沈黙は金では無い。    作:ありっさ

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27.長い夜、短い生。(下―後編)

 

【Ⅶ—5】

 

 

 イルミの気配が完全に消えたのを確認してから暫しの間。 頭を抱えて天を仰ぎ、盛大に仰け反る僕が居た。 表情筋の硬さとリアクションが薄い事に定評がある僕でも、仰け反らずには居られない理由が其処には有る。

 

「えぇ~~~!? 嘘だろ!? 質の悪い冗談だと言ってくれよ…まだ本拠地を留守にしてから一週間も経っていないんだぞ!? 一体、どれだけ無茶苦茶をやらかせば気が済むんだあの人。 もう嫌だ、勘弁してくれぇ…、もう尻拭いは嫌だぁぁぁぁ!! “DOGEZA”も嫌だぁぁぁぁあああ~~~!」

 

 そう遠くない未来、確実に来るXデー。 ほんの僅かでも助力を得る為、コミュ障の僕が必死になって信頼関係を構築して来たクロロに真正面から喧嘩を売る、人払いもしていない喫茶店で機密情報をベラベラと喋りまくる、挙句の果てにはゾルディック家の子息を言い包めて攫って来る。 

 超弩級の特大爆弾三点セット(爆破まで絶賛カウントダウン中)を150キロ越えの全力ストレートで投げつけられた気分だった。 

 これまでの地道な努力を一瞬で水泡に帰す様な理不尽極まる暴虐三昧。 更に言えば、間の悪い事に携帯電話も無線も水没して使い物にならず、現地点は公衆電話等、通信手段を望むべくも無い海上の孤島。 …駄目だ、完っ全に詰んでいる。

 

 この期に及んで漸く気付いた。これからの人生に必要なサキ君は兎も角、僕は別段欲しくも必要でも無い資格を取る為に、遠路遥々ハンター試験なんかに来るべきでは無かったのだ。

 

(いや…あの師匠の事だ、最初からこうする事を目論んでいて、その為に邪魔な僕をサキ君の保護者兼見張りという名目で遠ざけたに決まっている。 くそっ、唐突にハンター試験の話を振られた時に気付くべきだった…!! 何時にない位に、妙に熱心に進めて来るからおかしいとは思ったんだよ。何故其処で気が付かなかったんだ僕の阿呆、畜生ッ!!)

 

 幾ら地団駄を踏もうが呪詛を吐き散らそうが、三百六十度、見渡す限り全てを海に囲まれたこの孤島から出ることは出来ないし、外部と連絡を取る手段も無い。 少なくとも後六日間はどうしようもない。 

 ああ、リン君一人だけじゃなくてもう一人位は監視役を付けて置くべきだったのか。

 

 “後悔先に立たず” 以前に教わったジャポンの格言が僕の頭の中をぐるぐるとリフレインし続けていた。 せめて師匠がこれ以上の無茶をやらかさない事を祈ろう。 

 

 いや、本当に勘弁してくださいってば。

 

 不意に、山の上から冷えた風が吹き抜けた。 我に返り、ハッとして腕時計を見る。間抜け面で天を仰いで呆けている間にかなりの時間をロスしてしまっていた。

 

「……しまった! 呑気に仰け反っている場合では無かった、馬鹿か僕は。(多分ヒソカと戦っている筈の)サキ君とゴン君を援護しに行かなくては!!」

 

 逸る気を静めつつ、慌てて斜面を駆け登る。 どうか無事で居てくれ!(色んな意味で) 

 その一心で遮二無二になって登って行くと、 にわか雨で湿気た土の臭いに混じって中途半端に草木が焼け焦げた、独特の饐えた臭いが香り始めた。登って行くに連れて次第に強くなって来るそれに釣られる様に、警戒のレベルを一段階引き上げる。戦闘の気配はしないが、誰かが居た事は間違いない。 …まだこの状況を造り出した下手人が潜んでいるかもしれない。

 

 そう考えた僕は走るのを止めて【陰】で気配を殺し、瞬間的に【円】を使いながら慎重に進んで行く。 何度目かの発動時、【円】で感知出来るギリギリの範囲に人の形をした物体が立っているのが視えた。約30メートル先、この斜面を登り切って少し進んだ所か。どうやら手を耳に当てたまま、動く気配は無い様だが…。 

