沈黙は金では無い。    作:ありっさ

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タイトルはあれだけど結構重要な回、の筈。


昔の話
6.ピエロがみんな、こうじゃない。


【Ⅰ】

 

 

「……ここか」

 

 空を貫かんばかりに聳え立つ巨大な闘技場。仰ぎ見る様に一度見上げた後、少年は闘技場の入り口、参加者受付を目指して歩いて行った。

 

 

「すまない、参加者として登録したいのだが」

 

 鈴の鳴る様な透き通った声。

 釣られる様に顔を上げれば、登録用紙を手にした絶世の美少年が其処に立っていた。 

 まるで有名な彫像や絵画からそっくりそのまま抜け出て来たかのような、完成された美を見ている様だと受付担当員のリリィは思った。

 見蕩れるとは、きっとこういう事なのだろう。少年から漂う妖艶な雰囲気に否応なく心が乱され、呑まれていく。

 

「……すまない、登録を」

 

「っ! あっ、はい、登録ですね! 登録。……少々お待ちください」

 

 動揺しながらも、用紙に記入された参加者の情報をサーバーへ送信し、登録を完了させる。

 ……15歳、出身はヨークシンの郊外。武道歴は五年、名前はトレイン・ハートネット。 

 

 数分程掛けて出来上がった書類、そして注意事項を纏めた紙を手渡す。一日に何十、何百と繰り返したその動作なのに、動悸が止まらないのはどうしてか。

 

「……はい、出来上がりました。どうぞ」

 

 受け取った紙を暫らく眺めた後、少年は予選参加者の待合室へと消えて行った。

 

「ありがとう、お姉さんかぁ……ふふふ……うふふふふ……」

 

 虚空を見つめ、蕩けた表情を浮かべる受付担当員を周囲の人間が遠巻きにして眺めていた。

 

 

 

 予選の試合が行われている闘技場は異様な空気に包まれていた。

 

 半径20m程の石で造られた簡素なリング内には対戦者が二人。

 一人は上半身裸の筋骨隆々とした男。張り詰めた筋肉を誇らしげに膨らませ、周囲へポージングを決めている。

 対するもう一人はやや細身の美形の少年。薄い笑みを浮かべ、対戦相手の様子をじっと見つめている。

 極々偶に見られる女性や子供の参加者に対して、普段なら周囲の野次馬や他の参加者が雨霰の如く罵声を浴びせているのが常なのだが、今日に限って云うならばそれらは殆ど聞こえてこない。

 

 皆が揃って少年の発する異様な気配、魔性とも言える色気に惹きつけられていた。 その一挙一動に固唾を呑む。 

 

「武器の使用は無し、試合時間は十分。決定打が見られた時点で終了とする。――始め!」

 

 審判の声が響くと共に筋骨隆々の男が咆哮する。

 先手必勝とばかりに間合いを詰め、渾身の力を込めて剛腕を振りかぶると、少年の華奢な身体へ思い切り叩き付けた。

 一方の少年はと云えば、怯えているのか、または緊張しているのか。全く動く気配を見せない。 

 圧倒的な体格差、筋肉の量。

 全てに置いてどう見ても少年が劣っており、この時点で勝敗は決したと大部分の人間が強く確信した。 

 

 だが――

 

「がっ!? ぐわああああ!!」

 

 次の瞬間、悲鳴と共に地面に転がったのは男の方だった。振り下ろした筈の両腕は無残に圧し折れ、所々骨が飛び出している。

 側に立つ少年は始まる前と変わらず、薄い笑みを浮かべていた。

 

「そ、そこまで! 勝者、トレイン・ハートネット!!」

 

 周囲に居た観客の殆どが何が起きたか分からず騒然とする中、勝ち名乗りを受けた少年は一礼し、審判に指定された50階へ向かう為のエレベーターへすたすたと歩いて行った。

 

 

【Ⅱ】

 

 

「こんにちは♤ さっきの試合見ていて、キミに興味が湧いちゃったよ♡」

 

「……それはどうも。所で貴方はどちら様ですか?」

 

 ゆるやかに上昇するエレベーターの中、少年は奇術師の様なメイクをした男に絡まれていた。

 ねっとりとした視線が上から下まで少年の身体を嘗め回す様に上下している。

 

「う~ん、やっぱり僕が見込んだ通り、素晴らしい逸材だ♤ 僕の名前はヒソカって言うんだ☆ 宜しくね♡」

 

「……そうですか、僕の名前はトレインです。以後、宜しくしないで良いので僕に近づかないで頂けますか?」

 

