沈黙は金では無い。    作:ありっさ

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15.大好きだから、切ない。

 

 呆れる様な、何処か嘲りを含んだイルミの声。 

 その言葉を待っていたかの様にぱちり、と音を立ててヒソカの瞼が開いた。 形の良い唇が三日月を描いている。

 

「…はぁ~、最高に楽しい時間だった♡」

 

 鉄錆の匂いが充満した地下道、損壊した死体の山、片腕の無い奇術師、側に佇む針男。

 

 大の字で横たわったまま、奇術師の口から愉悦が漏れ出る。先の戦闘の代償として、欠損した右腕――それが接続されていた部分から今もじわじわと血を流し、それでいて今も尚、恍惚の表情を浮かべている彼の姿は控えめに見てホラー映画のワンシーンでしか無かった。

 

「人様の能力を都合の良い舞台装置扱いしておいてそのザマは無いんじゃない? …というか、思いっきり右手吹き飛んでるのに良くそんな台詞が出て来るなヒソカ」

 

「逆だよイルミ、じゃ無くて今はギタラクルか。 …久々に会えたんだ、ボクをここまで追い詰められる生きの良い玩具に」

 

 ――そんなの、楽しくてしょうがないに決まっているじゃないか。 

 

 そう言いつつ上体を起こす。それと同時に、彼方へ吹き飛ばされていた右腕が吸い寄せられるようにしてヒソカの元へ戻って来た。

 

「まあ、黙ってやられるのも癪だったから一撃は入れてやったけれど、差し引きで言えば今回はボクの負けだね。 ..…そうだ、これ返すよ」

 

 ヒソカはごそごそと懐を漁り、一本の長針を取り出した。

 

「借りたボクが言うのもなんだけどさぁ、『コレ』、ちょっとばかし怒らせる位しか役に立たなかったよ♤」

 

「本当に失礼なヤツだな君は。 …まあ、アイツは家の中でも数える位しか居ない終身名誉ブラックリスト入りしてるヤツだから、しょうがないと言えばその通りだけど」

 

 無造作に投げ渡された針を受け取りつつ、イルミの視線は千切れた右腕に向かう。 

 

「…くっつけて♡」

 

「別に良いけどお金は貰うよ? さっきの針の使用料と合わせて上乗せで。 …邪魔だから繋げる所のオーラ切って」

 

「はいはい♤」

 

 止血の役割を果たしていたバンジーガムのオーラが消え、断面から血がごぽりと吹き出る。 

 一瞬置いて、肩口と腕の中程に怪しい光を放つ針がそれぞれ一本ずつ突き立った。

 始めに針が突き刺さった肩口がボコボコと異様な音を立てて盛り上がる。 次いで身体から切り離されている筈の腕が柘榴の如く赤黒く染まり、弾けんばかりに膨れ上がる。

 

 どくり、どくり。 

 肩と腕、継ぎ目の血管が激しく脈動し始める。 

 どくり、どくり。 

 バラバラだった脈が徐々に同調していき。 

 

 ……どくり、どくり、どくん。

 

 数十秒、或いは数分か。 

 異常は唐突に収束し、残ったのは若干の赤黒さのみ。

 

「…はい完了。 とりあえず、試験が終るぐらいまではそれで大丈夫だと思う。 あんまり激しく動かすと捥げるから気を付けてね」

 

「え~♦ 捥げちゃうのかい? それは困ったなぁ…」

 

 調子を確める様に、ぶんぶんと腕を振っていたヒソカが残念そうに呟いた。

 

「…呆れた奴だ、まだやる気だったのか。 …言っておくけれど、次やる時は手伝わないから。 また仕事の邪魔されたら面倒だし」

 

「えー、冷たいなぁ♤」

 

「はいはい。 誰かさんの所為で大分遅れちゃったし、急いで追いかけるよ」

 

 そう言いながらイルミが懐から取り出した小型の通信機。 点滅する光点がとある受験生の方角と距離を発信し続けている。

 

「それ、誰に付けたの?」

 

 横から覗き込んだヒソカが疑問を口にする。

 

「誰って、キルに決まってるじゃん」

 

 何言ってんのコイツ? 的な顔を見せるイルミに内心苛立ちつつも、腕や先程の手伝いの件も有り、ヒソカが表情に出す事は無かった。

 

「さて、少し急ごうか。 二次試験に間に合わなかったなんてオチは避けたいからね」

 

