沈黙は金では無い。    作:ありっさ

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適当に各話のタイトルを付けて来た所為で、せっかく浮かんだ格好良さげで厨二臭いタイトルが付けられなくて泣く羽目に。


13.我慢も大切です。

 

「おや、これは予期せぬお客さんだ♤」

 

 唐突に始まった地獄の三者面談。

 

 この場合はどちらが先生でどちらがお母さんなのか。そんなくだらない思考で現実逃避しようとする程度には、僕はこの場――ハンター試験会場へ移動するエレベーターを訪れた事を後悔していた。

 

 

 中華風の回転式円卓。皿の上には等間隔に切り分けられた牛ステーキが盛り付けられている。 断面から覗く見事なまでのミディアムレアの赤身。

 鮮やかな赤色が、この皿を提供したのが一流、もしくはそれに準ずるレベルの料理人の仕事だと教えてくれていた。

 彩りを添える様に盛り付けられた人参のグラッセとマッシュポテト。黄金色のコンソメスープの水面にぽつぽつと浮かぶクルトンもまた美しい。

 

 …惜しむべきはテーブルを囲んでいるのが目を血走らせたピエロと目が逝っちゃってる針男という事だ。 それさえ無ければ喜んで食していただろうに。

 

「あの時から、随分と成長したじゃないか。 …今すぐにでも食べちゃいたいぐらいだよ♡」

 

 舌なめずりをしながら、感極まった表情で鳥肌が立つ様な台詞を仰られたのは、かつて天空闘技場で僕にばっちりトラウマを植え付けてくれた元凶ことヒソカさん。 

 

(先生! ヒソカくんが素手でステーキを持って食べてまーす! きたな…気持ち悪いので帰って欲しいです! 切実に!!)

 

 超至近距離で繰り広げられる余りにおぞましい光景に僕は思わず顔を逸らした。

 まあ、逸らした先には全身にこれでもかとぶっとい針を突き刺しまくった、スピリチュアルでスパイシーな格好をされている御方が座って居るのですけれどもね。

 

 変態☆奇術師ヒソカさんに負けず劣らず針男さんもやばい、何がやばいってまず目がやばい。 何処か遠く、遥か彼方へ逝っちゃってる。 ほぼ逝きかけましたってレベルじゃない。

 

(クリードちゃん、お母さんの今日のファッション、どうかしら? ……まず額に刺さったぶっとい針を抜こうよ、お母さん)

 

 おかしい、何故に僕はハンター試験を受けようとして世界レベルの変態二人と食事会をしているんだろう? …ああ、こんな事ならサキ君一人で行かせれば良かった。

 余りにも意味不明な状況に意味不明な妄想が頭を駆け抜けて行く。

 如何にか意識を現実に戻すと、依然として規則的な動きで一心不乱にカタカタしている針男さんが視界に映る。 あのー、食べないと折角のステーキ冷めちゃいますよ?

 

 さっきから妙に引っかかっているのだけれど、この針男さん、前に何処かで見た事が有る様な気がするんだよなあ。

 僕の気のせいだろうか? 少なくとも記憶を辿る限りではこんなファンキーな格好をして、【左腕が義手】の人に心当たりは無いけれども。

 

「彼が気になるのかい? ギタラクルって言うんだ♤ とても人見知りな奴だから、是非仲良くしてあげてね♡」

 

 紹介された針男もとい、ギタラクルさん(以下、呼びにくいのでギタさんで表記)は何のリアクションも取らず只管にカタカタしている。 どうやら彼はヒソカさんのお友達(意味深)だそうで。

 類は友を呼ぶってこういう事ですか、成程。 妙に納得した所で、先程からどうしても気になっていたギタさんの左腕について質問してみた。

 

 ・・・・えっ、何この空気。

 

 カタカタをやめて僕を睨むギタさん。 何故か嬉しそうなヒソカさん。 ノンストップで降下し続けるエレベーター。

 

 びっくりするぐらい気まずい空気が漂う中、唐突にヒソカさんが立ち上がった。 ヒソカさんのヒソカさんも立ち上がっている。

 

「そんなに誘惑しないでくれよ・・・! もう少し熟れるまで我慢しようと思ってたのに…。 駄目だ、抑えきれないよお・・・♡」

 

 ちょっと、何言ってだこの人。 僕はトマトか何かですか? 