 一通り観察して満足したのか、ヒソカの視線は少年の臀部で止まった。

 

「おやおや、手厳しい事だ♡ ……所で、キミの本当の名前は何て言うのかな?」

 

 少年の顔がほんの僅かだけ、驚愕に染まる。エレベーターのランプは50階を示し、扉が開いた。

 

「何の事やら分かりませんが、二度と僕の前に現れないで下さい。……不愉快です」

 

 

 少年の去って行く後姿を見ながら奇術師は悦に浸る。

 トレイン?は今までヒソカが見てきた数多くの果実の中でも、間違いなく最高級の素材だった。熟し切ったあの少年と殺し合うのを想像しただけで、血が滾る。痛い程に下半身が張り詰めていく。

 体術もかなりの物だが、特筆すべきはあの流麗で自然体な纏。彼は余程良い師に出会ったのだろう。

 あの歳で念をあそこまで修めているのはヒソカから見ても珍しく、それだけに将来が楽しみでならない。

 

「うーん、やっぱりいいね、最高の青い果実だ♤ ……ダメだ、興奮して来ちゃったよ♡」

 

 ――鎮めなきゃ。

 

 悍ましい表情を浮かべた奇術師を乗せて地獄の扉は閉じられた。

 天空闘技場で後に語り継がれる恐怖のエレベータードッキリ(命の危険的な意味で)の開幕である。

 

 この後、エレベーターを使う人間が激減した事は言うまでも無い。

 

 

【Ⅲ】

 

 

「トレイン・ハートネット、ですか」

 

 五年間の地獄を経て、漸く師匠に合格判定を貰い、最終試験として天空闘技場で経験を積んで来る様に言われた次の日の事だった。

 出発の準備を整え、いざ出かけると言う時になって言い渡された命令。

 

「そうです、闘技場での名前はそれを使う様にしなさい」

 

「別に構いませんが、どうしてそんな事を?」

 

「理由は二つ。貴方にはこれから私の跡を継いで、或る組織を率いて貰おうと思っています。組織の頭として、外部に漏れる情報を少しでも減らして置きたいのです」

 

「或る組織、ですか。……もう一つは?」

 

「私の様な転生者が万が一闘技場に居た場合、まず間違いなく貴方に接触してくるでしょう。それ自体は大いに歓迎すべき事ですが、貴方の容姿と名前は『知っている者』に要らぬ誤解を生みかねません」

 

「ああ、確かにそうかも知れませんね。最悪出会いがしらに襲われかねない、と」

 

「そう云う事です。今の貴方の実力なら早々後れを取る事は無いでしょうが、保険を兼ねてのその名前です、うっかり本名を喋ったりしない様にしなさい。……最後に一つ、稼いだお金は無駄遣いしない事」

 

 

――― 

 

―――――――――

 

――――――――――――――――

 

「トレイン・ハートネット対ザンギオフ、始め!!」

 

 

 審判に名前を呼ばれ、現実に戻って来る。

 駄目だ駄目だ、言いつけ通りしっかりと相手の動きを見て観察しなくては。

 相手は筋肉100%のパンツ一丁なおじさんか。 ……何と云うか胸毛が凄い、もっさりとかいう次元じゃない。文字で表すならわっさーて感じだ。 わっさー。 駄目だと分かっていてもついつい見てしまう。 

 僕が胸毛を観察しているのに怒ったのかどうかは分からないが、おじさんは熊みたいな雄たけびを上げながら突進して来た。

 何と云うか、今からアームハンマーしまーすみたいなポージングで走って来る。

 フェイントに気を払いつつ両腕の振り下ろし攻撃に合わせて手を添え、力の方向を地面へ受け流す。 ――良し、成功だ。

 

 ……成功したのは良かったが、上手く行きすぎておじさんの手がバキバキになってしまった。何と言うか、ごめんねおじさん。そんな心算ではなかったんだ。本当に。

 周囲の観客とか順番待ちの人もドン引きしてしまった様だ。 …止めて、そんな目で見ないで。

 

 気まずい、早く此処から逃げ出したい。

 その一心で勝ち名乗りの後、僕はエレベーターへ直行した。しなければ良かった。

 

 

 そそくさと入り込んだエレベーターの中には世界レベルの変態が待ち構えていたからだ。 

 

 無情にも閉じられるエレベーターの扉。にやけるピエロ。震える僕。 

 