 耳を欹てて(そばだてて)集中すると、微かだが確かに声が聞こえて来た。僕の予想通り、誰かが話をしている様だ。 …丁度木の陰に姿が隠れていて、誰なのかが分からない。

 細心の注意を払いつつも一歩、更に近づいた時だった。にわか雨でぬかるんだ僕の足が小枝を踏みつけてしまい、パキリ、と小気味の良い音が響いてしまった。 

 …すいません、前言を撤回します。 細心の注意とは何だったのか。僕らしくなく動揺しているみたいだ。 畜生、これもそれも全部師匠の所為だ。そういう事にしておこう。

 

 物音に気付いた人影が木陰から姿を現し、ゆっくりと此方を振り返る。 

 僕は某魔法学校の入学式で帽子にクラスを選別される生徒の如く、強く願った。 ヒソカは嫌だ、ヒソカは嫌だ…!!

 

「おやクリード君、またキミか。 さっきぶりだね? 丁度良かった、君に用事が有って探していたんだよ。 わざわざ島の中を探す手間が省けて良かった。 …七日後じゃなくて七時間後になっちゃったからそちらとしては不本意かな?」

 

 ヒソカだったー! やだって言ったじゃないですかー、! やだもー、ばかー! と心の内で信じてもいない神様に理不尽な恨み節をぶつけつつも、周囲の気配を改めて探る。

 …やはり僕と彼以外には誰も居ない様だ。 しかしまあ、これが噂に聞く賢者タイムというヤツなのだろうか。数時間前に対峙した時の顔芸☆全開の彼は何処へやら、妙に落ち着き払ったその態度が逆に僕の不安を誘った。此処を訪れた筈のゴン君や、状況を見るにほぼ間違いなく彼と戦って居た筈のサキ君は何処へ行ってしまったのだろうか。 

 ネテロ会長似のおじさんの生首は煤塗れになってヒソカ氏の脇に転がっているけれども。南無阿弥陀仏。

 

 このまま黙りこくっていても仕方が無いので、とりあえず彼の話を聞いてみる事にしようと思います。 顔芸が収まっている今なら、比較的冷静に会話が出来る筈である(多分)。

 

「…用事とは?」

 

「決まってるじゃないか。 君がさっき持って行った僕のプレートを返してくれるかい? その代わりといってはなんだけど、この一点にしかならないプレートあげるからさ」

 

 彼が提示したプレート、其処に記された数字を見て僕は息を呑んだ。 406番、サキ君のプレート…だと!?

 

「そのプレートはサキ君の…! 貴様、まさか…」

 

 やはり、此処でサキ君と戦っていたのか。 

 こんな変態とバトる事になった彼女の代わりに意趣返ししてあげようと、有らん限りの敵意を籠めて睨みつけてみるものの、予想通りと言うべきか、全くと言って良い程効き目は無い様だった。

 

「怖いなあ。 安心しなよ、お友達共々殺しちゃいないから。 上手い具合にボクを煙に巻いて逃げて行っちゃってさ。 ちゃっかりプレートは盗られちゃうし、どうしたものかと途方に暮れていた所だったんだ」

 

“まあ、ボクは美味しそうな果実はジックリ熟れるまで待つ人間だからねえ” 

 

 寒気のする様な笑顔を浮かべ、舌なめずりをしながら。ヒソカ氏は先程堪能した果実の味を思い返す様に上ずった声で囁いて来る。ビックリする程気持ち悪い。

 

(対象の変態レベル、凄まじい勢いで上昇しています! …駄目です、抑えきれません!!) 僕の脳内で潔癖症のオペレーターが危険を叫んでいた。

 

「…けれど、キミが嫌だって言うのなら仕方ない。面倒だけれど、逃げた方向は分かっているからね。もう一度追い掛けて、今度こそころ…「良いだろう、但し条件を一つ追加だ。 この四次試験中はもう()()に近寄るな。 それを呑めるなら、一点分のプレートをもう一枚くれてやる」

 

 ヒソカ氏の興奮レベルがぐんぐん上昇していくのを肌で感じ取り、身の危険を感じた僕が喰い気味に返答を返してしまう。 まずい、焦りを悟られたか?