 誰の所為だと思っているんだ誰の。 鼻歌でハミングを取りながら、呑気に前方を走るヒソカの背中に傀儡針を打ち込むか否かを割と真面目に考えたイルミだったが、余計な時間を食うだけなので自重する事にした。

 

 

 

「クリードさん、腕は大丈夫?」

 

 心配そうに見るゴンの視線の先、クリードの左腕からは、先程ヒソカの策略によって浴びた血液とは違う、自らの身体から溢れ出る血が滴っていた。

 ヒソカとの最後の攻防。 

 あの瞬間、ゴンの存在を認識した事でクリードと視界を共有していた幻想虎徹の動きが一拍遅れ、結果として左腕をトランプで裂かれる結果になった。

 幸いにも動きに支障が出る程では無いし、正直に教えた所で怪我がどうなる訳でも無いので、クリードがゴンに話す気は更々無かったが。

 

「ああ、この程度なら問題ないよ。 利き腕ではないしね」

 

 事もなげにそう言いつつも、クリードの眼には何処か遠く、遥か昔、師匠と二人三脚で繰り広げた特訓の光景が蘇っていた。

 

「ふふふ、失血状態の身体の動きを教わるのに手っ取り速いからと、良く師匠にやられた物だよ。 …クライストでグサグサッと」

 

「えっ、何それ怖い」 

(クリードさんの師匠って一体どんな人何だろう!?)

 

 ゴンの脳内で、クリードが師匠と呼ぶ人物の像が異次元の魔獣、もしくはそれに類する魔王の様なナニカで固定された瞬間だった。

 

 二人で地下道を走る事暫し。二度目の大階段を駆け上った先は、失格者を通さぬとばかりに分厚い鋼鉄の壁に閉ざされていた。

 

「あっ、クリードさんにゴン君! 無事だったんですね、良かったぁ…」

 

 閉じた鋼鉄のシャッター。 

 その手前にサキは独り残り、クリードを待っていた。

 

「サキ君、間に合わなかったのか?」

 

「残念ながら。 目の前でガシャンと閉じちゃいましたよぅ…」

 

 一瞬だった。 三人を塞いでいた目の前の壁が人間が通れる大きさ、縦長の長方形に切り抜かれ、轟音を立てて吹き飛んだのは。

 結果から言えば、抜き打ちで幻想虎徹を奔らせた後、クリードが壁に向けて思い切り寸勁をぶちかましただけの話なのだが。

 

 クリードが見せた一連の動きの余りの速さに何が起きたか理解できず、目を白黒させるゴン。 辛うじて剣戟の軌跡を目で追う事が出来たサキ。

 

「…まずいな、後ろからヒソカと、もう一人が走って来ている」

 

 険しい表情のままクリードが告げる。 

 その言葉に慌てる二人。 特にサキはヒソカと直接対峙した事も有り、わたわたしながら怯えていた。

 

「ど、どどど、どうしましょうクリードさん! 私もうあの変態と闘うの絶対嫌ですよ!?」

 

「時間も無いし、少々急ぐか。 サキ君、失礼するよ」

 

「えっ!? ちょちょちょ、クリードさん!?」

 

 左手は膝裏へ、右手は肩から脇へ。

 サキは俗に云うお姫様抱っこの姿勢を強いられていた。勿論、抱えているのはクリード。

 耳元まで真っ赤に染まりぶつぶつと何事かを呟いている少女に構わず、クリードはゴンに声を掛ける

 

「ゴン君、僕の背中におぶさってくれ。 時間が無い、急いで」

 

 暫しの逡巡の後、ゴンがクリードの背に飛び乗る。このまま自分が走るよりは、その方が早いと理解出来たのだ。

 ゴンが飛び乗るのを確認した次の瞬間。文字通り、景色が霞む程の速度でクリードは走りだした。

 

「うわぁ、クリードさん凄いや! すっごい速いよ! モノレールみたいだ!!」

 

「……その例えはどうかと思うよ、ゴン君」

 

 二人を背負い、第二試験会場に向けてクリードは疾走する。  

 …彼の名誉に掛けて、後ろから眼を血走らせて駆けてくる二人が怖かった訳では無い。 断じて無い。

 

 

 

 

「……ありがとう」

 

 小刻みに揺れる腕の中、少女が小さくお礼の気持ちを呟いた。

 

「サキ君、今、何か言ったかな?」

 

「…人の気も知らないで、クリードさんの馬鹿! って言ったんですよぅ!」

 

