沈黙は金では無い。    作:ありっさ

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2.話をする時は人の顔を見て話そう

 

 とある地方都市、何所にでも或る様なカフェテラス。

 

 男が一人、本を読んでいた。目深にニット帽を被り、時折コーヒーのカップを口に運んでいる。

 美形、眉目秀麗と言う言葉を体現しつつも、男の纏う独特の空気が周りの干渉を拒んでいる様だった。

 

 男の他にはまばらに男女が数名程。それぞれ取り留めも無い世間話をしている様だ。平穏な平日の昼下がりの光景。 

 そして今、年季の入った木製のドアを開けて客がまた一名入店してきた。背の半ばまで伸びた銀髪を簡素に括り、Tシャツにジーパン、腰に刀を差しただけのラフな格好をした若い男だ。 手には無造作にビニール袋をぶら下げていた。

 

 銀髪の男もまた、絶世の と枕詞に付ければしっくり来るような美形だった。愛想よく応対に出てきた店員を手で制し、窓際で本を読んでいる男の連れである事を伝える。

 

「すまない、待たせたかな」

 

「いや、それ程でもない。 …席は空いている、座ったらどうだ?」

 

 ではお言葉に甘えて。 

 

 そう言うと銀髪の男はからからと椅子を引いてニット帽の男の真正面に座った。(美形を堪能)注文を取りに来た店員にコーヒーを頼み、改めて二人の男が相対する。

 

「では改めまして、かな? 先日はきちんと話をする時間が無かったからね。星の使徒で一応、団長をさせてもらっているクリード・ディスケンスだ。 以後宜しく」

 

「クロロ・ルシルフル。幻影旅団の頭をしている。アンタと宜しくするかどうかは俺が決める事だ」

 

 瞬間、ニット帽の男の纏う気配が明らかに変化した。

びりびりと空気が震え、重苦しいプレッシャーが狭いとも広いとも言えないカフェ全体を瞬時に包む。

 言い知れない恐怖、そして悪寒を感じたのか、まばらに居た客達が先を争うように会計を済ませて店を飛び出て行く。 

 

 程無くしてカフェにはアンティークな机を挟んで相対する二人、カウンターの隅でがたがたと震える店員、そして軽薄そうな金髪の男、ビジネススーツに身を包んだ長身の女を残して誰も居なくなった。

 【念】を知らない一般人でも無意識に震えが走る様な凄まじい威圧を真正面から受けた銀髪の男は、しかし何事も無かった様に前髪を手で払うと真っ黒いコーヒーの水面を暫く眺め、一口こくりと飲んだ。

 

「おや、いきなり手厳しいな。 …僕個人としては君とはビジネスライクな関係を築いて行けると思っているんだけど、ね」

 

「ふん、心にも無い事をべらべらと良く喋る奴だ。 さっさと本題に移れ」

 

 ニット帽の男――クロロから放たれる威圧感がさらに増大する。二人の周囲だけ空間が歪んでいる様な錯覚さえ覚える程に。

 ただし、当人達の意識はそれぞれ別の所―――ニット帽の男は銀髪の男が無造作に床に置いたビニール袋から見え隠れする古書へ、対する銀髪の男――クリードは入り口から直ぐの席でパソコンを操っている長身の美女に向かっていた事はお互いに知る由も無かった。

 

「性急な事で。 …では改めまして、星の使徒の団長として先日の礼を言わせて貰う。 恐らく君達は意図していなかったのだろうけれども、結果として僕達の代わりに仕事を済ませてくれたからね。 一応今日はこれをそのお礼に、と思って持ってきたんだが」

 

 視線を前方へ戻したクリードが、がさごそと音を立ててビニール袋を漁る。そこから差し出されたのは一冊の古書だった。 

 

「…アマルの禁忌術、か」

 

 盗賊の審美眼がその古ぼけた本の価値を一瞬で見抜いていた。

 稀代の錬金術師アマル・ドノヴァン。 アマルの禁忌術とは、彼が死の直前に残した、自分の生涯を掛けて研究し続けた禁忌の術の全てを記した五冊の本の事である。

 アマル・ドノヴァン同様に、その存在すら長らく疑問視されていた文字通りの希少本。

 無論、クロロもその存在を求めて各所へ足を運び、動いて見た事は有った。だがプロハンターを部下に持ち、自身もライセンスを所有している彼の情報網を持ってしても結局、現物どころか情報の緒すら掴めなかった過去が有る。

