沈黙は金では無い。    作:ありっさ

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18.剣はスコップじゃありません。

 

どうしてこうなった。

 

 ハンター試験が始まってから、一体何度この言葉を胸の内で呟いただろう。 どうしてこんな事を。 なら、師匠が無茶をやらかす度に呟いているけれど。

 

 下へ降りる絡繰りが複数個重なっている場所をゴン君とキルア君が見つけて来て。 僕達六人は地上での再会を誓った後、一斉に仕掛けの上に乗って階下へ降りた。 …そこまでは何の問題も無かったのだが。

 

「……」 「……」

 

 気まずい。 

 僅か四文字、句読点を入れても五文字で表せる今の僕の心境である。

 等間隔で配置された薄暗いランプの灯りを頼りに、無機質な石造りの廊下を進んでいるのは僕ともう一人。 …そう、件の針男さんだった。

 お互いに饒舌な人間では無いとはいえ、鉢合わせてから此処まで一言も喋っていないのはどうなんだろう。 まあ、いきなりフレンドリーに接されてもそれはそれで戸惑うけれどさ。

 

 …うん、やっぱりだ、この針男さんもキルア君と同じか、もしかしたらそれ以上に足音が聞こえない。 

 というか、この沈黙空間&至近距離で息遣いも衣擦れの音も殆どしないんですけれど。 でもカタカタは凄い良く聞こえます。 針男さんのエキセントリックな風貌とこの場の不気味な空気も相まって、軽くホラー染みてて超怖い。 

 

 以前に戦ったゾルディック家の方や、キルア君も同じ位足音が聞こえなかった事を思いだして、連鎖的に一次試験でキルア君がゴン君に言っていた言葉、兄が二人居るという台詞を思いだす。

 

 師匠によると、以前に戦った方は長男らしいから、消去法で考えるならこの人は次男だろうか? 

 この人が本当にお兄さんなら、キルア君が家から逃げるのも無理はないよなぁ…。 そんな事を考えつつ只管に歩いていると、唐突に針男さんが立ち止まってしまった。 

 いきなり歩みを止めた針男さんを不思議に思い振り向いた僕。 その視界に驚愕の光景が飛び込んで参りました。

 ぽん! とかみょいん! みたいな形容しがたい音を立てながら、針男さんの顔が凄い勢いでぐにゃぐにゃしている。 有りの侭を説明するとそんな感じである。 

 唐突に起こる急展開に、僕は状況を理解できず硬直してしまった。 

 …ま、まさか、これが試験? もしくは能力者の攻撃を何処かから受けているのか!?

 この状況では後者の方が可能性が高いか? 一瞬の思考の後、僕は臨戦態勢に入ろうとして再度硬直する事になる。

 

「…クリード・ディスケンス」

 

 発された声に聞き覚えがあったからだ。 少しづつ変化して行く針男さんの気配が、過去に出会った膨大な人間の中から該当者を弾き出す。

 感情の読み取れない顔付き、抑揚のない声。 鼻を衝くどす黒い殺気と血の匂い。 

 間違い無く、以前僕と師匠が対峙した件の暗殺者―ゾルディックさんだった。

 

 顔だけで無く、声色や骨格、纏うオーラまで針で変えられるとは。

 

 思わずそう口走った僕を、ギタさん…もといイルミさんは何故か吃驚した表情で見ていた。 

 

 …どうやら、イルミさんは料理店の時点で僕が正体に気付いていると思っていたらしい。 気付いていて、万が一の場合のカウンターとしてキルア君を利用しようとしているのでは無いかと疑っていたそうです。

 疑いが晴れて一安心かと思いきや、警戒して損したとか、気付いて無かったなら殺しておけば良かったとか、寧ろ今殺しておいた方が後々が楽かも...とか、物騒な事をぼやいておられる。 …僕は何も聞いていない事にする事に決めました。

 殺されては堪らないので、少しでも気を逸らそうと思い、何故にこのタイミングで変化を解いたのかを聞くと意外と俗な答えが返って来ました。 何でも、あの顔を常に維持するのは意外としんどいとか何とか。 要はこっそりと見守ってるキルア君にバレなきゃ無問題らしい。

 もし万が一にもばらしたら、針千本眼球に突き刺して先程の針男状態の顔に永続的に強制整形されるらしいので、死んでも黙秘を貫こうと思いました。

 

 変化を解いたイルミさんは以外にもフレンドリーだった。 地雷(またの名をキルアと言う)を踏まなければ、そこそこ話の通じる人だと云うのが僕の出した結論である。 仕事に対するスタンスは真逆だけど。

 話の流れで教えてもらったが、例の一件の後、僕と師匠はゾルディック家の長い歴史の中で数人しかいないブラックリスト入りしていたらしい。 

 基本的に、依頼された殺しは必ず請け負うのがモットーのゾル家が仕事を断る可能性が有る稀な人間、それが僕。 

 …正直な所、有り難いのか有り難くないのか良く分からない。 馬鹿高い金を積んでゾル家に依頼されている時点で恨み骨髄という事だろうしなあ。

 ちなみに、師匠は家長さんと懇意の仲らしく、現在では晴れてブラックリストは解除されているそうだ。 …一人だけズルくないですか師匠。

 

