沈黙は金では無い。    作:ありっさ

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16.調味料は分量を守って使おう。

 

 訳が分からない。 その一言に尽きる。

 

 撃退したと思ったのは束の間、ほんの一瞬だけで。 変態さんは神速で回復して追いかけて来た。 

 何故か斬り飛ばした筈の腕も繋がっているみたいだし、一体全体どうなっているんだあのピエロさんの身体は。

 サキ君はサキ君で、小声でぶつぶつ喋っていると思ったらいきなり怒り出すし。慌てていたとはいえ、体中血塗れのまま抱きかかえたのが悪かったのだろうか?

良く分かっていないけれど、とりあえずで謝ったら零距離からぐさぐさと罵倒の礫が飛んで来ました。 …あの、僕は一応とはいえ貴女の上司なんですけれども。威厳とかカリスマとか、諸々足りないのは自覚しておりますが、面と向かって罵られると流石にキツイ物が有りますね、はい。

 

 この状況下、唯一の清涼剤で有る筈のゴン君はゴン君で、何か凄い事言ってた。確か、

 

『あ~、駄目だよクリードさん、女の子にそんな適当に返事したら。 そういう時は耳元で【こちらこそ、良く生きていてくれたね、サキ】って言ってあげないと』

 

 とかそんな感じ。とても10代前半の少年の吐く台詞とは思えない。 …もしかすると、過去に一度お会いした事の有るゴスロリ少女と同じく、ゴン君も年齢詐称しているのかもしれないな。

 とすると、この無邪気な少年も本来の姿はガチムチマッチョで、髪の毛わっさーなのかもしれない。 「THIS WAY…!」 とか渋い声で言っちゃうのかもしれない。

 いや、流石にそれは無いか。 ジンさんの息子だって話だし。 …ないよね?

 

 極限までオーラが凝縮された拳骨で頭上からぐしゃりと摺り潰される様を幻視して身震いしつつ、携帯のGPS、そこに表示されている光点を目指して全速力で湿原を駆け抜ける。 

 先程から光点に動きが無い所を見るに、無事に試験会場に到着しているか、動けなくなっているかのどちらかなのだろう。 まあ、キルア君に限ってそんな事にはなっていないと思うけれど。

 湿原を走り抜けている途中、へんてこな造形の亀とか熊とか諸々にすれ違うも全力でスルーした。 もっとへんてこりんなヤツに追われているからね、仕方ないね。

走って走って、只管走る。恐怖心を噛み殺して無心で走ったお陰か、無事二次試験会場と思わしき建物を発見出来た。 ついでに此方を見ているクラピカ君とレオリオ君の姿も確認した。おまけにキルア君も。

全く、虎の子の発信機(予備)をキルア君に付けておいて良かった。 あの子の身体レベルなら二次試験に辿りつけないなんて事にはならないだろうと考えた僕、賢いぞ。

 

まあ何はともあれ、無事に辿りつけた様で一安心である。 …お互いに。

 

そう思えたのは一瞬だけで、直ぐに気付く事になった。 試験会場が悲鳴と恐怖に満ち満ちている事に。

 

「おかしい、張り付けられたあの紙を見るにまだ試験は始まっていない筈だが、この混乱は一体…!?」

 

「…つーん」

 

 意見を聞こうとすると、サキ君はそっぽを向いてしまった。 …えっ? 酷くない!?

 

「だってクリードさんもサキさんも、ついでにオレも血塗れだもん、そんな格好でいきなり現れたら皆ビックリするよ」

 

あたふたする僕を見て助け舟を出してくれたゴン君。 その言葉で合点がいった。成程、盲点だったと言わざるを得ない。

 

 兎に角、一刻も早く血塗れの身体を何とかしなければ試験を受ける処では無いなぁ。

 

そう思った所でこんな湿原のど真ん中に都合良くシャワー等が有る訳は無く、仕方なしに持参したタオルで顔を拭いていた時だった、いきなり二次試験会場の扉が開け放たれたのは。

 

「ぎゃあぎゃあ五月蝿いのよアンタら!! 全員纏めて失格にされた…い…!?」

 

勢いよく中から現れたのはスケスケでアミアミの服と超絶短パンを履いた、セクシーを通り越して公然猥褻で捕まるレベルのお姉さん。偶々扉の目の前に居た僕とお姉さんの視線がぶつかり合う。 

…嫌な予感がした。 この感じ、以前に師匠の着替えを覗いてしまった時と同じ―――

 

 

 

 

