暗闇の中颯爽と屋根づたいに走る影。しかし彼の姿はマスターである衛宮生嗣以外の誰にも見えない。
何故ならば彼の気配遮断のランクはA+。
攻撃態勢に移らない限り、殆どのサーヴァントに彼の気配を察知することは出来ないだろう。
「(魔術師殿には、何か異変や戦闘があったら教えてくれと頼まれましたが、中々簡単には見付けることが出来ませんな。しかしまだ時刻は日にちが変わってすぐ。このハサンめは異変を必ずや見付けますぞ、魔術師殿)」
彼は新町まで来て、気付いたことがあった。それは町の人気がないこと。聖杯戦争中だからかもしれないが、それにしても人気は無さすぎる。もしやこれは何かが起こる前兆なのかもしれない――――――。
「きゃーーーーーーーーーー!!!!!」
その叫び声が聞こえたときには既に彼は、アサシンは全力で走っていた。
彼のマスターの方針は、出来るだけ被害を出さず聖杯戦争を終わらせること。今の悲鳴の主がまだ生きている可能性が僅かでもあるなら助けに行かなくてはならない。彼は走りながら考える。今のはサーヴァントの仕業なのか、マスターの仕業なのか。それとも、どちらでもないのか。
そして彼がその公園に着いたとき、既に戦いは始まっていた。
ライダーとランサー。
見るからに優勢なのはランサーだ。
ライダーが操る鎖と短剣の攻撃は全てランサーの赤い槍に弾かれ、ランサーが放つ攻撃をライダーは捌ききれずにおり、時折槍が彼女の体に擦っていく。
それによるダメージは微々たるものだが、その積み重ねは決定的な差がつく要因となる。
「さっさと決めちゃってよライダー。
爺さんの言い付けは守ったんだ、サーヴァントの一つや二つ、始末するぐらい不可抗力さ!」
ライダーのマスターと思われる少年がそんなことを命じるが、それは失策だ。
明らかに自分のサーヴァントが相手のサーヴァントより弱く、そしてどちらとも遠距離からの攻撃が出来ず、真っ正面で戦っている場合はサーヴァントの切り札たる宝具を使うか、逃げるか、それとも第三者の登場を待つか、その3つしか選択肢はない。
今の場合は宝具を使うか、それとも持久戦をするかのどちらかだろう。宝具は言わずもがなだし、持久戦をすれば、もしかしたら第三者が助けてくれるかもしれないし、相手が慢心して手を抜くかもしれない。
その時こそが狙い目なのだが。
―――黒い影の速度が速まる。
黒いサーヴァント――――――ライダーは主の命に従いランサーの首を刈らんと加速し、
一撃のもとに、心臓を突き刺された。
勝負はすぐに着いた。ランサーの槍はライダーの体を突き刺し、その後足蹴にされその勢いでライダーは成す術もなく、吹き飛ばされた。
「………………え?」
空気が変わる。
ワカメみたいな髪をした少年は呆然と傷ついたライダーを見つめ、
「―――――嘘だろ」
ランサーはその少年に対して、
「そこに転がってるライダーは良く頑張ったと思うぜ?
今のは坊主の判断ミスだ。ライダーじゃ俺には勝てねぇ。そこんとこを見極められたらもう少しいい結果を出せたかもな」
ランサーは倒れているライダーに引導を渡すべく、彼女に近づく。
「この、さっさと立って戦え死人……! どうせ生きていないんだ、傷なんてどうでもいいだろう!? ああもう何グズグズしてるんだよこのグズ……! 恥かかせやがって、これじゃ僕の方が弱いみたいじゃないか!」
ライダーを罵倒する少年。
それを見かねたのか、ランサーは忠告する。
「今の俺の声が聞こえなかったのかね。テメエのサーヴァントが俺にやられたのはテメエの判断が間違えていたせいだ。だからいつまでもそんな醜態をさらすな。それでも男か、お前は」
「う、うるさい! 化け物が偉そうに僕に説教するな!