 身内の愚痴やらキルア君の自慢を延々と聞かされている内に、通路が途切れて行き止まりになっている所にぶち当たりました。

 落下した場所でイルミさんと鉢合わせてからここまで一本道だったし、隠し通路らしき物も見当たらなかった。 

 

 …仕方がない、脳筋と思われるかもしれないが、また穴を開けて進むしか無いか。 

 

 そう思い、虎徹に手を伸ばそうとして—――僕は思い切り横へと跳ねた。

 

 

■■■

 

 

「…相も変わらずの不意打ちとは、あの時から成長していない様だな、イルミ・ゾルディック」

 

 この薄闇の中、抜き打ちで放った光を吸収するステルス極細針を此方を見もせずに躱し、服に付いた埃を払いながら態勢を立て直して平坦な口調でぽつぽつと喋るクリード・ディスケンス。 

 暗殺者である俺に勝るとも劣らない程に冷酷で残忍な光が籠ったその両眼には、俺に対する憐憫の情が籠められていた。 …あの時と同じ様に。

 

 …とりあえず、壁と天井を崩して生き埋めにしてみるか。 

 

 そう考えた時、ザザザ…という雑音が部屋に響いた。 …音の発信源は天井か。

 

『…お取り込み中の所、申し訳ないが、試験の概要の説明をさせて頂く』

 

 まるで間を計っていた様に割って入った、備え付けられたスピーカーから流れて来た音声。 おそらく試験官だろう。

 

『此処は三人で進む三又矛の道である。 よって、君達の他にもう一人が其処へ来れば道は開かれる。 …来なければ、残念だがそれまでだ。 …健闘を祈る』

 

 何か他にヒントでも無いかと暫く身構えていたが、スピーカーからの音声はそれきりだった。

 

「…どうやら、もう一人誰かが此処を訪れるまで待つしか無いようだな」

 

 言うが早いか、その場に座り込んで携帯でメールを打ち始めたクリード。 

 今の今まで、割と本気で殺してやろうかと思っていた筈だが、隙だらけのその姿を見ているとどうにも妙な気持ちになる。 俺の中の殺る気ゲージが見る見るうちに削がれていくのが分かった。 

 それは、俺が生まれてから初めて味わう不思議な感覚だった。 

 

(…まあいいか、機会なら何時でも有るし) 

 

 そう考えた所で、こいつはヒソカのお気に入りでも有った事を思い出した。 

 ヒソカの獲物を先に殺したらさぞかし面倒な事になるだろうな。 …というか、この試験中にヒソカが我慢出来ずに殺っちゃう可能性も有るか。 それならその方が楽で良い気もする。タダ働きならぬタダ殺しをしなくて済むし。 

 俺はそう考え直すと、思考を切り替えてキルの動向を確認する事にした。 

 

 ——― ―—― —――――うん、どうやら彼方では試験が始まって居る様だ。 …まあ今のキルなら、念使いが出て来なければ問題無いだろう。

 

 一瞬、壁に寄りかかって座り、携帯の画面を注視していたクリードの背がぴくりと震えた様な気がした。

 

 

■■■

 

 

 三次試験。 例年通りなら彼―—受験番号16:トンパはそろそろ脱落する事を考え始める頃合いだった。

 

 薄暗い石造りの廊下を進みながら、彼は今年の受験者達の事を考えていた。 

 ハンター試験に参加出来るというだけで、彼等は世界という大海から選りすぐられた、一%にも満たない上澄みの水なのだ。 

 そんな彼等。 将来を有望視されていた筈の彼等が希望を打ち砕かれ、脱落していった瞬間の絶望に染まった表情を思い返し、トンパは一人悦に浸る。

 だが、それと同時に否が応でも思い出してしまう事も有る。 試験開始前、親し気に話し掛けただけの自分をさも当たり前の様に、表情一つ変えず殺そうとしたクリード。 

 そして試験官ごっこと称して一次試験の最中、受験者を100名以上無意味に殺害したヒソカ(情報によると、虐殺にはクリードも参加していたらしい)

 かの二人の危険人物である。

 

(大丈夫、大丈夫の筈だ。 金輪際、あいつ等には出来る限り近づかない様にする、もし闘う様な事態に陥ったとしたら直ぐに逃げる、無理なら降参する。 …そうやってオレは生き延びて来たじゃないか、今回もそれを徹底していれば平気の筈…!)

