沈黙は金では無い。    作:ありっさ

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9.考え事をする時は、前方を確認してからにした方が良い。

 

【Ⅲ】

 

 

「……では今日から教育実習生という形で、栗井さんには一年の特進クラスで担任のサポートを宜しくお願いします」

 

「了解しました。一ヶ月と云う短い間ですが、お世話になります」

 

 実習生という教わる立場の癖に、初日から朝の職員会議に遅れて突入するという、ゆとり丸出しな行動を取ってしまった僕こと栗井さん。

 

 それをさして咎める事もせず、懇切丁寧に注意点や留意すべき事柄を説明して下さった心の広い校長先生に深々と頭を下げて部屋を後にする。

 何故か校長先生の側に立っていた師匠と共に教室へ。

 ……あれれー? おかしいよね、二人共今日から勤務の筈なのに何この立場の差。

 

 それぞれの受け持ちである教室へ向かいながら、前を歩くセフィリア師匠……じゃない、先生を見る。

 伊達眼鏡を掛けて髪を後ろで括り、パリッと黒スーツを着こなした姿は贔屓目を抜きにしても見惚れる程に格好良いと思う。

 中身がそれを打ち消して御釣りがどばどば溢れ出る位に残念な事を知らなければだが。 ……つくづく勿体ない人だ。

 

「クリード君。……いえ、今は栗井さんでしたか、何か失礼な事を考えていませんか?」

 

「は、はい? まさかそんな事を考えているわけぎゃ、訳が無いでしょう? ……そんな事より彼女ですよ、彼女」

 

 振返った師匠にジト目で睨まれ、背中を冷たい物が伝う。 幸いにも一限の時間が迫っている為か、それ以上の追及は無かった。

 

「キリサキさんですね? やはり《こちら側》の可能性が高いですか?」

 

「ええ、自覚は無いようですがそう考えて間違いないかと。それともう一つ、今朝のトラック事故の件ですが、運転手は念を使われていた可能性が高いと思われます」

 

「念。……意図的に狙われていた、と?」

 

「恐らくは、ですが。一瞬だったので少ししか見えませんでしたが、首筋に棒か針の様な物が刺さっていましたから」

 

「針……ですか」「おや師匠、何か心当たりが?」

 

「ええ、まあ。有ると云えば有りますが、無いと云えば無いですね」

 

 こんな風に歯切れの悪い師匠は珍しい。

 そう思ってじいっと見ていると、師匠はこほんと咳払いしてそっぽを向いてしまった。

 

「『彼』に依頼してまで彼女を狙う理由が思いつかないのが一つ。そして、わざわざ遠路遥々彼女如きに出張って来る三下でも無いというのがもう一つ」

 

 師匠の言う『彼』と云うのが誰かは分からないが、言葉から推測するに殺し屋か始末屋の類だろうか。 そこまで考えた所で予鈴が鳴り響いた。

 

 それでは私はこちらですので。

 カツカツと小気味良くヒールを鳴らし遠ざかって行く師匠を見送り、自分も気持ちを入れ替える。 深呼吸を一つ吐いて笑顔を張り付けた。

 

 

 ……あれ? 結局師匠は何で此処に居るんだっけ? 暇つぶし? あの人の事だからあながち外れてもいない気がする。

 

 

【Ⅳ】

 

 

 両親が、死んだ。

 

 

 イケメンに浮かれる女子と、同時に赴任して来たブロンド美女の話題で盛り上がる男子共でクラス中が持ちきりの昼休み。

 

 私は何時もの様に何時も以上の喧騒を避ける為に屋上に行き、しかし食事をする気にはなれなかった。 ……どうせ何時もと同じ購買のパンだけど。

 ……ショックだった。 ちっとも悲しいという感情が浮かんでこない自分に。

 何時かこんな日が来る事を心の何処かで覚悟していて、その知らせを聞いてからたった数時間でその言葉を受け入れて納得しかけている自分に。

 

 曲がりなりにも血の繋がった肉親にこれだ。幾らここ数年ロクに会話も交わしていないとは言え、ドライにも程があるだろう、私。

 

 警察署に言って話を聞いて来てくれた栗井さん(仮)によると、二人は難病や奇病専門の患者が集う病院の医者をしており、時折死体を譲ってくれと押し掛ける人体収集マニアの変態やら未知の病原菌を求めて脅迫を仕掛けて来るマフィアの対応に四苦八苦していた、らしい。

 そう言われると、確かに二人共お医者さんだった気がしないでも無い。

 

 そういえば、程度の出来事だが、一月ほど前に珍しく家に居た父と母が口汚く口論をしていた事を思い出した。 ……興味が無かったので余り真剣に聞いていなかったが、今になって思い返してみると辻褄が合う。恐らく今回の件について話し合っていたのだろう。

 

 何をする気も起きず、ぼんやりと空を見る。

 ポケットに煙草が有れば吸っていただろうなあ。……吸った事ないけれど。

 

 死にたい、生きるのが面倒臭いと思っている私が生きていて、自らの生を削ってまで人の為に生かそうと尽くし続けた彼らは殺された。何という皮肉か。

 

 ――そう、彼らは医者としての矜持を捨てなかった。脅迫に屈せず、決して譲らなかったのだ。 ……だから、

 

「だから殺された、ですか?」 

 

 後ろを振り返る。 匂いで分かっていたが、またしても彼だ。 朝の件も相まって段々と目の前のイケメンがストーカーに見えてくる。……違うよね?

