなかった。【絶】は完璧に保っていたし、殺気も仕掛ける一瞬しか漏らしていない筈、だった。だが、現実として敵に背後を晒してしまっている。

 

 ――今仕掛ければ、俺も死ぬ。

 

 動けない俺を差し置いて、標的は列の先頭へ歩いて行く。

 久方ぶりに感じる、自分の命を握られている畏怖と標的を逃がしてしまうかもしれない焦燥。

 一瞬にも満たない思考の末、まだ仕事は可能と判断した。即座に用意してあった次策を発動させる。

 予め用意して置いた【トラック】を操作して、標的を目掛けて発射。……これで首尾よく潰されれば良し。そうでなくても、何処か怪我でもしてくれれば儲けものだ。後は応急処置をする体で近づいて脳天に針を刺せば仕事終了。

 

 邪魔をされると面倒なので、構えたままだった針を抜き打ちで背後に放とうとして、再度俺は驚愕する事になる。振り返る瞬間まで、確かに背後に有った筈の気配が跡形も無く消失していたからだ。

 今の、ほんの一瞬にも満たない思考の狭間を突かれたというのか。即座に周囲の気配を探る、までも無く奴――銀髪の男はトラックの前に居た。

 

 抜刀、居合い、納刀、そして回し蹴り。四つのアクションをこなすのに一秒足らず。結果、トラックは標的を捕える事無く電柱に衝突し、大破してしまった。

 

「……何アイツ、邪魔されちゃった」

 

 トランシーバーの振動で我に返る。気が付けば標的も銀髪の男も姿を消していた。

 

 ……まさか、俺が他人の動きに魅入っていた? 

 

 仕事中に呆ける何て事、生まれて初めてかもしれない。

 

 

 午前九時三十分。標的は授業中である。恐らくあの銀髪の男の仕業だろう、学校全体を覆う程の広範囲の【円】。オレはそれに触れるのを避け、遠巻きに観察していた。

 標的が窓際にでも近づいて来れば、この距離からでも確実に撃ち殺せる自信は有る。だが今の所、そんな動きは期待出来そうに無かった。

 そして今、標的のクラスで教鞭を振るっている銀髪の男、クリード・ディスケンス。星の使徒とかいう犯罪組織のリーダーで要人暗殺やテロ等で第一級レベル指名手配されている男らしい。

 そんな男が何故に一般人の標的に接近し、守ろうとしているのか。

 ゴトーによると、クリードと同日に金髪の女が勤務し始めたという話だ。そいつもクリードとグルと考えた方が賢明だろう。

 

 標的を目と鼻の先にして如何にも手出しが出来ない。苛立ちは募るばかりだった。

 

 

 午前九時五十分。標的の両親、つまりキリサキ夫妻の暗殺完了との報告が入る。これで後は俺の仕事を残すのみか。

 

 午前十時半。クリード・ディスケンスが学校を離れた。

進行方向から推測すると警察署が目的地か。どうやらキリサキ夫妻の死亡の確認を取りに向かった様だ。

 必然、学校全体をカバーしていた【円】が消える。訪れた好機を逃すまいと標的を確認すると、第二の不確定因子と思わしき金髪の女が側に付いて警戒に当たっていた。コイツもかなり強い。 

 ……遠目に見るだけでも相当に厄介な相手なのは理解出来る。クリードが戻って来る前に仕事を終わらせたかったが、どうやら厳しそうだ。

 

 午後十二時二十分。標的が屋上に移動したのを確認。

 金髪の女は……居た、一階、職員室で職員会議中か。クリードも隣に座っている。【円】は復活しているが、仕掛ける好機で有ると判断。

 標的は都合良くフェンスの側まで歩いて来た。……邪魔者の気配は無い。そして、この距離ならしくじる事も無い。 とっととおっ死ね。

 

 

 午後一時三十分。 ふて寝なう。 結論から言うと暗殺は失敗した。オレが日に二度も仕損じるなんて、ガキの頃以来だ。 苛立ちを通り越して乾いた笑いが零れて来る。

 