立て、動けよライダー! どうせ死ぬんならこいつを道連れにして消えやがれ……!」
マスターの命令にライダーが反応する。
―――死を前提とした命令に、ライダーの体が動く。
そこへ、第三者が介入した。
「そこまでだ。どうやらお前では宝の持ち腐れだったようじゃな、慎二」
しわがれた、老人の声が割って入った。
「え?」
ぼう、という音。
「え、え………!? 本、本が燃える……!」
少年の持つ本が燃えていく。
「なんで……!? くそ、消えろ、消えろってば、なんで燃えてんだよコイツ!?」
必死に炎をはたくが間に合わない。
本は跡形もなく焼失し、同時にライダーの姿も跡形もなく消え去った。
「……やれやれ。見込みはないと思っておったが、よもやこれ程とはな。孫可愛さで目をかけてやったが、これでは見切らざるを得ぬわ」
今までどこに潜んでいたのか。
老人は夜の闇から滲み出るように現れていた。
「お、お爺、さま? 今のは、まさか」
「ワシ以外に誰がおるのだ馬鹿者。折角のサーヴァントを殺しかけおって。それでも我が血脈の後継者か」
「……! な、ならなんで邪魔したんだよ! 勝てばいいんだろ勝てば! 僕は間桐の後継ぎなんだ、こんな奴に負けるなんて許されないって判ってたのに……!」
少年は縋るように老人に駆け寄る。
ライダーを失い、ランサーに狙われている彼には、あの老人しか頼るものがいないのだろう。
だが。
「……痴れ者め。おまえのような出来損ないに勝利など求めておらぬわ。その身に求めたモノはな、無力でありながらも挑む我らの誇りじゃ。
にも関わらずこの体たらく。
「な――――僕が、親父と同じ、だと―――」
「たわけ、それ以下じゃ。無能であったおぬしの父は、更に救いのない不良品を産みおった。
……それでも構わぬと一縷の望みを抱いておったが、それもここまで。血筋ばかりか精神まで腐らせおって。
間桐の血は、おまえで終わりだ」
老人は少年を無視して歩きだす。
……老人に不吉なものを感じたのか、ランサーは僅かに後退り、槍を構える。
「さて、となるとワシは死ななくてはなるまい。あのようなモノでも血縁でな、この身に代えても命だけは救わねばならん。カカ、全く肉親の情とは命とりよ」
意外なことに、老人が前に出たのはあの少年を逃がすためらしい。あの老人から感じたモノではそのようなことをする人には思えなかったが。
「そら、早々に立ち去れい。契約の書も燃え、マスターではなくなったのだ。ここを生き延びればこやつもお主を襲うまい。父親同様、無意味な余生を送るがよい」
「っ――――――」
老人を睨みながら、ランサーの目から逃れていく。
「――――――」
ランサーは追わない。
マスターではなくなったヤツを追う必要はない、と思ったのか、はたまた老人の方を危険視したのか。
少年は這ったまま離れていく。
そうして公園の出口までたどり着き、一度だけ振り返って、狂ったように走り去った。
「ほ、みすみす見逃したか。……なるほどなるほど、あのような小物を手にかけたところで槍が汚れるだけの話であったな」
「……………」
ランサーは老人と対峙したまま動かない。
「して、ランサーのサーヴァントよ。慎二が敗れ、此度の戦いは早々にして我々の敗北となったが、それでも斬るかね?」
ランサーは少し眼を瞑ったあと、
「ああ。その話が本当ならって、言うと思ったか?」
「なに?」
次の瞬間、間桐臓硯の体を槍が脇腹から脇の下辺りにかけて真っ二つに切り裂いた。
「ぬ―――――」
ずるり、と臓硯の上半身が地に落ちる。
「ぬ、う、なん、と―――――――」
ずるずるという音。
腰から下がらなくなった老人は、内臓と血液、それ以外の何か異質なモノを零しながら、それでもまだ生きていた。
生きて、両手だけで体を動かし、ランサーから逃れようと地面を這う。
「じゃあな、魔術師。これで詰めだ」
ランサーは
「これで死んだとは思うが、この手のヤツは何度でも甦るのに定評があるからどうだろうな」
と言って、ランサーはその場から離れた。
後に残ったのは燃える公園と倒れている女性。