 

「……それはとても有り難い話だね。 ボクもその条件で構わないよ。 …よし、じゃあ、せ~ので投げ合いっこしようか? せーの」

 

 よし、喰い付いてくれた!! プレートを一枚失うのは痛いけど、それで残りの試験中にヒソカ氏の変態っぷりに怯えなくて良いのなら十分に大きなメリットだと言えるだろう。どうやらゴン君もサキ君も無事に生きている様だし。 …しかし、あの406番のプレート、何とかしてサキ君に帰してあげないといけないなあ。

 

 この状況でそんな事をぼんやりと考えていたのだから、僕は相当に腑抜けていたのだろう。 暫く平和な日々が続いていた所為でそうなってしまったのか。

 ゴン君と一緒に居た時に入手した一点分のプレートを掴み、投げ渡す。 あちらも同じタイミングで406番のプレートを僕に見せつけ、投げ...。

 

「おっと、手が滑っちゃった(棒読み)」

 

 うおおおい、ちょっと待てや、何してくれやがりますかこの変態賢者ァ!!

 

 僕が投げたプレートはヒソカの掌に。ヒソカが投げたプレートは僕の頭上の彼方を通り過ぎて、登って来た斜面の向こうへ飛び去って行く。 

 

「貴様…!」

 

「怖いなあ、ちょっとした冗談じゃないか。 ほら、睨んでる暇が有るなら早く取りに行かないと。 誰かに盗られちゃうかもよ?」

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

「約束した通り、この試験中に僕や彼女達の前に現れるな。 万が一にも破った場合、僕は本気で君を潰しに掛かる。 ―――良く覚えておけ」

 

 そう言い捨てて、遥か遠方へ投げ飛ばされたプレートを追いかけて急ぎ足で去って行くクリード。その背中を愛おしげに見送ってから暫しの後。

 

「…ヒソカ、もう出て来て良いよ」

 

 誰に向けて言うでも無く、()()()がそう呟いた矢先の出来事だった。ボコボコと音を立てて目の前の地面が盛り上がり、その中心からモグラ――もとい、()()()が現れたのは。

 

「珍しくイルミからボクに頼み事をして来たから何かと思ったら、成程成程、そういう事か♦」

 

 身体にこびり付いた土を払い落としつつヒソカが呟く。 その手には身に着けていた上着が握られている。

 

「戦いたがっている所を悪いねヒソカ。でもアイツにはなるべく早くお家に帰って貰わないと困るんだよ、家の方が割と面倒な事になっちゃっててさー」

 

 今、この場だけを切り取って見ればヒソカがヒソカに話しかけている異様な光景にしか見えないだろう。但し、二人の着ている服は異なっていたが。

 

「ほんの少しは気持ち良く戦えたし、別に構わないよ。 ボク好みに美味しくなりそうな果実も味見出来たしね。それに…どうせまた彼とは直ぐに出会えるだろうから♡」

 

 キミも占ってあげようか? これでも僕の予言、結構当たるんだよ。 

 

 服を脱ぎ捨てたヒソカは下着の類を履いておらず、一糸纏わぬ全裸だった。 その姿のまま、淀みない手つきでトランプをシャッフルするヒソカ。それを一瞥したもう一人のヒソカは投げ捨てられた服を拾い、身に纏いながら冷徹な口調でぽつぽつと語る。

 

「折角の提案を断って悪いけれど、俺は占いの類は全く信用しない質だから。 殺し屋は確実な物しか信用しない。当たり前の事だけど、大事な事だから覚えておいてね」

 

 ほうと溜息を一つ吐いて、着替えの完了したヒソカの顔をした内の一人が徐に自分の首裏、延髄に深く突き立った針を抜き取った。直後、変化は直に現れる。

 

 異様極まる光景だった。まるでアメーバや軟体動物を思わせる様にぐにゅぐにゅと顔全体が蠢き、律動する。 髪が逆立ち、波打ちながら風に吹かれるでも無しに舞い踊る。

 

「う~ん、何度見ても面白い♡」

 

「そうかい? まあ、面白い面白くないは個人の主観だから置いとくとして。 やっている方は結構キツイんだよねー、これ」

 

 やがて顔の変化が収まっていくと共に髪の色が黒く染まって行き―――ヒソカの内の一人が稀代の暗殺一家の長男、イルミ・ゾルディックへとその姿を変えた。 イルミは穴の中から大小様々な形状の針を取り出しては、身体の至る所に無造作に突き刺して行く。

 

「…さて、とりあえずの用は済んだしリミットまで俺は寝るよ。 ヒソカはどうするんだい?」

 

「う~ん、そうだね…クリードに貰ったのを数に入れても、プレートを後一点分見つけないといけないかなあ♡」

 

 再度顔をギタラクルへと変化させ終えたイルミは、つい先程ヒソカが出て来た穴の中へ無造作に入って行った。 

 

「後六日有るし、キミなら問題無いだろうけれども。 まあ、頑張ってね」

 