 そんな幻とも言える国宝級の逸品を、眼前の男は読み終わった雑誌を勧める様に極々無造作に差し出して来た。 

 どう考えても先日の件の対価にしては釣り合っていなさすぎる。訝しがるクロロ。しかし眼前の優男はまるで意に介していない様だった。

 

「ご名答。 団長さんは本が好きだと小耳に挟んだものでね。 …どうだろう、お気に召して頂けたかな?」

 

「中身を確認しても良いか? 万が一と云う事も有る」

 

「構わないよ、好きなだけ確認するが良い」

 

 もう僕は全部読んじゃったからね。 彼の視線はカウンターの隅で暇そうに携帯をカチカチ弄る金髪の優男へ向けられていた。 

 

 罠や念能力の可能性も考えたが、それを上回る抑えきれない好奇心に押されたクロロは本を手に取り、表紙を指でなぞる。 

 

 …この感触、人皮か。

 

 以前手に入れた数少ない情報の中に、確かに有った。アマルは錬金術の材料として度々人間を使用し、最後には自らの妻と娘もをその手に掛けたと。

 

 表紙を捲る。眼に入って来たのは、どす黒く変色した血で書きとめられた狂気と狂喜。 

 

―――、――――。 ――――――。

 

 意識が飛んでいた。 否、余りに内容が自分の興味を引く代物だった為に全てを忘れて没頭し掛けていたのだ。

 前方、カウンターの横にある柱時計に目をやると、数分程時間が進んでいる。眼前の男は所在なさげに窓の外へ視線を向けていた。 

 

 ―――いや、こいつは気付いている。カフェから離れた所で俺達を監視しているノブナガとマチに。当然、シャルとパクにも、か。

 

 この男がその気ならば俺の命は疾うに無かっただろう。そもそも、クロロはクリードが本当にたった一人で此処へやって来るとは思わなかった。

 

 つまり、コイツは今この場で俺達を相手にしても生き延びる、もしくは返り討ちにする力と自信が有るという事か。

 つうっと冷や汗が背を伝うのを感じながら、クロロは銀髪の男、クリードの事を内心で認め始めていた。 

 俺達を相手に護衛の一人も付けず単独で乗り込んで来る度胸。これほどの希少品を入手し、惜しげも無く手放す豪放大胆さ。 

 

 成程確かに、 蜘蛛(俺達)と同格のA級の犯罪集団を束ねていると自称するだけの事は有る。

 

「…確かに、これは本物だ。 間違いない」

 

「あははは、天下の大盗賊、幻影旅団に偽物を掴ませようだなんて恐れ多い事は出来ないよ」

 

「クリードとか言ったな。 お前、これを何所で手に入れた?」

 

 その瞬間、男の眼が変化した。人好きのする微笑は影を潜め、代わりに別の貌が現れる。 人殺し。 人を、同族を殺して何とも思わない人種。

 

 ―――同族だ。こいつも、俺と同じ闇の住人。

 

「悪いけどそれは言えない。 トップシークレットさ」

 

 一瞬で影を内に仕舞い込むように、クリードは好青年の仮面をかぶり直した。釣られた訳ではないが、クロロも表向きの柔和な笑みを顔面に張り付ける。

 

「ふっ、まあそうだな。 俺がお前でも答えないだろう」

 

 下らん質問をして悪かった。 いえいえお構いなく。

 

 あはは、ふふふと朗らかに笑いあう美青年二人。しかし店内はBGMに流れているジャズが空々しく響いているのみで二人の他に誰も何も喋らない。空気は冷え切っていた。

 隅で恐怖に怯えていた店員はカウンターの奥へ消えたきり戻ってくる気配は無い。

 

 二人の話題はお気に入りの古書から興味を持っている文献の情報の交換に始まり、やがて週刊連載の漫画に移り、そして休載を続ける超人気漫画家の愚痴へ。

 お互い超が付くほどの無類の本好きという事を認識してからはクロロの警戒心も幾らか緩んだらしい。空気は冷えたままだったが。

 

