沈黙は金では無い。    作:ありっさ

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4.人の心何て、分からない方が良い

 

「ねえクロロ、本当に一人で来ると思う?」

 

 或る日の昼下がり。

 とある地方都市のカフェテラス。カウンターに座っていた金髪の男、シャルナークが呟いた。 

 

「…分からん、だが用心するに越した事は無い」 

 

 本の頁を捲る手を止め、目深にニット帽を被った男、クロロ・ルシルフルが答える。 

 

「もう一度確認だ。 少しでも奴が怪しい素振りを見せたらノブナガとマチに連絡、そして」

 

「可能なら捕えてパクに記憶を読ませる。 有能そうなら団員に勧誘、断れば殺してOK、と」

 

 小さく頷くと、冷め掛けたコーヒーを一口啜り、溜息を吐いた。

 

「そうだ。 シャル、警戒は怠るな」

 

「…了解」

 

 壁掛け時計が十四時を指した時、男が一人入店して来た。透き通る様な銀の髪をした男だった。腰の左側に刀を差し、左手にビニール袋をぶら下げている。 

 男は窓際に座っていたクロロを見つけると、応対に出てきた店員にクロロの友人である旨を伝え、此方へ歩いて来た。

 

 ―――こいつ、かなり強い。

 

 男に気取られない様に細心の注意を払いつつも、さり気なく視線を送ったシャルナークは驚愕した。

 無造作に歩いている様でいてまるで隙が無い。

 

…駄目だ、仕掛けられない。

 

 横目でちらりと見れば、カウンターの端、入り口側に陣取っているパクノダも同じ感想を抱いた様だった。 

 クロロを見る。 …警戒はしているが、どうやらいきなり仕掛ける心算は無い様だ。 ならば自分も様子見に徹するべきだろう。

 そう考えて、外で待機している二人にそのままの状態を保つ様にメールを送る。

 

 簡素に文を作り、送信ボタンを押したのとそれは同時だった。 

 

「...アンタと宜しくするかどうかは俺が決める事だ」

 

 言葉と共にクロロから迸る殺気。カフェの中の空気が一変する。

 

 念を感じ取れずとも、途轍もない悪寒と言い知れない恐怖に襲われた一般客達が先を争う様に会計を済ませ、飛び出て行く。

 瞬く間に店内はカウンターの隅で怯える店員を除いて誰も居なくなった。

 

 仕掛けるなら今しか無い! シャルナークは自らの武器である袖の裏側に忍ばせたアンテナを握りしめ、投擲しようとして―――気付いた。

 件の男、クリードはこの状況で何故かクロロでは無くパクノダを見ている。

 

 正気とは思えなかった。至近距離であの殺気を浴びて視線を外すなんて自殺行為も良い所だ。 …待て、今が絶好の機会の筈だ、何故クロロは仕掛けない? まさかクリードに念を掛けられた!?

 慌ててそちらを見る。 …思わずカウンターからずり落ちる所だった。 

 

 クロロ・ルシルフルは、我らが団長様は床に置かれたビニール袋、正確にはその中の本に釘づけだったのだ。

 

 何と云う駄目な上司だ、こっちが必死こいて神経尖らせているのが馬鹿みたいである。

 ...と云うかクロロ、殺気を漲らせながら何してんだよ。

 

 シャルナークは急激にやる気ゲージが減少していくのを隠しもせず、溜息と共に吐きだした。 

 

(…あ~あ、何かもうどうでも良いや、入札しておいたネットオークションの結果でも見るか)

 

 クリードの視線が何時の間にかパクノダから自分に向けられている事に気が付いたのはその直後だった。

 

 携帯の画面から顔を動かすことが出来ない。勝手に歯が震え、背筋を冷たい物が伝う。

 

