【Ⅵ-1】
人間なら誰しもがその身に宿している生体オーラを操る技術、念能力。
それを大まかに分類すると六つの系統が存在していて、俺はその内の一つ、操作系に属している。
操作系はその名称の通り、物体や自分――つまり、何かを操作する事に長けている系統だ。例え肉体的資質や発するオーラの多寡で劣っていようとも、定めた発動条件を満たせさえすれば、そんなモノは些末な問題へと変わる。
「きゃあっ!?」
短い悲鳴と共に草むらに倒れ込む女。…成程、腐っても流石にクリードに師事しているというだけの事は有るか。コンマの判断でとっさに身体を捻り、割と真面目に殺す気で放った急所への一撃を避けていた。
まあ、例え死点を避けようと意味は無いのだけれども。定めた
意識を失い昏倒した女の脳を掌握する為、掌に刺さった針へ向けて思念波を送る。
(思ったよりは身体能力が高い事も分かったし、とりあえずは標的を誘き出す囮人形にでもなってもらうかな。首尾良く三点分の標的のプレート、もしくは二点分のハズレプレートをGet出来たら、この女のプレートを頂いて四次試験は無事に終了だ。 殺すのはその後でも事足りる。 最悪の場合、クリードの前に連れて行ってプレートと交換と云う手も有るしね)
そんな、有り触れたつまらない事をつらつらと考えていた時だった。 …二つ、想定外の事態が発生した事に気付く。
想定外の一つ目、確かに
…これに関しては、操作系の能力を使う上で必ず頭に入れて置かなければならない暗黙のルールが有り、今回のケースでは俺がそれを見落としていた。 というよりは、予想出来なかった、が正しいか。
『操作しようとする対象が他の能力者によって先に操作されていた場合、先に操作している能力が優先される』
想定外の二つ目、俺達――この場合、どちらかと云えば俺の方か。 遠距離、背後から狙っている第三者の存在。 漏れ出ている殺気の距離から推定すると、獲物は銃…狙撃に特化した得物。
二つ目に気付くと同時、俺は【練】で身体の防御力を跳ね上げた。さして間を置かずにくぐもった銃声が一発聞こえ、続いて鈍い衝撃が左腹部を襲った。
…どうやら、銃弾には【念】は籠められていない様だ。 これだけ離れた距離から狙撃ポイントを俺に気付かれる程度の杜撰な腕前とは言えども、一応万が一を考えて防御しておいた。
が、どうやら杞憂に過ぎなかった様だ。 念の為、【凝】で注視してみるが身体に異常は無い。
それよりも、だ。 今の僅かな思考の間を突かれて、クリードの弟子にまんまと逃げられてしまった。
折角思いついた良い計画をつまらない茶々によって水を差された事で、言い様の無い苛立ちが俺の中で沸々と湧き上がっていた。
遥か前方の草むらを猛然と逃げる女。背後から俺を狙撃し、効果が無いと分かると即撤退行動に移り始めた第三者。 ――はてさて、どちらを追うべきか。
「ん~。 とりあえず、よりムカついた方かな、やっぱり」
【Ⅶ-2】
ゴン・フリークスはゼビル島の中央を流れる一本の河川、そこから少し離れた位置に有る天然の溜め池の畔で一心不乱に釣竿を振るいつつ、思考していた。
「やっぱり、どう考えても正攻法じゃ勝ち目無いよなあ…」
策を考えようとする度にどうしても思い出す、一次試験の途中で突如として始まったヒソカ主演による狂気の殺人劇。 聞こえた二人の悲鳴。 無我夢中で駆け付けた自分。 生まれて初めて、身近に感じた死の気配。 凝縮された恐怖と興奮の感情。 途轍もなく大きく感じたクリードの背中。 何も出来なかった自分自身への歯痒さ。
思い出す。彼に急かされて二次試験の会場へ走っている途中の事を。 どうしても気になって、一度だけチラリと振り返った時に垣間見えた二人の戦い。
―――未熟な自分でも分かった。 彼らが何をしているのかは分からなくても、何をぶつけ合っているのかは理解出来てしまった。
あれは、向こう側の景色が透ける程に極限まで薄く研ぎ澄ませた、殺意という名前をした刃のぶつけ合いなのだ。 …有らん限りの力でぶつけ合って、先に刃が折れた方が負けて死ぬ、この上なくシンプルで野蛮な戦い。
本当に、正しく自分とは次元が違う領域に居る二人だ。 こうしてあの光景を思い返すだけでも背筋に恐怖とも寒気とも違う、ゾクゾクとした震えが走る。
「…駄目だ駄目だ、弱気になっている場合じゃないや、何とかしてこの一週間の内にヒソカからプレートを奪う!! そう決めたんだから!!」