 てっきり転落防止のフェンスにだらしなく凭れ掛かっていた私を咎めるのかと思ったが、彼は特に何も言わず隣に座った。

 

「すみませんねキリサキさん。一応クラス担当とはいえ、家族の事にずかずかと踏み込んでしまって」

 

 全然そんな事を考えていなさそうな口調と顔で栗井さん(仮)はコンビニの袋から取り出した携帯栄養食をちうちう吸っている。ハムスターみたいで可愛らしいとちょっぴり思った。

 

「良いですよ、気を遣わなくても。……そんな事少しも思っていない癖に」

 

「……キリサキさんは前世って信じますか?」

 

 脈絡の無さに思わず彼の顔を見る。 どうやら冗談を言った訳では無さそうだ。

 

「え~と、何かの宗教の勧誘ですか? それにしては随分と下手くそですけど」

 

 傷心の人間に付け込んで信徒を増やす。 良くTVで聞くやり方だ。

 

「ああ、聞き方が悪かったですね。……うーん、難しいなあ。もし、たらればの話になりますが、キリサキさんは『自分の姿や名前がそっくりそのままなキャラクターが漫画やアニメにされて世に出回っていた記憶』を思い出した事はありますか?」

 

「……ぷっ、何ですかそれ、もしかしてそれを放課後に聞こうとしていたんですか?」

 

 至極真面目な顔のままでそんな事を言うものだから思わず私は笑ってしまった。くすくす笑う私を置いて彼の独白は続く。

 

「僕はね、有るんですよ。そんな奇妙な『記憶』が」

 

「えっ?」

 

 

 

 ――それを思い出した時に僕は殺したんです。 ……両親を、この手でね。

 

 

【Ⅴ】

 

 

 報告が入ったのは一限の終わり際だった。

 担任の教師に急用で抜ける旨を伝え、足早に教室を後にする。 何故か顔を紅く染めていたのが気になるが、今はそれを気にしている場合では無い。

 曲がり角を過ぎた所で丁度巡回していた守衛のおじさん、では無くリンと合流する。

 

「……それで、どうでしたか?」

 

「結論から言うと、黒ですね。 脅しを掛けていたマフィアからゾルディックに依頼が入っています。……残念ながらキリサキさんの御両親は既に殺されてしまっていると考えた方が良いかと」

 

「ふむ……まず其処が分かりませんね、彼女の両親を狙うだけならば自分達で行えば良いだけの話だと思うのです。わざわざ大金を積んでゾルディックに依頼する意図が見えて来ません。腐ってもマフィアなのでしょう?」

 

 そう、其処が今回の件で一番の疑問だ。何故にたかが一般人の殺しを殺し屋、しかも超A級に位置するゾルディックに依頼するのか。

 暫くうんうん唸っていると、リンが一枚の写真を差し出した。 写真の中では、華やかなドレスに身を包んだ令嬢がにこやかに笑っている。

 私はその人物を見た事が有った。

 

「ネオン・ノストラード……!!」

 

「おや、御存知でしたか。流石はセフィリアさん、と言っておくべきですかね? ……その通り、その娘の名前はネオン・ノストラード。今回キリサキ家に脅しを掛けているマフィアのボス、ライト・ノストラード。その一人娘です」

 

 ライト・ノストラード。 その名前は微かにだが覚えていた。

 【ハンターハンター】の原作にて100発100中の的中率を誇る娘の占いを武器に裏社会をのし上がろうとしていたマフィア。そして、娘の趣味は確か。

 

「人体収集、ですか。成程、少し見えてきましたね」

 

 妙齢のおじさんの顔をしたリンが笑った。 毎回の事だがリンの変装技術には驚かされる。 前情報が無ければ私でも見抜けないレベルとは。

 

「そこまで知っているなら話が早い。キリサキさんの御両親は難病・奇病の高名な専門医だそうですから、希少な『物』を求めたネオン・ノストラードと、その願いを叶えようとした父親が今回の騒動を引き起こした、という事でしょう」

 

 拒否し続けたキリサキさんの両親に痺れを切らし、遂にノストラードが強行手段に出たという事か。 ……娘まで殺そうとするのは些か腑に落ちないが。

 

「成程、後は彼らがゾルディックに依頼した理由が分かれば良いのですが。……いっその事、ゾルディックに直接聞いてみると云うのも手かも知れませんね」

 

「あはは、セフィリアさんなら本当にやりそうですね。本当、怖い人だ。……っと、呼び出しが掛かっちゃいましたか。 では僕は引き続き情報収集に戻ります、キリサキさんの警護は大丈夫ですか? ……ああ、そうか。クリードさんが同じクラスでしたね」

 

 手を振りながら巡回に戻って行くリンを見送った後、私は携帯を取り出した。

 打てる手は直ぐ打つ、手遅れになる前に。

 