 一瞬見えたクリードの眼。 

―――あれは人が人を見る眼では無い。 例えるならば餌を――蜘蛛を見つけた鳥のそれだ。

 食べられるか食べられないか、値踏みされている。 余計な事をするな、お前の価値はその程度だ、とシャルナークを見るクリードの視線は物語っていた。

 幻影旅団の一員としての誇り、強者としての矜持がシャルナークを辛うじてその場に踏みとどまらせる。荒くなる息を強靭な意志で押し殺しつつ、外の二人へメールを手早く打った。

 

 『大丈夫だから入って来るな』と。

 

 送信ボタンを押すと同時に圧し掛かっていた重圧は嘘の様に霧散した。助けを求める訳では無いが視線のやり場に困り、再度クロロを見る。

 

 団長はキラキラしていた。差し出された本に大層ご満悦だった。

 まるでずっと欲しかった玩具を買ってもらった子供の様だな、とシャルナークは言い知れない疲労感を覚えながらぼんやり考えた。 

 

「…確かに、これは本物だ。 間違いない」

 

「あははは、天下の大盗賊、幻影旅団に偽物を掴ませようだなんて恐れ多い事は出来ないよ」

 

 そうこうしている内に二人は良く分からない古書の話で盛り上がり始めた。 シャルナークは胸の内でもう一度盛大に溜息を吐いた。 

 

 ―――自分の家でやれよ、もう。

 

 

 旅団員の九番、パクノダは俗に云うサイコメトラーである。 正確に称するなら、世間的に秘匿とされている念能力者であり、さらにその中でも希少な特質系に分類される。

 彼女の能力は幻影旅団の中でも特に重要視されていた。替えの利く戦闘員と違い、パクノダの能力は唯一無二、オンリーワンだから。

 

 対象の人間に触れながら質問をする。

 能力を使う条件はそれだけ。故に誤魔化しは利かない。頭の中で考えた事、記憶を偽る事はどんな人間にでも不可能だからだ。

 

 彼女は自分のボスであるクロロ・ルシルフルに心酔していた。

 

 彼女がクロロと同じ流星街の生まれで、団員の中でも一際に付き合いが長いという事も有ったが、それ以上に彼女はクロロの作った幻影旅団という組織が好きだった。

 蜘蛛の手足となって働き、必要が有れば頭の身代わりとなり死んで行く事。彼女も、他の団員もそれに疑問を持つ事は無い。

 

 そして今、パクノダはクロロの命令を受けて警戒態勢に入っていた。 ブランド物のスーツに身を包んだその姿は外資系のOLと例えれば想像がし易い。

 カフェの入り口で一般客の体を装って待ち構える事数十分程。 事前の情報通り、銀髪の男が現れた。

 

 内心で男の度胸に驚嘆する。 

 まさか本当にたった一人でやって来るとは。 周囲の気配をそれとなく探るが、奴の仲間らしき気配は感じ取れない。クロロの方へ向かっていく後姿をそれと無く見やる。 

 ―――強い。 男の錬度が一目で理解出来た。 

 悟られない様細心の注意を払い、クロロの出方を見る。 二言三言交わした後、クロロの気配が変わった。 文字通り、殺気が破裂するかの如く一気に膨れ上がっていく。

 

 団長は仕掛ける気だ、ならば私は後方から援護を―――。

 

 そう思い、懐の銃を取り出そうとスーツの中に手を入れた瞬間、背筋が凍りついた。

クリード・ディスケンスの眼が、意思の籠った視線がパクノダを真正面から捕えていたからだ。

 

 仕掛けようとしていたのを悟られた? ...いや、まだそうと決まった訳じゃ無い。思い直してクリードを睨み返す。

 

 パクノダに取って永遠にも感じられた数秒の後、根負けしたのかどうかは分からないがクリードの視線はクロロへと戻された。堪えきれずに大きく息を吐く。 

 目は口ほどに物を言う――とは確かジャポンの諺だったか。 彼の眼は途轍もなく重く、昏かった。

 パクノダが心酔する男、クロロ・ルシルフルも時折あの様な眼をする事は有る。だがしかし、だ。

 