アサシンはこれらをどうするかを考え、放っておくことにした。何故なら燃える公園をアサシンはどうにも出来ないし、女性を助けるということは自分の姿をさらけ出すということだ。それは『余程のことがない限り、常に霊体化して決して他者に姿を見せないこと』というマスターの考えに反する。
そしてアサシンは衛宮邸に戻っていった。
☆―☆―☆
――2月6日
今の俺は少し不機嫌だ。
いくら衛宮邸の朝は早いといっても、
「午前2時に起こすのはどうかと思うぞ、アサシン」
「申し訳ございません。ですが、是非魔術師殿の耳に入れておきたい情報がありまして」
「ほーん。で、その情報って何なんだ?」
「はっ、それはかくかくしかじか」
「四角いムーブ。確かにその情報はとても重要だな」
「で、これからの方針はどうしますか? 魔術師殿」
「遠坂が賛成してくれなければダメな方針なんだけど、一応話した方がいいか? いいよな、じゃあ話す」
ゴニョゴニョと、アサシンに耳打ちする。
「承知しました。では早速今から」
「だめだ。アサシン、夜まで休んでおけ」
「……ではお言葉に甘えて」
そして俺はもう一度眠ろうと、一晩中悪戦苦闘するのであった。
気づけば朝食を食べていた。
い、いや全く理解を超えたことが起こったから、あ、ありのまま、今起こったことを話すぜ!
「おれは頑張って睡眠しようと思っていたらいつの間にか朝食を食べていた」
な……何を言っているのかわからねーと思うが、俺も何がどうなったのか分からなかった……。
頭がどうにかなりそうだった……。
魅惑の魔眼とか固有時制御どころの話じゃねえ………。もっと恐ろしいモノの片鱗を味わったぜ……。
「なあ、生嗣。さっきから何ぶつぶつ言ってるんだ?」
「い、いや! なんでもないぞ!」
「なんか今日の生嗣って変よねー。さっきからぶつぶつ何かいってたけど、いったいなにかしらね?」
うげっ! まさかさっきの聞かれてた!?
「そ、そうか!? いつも通りだと思うぞ!?」
「なにかなー、その慌てっぷりは」
不味い、藤ねえがにやけ顔になっている。
一刻も早く話題を変えなければ……!
「そ、そういえば食べ終わったことだし、ニュース見ない? ニュース。もしかしたら何かあったかもしれないし」
「……うむ、まあこのくらいでいいでしょう。何がチャチなものなのかスッゴく気になるけどな、わたし」
と言って、藤ねえはテレビをつける。
耳に入って来たのは、
『――――深夜、冬木市の公園で火災が起こりましたが、今朝未明に消火活動が終了しました。死者は一名で、負傷者はいませんでした。原因は未だにわかっておらず、現在も調査中です。――――――』
「え? 新都の公園で火事? うわー、被害者が一人で済んでいるのが不幸中の幸いだけど、その人可哀想だなー」
その一人に聖杯戦争のことがバレたから、間桐臓硯を殺すついでにその人も殺したって所かね。
何も殺さなくてもいいだろうに。俺だったら取り敢えず教会に運ぶけどな。あそこは聖杯戦争の隠匿を担当してるから、マズイ部分の記憶の消去だけに留めてくれるだろうし。
「――――で、生嗣は今日は学校に行くの?」
「ん、今日は行く。別段緊急の用事もないし」
「そう、ならいいわ。別に学校がイヤってわけじゃないのよね?」
「……? 別に学校はイヤじゃないけど、なぜに?」
「生嗣って学校ではいつも一人じゃない。友達も見た感じではいないっぽいし。だからつまんないのかなって」
「失礼な。友達の一人や二人ならいるぞ」
「一人とか二人しかいないってことじゃない。あのね、もっと友達たくさん作った方がいいわよ? じゃないと下手したら、将来独りぼっちになる可能性もあるんだから」
まったく、もう。と、呆れている藤ねえ。
だがそれはやむを得ないことなのだ。こっちの世界で思い出や友達を作れば作るほど、もといた世界の記憶が薄れていってしまう。
だから、友達は作らない。
…………断じて、決して、本当に、友達を作れないという訳ではないのである。
昼休みになり、クラスは騒々しくなる。特にクラスの男子どもが騒がしいのだが、俺にはたぶん関係ないことなので、気にせず手を洗いに廊下に出る。
ウチのクラスの前に遠坂がいるが、誰かを待っているのだろうか?