 見る間に周囲の土がイルミを埋め立てて行き――やがて、土が盛り上がった僅かな痕跡を残して穴は完全に塞がってしまった。

 

 

 

 今年の試験は退屈を持て余す事が少なくて実に良い。 

 

 熟練の使い手であるヒソカの眼から見ても、稀に見る程に良質の粒が揃っていた。初々しい蒼い果実の数々。 

 ヒソカは熟れきった『それら』を舌の上で転がす瞬間を想像し、勃ち上がった分身を撫で摩りながら悦に浸っていた。

 

「星の使徒…か♡」

 

 全裸の奇術師の楽し気な呟きは傍に転がっている生首の他には誰に聞かれる事も無く、静かに朝日に混じり、溶けて消えて行った。

 

 

【Ⅷ】

 

 

 試験開始から五日目の早朝。

 

「えーと…、『済まないゴン君、どうやら外せない野暮用が出来てしまった様だ。 …そうだな、もしもこの先にサキ君が居たら、伝言をお願いしても構わないかい? 『助けに行けなくて済まない。けれども、今の君なら僕の手を借りなくても窮地を乗り越えられる筈だ、健闘を祈る。とね』って言われた、かな…」

 

「ちょ…何ですかそれー!! クリードさんのいじわる―!! 鬼畜イケメン!!」

 

 偶然の助けを借りて、再度合流する事になったゴンからクリードとの顛末を聞いたサキだったが、大仰な仕草で地面に崩れ落ちたかと思いきや膝を抱えて座り込み、しくしくと泣き出してしまった。

 その横で優しい言葉を掛け続けるゴン。 更にその後ろでは、この混沌とした場をどう納めれば良いのか分からずにクラピカとレオリオの年上組二人が狼狽えていた。

 

(私が本当に危なくなったら絶対、助けに来てくれるって約束してたのに!! クリードさんの嘘つき…)

 

 

 

 同日の昼過ぎ。 

 

 

「…有った!! 取りましたよーー!!」

 

 釣竿による後頭部への一撃を受けて昏倒した男を見下ろして、鬱状態から復活したサキが入手したプレートを得意げに掲げて見せた。

 

 「おめでとう! ナイスな演技だったよサキさん!! 一本釣り作戦、大成功!!」

 

 駆け寄って来たゴンとハイタッチを交わして、手に入れたプレートを鞄へ仕舞い込む。

 

「一点分だけど、これで私のプレートと合わせて六点分集まりましたね。 クラピカさんとゴン君は既に六点分有るから、後はレオリオさんの標的を見つけるだけですね!!」

 

 自分が合格ラインに達した事でサキの口調は明るかった。が、その反面で未だに点数が足りていないレオリオ、そして未熟さを何度も痛感する事になったクラピカ。二人の表情には焦りと落胆の色が濃く滲んでいた。

 

「うむ、その通りだな。…だが、余りに情報が足りなさすぎる。容姿はおろか、所在すら分からない。レオリオの標的としているプレートの番号が246番ということ以外に手掛かりの一つも無しでは…」

 

「クラピカが持ってた余りのプレートを足しても、後…えーと……」

 

「後二点分だ、ゴン。 この二日で出会ったのは今の奴と、既にプレートを失ったおっさん一人だけだからな…。集めたプレートを盗られる事を警戒してやがるのか、全く姿が見えねぇし、どうしたもんか…」

 

 試験終了まで残り二日。 徐々に絶望感が四人を覆い始めていた。

 

「クソ、こんな時にクリードの奴が居ればなぁ…」

 

「・・・・・」

 

「あっ、おいレオリオ!! この馬鹿者が!!」

 

「あ~あ。 振り出しに戻る、だね」

 

 落ち込むサキ。 励ますゴン。 狼狽える大人二人。 この後幾度も繰り返される事になる光景だった。

 

 

【Ⅸ】

 

 

 四次試験開始から七日が過ぎて、 詰まる所の四次試験最終日。 快晴の砂浜に心地良い潮風が吹いている。

 

「あっ、クリードさん!!」

 

 砂浜から少し離れた場所に有る木陰で瞑想していたクリードが瞠目し、声の主であるゴンを見た。

 

「おや、ゴン君か。 此処に来たということは、どうやら無事にプレートは集められたみたいだね」

 

 頑張ったじゃないか。 わしわしと頭を撫で回されて嬉しそうにしながらも、ゴンの顔には隠しきれない疲労と憂いの色が滲んでいる。

 