 世界でも上から数えた方が早いであろう強者であるクロロを比較対象に持って来ても、未だ『浅い』と思わせる底知れぬ不気味さがあの眼には籠められていた。 

 

 クロロとクリードの談話は何事も無かった様に続いている。 『警戒を怠るな』 そう言われた事を思い出し、何とか平常心を取り戻そうと深呼吸を繰り返す。

 

 どくんどくんと五月蝿く鳴り続ける心臓が酷く煩わしかった。

 

 

 

「どうしてこうなった・・・・」

 

 皆さん、御機嫌いかがでしょうか。 

 クリード・ディスケンスは今、とある地方都市に来ております。 

 先日の仕事の際、リン君がまさかの配達ミスをやらかした所為(後でよくよく考えて見れば自分の言葉選びが不味かった気もした)で、これからかの著名なA級盗賊団の団長さんとオサレなカフェタイムと洒落込む羽目になりました。

 以上説明終わり。 だれかたすけて。

 

「あっちの団長さんからのメールには一対一で会おうって書いていたけどさあ・・・」

 

 律儀に団長さん一人で居る…そんな事ないよなあ。 最悪の場合、カフェに入った瞬間に袋叩きにされてポリバケツにinされても不思議じゃない。

 

「なのにこっちは馬鹿正直に自分一人って云う悲しさよ」

 

 誰も付いて来てくれなかった。 いやまあ、仕方が無い事情は有るけれどさ。 

 

 ぶつくさとぼやいている内に目的のカフェが見えてきた。手元のビニール袋が風に煽られてがさりと存在を主張する。 

 あちらの団長さんは超が付くくらいの本好きだと聞いて、一応機嫌を取る為にこの間入手したばかりの秘蔵本を持って来てはみたが、果たしてどうなる事やら。

 

 平常心、平常心。 好青年染みた笑顔をイメージして扉を開ける。

内心で身構えていたが、事前の予想に反して掛かったなアホがッ!! なイベントは起こらなかった。 良かったね、すごいね。

 

「お一人様ですか~?」

 

 素晴らしい笑顔と共にウェイトレスさんが出て来たので、先に来ているであろう団長さんを探す。

 店内にはラフな格好の金髪お兄さんとパソコンをカタカタしてるお姉さんと、煙草吹かしてるおじさんと…ああ、あれか。 

 窓際の席で本を片手に一人だけ違う世界にinしている黒髪イケメンを発見。ウェイトレスさんに連れである旨を伝え、向かって行く。

 

「すまない、待たせたかな?」

 

 笑顔、笑顔です。 どっかの世界の強面マネージャーも言っていた通り、笑顔は皆を幸せにしてくれる…筈。

 

 幸い団長さんは快く座って良いと言ってくれた。 何だ、意外に話が分かるじゃないか。 良し、この流れで自己紹介だ!

 と思ったのもつかの間、団長さんは突如としてブチキレ状態に変貌されました。何? 何が気に入らなかったんだ!? 

 迸る殺気、震える空気。 Freeze、落ち着け、落ち着こうよ、ほらカタギのお客さん皆怯えて出て行っちゃったじゃん…。

 あっと言う間に店内は怒りゲージMAXの団長さんとスマイル状態のまま固まっている僕、そして携帯かたかたしてる金髪のお兄さんとパソコン弄ってるお姉さんだけになってしまった。 

 この殺気を受けて逃げ出さない所を見ると二人はカタギでは無い…のか? 旅団員の可能性も有るか。 だとしたら既に色々と詰んでる様な….。

 と、とにかくこの状態を何とかしないと話をする所じゃない。 そう思い、もう一度フレンドリーに話しかけようとして…無理でした。 顔KOEEEE!!