陰鬱になり掛けた気分を振り払う様に大きく竿を振りかぶって、数メートル先で木の枝の先に止まって居る鳥を目掛けて思い切り投擲した。
釣り針が風切り音と共に奔る。 獲物を捕らえる寸前、ばさりと翼がはためいて。 数瞬前まで標的が居た空間を釣り針は虚しく通り過ぎて行った。
…やっぱりダメだ。 真正面から普通に仕掛けても今みたいに避けられちゃう。
ましてや相手はあの超人染みた身体能力を誇るヒソカである。たかが野生の鳥一匹相手にこの様では、一矢報いるなど到底無理なのではないだろうか。
それでも何とかして攻略のヒントを掴もうと無我夢中で竿を振るっている内に、辺りはすっかり暗闇に染まっていた。
もう幾度目かになるのかも分からない程になる竿を構えた、その時だった。
川の上流から何かが此方へ向かって流れて来るのを、常人離れしたゴンの視力が目の端で捉えていた。 徐々に近づいて来る見覚えの有る銀髪、つい最近何処かで見た黒いスーツ。
「何か流れて来る…? うわ、人だ!! ……ってクリードさん!? 何で!? 嘘でしょ!?」
ジャポンの昔話に伝わる桃の話の如く、どんぶらこっこと流されて来たのは、見間違い様も無くクリードだった。 ピクリともせずに川の流れに揉まれるその姿は、否が応にもゴンの危機感を煽った。
と、とりあえず、助けなきゃ! その一念でゴンは釣竿を放り投げると、勢い良く川の中へ飛び込んだ。
【Ⅵ—2】
「…これは、運が良いというべきなのかな」
然程の苦も無く逃げる彼女に追い付き、苛立ちに任せて叩き潰した後で気付いた。
このプレート、俺の刈ろうとしていた三点分のナンバーだ。 …ついでにポケットにもう一点分。
…はて、どうしようか。 図らずも、一日経たずして四次試験が終了してしまった。島中を汗まみれになって探し回る面倒は省けたけれども、代わりに暇な時間が多大に増えてしまった訳だ。
「う~ん、残り六日か、地味に長いなあ。 只管に寝て過ごすのも良いけれど、その前に気になった事を解決しておかないと。 …仕事とか考え事が残ったままだと安眠出来ない質だしなー、俺」
目ぼしい物、あわよくばもう一点位はプレートが隠れていないかと死体の側でゴソゴソ鞄を漁る姿は、傍から見れば物盗りかそこらにしか見えないだろうな。
一流の殺し屋を自負している俺からすれば、不本意極まりない話だ。 そんなどうでも良い事を考えつつも、漁る手は止めない。プレート出て来い。
※※※
結局、さして目ぼしい物は見当たらなかった。
はてさて、これからどうしようか。
色々と思案しながらも、脳内でリフレインするのはやはり先程の光景だった。 あれだけ自由意思で動いている様に見えた彼女が、何者かによって操作されているという揺るぎない事実。
本人の意識が生きたままの操作…となると、操作系の能力で該当するのは意識の同調操作、もしくは思考盗聴位か。それ以外なら特質系か。 それならば、ああいったケースも有り得るかな。
…どちらにしても、本人のプライバシー等は有ってない様な物である、御愁傷様。
クリード。 彼女を操作しているのが彼だとは思えないが、何らかの事情は知っているに違いない。 …万が一、あの子が何者かに操作されている事実を彼が知らないとしたら、それもそれで面白い事情が有りそうでは有る。 …上手く行けば貸しの一つ位は作れるかもしれない。
そこまで考えて、漸く思い出した。
彼女、何時だったかに俺が殺そうとしてクリードともう一人に邪魔された、あの時の標的の子か。 …もう終わった仕事だから、すっかり忘れていた。
ついでにクリード繋がりでヒソカの事を思い出す。 彼は今頃どうしているだろうか。…まあ、大体予想は付くけれども。
そこまで思考した所で、タイミング良く懐がぶるぶると振動し始めた。
うん、流石にミルキ特製の無線機だ。電波妨害が掛けられているこの島でも特に問題なく作動しているね。
「…うわお、タイムリーだな。 此方から掛ける手間が省けたから良いけど」
【Ⅶ—2】
「ありがとうゴン君、助かったよ」
ずぶ濡れたシャツを脱ぎ、上半身裸で焚火に当たりながらクリードがしみじみと礼を述べる。
「いやホント、ビックリしたー。考え事してたらクリードさんが流されて来るんだもん」
…まさか、クリードさんが誰かにやられたの?