「おい遠坂、誰かを待っているのか?」
「べ、べつに誰も待ってなんかいないわよ。ここに来たのはただ通りすがっただけで、誰かを待っているわけじゃないんだからね!」
「ふーん。遠坂、いま時間空いてる?」
「ええ。空いてるけど、何か用なの?」
「どこかで今後の作戦会議しない? ……いやならべつにいいけど」
「勿論いいわよ。じゃあわたしがいい場所知っているから付いてきなさい」
いい場所ってどこなんだろう?
きっと、あの遠坂がいい場所というからにはそれはとてもいい場所に違いない。
しかし、学校にあるいい場所といえば、あそこしかない。だが今の時期、あの場所はとても寒い。
寒いからそこへとは行かないのでほしいのだが。
「寒い」
そんな俺の期待を見事に裏切り、いい場所とは屋上だった。冬以外はいいのだが、冬に屋上で食べるのは勘弁してほしい。
「寒い」
こんな場所をよくも選びやがったなコノヤロウ、という思いを視線に込めて、遠坂をジッと見つめる。
「な、なによ。男の子でしょ、このくらい我慢しなさい」
一応、視線に込めた感情は理解してくれたらしい。しかし場所の変更をする気はないらしい。
……でも確かにここなら人目にもつかないし、作戦会議になら
Q、何故人目につかないか?
A、冬の屋上は凍えるため、普通の人は寄り付かないから。
「衛宮くん、こっち。ここなら風もこないし、人目にもつかないわ」
遠坂は俺と目を合わせる気がないのか、そそくさと移動する。
そしてお互い移動したあと、昼食を食べ始める。
昼食を食べ終わり、昼休みが終わるまであと数分。このままでは話が進まないため、話しかけることにした。
「なあ、遠坂」
「ちょっと、いい?」
声がハモる。
ついでに学校に来てから合わなかった目線がバッチリ合った。
まさか同時に話しかけるとは思っていなかったため、驚いて声が出なくなった。
「―――――――」
「―――――――」
そして沈黙。
昼休みの終わりが刻々と近づいてくる。
こっちから誘っておいてこのままお開きというのは自分にとっては良くないので、
「実は取って置きの情報があるんだけど」
と、切り出してみた。
たぶんこれで沈黙が無くなるはず。
「? そんなにすごい情報なの?」
昼休み終了のチャイムがなる。
「じゃあ遠坂、この話の続きは放課後にしよう」
俺はともかく、学校で優等生のネコかぶりをしている遠坂は五時間目の授業に出ないのはマズイだろう。
ということで、そう勧めたのだが。
「一つぐらいサボっても平気でしょ? 早く続きを話しなさいよ」
「……本当にいいのか?」
「だからいいって言ってるじゃない。ほら、さっさと話しちゃいなさいよ」
「ああ、わかった。期待しないで聞いてくれ。かくかくしかじかなことが昨日起こった」
「へぇ、要するにランサーとライダーが戦った後に間桐臓硯が現れて、ソイツをランサーが燃やして、そこの公園の火災が朝のニュースになったっていうわけ」
「まあ、かいつまんで言うとそんな感じだな。その後ライダーが本当に消滅したのかはわからないけど、間桐臓硯の情報はけっこう重要だと思うぞ。
あの老人のことをよく知ってる人って誰だろうな?」
「ライダーはまだ消滅していないわ。だってまだ結界の起点が残っているもの。それより、そんなにその老人の情報が重要なの?」
「いや、俺の直感的にあの老人が危険な感じがする」