暫しの混乱の後、予定時間を大幅にオーバーして漸く始まった二次試験、試験科目は料理らしい。 

 マラソンからの料理か。周囲の人間が予想していなかった的な顔をしている中、僕は内心でガッツポーズを取った。

 自慢では無いが、修行時代の料理当番はほぼ百%自分がやっていたのだ。 …師匠の料理の腕が致命的な程に壊滅的だったのが原因だが。 あの甘味中毒者に料理をさせてはいけない(戒め)。

 かつて味わった、舌が捩じ切れるほどゲロ甘いカレーの味を思い出して思わず身震いする。 師匠曰く、自分なりに辛さを抑えようとした結果らしいが。 

 

「クリードさん、どうかしたんですか?」

 

 意識を現実に戻すと、サキ君が心配そうな表情でこっちを見ていた。

 

「サキ君、辛さを抑えたい時は砂糖では無く牛乳を使うんだ、良いね?」

 

「…お題は豚の丸焼きですよ?」

 

 

◆◆◆

 

 

 豚自体は然程の困難も無く仕留めることが出来た。他の受験生達も潰されたり跳ね飛ばされたりしながら思い思いに捕獲している。

 …問題はお題である。 子牛程も有るサイズの豚の丸焼きとは、大した難題ではないだろうか。流石はハンター試験、屈指の難題と謳われるだけの事は有る。 

 周囲を伺うに、試験内容に不満たらたらな受験者が要る様だが、捕獲や料理をハンターに必須なサバイバル要素と考えれば、あながちハンター試験と云う本題から外れてはいないと考える事も出来るだろうに。

 

 兎に角、うじうじと考えていても仕方が無いので作業を開始する。

 手を合わせて仕留めた子豚に暫し冥福を祈る。

 横にした豚の頸動脈を裂いて血抜きを行い、並行して腹部を切り開き腸と胃、その他調理に向かない部位をを取り出した後、体内の排泄物の処理を行う。 あくまで作業は手早く丁寧に。

 次に用意した塩水で内部の汚れを荒い、下処理を済ませたら森で採取した香草、木の実を詰めた後に薪を敷き詰めて火を点ける。 

 遠くでゴン君とキルア君がサキ君の事を怪獣だとか火吹き芸人だとか茶化しているのが耳に飛び込んで来るが、此処はスルーしておこう。 

 

 …試験中の(それと分かる形での)能力使用禁止令、守ってくれているだろうか。 一抹の不安を抱えつつも、自分の調理を進めていく。

 

 強火から徐々に弱火へ。ここで重要なのは優しく、食材を慈しむ様に扱う事である。砂糖ぶちまけダメ、ゼッタイ。

 焦がさない様に火加減を見ながら、用意してあったフライパンを手に取りもう一品。 何故か知らないが都合よく炊き立てのライスが用意されていて助かった。

 

 結構な手間と暇を掛けて、漸く満足の行く料理は完成した。これで合格出来ないなら、今回は大人しく諦めよう。 

 

 …そもそもの話、自分がこの場に居ること自体が間違っている気がしないでもないが。

 勿体もない考えを頭から追い出し、即席で切り出した木製の皿に料理を乗せ、持って行こうとした矢先だった、耳を劈く様に銅鑼の音が響いたのは。

 

「二次試験、前半戦終~~~了!!」

 

 

なん・・・だと・・・!?

 

 

 ◆◆◆

 

 

 二次試験前半、合格者70名。 

 そう告げながらも、メンチの視線は後方で唖然と立ち尽くす件の優男、正確にはその両手に持った皿の上に鎮座した料理に注がれていた。

 

 一流の料理人は提供された料理を一瞥すれば大凡のレベルが理解できるという。

 自他共に認める料理人であるメンチには、一瞥するまでも無く、漂って来る匂いだけで十二分に理解出来ていた。 

 あの皿に盛り付けられた『豚の丸焼き』は、今までに自分が食べて来た幾千幾万の食物の膨大な山。そのピラミッドの頂点に君臨するかもしれないレベルの料理だと。

 

 食べたい。あの皿の上に載った料理を思う存分に味わい尽くしたい。 

 メンチの脳内は瞬く間にその思念だけで埋め尽くされた。

 

 「や、やべえ! おいゴン、アイツマジ面白いな! 一番最初に豚捕まえてたのに何処にも居ないと思ってたら、豚の丸焼き如きに凝りすぎて試験終わってたとか...!」

 

 腹を抱えて爆笑するキルア。 

 

「で、でもさ、クリードさんの作った豚料理、凄い美味しそうだよ?」

 

 先ほどの件も有り、必死にフォローを入れるゴン。

 

「確かに我々の作った丸焼きとは比べ物にならないほどに美味なのだろうが、今回の試験は味ではなく、如何に早く豚を捕獲して試験官に提供できるかだった。 …ゴン、残念だが彼は不合格なのだよ」

 

 冷静に状況を判断するクラピカ。

 