 突っ込みを入れる間もなく、ヒソカさんは珍妙なポーズを決めている。

 

 嗚呼駄目だ、師匠助けて下さい。 僕のスキルではこの人達のレベルには対処しきれません。

 

 次の瞬間、爆発を思わせる勢いで暗黒オーラが吹き上がる。

 文字通り、色んな意味で完全に臨戦態勢になってしまわれたヒソカさん。 逃げ場のない密室。

 こんな狭いエレベーターの中で戦うも何も無いでしょうに。

 そう思いつつ、助けを求めて万に一つの可能性に掛けてギタラクルさんを見る。

 

 …さっきよりも若干激しくカタカタしていた。

 

 ちょっと貴方、仮にもこのピエロさんのお友達なら何とかしてくださいよぉ!! 駄目だ、聞いちゃいない!!

 

「さあ、闘ろう・・・!」

 

 一体何をやろうって言うんだ、何を!?(白目)

 凄まじい顔芸を維持しつつ、じりじりと近寄って来る変態に思わず腰に下げた虎徹に手が伸びる。

 

 …来る!! 

 

 その瞬間、エレベーターが目的の階に到着した様で、気の抜けた音と共に扉が開いた。早足でエレベーターから飛び出て、すかさず安全地帯を探す。

 一刻も早くこの場を立ち去らなければ危ない!! 色々な意味で!!

 

「おや、残念、時間切れか…♤ 仕方ない、また後で闘ろうね♡」

 

 心底残念そうな顔をしているヒソカさんを尻目に安全地帯を探して逃げる。 逃げました。

 暫し周囲を見渡して、座るのに良さげな岩場を少し離れた場所に見つけた。すかさず陣取って持参した本を鞄から取り出す。

 

 これから一生、命の危険が有る様な火急の事態に陥らない限りはエレベーターに乗らない様にしよう。 僕はそう固く誓った。(フラグ)

 

 

 

 ――ああ、やっぱり本は良いね。 活字は僕を至福へ誘ってくれる。

 

 暫くの間、新しく出来たトラウマを忘れようと新しく入荷した希少本の世界に没入していた。

 …そういえば、クロロさんが近々新しい本を入手しに行くのに人手が足りないから手伝いに来てくれーとか言っていた気がする。 この試験が終ったら少しは暇が出来るし、顔を出してみるかな。

 

◆◆

 

 ふと気配を感じて顔を上げると、何だか凄くニコニコしながらこっちに近づいて来る小太りのおじさんと目が合った。

 フレンドリーに話しかけて来られたのでこちらも誠意をもって対応をし…無理でした。 おじさん、後ろ、後ろ~~~!!

 人好きのする笑顔を見せるおじさんのすぐ後ろに、人を殺しそうな笑顔をしたマッドピエロ――ヒソカさんが立って居るではありませんか。 

 怖すぎて思わず顔を伏せちゃったけれど、おじさん気付いて! ヒソカさんが手にしたトランプでおじさんの首を掻っ切ろうとしているよ!? 呑気に自己紹介何てしている場合じゃないよ!

 ほらヒソカさんが空いた手でカウントダウンしておりますがな!! 5、4、3、2、1、 ああ、もう!!

 

 間一髪、抜き打ちで放った虎徹でヒソカさんが奔らせたトランプを半ばで斬り飛ばす事に成功し、おじさんは辛くも九死に一生を得る事が出来ました。 

 コンマの応酬から一拍置いて、血が吹き出る首筋に気付いて情けない悲鳴を上げて逃げ出したおじさん。 大丈夫、頸動脈は外れている筈だから。

 一方のヒソカさんは満足そうな顔をして針男さんの所に戻って行きましたとさ。

 結局の所、彼が何をしたかったのか不明である。 …ストレス発散?

 

 …それにしてもあのおじさん、真後ろに居たヒソカさんに最初から最後まで全く気付いていなかったな。

 周囲の気配(主に例の二人)はこまめに探っていたから、歩き方や身に纏う気配でおじさんがそこまでの使い手で無いのは予め分かっていたとはいえ、この先が些か不安になるね。

 此処へ来た時から思っていた事だが、やはり参加者の大半がヒソカさんはおろか絶賛修行中のサキ君にすら敵わないレベルらしい。

 勿論、念(氣)の使い方を覚えているか否かの違いは大きいけれど、それを差し引いても皆さん少しばかり修練不足なのでは無いだろうか? 一度師匠のトレーニングを受けてみれば良いのにね。 この世の地獄を見る代わりに耐え抜けば確実に強くなれる。 ソースは僕。

 