「!? すまないサキ君、僕には良く分からないが、どうやら失礼な事をしてしまった様だね」

 

「クリードさんの鈍感魔人!!」

 

「!?」

 

 

 

 

「う…ぐ…..。 …はっ!? ここは?」

 

 腹部に鈍痛を感じつつも、意識を浮上させたレオリオ。 

 周囲を見渡すと、先程まで居た筈の薄暗い地下道から景色が一変して森と草原が一面に広がっている。

 

「漸く起きたかレオリオ。 此処は第二試験場前だよ、試験開始まではまだ少し間が有る様だ」

 

 隣に立っていたクラピカはそれだけ言うと眼前の扉へと視線を向けた。釣られてレオリオも同じ場所を見る。 

 そこに在ったのは簡素な造りの小屋と固く閉ざされた扉。 

 扉の上部には紙が貼られており、其処には 『第二試験開始時刻 本日正午より』 とだけ記されている。

 その為、受験者達は待ちぼうけを強いられている様子だった。 

 

「成程な、皆してぼけっと突っ立ってんのはそう言う訳か。 …って、そうだ! ゴンとクリードは? ヒソカの奴は?」

 

「二人はまだ着いていない、ヒソカも同様だ」

 

「…そうか」

 

「レオリオ。 仮に、あの場に私達が残っていたとしても何も出来なかったよ」

 

「んな事は言わなくても分かってる! …だけどよ、」

 

 レオリオの言葉は最後まで紡がれる事は無かった。 

 やむを得ず扉の前に陣取って試験の開始を待っていた受験者達の輪、その後方。試験開始時刻が迫り、否が応でも高まって行く緊張感の中、突如として絹を裂くような悲鳴が上がったのだ。 

 悲鳴は更なる叫びを呼び、叫びは瞬く間に絶叫へと変貌して行き、絶叫は場に混乱を引き起こす。 

 瞬く間にそれは輪の全体へ広がって行った。

 

「うわああああ!!」 「ひぃぃぃぃ…こ、殺される、皆殺される!! 御終いだぁ!!」 「さ、さつ、さつじんkiiiiii!!」

 

 他の受験者達が我を忘れて逃げ惑っているのも納得せざるを得ない。

 

 何事かと振り返ったレオリオとクラピカ。二人にそう思わせる、異様な光景が広がっていた。

 

 まず目に映ったのは、品の良い黒スーツを身に纏ったクリードの姿。 『それだけ』なら素直に無事であった事を喜べもしたのだが。

 悲鳴を巻き起こしている原因は、彼の佇まいに有った。

 

 所々に人間の臓器と思わしき物体やら破片がへばり付いており、更に手や足等、肌の見える場所は洩れなく乾いた血で薄汚れている。

 そんな状態で腰やら足に腸の一部を巻きつけたまま、首元から臍の辺りまでカッターシャツの面積のほぼ全てを赤に染めた少女をお姫様抱っこで抱え、背中にはこれまた血塗れの少年が凭れ掛かる様にしておぶさっている。

 

 そんな格好で此方へ向かってジャパニーズ仮面――能面もかくや、といわんばかりの無表情で疾走して来る男が居たらそれはまあ、こうなるのも当然の事だとも言えるだろう。

 彼を見た受験者達は、一次試験開始前の彼と道化師との茶番劇を一様に思いだしたのだ。 

 駄目押しに、この場に奇術師が居ないという事も、恐怖を加速させる一因となった。

 あの受験者殺しのヒソカを打ち倒して此処に来たというのか!?

 血塗れの衣服もその信憑性を裏付ける証拠となり、《次はお前達がこうなる番だ》 言外にそう宣告された様(に感じた)受験者達は一気に大混乱に陥ったという訳である。

 

 事前にクリードと接触しており、遅れて来た理由と血塗れになっている原因に薄々察しが付いている二人でさえ腰が抜ける程の恐怖を感じているのだ、事実を知らなければ二人共、絶賛パニック中の他の参加者と同じ行動を取っていた事は想像に難く無い。

 更によくよく見れば、クリードの後方から件の殺人中毒者ヒソカ(彼もクリード程では無いが血で全身を斑に染めている)と全身に針を隈なく突き刺した異様な風体をした男が眼を血走らせ、同様に此方に向かって駆けて来ているではないか。

 

 二人が現れたこの時、受験者達のパニックは最高潮に達した。 

 このまま此処に居たら、怒り狂ったヒソカとクリードの戦いに巻き込まれる!!