 ……あの瞬間、標的の眉間を目掛けて放った長針は真下から飛んで来た礫に弾かれ、校舎の壁に突き刺さる結果に終わった。

 まさかと思い下を覗くと、金髪の女でもクリードも無い第三者。校門で守衛をしていた壮年の男が此方を見ていた。……コイツもか。

 視線を戻し標的の様子を確認すると、クリードが居た。何を言っているか分からないと思うが、最初から其処に居たかの様に自然に座っていた。

 

 これでは無理だ。即座にその場を離脱し、最初のポイントへ戻る。 ……後で情報担当の執事ぶっ殺そう、オレは心の底からそう思った。

 

 午後四時。授業が終了し、標的が校舎の外へ出て来た。……金髪の女と共に。

 何時も通りのオレなら一旦引いて、次の機会を待っていただろう。だが、校舎に仕掛けた虫(盗聴器)から聞こえていた会話。

 標的がこの後、安全が確保されるまで当分の間、金髪の女の住処へ居候する事は確定事項らしい。詰まる所、今日の内に仕事を終わらせようと思うなら今しか無いという事だ。

 

 待つか、仕掛けるか。 オレは本日三度目の選択を迫られていた。

 

 

【Ⅷ】

 

 

「全く、遅いですよ栗井先生」

 

「いや、これでも出来る限り早く駆け付けたんですけれど。……というか師、じゃないセフィリア先生、何でそんな棒で戦おうとしているんですかアナタは」

 

 寄りにも寄ってあのゾルディックにそんな舐めた真似をする人間が居るとは。

 心底呆れ果てた表情を浮かべるクリード。馬鹿にされたと認識したのか、セフィリアの顔が紅く染まる。

 

「そんな棒とは何ですか、そんな棒とは。栗井さん、貴方は雪○大福を侮辱するのですか!?」

 

「あのー、そんな言い争いしてる場合じゃないと思うんですけれど……きゃあ!」

 

「話、終わった? 早い所仕事終わらせて帰りたいんだけど」

 

 抜き打ちで放たれた針を平手で弾き飛ばし、セフィリアが睨みつけた。

 

「不意打ちとは、随分と卑劣な真似をするのですねゾルディック。如何に殺し屋と云えど、少しは自らの仕事に誇りを持っているのかと思っていましたが…残念です」

 

「……いや殺し屋の誇りって何? オレからすれば敵の目の前で漫才する方がよっぽど舐めてると思うけど」

 

(ごもっともです)

 

 セフィリアを除く二人の意見が一致した瞬間である。

 

「全く先生は。……エキドナ、頼む」

 

 それはほんの一瞬の出来事だった。

 前触れ等は一切なく、さも始めから其処に有ったかの様に。 クリードの横に厳めしい門が現れた。

 

 続けて、さも当然の様に門の内側から妖艶な女性が現れ、セフィリアに剣を投げ渡した。

 

「クライスト……! 良い所に来てくれましたねエキドナ。この礼は何れ返します!」

 

「えっ、何今の、何処から来……っ」

 

 続けざまに起きる超常現象に頭が付いて行けないキョウコ。頸椎に手刀を受け、崩れ落ちた彼女をクリードが優しく抱え、エキドナへ渡す。

 

「……ではキリサキさん、また後で。エキドナ、この子を頼んだよ」

 

 一つ頷いて、エキドナは門を通り何処かへ消えて行った。

 現れた時と同じ様に蜃気楼の如く門は消え、この場に残るは三人。

 

「さて、待たせましたね、ゾルディックさん。……始めましょうか」

 

「んー、いや、別に? どうせキミ達の事だからオレの邪魔するだろうし、それなら先に殺した方が楽になると思っただけだよ」

 

 

 

 

 駆ける。

 クリードが居合い腰の姿勢で構え、左へ駆ける。セフィリアはクライストを正眼に構えて右へ駆けた。

 敵との距離が三メートルを切った所で顔を見合わせ、頷く。次の瞬間、その場から二人の姿が搔き消えた。

 一瞬の後、イルミの左右に刀を突き、振り下ろした姿勢の二人が現れ、一拍遅れて耳障りな金属音が辺り一帯に響き渡る。

 イルミは表情一つ変えずに左上段から振り下ろされた幻想虎徹の見えない刃を針二本で挟むようにして止め、右下方から脾臓を狙ったクライストの刺突を逸らす様にして回避していた。

 

「……流石に、二人同時はキツイね」

 

 まるで意に介していない表情でイルミが呟く。

 