「あーあ、クリードさんの悪い癖が出ちゃいましたね、どうでも良い所で拘る人だからなー…」

 

 冷たくあしらわず、傍に付いて居るべきだった。サキはその事に気付いたが、最早状況は覆しようが無かった。

 

 

 

 二次試験前半の試験官、ブハラは後半のお題を告げようとせず、一点を見つめて固まったままのメンチを見た。

 涎を口の端から垂らし、ぶつぶつとうわごとの様に皿の上に乗せられた豚について呟いている彼女の姿は、決して少なくない時間を共に過ごして来たブハラからしても異様に映った。

 これでは後半の試験をする事など、到底出来はしないだろう。ブハラは溜息を一つ漏らした。

 

「メンチ、不合格とは言っちゃったけれどさ、あの人ならもう一度チャンスを与えてあげても良いんじゃない? 確かに一番最初に豚を捕まえて来てたし、他の人とは違ってお題自体は持って来てる訳だしね」

 

「…良いの?」

 

「うん。 但し、オレはもうお腹いっぱいだからメンチが味見して決めてよ」

 

 そう言うとブハラはニヤリと笑う。 世界で見ても上から数えた方が早いレベル、屈指の料理人でも有るメンチに味見をさせ、その上で合否を決めさせる。それがどれ程に困難な事かを分かっていて尚、言っているのだ。

 

「…そうね。それなら確かに不公平では無いわね。 アンタ、聞いてたかしら? その料理を出しなさいな、私が味見して『美味しい』と言ったら特別に合格にしてあげるわ!!」

 

 

―――ナイフで切り分け、フォークで突き刺す。 

 

 何千何万何億と繰り返して来た、たったそれだけの行為が、メンチには堪らなくもどかしく思えた。 

 早く食べたい。 出来るならばナイフもフォークも投げ捨てて両の手で掴み、齧り付きたい。 その一念を、全ての理性を総動員して押さえつけ、震える手で口元に運び、入れる。

 

 瞬間、メンチは紫電に打たれた。

 

 そう錯覚する程の、未だかつて味わった事の無い強烈な衝撃。 蕩ける様な、甘美な旨味の電流が舌先から脳内へ、そして全身の隅々を蹂躙して行く。

 酔いしれていた。鼻を突きぬける芳しい香りに、喉を通り過ぎて胃へ落ちて行く脂肪の持つ、暴力的なまでの旨味の奔流に。

 今が試験中であることも、自身に向けられた殺気や敵意すら忘れて、この一時、メンチは只管に美味の世界、その桃源郷に酔いしれていた。

 これ以上は無いという程に繊細、かつ大胆に行われた火入れが豚肉の上品な甘みを完全な形で引き出していた。 最大限に豚肉の力を引き出すように計算され尽した細やかな細工が、そこかしこに秘められたささやかな気遣いが、メンチの心を捕えて離さない。

 極上の品を迎え入れ、歓喜に打ち震える身体が意思を無視して震えだす。 抑えようとしても到底抑えきれない感動の波が、怒涛の如き津波と化して体内を暴れ回る。

 

 …となれば、紡ぐ言葉はたった一つしか無かった。

 

「おい…しい…」

 

 メンチの頬を知らず知らずのうちに涙が伝う。 自分から提案した話とはいえ、ブハラは眼前の光景が現実の事だとはとても信じられなかった。

 

(まともな調味料も無いこの場で、これだけの料理を!! …ってか、あのメンチを料理で泣かせるなんて…! この広い世界、星の数ほど存在する数多の料理人を見渡しても数人といないのに、46番、この青年は一体…!?)

 

「…高原に咲く花の如きこの芳しい匂い、薪に使ったのはアラヨ林檎の木ね、火力をダイレクトに伝える役割を果たすと共に、燻製の役割をも担っている」

 

「匂いだけで察するとは、流石は星持ちハンターというべきか」

 

「それだけじゃないわ、グレイトスタンプ特有の繊細にして仄かな甘みを含んだ肉質…それを完璧に引き出している火の入れ方もそうだけど、特筆すべきは、ともすればしつこさすら感じさせる豚肉の脂肪を別次元の高みまで昇華させて、なおかつ豚が本来持っている甘味をも120パーセント引き出しているこの塩よ! 只の塩じゃないわね、これは……分かったわ、アコウの粗塩でしょ!」

 

「御名答。 塩はサバイバルの基本でもある。 …こういう形の試験では必需品だと思っていたが」

 

「それには同意してあげるけれどね、100グラムで一万ジェニーはするアコウの塩をサバイバル用に持っていく人間なんて初めて見たわ」

 

「…それで、試験の結果は?」

 