「ふーん、でもソイツはランサーに燃やされて死んだんじゃないの? 確かにアサシンは間桐臓硯が燃えて塵になったところを見たのよね?」
「ああ。それは間違いないんだが、ランサーが気になることを言っていてな。彼曰く、『これで死んだとは思うが、この手のヤツは甦ることに定評があるからどうだろうな』だそうだ。もしかしたらヤツはまだ死んでなくて、復活の機を待っているのかもしれない」
「そんな笑えない冗談は止めてよね。殺したと思ったら第二、第三の間桐臓硯が――――とか、本当にイヤだからね。
あと、ソイツのことを知ってる人はわたしのが知る限りあのエセ神父しかいないわ。アイツは前回の聖杯戦争の参加者で、今回は監督役をやってる。ってことは、おそらく間桐臓硯のことも知ってるんじゃないかな」
「だといいんだが。じゃあ早速放課後に教会に行くから、そのこと藤ねえに伝えておいてくれ。
何も報せずに遅くなったから竹刀百回叩きとか絶対イヤだからな」
すると、何故か遠坂はニヤッと笑う。
そんなに面白いこと俺は言っただろうか?
「なあ、遠坂。そんなに面白いこと言ったか?」
「ううん。実は綺礼に言付けされていてね。商店町の泰山で待ってるらしいわ。だからわざわざ教会に行く必要はないわよ」
「ふーん、それはありがたい。けど、泰山で待ち合わせっていうのはいただけないな」
「あれ? 貴方麻婆豆腐好きじゃなかったっけ?」
「麻婆豆腐は好きだが、あそこの麻婆豆腐は苦手だ。辛すぎる」
「へー、そうなんだ。でもだったら他のメニューを頼めばいいだけの話じゃない」
「いや、それはダメだ。なんかあの神父に負けた気がする。いつか俺はとんでもない辛さの麻婆豆腐を食べてあの神父に悔し涙を流させるって目標がある。それを達成するまで俺はあの店で麻婆豆腐とご飯以外は食べない」
五時間目終了のチャイムがなる。
「遠坂、今後の方針はどうする?」
「まず、ライダーを見つけ次第倒す。あと、バーサーカーを倒すにはどうすればいいか明日の昼休みまでに考えてくるように」
「わかった。じゃあ教室に戻ろうぜ」
「ええ。授業をサボった後だから決まりが悪いけどね」
「それは仕方ない。授業を休むってことはそういうことだ」
「そうね。じゃあ、またね」
「ん。またな」
教室に入り自分の席に座る。周りからジロジロと見られているが、それは仕方のないことだ。
なにせ俺は授業をボイコットしたし、その上ミス☆パーフェクトと呼ばれている遠坂凛と一緒にいたのだ。注目を集めてしまうのも必然だろう。
今日、慎二が休んでて良かったと思う。何故ならば、遠坂が俺と一緒にいるのを彼は気にくわないらしいからだ。
☆―☆―☆
放課後になり、中華料理屋泰山へ向かう。彼が間桐臓硯のことを知っていなかったら無駄足になるな、と思わず苦笑してしまう。
何故俺がまだ会ったことのない彼――――間桐臓硯の名前を知っているかというと、答えは簡単。アサシンにいろいろ調べてもらったからである。
アサシンには本当によく働いてもらった。
ありがとう、アサシン。
今後、結構死ぬかもしれない仕事をしてもらおうと思うけど、大丈夫。君のことは少なくとも十年間は忘れないだろう。
泰山に着いた。
中に入る。
「む? 来たか衛宮。時間があったのでな、先に食事を進めていた」
なんか、神父がまた麻婆食ってる。
「―――――――」