「うん、オレの方は何とか。 まあ、ヒソカにはでっかい借りが出来ちゃったけどね…。 後…レオリオのプレートが一点分足りなくて、此処に来たら誰かしら居ないかと思って…」

 

「そうか、成程。 今の君の言葉で大体の状況は分かった。 ヒソカについて言えば、君が気落ちする必要は無い。借りなら何時か返す機会が有るだろうからね。 その時が来たら、思いっきり熨斗を付けてやると良いさ。 

 …それよりも、だ。 ゴン君、レオリオ君にこれを渡してあげなさい」 

 

 言うが早いか、クリードが懐からプレートを一枚取り出してゴンの手に握らせる。

 

「えっ、これって…! クリードさん、良いの?」

 

「その為に真っ先に駆け寄って来たのだろう? 生憎だが、僕はそれを除いてもまだ七点分有るからね。話を聞く限り、サキ君もクラピカ君も無事に点数を集められたのだろう? それを譲った所で別段問題は無いよ」

 

「やった、ありがとうクリードさん!! あー良かった~~。これで皆揃って合格出来るぞ!!」

 

 自己を顧みる事無く、損得の勘定無しに純粋に友達を思いやる事が出来るゴン。純粋に育った彼を見てクリードは思う。

 あの“変態”も、こんな風に心優しい少年だった時代が有ったのだろうに、どうしてああも捻くれてしまったのだろうか、と。

 

「ん。 …それで、一つ経験豊富な君を見込んで意見を聞きたいのだが、『あれ』を一体どうすれば良いと思う?」

 

 クリードが視線を向けた先――ぷくっと頬を膨らませながら腰に手を当てて仁王立ちし、此方を睨むサキが居た。

 

「あっちゃー、怒ってる怒ってる。 すっごく分かり易く怒ってるなあ、サキさん」

 

「まあ、聞いておいて何だが、彼女が怒っている原因は僕にも想像が付いているさ。 とはいえ、だ。 あの状態の彼女とどう接すれば良いものか。 あの時助けに行けなかったのは確かに僕が悪かったと思っているが、それには色々と止むを得ない事情が有ったのだけれどもね。 …はぁ、困ったものだよ」

 

 う~ん…とゴンが手を組んだまま唸る事暫し。 一際強く、潮が打ち寄せた瞬間だった。

 

「思い出した!! あんな風に女の子を怒らせちゃった時に使えるヤツ!!」

 

 くじら島で漁師のおじさんに教えてもらったんだ。 そう言いながらクリードに近づき、耳打ちするゴンの顔はやけに輝いて見えた。

 

「―――ふむ、成程。 試してみる価値は有るな」

 

 

 

「サキ君…まだ怒っているのかい? いい加減に許してくれないか?」

 

 此方に近づいて来るクリードを睨みつけ、サキが拒絶の言葉を放つ。

 

「…約束、守ってくれなかったじゃないですか。 嘘つきのクリードさん何て知らな―――!?」

 

 有無を言わさずカウンターで放たれたそれは、イケメンにのみ許されし究極秘奥義―――“壁ドン” そして間髪入れずの“顎クイ”!! 至近距離で喰らった相手は必ず死ぬとも噂される禁断の秘技だった!!

 

「分かっているさ、僕が全面的に悪かった。 だからこそ言わせてくれ…! サキ君…いや、サキ! もう一度僕にチャンスをくれないか?」

 

 歯の浮くような台詞と共にクリードの整った顔がぐいと近づく。

 

「し…しょうがないですねえ!! ククク、クリードさんがそこまでいいい、言うのなら許してあげなくも無いというか有りというか…」

 

 顔を真っ赤に染めてもにょもにょと呟くサキ。 挨拶代わりのボディーブローでグラついた精神に向けて、容赦なく止めの一撃が放たれる!!

 

「僕を許してくれるのかい? ありがとうサキ君、君のそういう(扱い易い)所…愛しているよ」

 

 息が吹きかかる程、超至近距離から耳元で囁かれた愛の言葉。抗う術も無く、サキは膝から砂浜へと崩れ落ちた。

 

「あ、あい、ai、愛して…!? ふにゃあぁぁぁぁ、もうらめええぇぇぇ、ゆるしましゅうぅぅぅ…….!! あっ! くくく、クリードさん、わ、私も愛してますからッ!!」

 

「ああ、そうだね…ありがとう」

 

 尚、当のクリードの視線はこれで良かったのかを確認する為にゴンの方へ向いていて、サキの告白染みた言葉は耳に入っていなかった事を記しておく。

 

「ねえキルア! 今の見た? 完璧な壁ドンからの顎クイのコンボだったよね!? しかも教えてないのに“耳つぶ”までやっちゃうなんて!! 流石クリードさんだ、やるなぁ…」

 

 作戦の成功を無邪気にはしゃぐゴンと対照的に、こういった光景に耐性の無いキルア少年には少々刺激が強すぎた様で、耳まで真っ赤に染めて俯いてしまっていた。

 

(あ…あれが大人…!! あんなこっ恥ずかしい事を素面で平然とやってのけやがるのが大人…!!)