 得も言われぬ緊張感が周囲に張り詰める。

 今、メンチは合格か不合格かを脳内で考えているのだろう。受験者たちはそう考えていた。 

 何故メンチは即座に合格を告げないのだろう。ブハラはそう考えていた。

 

 暫しの沈黙の後、カッと目を見開いてメンチは叫んだ。

 

「アタシと付き合…いや、結婚してください!!」

 

「はぁ!? ふざけんなおばさん!」

 

 喰いついたのはサキ。先ほどクリードに抱えられて登場した女の子である。 試験中に着替えたのか、至る所血塗れだった服は真っ白いワンピースに変わっていた。

 

「誰がおばさんだゴルァ!! 私はまだ21だっちゅーの!! ナマ言ってっと不合格にすんぞ小娘が!!」

 

 咬みつき返したのはメンチ。 先ほどクリードに一目惚れした女の子? である。

 

「クリードさんは私みたいな若い子が好みなんですぅー、アンタみたいな痴女はお呼びじゃないんで、帰ってくれません?」

 

「やんのかゴラァ!!」 「上等じゃないですかおらー!」

 

 結局の所、自分が合格か不合格なのか分からず仕舞いである。 

 大きく溜息を吐いたクリード。不意に肩を後ろから叩かれ、振り返る。 巨漢の男、ブハラがサムズアップしていた。

 

「46番さんは合格で良いよ。 メンチを泣かせるほどの腕前、落とすなんてとんでもない。 だよね、メンチ? …OKだってさ、良かったね」

 

「助かった、どうも有り難う」

 

「いえいえ、どういたしまして。 …後でレシピを教えてね?」

 

 一瞬の沈黙を挟んで再び繰り広げられる女二人の痴話喧嘩。 

 

「あだだだ…。クリードさんは絶対に渡しませーん!!」 「むぎぎぎ…、それはアンタが決めることじゃ無いでしょうが!」

 

 その原因であるクリードは眼前で繰り広げられるキャットファイトにも、ワンピースからちらちらと覗く下着にも、揺れる二つの巨砲にも全く興味を持たず、手元の携帯電話を操作していた。

 

「…どうかしたかいゴン君?」

 

 くいくいとスーツの裾を引っ張られ、視線を向けると、ゴンが期待に満ちた眼差しでクリードを見ていた。

 

「一緒に持って来たあっちの料理もクリードさんが作ったんだよね? 匂い嗅いでたら何だかお腹空いちゃってさ、食べてみてもいい?」

 ゴンの指さす方向、大皿に盛りつけられた炒飯と豚の丸焼きが依然として盛大な湯気を立てている。

 

「ああ、余った豚肉を使って炒飯を作ってみたんだ。 …もう少し時間に余裕が有ると思っていたからね。 結構な量になってしまったから、良かったら皆さんもどうぞ」

 

 クリードの言葉が終るのを待たず、ゴンはスプーンを炒飯の山へ突き刺した。

 

「うわあ! クリードさん、これすっごい美味しいよ! もしかしたらミトさんの作るごはんより美味しいかも!!」

 

 一心不乱に食べるゴンの姿を見て、興味を惹かれたのかキルアが手を伸ばす。

 

「おぉ~、ゴンの言う通り、確かにこれは美味いな。 やるじゃん優男、ただのスプラッタ俳優かと思ってたけど見直したぜ。 …俺ん家も炒飯は良く出るけど、大抵毒入りだし、太るからってあんまり量が出ないんだよな~。 …ブタ君はいっつも大盛りなのにさ」

 

 周囲を満たす食欲を刺激する香り、そして何よりも無我夢中でがっつく二人の姿を見て、先程の一件からクリードを恐れて遠巻きに見ていた他の受験者達も恐る恐る手を伸ばし始めた。

 

「う、うめえ…! こんな美味い飯、初めて食べたぜ」

 

「これが俺が作った豚の丸焼きと同じ肉を使った料理だと…!? まるで別次元だ、信じらんねえ…!」

 

「上品にして繊細、一流レストランの品書きに載せていても何ら遜色は無いだろうレベル…!」

 

「いやクラピカお前、確かにおったまげるぐれぇ美味ぇけどよ、たかが男の手料理だぜ? そんな小難しく考えんなよ」

 

 

 

 喧騒が一段落した後、皿の上に残った豚肉を摘まみながら、ブハラは未だ興奮冷めやらぬ表情のメンチに問いかける。

 

「うーん、確かにこれは凄いや、メンチが泣くのも理解出来るよ。 …というかさ、こんな超高レベルの料理食べちゃって後半の試験まともにテスト出来るの?」

 

「…あー、正直やばいかも」




やめて、豚の丸焼き作るぐらいで丸々一話掛けてんじゃねーよとか言わないで! 次からテンポアップしますから!

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