 

【Ⅵ】

 

 

「……ほう、これは美味ですね。抹茶味が至高なのは変わりませんが、このクリームチーズ味も中々です」

 

「でしょでしょ? まあ私は生チョコストロベリーが一番ですけど」

 

「おやキリサキさん、それは聞き捨てなりませんね。抹茶が至高なのは全世界共通の見解の筈です」

 

「はい? 先生こそ勝手に抹茶を一番にしないで下さいよ、ストロベリーが一番で決まりなのは遥か昔から決定済みで覆りようの無い事実なんですから」

 

 放課後、夕日が差し始めた通学路。

 スーツを来た女性と制服を着た高校生の二人組が歩いて行く。 買い食いをしつつ、他愛も無い議論を交わしながら歩く二人は、髪の色を見なければ歳の離れた姉妹にも見える。

 

「それでね、あの栗井先生が超真面目な顔して言うんですよ――私は殺したって! もう何かリアクションに困っちゃって……先生?」

 

 一転して厳しい顔になり、その場に立ち止まってしまったスーツの女性、セフィリアを訝しげにキョウコは見る。

 

「……キリサキさん、動かないで」

 

「はい? いきなりどうしたんですか先生?」

 

 キョウコを手で制したセフィリアが前方を鋭い眼で睨みつけた。 アイスの詰まった大福をもぐもぐしながら。

 

「……そこに隠れている者、出て来なさい」

 

 暫くの無音の後、観念したのかぬるりと電柱の陰から姿を現したのは長身の男だった。

 男はおおよそ感情と呼べる物が全て抜け落ちたかの様に希薄な顔をしていた。ジャポン風に例えるならば能面の様な、と例えるべきだろうか。

 

「……ああ、もう。一般人に何でそんな大層な護衛が付いているかなあ。学校は【円】で警戒されてるし、変なやつもうろちょろしているし。本当、こんな面倒くさい仕事は殺し屋やっていて初めてだよ」

 

 心底面倒臭そうに、しかし、感情の籠もっていない声色でそう吐き捨てた男だが、このまま何もせずに大人しく帰るつもりは無い様だった。

 男から放たれる氷の如き冷たい視線、そして、殺し屋という単語にキョウコの身体が意思を無視して震え、恐怖で視界が揺れる。

 

「大丈夫ですよキョウコ、私の後ろへ下がっていなさい」

 

 今までに経験した事の無いであろう濃密な殺気に当てられ、震えるばかりのキョウコを半ば抱きかかえる様にして自分の背後へ押しやったセフィリアが油断なく構えた。……雪○大福の棒を。

 

 次の瞬間、幾つかの風切り音と共に男の手から何かが飛来する。しかし、それらは全てセフィリアが手にした雪見○福の棒に弾かれ、標的を捕える事無く傍らに乾いた音を立てて転がった。

 

「うわ、弾かれた。何か屈辱なんだけど」

 

「ふん、貴方程度ならこれで十分です」

 

 そう吐き捨てたセフィリアだが、内心ではこの状況をどう切り抜けるか頭をフル回転させていた。冷や汗が背を伝う。

(私一人なら何とでもなるが、この子を護りながらとなると少しばかり厳しいか……!)

 

 クライストが有ればまた話は別だが、タイミングが悪い事は重なる物である。 愛剣は今朝方にジャポンで高名な研ぎ師の元を訪ね、渡して来たばかりだった。

 その為に、今セフィリアの元には代刀として渡された匕首しか無い。

 

 それでも棒よりは幾分かマシだろう。 そう考え懐へ手を伸ばしたが、ほんの少しばかり遅かった。

 

「うーん……。ちょっと勿体ないけど、ムカついたからこれで殺すね」

 

 言葉と共に四方八方に針が飛散し、周囲を歩いていた人々、三人を遠巻きに見ていた人々に容赦なく突き刺さる。

 次の瞬間、哀れな被害者達から一斉にドス黒い波動が立ち上り、彼らはイルミ・ゾルディックの操り人形と化した。――永遠に。

 

 そして、自らの意思を失った人々の群れが容赦なく二人を取り囲む。

 

「くっ、無関係な人々を巻き込むとは卑劣な……!」

 

「あーはいはい。卑劣でも何でも良いからさ、早く死んでよ」

 

 そして、四方八方から傀儡人形は襲い掛かり――――。

 

「万事休す、ですか……!!」

 

「きゃああああああああ!!」

 

 

 ――――――吹き飛ばされた。

 

 

「……全く、大の大人が女性二人に寄って集って乱暴を働くのは感心しませんね」

 

 キョウコは見た。足が竦んで動けない自分を庇う様に抱きしめてくれたセフィリア先生。その手前に現れた男を。

 

 仄かに香る柑橘系の香水、夕日に透ける銀の髪。

 

「く、栗井先生!?」

 

「はい、栗井ですよ。良く頑張りましたね、キョウコさん」

 

 

 

 クリード・ディスケンスは其処に居た。

 




繋ぎ回。
次回こそ格好いいセフィリア姉さんを書きたい。(書けるとは言っていない)

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