「あっ、そうだそうだ。 180°話を変えて悪いけどさ、クロロ、あの時リンと遊んだらしいね?」

 

「やはりアイツはお前の差し金だったか。 …かなりの手練れだった。 あまつさえ俺達の情報をあそこまで完璧に盗み、変装する奴が居るとはな。 流石に想像していなかった」

 

 旅団に欲しい位の逸材だ。

 正直にクロロが言うと、クリードはまるで自分の事の様に頬を緩ませた。

 

「ははは、後で伝えておくよ。 リンはあげないけどね。 …名残惜しいけれどそろそろ時間の様だ、これでお暇させてもらう」

 

 そう言うとクリードは伝票を持ち、椅子から立った。店員が居ないのを見てわざわざ呼ぶのも悪いと思ったのか、もしくは面倒臭いと思ったのかどうかは定かでは無いが、レジカウンターに数枚の紙幣を置くと木製のドアに手を掛け、

 

「ああそうだ。 一つ言い忘れてた。 あの手紙さ、本当は君じゃなくてゾルディックに渡そうと思ってたんだ。 リンが宛先を間違えちゃってさ」

 

 それだけ言い残すと、クリードは振り返る事無くスタスタと歩いて人ごみへ消えて行った。

 

 

「ゾルディックだと・・・!? まさか、いや・・・。 やはりあれは最初から仕組まれていたのか」

 

 先日の孤島での仕事終わり、クロロは帰り際に遭遇したゾルディック家の当主と一戦交える羽目になり、その結果として旅団員の一人が蜘蛛から欠落した。

 正確に言うならば、クロロが駆け付けた時には旅団員の八番、アル・ボーエンは既に物言わぬ躯に変えられていたのだが。

 余りに話が出来過ぎているとは思っていた。正体不明の旅団員の偽物との遭遇。わざわざ建物の前まで来ておいて、何もせず帰って行ったクリード一行。 そして直後のゾルディックとの邂逅。 

 

【ゾルディックに渡そうと思っていた】 

 

 この単語を脳内で反芻して、クロロは一つの回答を導き出した。

つまり奴は、最初から俺達を潰そうと考えていた。どこからかは知らないが俺達の行動を密かに入手し、計画を練っていた。

 …いや、今考えれば大元の情報の流し主が奴だったのだろう。そう考えれば全ての辻褄が合う。

 そしてあの夜。十老頭を暗殺する仕事とでも依頼してゾルディックをその場に鉢合わせさせる事で俺達を殲滅、もしくは消耗させれば御の字、という訳か。

 確かにあの時のメンバーなら、強者を見つけたら喜び勇んで突っかかって行くに違いない。恐らくそこまで読まれていた。

 

 奴の誤算は部下がゾルディックでは無く何故か俺に手紙を出してしまった事か。あれだけの優秀な手駒が凡ミスを犯すとは考えにくいが。

 そしてミスに気が付いた奴は、結果を知る為にわざわざ俺を呼び出して出向いて来た、と。 ...本当に一人で来たのは解せないが。

 

 あの日受け取った手紙には一言、こう書かれていた。

 

仕事が終わって直ぐの所悪いが、追加で仕事を頼みたい。 

 

星の使徒 団長クリード・ディスケンス 

 

そして携帯と思われる数字の羅列。

 

「全く、してやられたな」

 

 呟いた所で自分の懐が振動している事に気づき、携帯を取り出す。新着メールが一件、送り主は。

 

「…クリード・ディスケンス、か」

 

 クロロはくつくつと笑った。

 

 

「・・・うあー、恐っそろしかー、何なのあのイケメン。 殺気半端無さすぎワロエナイ。 てか良く生きてたなー自分。 というか仕事頼むどころじゃ無かったよあれは」

 

 仕方が無いのでメールにしよう、そうしよう。うあー……生きているって素晴らしいなぁ。

 人ごみに同化しながら、早足で家まで歩く青年の独り言が流れていった。青年の知らない所で、青年の所為による勘違いは加速する。

 




次回はオリ主視点。

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