 

 自身の陰鬱な気持ちを反映しているかのような薄暗い石造りの廊下。 トンパは慎重に進んでいった。

 

 暫く廊下を進んだ薄明りの先、数メートル先に見えるやや開けた小部屋。 意を決して先へ進もうと足を振り上げた瞬間。 トンパの脳内で、全く唐突に警鐘が大音量で掻き鳴らされた。 

 …寒くも無いのに冷汗が噴き出して止まらない。 “この先に進んでは行けない、命を落とす事になる” 第六感が、それなりの修羅場を潜って来た経験が、間近で命を失う瞬間を観察し続けていたこの十数年が、それを警告してくれていた。

 直観に従って急いで踵を返し、歩いて来た道を振り向く。 ―—―ジャポンの仮面を思わせる、無表情を顔面に張り付けた様な不気味な男が通路を塞ぐ様に立っていた。

 

(な、なにぃ~~~!? コイツ、何時の間に俺の後ろに!? つーかこんな奴、試験会場に居なかっただろ!! …って事は試験官かコイツ? …いや、だとしたら俺の後ろに居るのはおかしいぞ! ~~つーかヤバイ、早く逃げないと殺される!!)

 

 前後しか無い長い廊下。 その前方を塞がれている以上、トンパが逃げる事の出来る方向は後方にしか存在しなかった。 …つまる所、最初に予感を感じた小部屋にしか――。

 縺れる足を奮い立たせながら、可及的速やかに部屋の中へ駆け込む。

 

「~~っ、はぁ、はぁ、はぁ……。 た、助かった…!?」

 

「...助かった? それは一体『何』に対してかな?」

 

 恐る恐る、顔を上げる。 

 今の声を発した人間が『彼』で無い事を信じて。 自身の脳が弾き出した愉快な予想が外れている事を神に祈りながら。

 

「あっ、あっ、あっ……あああああああああ……!!」

 

 ランプの灯りに照らされる銀髪、猛禽を想起させる鋭い眼光。 無情にも答えはトンパが想像した通り、受験番号46:クリード・ディスケンスその人だった。

 前後を塞がれた今、逃げるという選択肢は潰えた。 …この化け物のどちらかと闘って一縷の望みを見出す? そんな事をしても無駄なのは端から分かり切っている。 

 自身に戦闘センスが無い事は、初めて試験を受験した時に嫌と云う程に味わったから。 …ならばどうする? どうやってこの危機的状況を回避する!?

 

 気休めにもならない命乞いの言葉を発しようとして、開いた口から言葉が紡がれる事は無かった。

 自分を見るクリードの視線に覚えがあったからだ。 

 …そう、試験開始前に受けたあの視線と寸分違わず同じ眼。 自分の事を、道端に転がっているゴミかそこらと同じにしか見ていないあの冷徹な眼だった。

 そして泣き言を紡ぐ暇も無く、直ぐ後ろにもう一つの気配が出現する。 

 振り返らずとも理解出来ている。 あの不気味な男に違いない。 首筋にはこれまたいつの間にかしか言い様の無い早業で、鋭く尖った【何か】が押し当てられていた。

 間違いなく至近距離で行われた筈の動作――その一切を、この致命的な状況に陥るまで全く感じ取る事も出来ない自分。 嫌と云う程に格の違いを思い知らされる。 

 ちくりとした痛みと共に、温かい液体がたらりとトンパの身体を伝い、服へと染みて行った。 

 最早、声を出す事も出来なかった。 彼に残されたのは、奇跡的にこの二人が自分の命を奪わない事を神に祈る事だけ。 

 後ろに立つ不気味な男が音も無く耳元へと近づき、感情の籠らない声で囁いた。

 

「…もう一度逃げたら殺す、手を抜いても殺す、口答えしても殺す。 俺の足を引っ張っても、勿論殺すからその心算で宜しく」

 

 耳元で囁かれたその言葉を聞いて、がくがくと膝を震わせながらトンパは頷いた。 壊れた人形の様に何度も何度も。

 その光景をじいっと見ていたクリードが、イルミが離れた後も依然として震え続けている哀れな男―トンパへ近づいて行き、反対の耳へと何事かを囁く。 

 途端、震えは痙攣と呼称出来るほどに激しさを増していった。 ガクガクと、諤々と。

 

「あっ…あああああ….あばばばばぁ…」

 

 クリードが離れると同時に、寸での所で堪えていたトンパの精神が限界を超えたのだろう。 顔面は蒼白を通り越して白磁の如く色を失い、口からは止めどなく泡が吹きこぼれる。

 そしてズボンに盛大に染みを作り、彼はこの地獄から(一時的にでも)脱出する為に意識を手放す事を選択した。

 

 

―—―不幸な事に、彼にとっての地獄はまだ終わりでは無い。 …寧ろ始まってすらいない。

 

 

 

「うわ、ばっちいなあコイツ。 クリードさあ、何て言ったの? ビビリすぎて蟹みたく泡吹いてるじゃん」

 

 考え込む様に顎に手を当て、クリードは呟いた。

 

「…いや、失敗しても僕がフォローするから気にするな。 と伝えただけだが」

 

 不思議そうに頬を手で掻いて、イルミが首を傾げる。

 

「本当に? おかしいね、てっきり殺すとかしばくとか、怖がらせる様な事でも言ったのかと思ったよ。 ……一本行っとく?」

 

 懐から取り出した針がランプの光に中てられて、てらてらと怪しい光を放っていた。




次回、トンパ死す。 デュエルスタンバイ!!

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