 失禁する者、耐え切れず意識を手放す者。試験会場は阿鼻叫喚の地獄絵図の様相を呈していた。

 

「げえっ!? ヒソカの奴、ピンピンしてやがるじゃねーかよ!! …っておい、クラピカ! ぼさっとしてないで俺達も逃げようぜ、あんな奴等と関わっていたら命が幾つ有っても足りやしねえよ!!」

 

 焦るレオリオと対照的に、クラピカは比較的に冷静だった。 クリードの背中から呑気に手を振っているゴンの姿が見えたから、という事も有るが。

 

「焦るのは分かるが、一先ず落ち着けレオリオ。 辺り一面に濃霧と危険な生物がうようよ蠢いている此処から逃げて、何所に向かおうというんだお前は」

 

 

 

 第二試験開始予定時刻三十分前。試験担当官のメンチは未だ嘗て無い程に苛立っていた。 

 彼女は美食ハンターという職業柄、とても鼻が利く。 それは危険に対してで有ったり、未知の食材に対してで有ったり。 …もしくは血の匂いで有ったり。

 

 今回の場合は―――。

 

「ちょっとブハラ! 何で試験開始前なのにこんな五月蝿いのよ!!」

 

「えー、俺にそんな事言われても…。 でも確かにおかしいよね、さっきまで皆大人しく扉の前で待ってくれていたのに」

 

 メンチに理不尽な苛立ちをぶつけられた巨漢の男、ブハラは困った様に頬を搔いた。二人が話している間にも、ざわめきは全く収まる気配を見せない所か、悲鳴や金切声を交えながら更に大きくなっている。 

 悲鳴、叫び声、慌ただしく走り回る複数の足音。 

 ―――そして、扉越しにもはっきりと匂いはじめた『人間の』血と臓物の匂い。

 

「…うーん、これは少し不味いかもしれないよメンチ。 さっきサトツさんが言ってたじゃん、44番が一次試験の途中で他の受験者を襲い始めたって」

 

 まだ満足出来なくて、もしかしたら此処でもう一回同じ事をやっているのかも。

 ブハラのその言葉が引き金となったのか、メンチは踏ん反り返っていた椅子から立ち上がると徐に扉へと歩いて行く。

 

「一応聞くけどメンチ、どうする気?」

 

 言外に試験官の受験者に対する過度な手助け禁止、というルールをメンチが破ろうとしているのでは無いか? との意が込められている事に当然メンチも気が付いている。 だが――。

 

「何よ、アタシのテストの前に受験生が皆居なくなっちゃったら、折角頑張って食材やら道具やら用意したのが無駄になっちゃうじゃない!」

 

 なによりこれ以上此処を血生臭くされたら試食するアタシの食欲の方が失せちゃうわよ。 

 そう言うが早いか、メンチは扉を勢いよく開け放った。

 

「ぎゃあぎゃあ五月蝿いのよアンタら!! 全員纏めて失格にされた…い…!?」

 

 怒気を放った目と鼻の先。 

 扉の正面に立ち、タオルで顔を拭っていた銀髪の青年と目が合った。 

 細身ながら、鋼の如く鍛え上げられた肉体。 光に透ける様な銀髪、整った顔立ち、そして身体を巡っているオーラの流れの滑らかさ、纏の力強さ。

 メンチの身体を、今までに体感した事の無い蒼い電流が駆け抜けて行く。

 

「…......カッコイイ」

 

 完全に恋する乙女と化したメンチを、ブハラは色々と悟りきった目で見ていた。 

 

 

 

 第二試験の開催される建物の脇、それなりの高さの木上にて、暇つぶしに受験者達の様子を観察していた一次試験官サトツは一人の男に既視感を覚えていた。

 遅れて到着した銀髪の男、名をクリードと言ったか。 サトツは彼を何所かで見た覚えが有った。

 

(ふーむ、私の仕事はもう終わりですし、少しばかり調べてみましょうか)

 

 サトツはそう胸中で呟くと、音も無く木上から飛び降り、蓄えた髭を弄りながら何処かへと去って行った。

 

 




今回の要点

・ヒソカさん右腕が本調子でない&若干の欲求不満。
・クリードさんまたしても謂れのない風評被害を被る。 左腕を負傷中。
・サトツさんクリードさんの正体に気付く?

次回は少しばかり試験から離れて、クリードさん不在の間のセフィリアさんの動向を中心にお届けします。

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