「キツイだけですか。割と、本気で打ち込んだんですけれど」

 

 溜息交じりにクリードがぼやく。

 

「……クリード君。交戦中に敵と仲良くお話しするとは余裕ですね」

 

 セフィリアが小言を吐く。それと同時に二人が弾かれる様にその場を飛び退いた。まるで生き物の様にぐにゃぐにゃと波打つアスファルト。深く突き立った針が悠長にその場に留まっていた場合の結末を如実に伝えていた。

 

「その針。無生物でもお構いなしですか、思ったより厄介な能力ですね」

 

「……それ、アンタには言われたくない台詞だよ」

 

「くくっ、言われてますよ師匠」

 

「ぐっ、五月蝿いですよ!」

 

 無音無動作、かつ間断なく放たれる針の礫を避けながらセフィリアが間合いを詰め、突きを放つ。繰り出している剣を持つ手が見えない程の神速の連続突き。まともに受ける事を嫌ったイルミは後ろへ飛び下がる。

 

「……成程、速いね」

 

 着地の瞬間。 狙っていたかの様に先回りしていたクリードが現れ足元へ薙ぎ払いを放つが、重力を無視するかの様に上空に飛び上がったイルミを捕える事は出来ず、空を切る結果に終わった。 

 回避された事に驚愕している間は無い。 納刀と同時、転がる様にクリードが横に跳んだ。それを追う様に針が次々とアスファルトに突き刺さり、地面がぐらぐらと揺らぐ。

 素早く体勢を立て直して見上げた視線の先、イルミは電柱に対して垂直に立った姿勢のままクリードを見ていた。

 

「(針頭にワイヤー。それを張り巡らせることで不規則な動きを可能にし、電柱へ飛んで逃げた、か)……もしかして、見えてます?」

 

「ああ、それ? 確かに見えないけど予め頭に入れておけばそんなに怖くないよね。……っと」

 

「油断大敵ですよゾルディック。アークス流剣術、十三手――雷霆!」

 

 見上げた先には上空から雷の如く突貫し、紫電の如き速度で突きを放つセフィリアの姿が有った。その速度は先の突きよりも遥かに速い。回避するよりも早く、迎撃するよりも速く。

 瞬く間にイルミの身体から無数の血飛沫が吹き上がる。

 だが、最も強大な要の一撃は突如として折れ曲がり、倒れかかって来た電柱によって中断させられる事になった。

 

「くっ、防がれましたか」

 

「……今のはかなり危なかったね」

 

 ここまで致命傷を避け、余裕を持って達人クラス二人の猛攻を回避し続けている様に見えるイルミ。だが、実の所はそこまで楽な戦いでは無い。

 殺し屋としての習性、そして、強者の意地がそれを表面に出していないだけであり、精神的、肉体的疲労はこの短時間で鉛の様にずしりと圧し掛かって来ていた。

 

 ……そもそもこの場に標的が居ない今、本来ならイルミがこうして悠長に闘っている理由など無いのだが。

 

 ぐるりと辺りを見渡し、セフィリアが戦いの終局を宣言する。

 

「ふむ、暗くなって来ましたね……。クリード君、そろそろ決着を付けます。援護しなさい」

 

「了解です、師匠」

 

 瞬く間に間合いを詰めたセフィリアが、先程と同じように突きを繰り出す、と見せかけて一足飛びに飛び下がり、入れ替わる様にクリードが前に出る。

 逃がす隙も反撃の好機も与えないとばかりに、不可視の刃がセフィリアのお株を奪う程の凄まじい速度でイルミを襲う。

 その全てを最小限の動作で弾き、受け流し、逸らしていくが、吹き付ける豪風の如き斬撃を全て防ぐ事は出来ず、徐々に追い詰められ、足が後退して行く。

 

 ――そして、気が付けば壁と電柱に抑えつけられる形で動きを封じられていた。尚も斬撃の嵐は止むことなく吹き荒れ続ける。

 

(上手く誘導されたか。まずいな、身動きが取れない……!)

 

 その後方。構えたクライストを限界まで引き絞り、セフィリアが必殺の構えを取っているのがイルミの視界の端に映った。

 

 

「これで終わりですゾルディック……! アークス流剣術終の三十六手――【滅界】!!」

 




やったか!?

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