 その後、数時間は何事も無く読書に集中する事が出来た。 例の二人をちらりと覗き見る。トランプタワーをしていたりカタカタしていたり、今の所は落ち着いている様だ。 出来ればそのまま試験が終るまで静かにしていて欲しい。

 

 丁度キリの良い所まで読破したので、腕時計を確認する。そろそろ一次試験が始まっても良い時間ではある。 周りを見渡すと、エレベーターから出て来るサキ君が見えた。

 何時にも増してスキンシップ過剰なサキ君を引き剥がしつつ、道中で意気投合したらしいお友達を拝見させてもらう。愛弟子に集る羽虫は早めに排除して置かないといけないからね。

 

 以下、僕の私見による三人の考察もどきを記しておく。

 

 まず目についたのが金髪の聡明そうな青年、クラピカ。

 知り合いという情報だけで満足せず、僕や他の参加者について少しでも情報を集めようとする周到さ。 さり気なく周囲の気配を探り、危険な人物を警戒している冷静さはお世辞抜きで素晴らしい。 きっと彼は何所の組織に属したとしても素晴らしい働きをするだろうね。

 少しばかり引っかかると言えば、彼の眼か。 …これはあくまでも僕の想像だが、彼の眼の奥には想像を絶する程の悲しみと、それを燃料にして燃え盛る仄暗い蒼い炎が垣間見える。 …様な気がする。

 目的の為に非情になろうとする冷酷さと彼が本来持っている優しさ。 いずれその矛盾に押しつぶされなければ良いのだが。 …難しく考えすぎかな?

 

 その次に気になったのはツンツン頭の少年、ゴン。

 この子を率直に表すならば、底が見えない恐ろしさといった所か。 僕を見る少年の眼には、一点の曇りも汚れも見つからなかった。

 それだけならば、只の世間知らずの子供だと切り捨てれば良いだけの簡単な話だが、どうやらそれで終わる様な単純な話では無い様で。

 これでも僕は自分の事をそれなりの使い手だと自負している。 修羅場を潜って来た中で培った勘が、忙しなく警鐘を鳴らし続けていた。 

 少年の内に秘められた得体の知れない何か、絶対に触れてはならない禁忌が潜んでいる、と。

 というか、この少年もさっきの針男さんと同じく以前に何処かで会った事が有る様な…。 気のせいか?

 

 最後にブランドスーツを着込んだ軽薄そうな男性。何故か彼だけフルネームで名乗ってくれた。レオリオ・パラディナイトという名前らしい。

 彼は、何というかまあ『人は見かけに依らない』を地で行っている人物だ。 俗に云う、『超』が付く程の御人好し。 彼に対して抱いた印象はそんな所か。

 周囲に向けて威圧感を剥き出しにして高圧的な態度を取りながらも、隠しきれていない暖かい人柄の良さが行動の端々から滲み出ている。

 先程の騒動の際に、僕の側に落ちていた血の付いたトランプ。 それを見つけた彼は真剣な顔で怪我人が居るのかと問いただして来た。

 何処かのヒソカさんの所為で優しいおじさんが負傷した旨を教えると、すぐさまおじさんの元へ駆けつけてそこいらの医者のお株を奪う様な的確で手早い処置を施していた。その際の彼の眼は真剣そのものであり、彼が何を成す為にこのハンター試験にやって来たのかを容易に想像させてくれた。

 …まあ、彼に聞いてもサキ君の長話から逃げだすのに丁度良かった等とはぐらかすのだろうけれど。

 

 とまあ、依然として続いている長話を聞き流しつつ、そんな事をつらつらと考えている内にどうやら一次試験が始まるらしい。 

 やって来た試験官さんは髭が素敵なナイスミドル。 ….どうやら彼の後を着いて行くのが試験だそうだ。 さしずめ、持久力テストといった所だろうか。

 ふと横を見るとサキ君がかなり不安そうな顔をしていた。

 技術面は元々の才能も有ってかなりの物を身に付けたとはいえ、身体能力的にはまだまだ発展途上だからな。

 緊張を解す為、何時もの様に軽く抱きしめて頭を優しくぽんぽんする。 こうするとサキ君は(何故か)やる気が出るようで、大きな仕事の際には半ば恒例になっていたりする。

 案の定、鼻息を荒くして頑張ります!を連呼しておられる。 …これでまあ、少し位のマラソンは問題無いだろう。 

 一部始終を見ていたレオリオ氏とクラピカ君の冷たい視線が解せなかった。 何故だ、星の使徒ではそんな目で見る奴は居なかったというのに…。

 