当然の疑問を口に出すゴンの手には、何故かインスタントカメラが握られていた。ぱしゃりぱしゃりと夜の闇にフラッシュが奔る。
極限を軽く超えた日々の弛まぬ鍛錬。それにより鍛え抜かれたクリードの肉体美がカメラに記録され、ジリジリと云う音と共に現像されて飛び出ては地面に落ちて行く。
「誰かというか…。 まあ、ゴン君が想像している通りの変態さんと追い掛けっこする羽目になってね。 (顔怖いし)キリが無いから海に飛び込んで逃げたらこの様さ、格好悪い所を見せてしまったね」
突然始まったゴンの奇行を訝しがりながらも、クリードは質問に答える。
言う必要も無いので省いていたが、クリードは別に泳げない訳では無い。ヒソカが放ったバンジーガム。 先の瞬間、ヒソカとの繋がりは幻想虎徹で断ち切ったものの、身体に巻き付いたガムは処理が間に合わず、そのままだった。
右腕以外を縛られた状態で薄暗い波間に放り出されたクリードは、それでも何とかして浮上しようと必死にもがいた。
が、しかし。間に合わなかった結果が先の、クリードの川流れである。
(Lv2の状態だと水中で使用出来ない…か。 盲点だったな、試していなかった)
「ま、まあ、僕の事はそれ位で良いだろう。 それより…ゴン君はプレートを取りに行かないで良いのかい? 見た所、随分と余裕そうにしているけれども」
周囲に散らばった写真を拾っていたゴンが顔を上げ、困ったといわんばかりの表情でクリードを見た。
「全然、余裕なんかじゃ無いよ。 何とかして標的からプレートを奪う作戦を考えていたんだけれど、中々上手く浮かばなくて…」
そもそも、相手がこの島の何処に居るかさえ、全く見当も付かないんだけれどもね。
そう言いつつ、お手上げとばかりに両手を広げておどけて見せたゴンは写真を鞄へ仕舞い、水没した携帯電話の機能を確かめているクリードの隣に腰掛けた。
「ちなみに、ゴン君の標的の番号は?」
「…44番だよ」
「44番…。 よりによってヒソカだったのか。 …それはまあ、運が無いとしか言えないな」
実はスーツの外ポケットにその番号が書かれたプレートが入っている事を伝えるべきか否か。
内心で悩んでいるクリードをさて置いて、パチパチと薪の弾ける音をBGMに長い夜が更けて行く。
おまけ ※編集の事情によりお蔵入りした24話冒頭の没案。
積み上げて来たその自信は、川を飛び越える姿勢だったサキが畔で急ブレーキを掛けてしゃがみ込んだ事で意表を突かれ、一瞬前まで頭蓋が有った空間を無常に針が通り過ぎて行く結果に終わった事で微塵に打ち砕かれた。
「うわっ、土座衛門!? …ってええええ? クリードさん!? 何で!? こんな短時間で死に掛けてるの!?」
(どざえもん? この間ミルキが見てたアニメにそんな名前のキャラが居た様な…。ってわあ、レアな光景だ。 …割と本気で死に掛けてるね、彼)
「どどっど、どうしよう、お医者さ~~ん!! …って、こんな無人島に居る訳ないじゃん!! と、とりあえず心臓マッサージ…いや、人工呼吸が先!? …つ、つまり、キ、キキキ、キス…!! クリードさんとキス…!? ヤバイヤバイヤバイ、ちょっと、心の準備が…! ってそうじゃなくて、早く助けないと!!」
ピクリとも動かないクリードを前に、はわはわはうはうと狼狽えるサキ。 その直ぐ真後ろでギタラクルが長針を手に構えたまま、この状況をどうしようかと思案していた。
(ん~、放って置いたら死んじゃうよなぁ。 ……ん? その方が都合良くないか? 最低でもこの娘と合わせて二点分になる訳だしね)