 原作での主人公の名前を使っておけば、出会いがしらに襲われる確率は減るだろう。

 そう言われてやって来た天空闘技場だが、初日が終わる頃には僕はもうホームシックに罹っていた。

 缶ジュースをチビチビ飲みながら涙を堪える僕(15歳)

 

 本当、何なんですかねあのクレイジーなピエロさんは……。予選の時からやけにねっとりした視線を感じると思っていたら、ピエロさんが何か凄いにやにやしながらエレベーターで待ち構えて居られました。

 興奮するじゃないか・・・♡ とか言いながら尻をガン見された時にはヤバかった。もうよっぽど虎徹でエレベーターをぶった切って逃げようかと思った位である。よく耐えたな自分。偉いぞ自分。 というかさっそく名前バレしているし。 

 

 ……おかしい、あんな変態はブラックキャットの原作には居なかった筈。居ないだけで存在していました、とか? それにしてはキャラが立ちすぎだろ……。

 

 嗚呼、あの修行地獄に帰りたいと思う日が来るなんて夢にも思わなかった。

 

 

 

【Ⅳ】 

 

 セフィリア・アークスは俗に云う転生者である。しかし、彼女は神を見た事は無い。

 物心がついた頃には自分の姿と名前が『誰』のものなのか、前世の記憶を完全に思い出していた。しかし、成長すると共にセフィリアは自分とこの世界の齟齬に気付かされる事になる。

 

 私が前世で読んだ漫画【ブラックキャット】の中のキャラクター【セフィリア・アークス】だと云うのなら、何故この世界は【ハンターハンター】と云う漫画の世界其の物なのか。

 

 食い違う世界と自分。

 幾ら思考しても答えは出ない。 葛藤の末、彼女は決意した。 

 もし同じ境遇の人間が居るなら、会って話してみたい。もしかしたら答えを知っているかも知れない。もしかしたら私の様な転生者が世界の何処かに潜んでいるかも知れない。

 彼らを見つけるにはどうすれば良いか。……簡単な事だ、私がこの世界で知らない人が居ない程に有名になれば良いのだ。

 

 決意した彼女の行動は早かった。

 宝剣として代々アークス家に奉られていたクライストを持ち出し、毎晩毎夜何かに憑りつかれた様に素振りを続ける日々。日中は部屋に籠り、只管念の修業に明け暮れた。

 当然、親兄弟は唐突に変貌した愛娘に困惑する。奇行を止めさせようと幾度と無く説得し、暇が出来れば精神科へ連れて行った。その全てが徒労に終わった事は想像に難くない。

 

 16歳の誕生日。

 彼女は家を出奔し、程なくして後のA級犯罪集団と呼ばれるグループ【星の使徒】を設立した。 

 何故に彼女が原作で自分が所属していた【クロノナンバーズ】を作らず、敵の組織であった【星の使徒】を設立したのか、理由を知る者は誰も居ない。

 

 

 

 ――――そして彼女は、血の海の中、銀髪の少年に出会う。

 

 

 おまけ  原作のハンターサイト風 クリード君の紹介

 

 クリード・ディスケンス 

 

 年齢:不明 性別:男

 

 念能力:詳細不明  武器:刀(数少ない目撃者の報告では飾りで差しているだけとの情報もあり)

 

 A級犯罪集団【星の使徒】の実質的な首領だそうだが、姿・背格好・闘っている所を見た者は殆どいないらしい。 

 目撃者は女子供関係なく皆殺しがコイツ、そして星の使徒のモットーだそうだ。

 メンバーが全員特Aクラスの念能力集団を一人で束ねている所から、その実力は同等かそれ以上と考えるのが妥当だろう。

 半端な腕で挑むのは止めておいた方が賢明だぜ。死体を増やすだけだからな。

 

 数少ない生存者の話では、明らかに刀の届く間合いじゃあ無かった筈なのに、奴さんが剣を振り回した途端、隣にいた仲間の首がいきなりすっ飛んだとか。おっかねえおっかねえ!

 

 これはつい最近だが、かの著名なシングルハンターのT氏はクリードに挑んで返り討ちに合い、両手両足を失ったそうだぜ。可哀想にな。

 

 ……こいつは未確認情報だが、あの天空闘技場に五年程前、何と奴さんらしき人間が在籍していたという噂だ。 

 200階へ登るまでの試合、その全ての対戦相手を惨殺して勝ち進んだとか。降参する相手を執拗に痛めつけながら笑っていたそうだぜ。 

 

 他の星の使徒のメンバーの情報かい?一人に付き一億ジェニー頂くぜ?

 

 ⇒yes no


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