 そんなこんなで走り出して早くも80キロ余り、いつの間にか先頭に来てしまっていた。もう、少し位とは言えない距離になって来たな。 果たしてサキ君は大丈夫だろうか。

 

 頭の片隅で心配しつつ、何時の間にか隣を走っていたゴン君と世間話をしながら尚も走る。話の中でゴン君の父親があのジン・フリークスという衝撃の事実が発覚。

 いや本当に、あの人はチートの塊としか例えようの無い化物だった。 幻想虎徹を念の技術だけであそこまで完璧に模倣されるなんて、夢にも思っていなかったもの。

 

 メッタクソにしばかれた当時を思い出して苦笑いしたり、ゴン君のツンツン頭を撫でまわしたりしている内に巨大な階段が見えてきた。

 今度は此処を駆け上がるのか。 そんな事を考えていると、スケートボードに乗った少年が横を突っ切って行った。 ...と思ったら戻って来た。

どうやら少年はゴン君に興味が有ったみたいで、僕達の後ろで話しかけるチャンスを伺っていた様だ。

…さっきから地味に怖かったんだよね、僕のすぐ後ろを殆ど音のしない【何】かに乗った、音を立てない人間に引っ付いて居られるのは。

 

 光の速さで打ち解けた二人。 ついでに僕もお友達にしてもらおうと簡単な自己紹介をした。 

 …何という事でしょう。 名前を教えた途端、物凄い勢いで少年―キルア君が僕の事を警戒し始めたでは有りませんか。 当然の事だが、ゴン君は訳が分からずにぽかんとしちゃっている。

 

 

 何故だ? …心当たりは、そこそこ有るな。

 

 

◆◆

 

 

「思い出したぜ、ゴン。 アイツはな、二年前に俺の兄貴の腕を吹き飛ばした奴だよ」

 

「クリードさんが、キルアのお兄さんを!? …って、あれ? ちょっと待って、後ろから血の匂いがする…?」

 

 ゴンの言葉と同時に、クリードの懐がタイミングを見計らったかの如く振動する。 

 

「ヒソカか…!」

 

 取り出した携帯の画面を見て、舌打ちと共にクリードが受験者の波を掻き分けて逆走し始める。思わずその姿を追いかけようとしたゴンに、離れて行くクリードから怒声が飛んだ。

 

「ゴン! 君は君の成すべき事をするんだ!!」

 

「…っ!! でも!!」

 

「ゴン、アイツの言う通りだ、ヒソカはお前が行ってどうにかなる様な相手じゃないよ」

 

 立ち止まってしまったゴンを一瞥し、先に行く旨を伝えてキルアは階段を駆け上がって行った。

 

 進むべきか、引き返すべきか。 逡巡するゴン。

 その間にも受験者達は我先にと階段を駆け上がって行く。

 

 

 唐突に聞こえた足音や息遣いとは違う誰かの悲鳴。その中に確かに聞こえた、此処に至るまでに知り合った大切な仲間の声。

 

「この声…間違いない! クラピカとレオリオだ!!」

 

 

 ーーーかつん。

 

 

 折り重なる様にして倒れていた。

 屈強な肉体を誇っていた男も、老獪さと経験で生き残って来た猛者も、人知れず野心を抱えて歩んで来た少女も。 皆等しく倒れていた。

 地下道は力尽きた受験者達から溢れ出た血で黒く染まり、辺り一面に噎せ返るような鉄錆の香りが立ち込めている。

 

 

 ―――かつん。

 

 静まり返った地下道に、革靴が地面を叩く音が一際高く反響する。 音の主は銀髪の男。 

 

「やあ、トレイン。 じゃなくてクリード君だったかな? …危なかったね♡ もう少しで、この娘を食べちゃう所だったよぉ・・・!?」

 

 愉悦に満たされた声を発したのは道化師。 鮮血の海。彼はその中心で笑っていた。

 足元に広がるどす黒い紅色。それと同じ位に艶やかな唇を引き攣らせて、只々笑っていた。

 死が満ち満ちたこの場に残っている、数少ない生きた人間。 奇術師と対峙していたクラピカとレオリオが振り返り、驚愕に眼を見開く。

 

「…ヒソカ、今すぐその人達から離れろ」

 

 冷徹な眼差しで奇術師を睨むクリード。

 その右手には奇術師の『狂気』を稚戯と嘲笑する、本物の『狂気』が顕現していた。

 

『グギャギャギャギャ!!』


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