 

「っていうかゴン!! お前…まさか、ああいうヤツ、やった事有んのか?」

 

「ん? あるよ? …って言ってもまあ、くじら島にはノウコっていうちっちゃい女の子一人しか居ないから、やったって言えるかは微妙なんだけれどね」

 

(こ、こいつも大人だった…!?)

 

 

 茶番劇が繰り広げられてから数時間後が経過して時刻は正午。 

 島全体に設置されたスピーカーから試験の終了を告げる間延びした女性のアナウンスが響き渡る。それを皮切りに、砂浜に受験者達がぽつぽつと姿を現し始めた。

 

 

 合格ラインに達するだけのプレートを集め終えた数少ない受験者達が列を作り、アナウンスを放送していた女性にプレートを見せては船へと乗り込んで行く。それをぼんやりと僕は列の後方からぼんやりと眺めていた。

 何と云うか、四次試験の間だけで色々有りすぎて疲れきっていた。早く試験を終わらせて本拠地へ帰りたい。…まあ、帰った所でまた謝罪行脚なんですけれどもね。 

 

 ああ辛い、現実が辛すぎる。癒しが欲しいと切実に思う今日この頃。 星の使徒:名誉社畜員ことクリードがお送りしました。

 

 くだらない事をかんがえつつ、ぼんやりしたまま僕は懐からプレートを取り出した。お姉さんに見せ付けて船へと繋がるデッキへ歩いて行く。

 

「あの~、すいません。 そこのクソリア充…じゃなかった、46番の貴方。点数が足りませんよ~?」

 

「…は?」

 

 言われたのは僕なのか? 点数が足りない? 馬鹿な、そんな筈は無い。確かに三点分の自分のプレート+一点分のプレート一枚+サキ君のプレート(三点分)で十二分に合格点は満たしていた筈だ。 慌ててお姉さんに渡したプレートを確認する。

 

 ―――俗な表現だが、その時、僕は自らの眼に映る光景を疑わざるを得なかった。 

 

 一気に目が覚めた。 おかしい、無い、足りない。 そんな馬鹿な。 何時の間にか後生大事に持っていた三点分――サキ君の番号を記したプレートが消えて、代わりに知らない受験者の番号が記されたプレートが増えていた。 馬鹿な、こんな番号のプレートは入手した覚えが無い。

 

「なん…だと…!?」 

 

「あなたのプレート三点分に、一点分のプレート二枚…後一点足りませんよ~、他にプレートを持って居ないなら、真に残念ではありますが46番さんは不合格ですね~。 ざまあリアj...とっとと船から降りてくださーい」

 

「…ほ、他の人から譲り受けるのは?」

 

「さっきアナウンスで言った様に、もうプレートの交換や譲渡は出来ませんよ~」

 

「で、では、この場で一点分を手に入れるのは可能だろうか?」

 

「だから~、もう無理ですってば。 お姉さん、イケメンでもしつこい人は嫌いですよ~。 は~い、数も数えられないお馬鹿さんはとっとと降りて下さいね~~ほら、つべこべ言わずにとっとと降りろ~」

 

 お姉さんにぐいぐいと背中を押されて半ば無理やりに船から砂浜に降ろされる。 未だ状況を飲み込めず呆然とする僕を置き去りに、あっという間に船は水平線の彼方に消えて行った。

 

「不合格者さんを乗せる迎えの船は大体一時間後に来る予定で~す。 それでは、長丁場の試験お疲れ様でした、気を落とさずに来年頑張ってくださいね~」

 

 

 

「ど、どうしてこうなった…!?」

 

 砂浜に打ち寄せる波が、立ち尽くす僕の足元を容赦無くざぶざぶと濡らしていた。

 

 

 

 受験番号46 クリード・ディスケンス、四次試験にて脱落す。

 

 

 

 

 

(ククク…。やっぱり便利、僕のドッキリテクスチャー♡)




…あ、最終試験はちゃんと書きますので。

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