 

 ―――ああ、コーヒーの水面は良いね、僕の心を鎮めてくれる。 

 

 兎に角、話をしないと。 そう思って必死こいてビジネスの話を振った。 ...逆効果でした。更に限界突破してブチ切れる目の前の阿修羅マン(イケメン)! 何かもう色々と凄い。殺気だけで窓ガラスに罅が入っていってるもん。

 

 何か本題に移れとか仰られてるけれども、怖すぎて真正面を見られないので顔を横に向ける。お姉さんがスーツの中、胸に手を突っ込んでこっちを見ていた。 巨乳だった。

 ・・・ほら、きっとアレだよ、アレ。 

 汗かいちゃった~、胸が蒸れて痒い~、搔いちゃえ~みたいな?

間違ってもあそこから銃が出て来てパン! みたいな展開にはならない筈だよ、…多分。

 止めて止して撃たないでと念を籠めてお姉さんと睨みあいする事暫し。此処で漸く僕は団長様の怒りを鎮める方法を思いついた。 貢物じゃ、貢物を捧げるのじゃ!

 

 意を決してお姉さんから視線を前に戻す。 3,2,1,…今だ! …良し、撃たれなかった!! すかさず先日の件のお礼を述べ、機嫌を取りつつビニール袋の中身を差し出す。 

 団長よ、怒りを鎮めたまえ~、頼むから。

 

 結果から言うと貢物作戦は成功した。 

 原因不明の怒り状態は解除された。但し、次の問題が発生しましたとさ。 

 …うん、団長さんの優先順位は本≧越えられない壁≧クリードなのね、知ってたけれど。

 キラキラした目で本を捲るイケメン。 話を振れずに放置される僕。 …そういえば本を渡した時にちらっと金髪のお兄さんが見えたけど、何というか凄い筋肉質だった。一言でいうならシュール。

 優男風の顔にボディビルダーの身体が付いてると言えば分かり易いか。 細マッチョだったらさぞかしモテるだろうに。 

 そんな事を考えながら所在無さげに窓の外を見つめて黄昏る事数分弱。 団長さんは漸くこの本を本物だと認めて下さいました。 

 いや、疑ったままであんなキラキラしながら読んでいたのかよ…。

 

 そこからは打って変わった様に人好きのするスマイルの似合う好青年と化した団長さん。…あれか? この本が一刻も早く読みたくて機嫌が悪かったのか? 案外的外れでも無い気がする。

 しかし何所で手に入れた? とか聞かれた時には焦った。 

 言ってもいいけど、絶対この人残りの本を探しに押し入っちゃうだろ。強盗的な意味で。 

 

 へらへらと誤魔化しつつ、こちらもイケメン笑顔を張り付けて暫し本好きの団長さんと談笑する。

 割と重度の本好きを自負している僕だが、団長さんも中々どうして大した物だった。 

 

 まじで? あの本持ってるの? 貸してよ。 別に良いけどそっちも何か面白い本貸して頂戴な。

 

 そんな和やかなやり取りをあははうふふと続ける事暫し。

 ふと考えた。…あれ?何か忘れてない? ……思い出した、手紙に書いてしまった手前、仕事を頼もうと思っていたんだった。

 

「あっ、そうだそうだ。 180°話を変えて悪いけどさ、クロロ、あの時リンと遊んだらしいね?」

 

 ででーん、クリード、アウト―。

 

 話を切り替えた途端、団長さんの眼が切り替わりました。一体どんだけ本の話がしたいんだこの人。

 

 ああもう何でや!、何でこの人そんなキレやすいの!? 何所で地雷を踏んだ!? こうなったら、もう一度怒り状態になられる前に撤退するしかないじゃないか。

 

 ああ、まずいもうこんなじかんだー(棒読み)と言うが早いか、何か言われる前に逃げる様に席を立ってスタスタと出口を目指す。 …店員さーん? 駄目だ、奥に引き籠っていらっしゃる。

 もってけドロボー!と財布から紙を何枚か出してレジに放置。 後は一目散に退散すべし。

 

 しかし本と良い精神ゲージと良い、今日は出費がデカい一日だった。 …まあ命より高い物は無いって言うし、ね?

 

 

 この後僕は滅茶苦茶サムライに襲われた。  

 




勘違いとは何だったのか。

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