言葉がない。確かに彼が麻婆を食べているのはいつも通りだが、たまには他のメニューも頼まないのだろうか? 頼んでくれないと、こっちには変な意地があるからこの店で麻婆豆腐以外を頼めないんだが。
「どうした、立っていては話にならんだろう。座ったらどうだ」
食べながら神父は言う。
そう言われたので、神父の対面側に座る。
「――――――――」
「――――――――」
言峰神父はいつもの重苦しい目で俺を眺めた。
「食うか―――――?」
「食わん―――――!」
さっきお昼食べたばっかだし、麻婆豆腐は遠慮しておこう。
「では早速本題に入るとしよう。お前はこの数日間、何を体験したか教えてくれ。教えてくれたら私もお前が知りたいことを話そう」
「わかった。だけどそれには条件がある。お前はマスターではないんだな?」
「―――――ああ、私は監督役だ。監督役がマスターなわけないだろう。何故それを聞く?」
「……ふん。アンタは何を仕出かすかわからないからな?」
「心配するな、私は監督役に徹する。その一環として、今回の聖杯戦争で何があったのかをお前から聞きたい」
「そうか、なら話そう」
話は二十分程度で終わった。まだ聖杯戦争は始まって数日だし、話すこともあまりないのである。
「じゃあ、今度は俺の番だ。間桐臓硯について知っていることを話してほしい」
「ふむ。簡単に言えばあの老人は人の血を啜る妖怪だ。間桐の魔術は吸収でな。六代前の魔術師であった間桐臓硯は際立った虫使いだったと聞く」
「? 虫使いって、どういう魔術だ?」
「読んで字の如く、虫を使い魔にして使役する魔術だ。そしてあの妖怪は人の血を吸うことで若さを保ち、肉体を変貌させ、数百年を生き抜いたというが、さて。
凛の父親の話ではすでに死に体、白日の下には出られないという事だったが」
「……日の下には出られない? それってまるで吸血鬼だな」
「ふん。アレは吸血鬼というよりかは吸血虫だよ。性質も、性格も、陰湿な
一言で切って捨てる。
この神父はあの老人を本気で嫌っているらしい。
「数百年も生きてるってことは、あの老人がマスターになったこともあったのか?」
「いや、間桐臓硯がマスターだったことはない。ヤツは間桐家の相談役のようなものだが――――なにぶん数百年も生きた妖怪だ。なにか、私たちが知らない方法でマスターになる、という策を凝らしたのかもしれん」
「ヤツはまだ生きていると思うか?」
「簡単には死なないゴキブリのようなヤツだが、暫くはヤツのことは気にしなくても良いと思う。もし生きていても、肉体の再生にはそれなりの時間がかかるはずだからな」
「そうか、ならいい」
なら安心して今後の方針を決めることが出来る。
「話はこれで終了ということでいいか?」
席を立つ。これ以上ここにいたら麻婆豆腐を食べさせられそうだ。
「ふむ。お前がいいというのならな。だが、一つ忠告しておこう。今回の聖杯戦争はどこかおかしい。まだ小さな違和感だが、後々大きな災厄になるかもしれん。それがわかったら早めに潰しておくことだ」
「……そうか」
扉を開ける。それと同時に後ろで、
「アイ、マーボードーフ一人前おまたせアルー」
という声が聞こえた。
危ないところだった。あそこで話を切り上げなければ麻婆豆腐を食べさせられていただろう。
時刻は午後4時半。早く家に帰って神父から聞いたことを伝えなければ。
☆―☆―☆
「ほら、見てよこの料理! なんと遠坂さんは、長らく不在だった普通の中華料理を出来る人だったのだ~!」
時刻は午後7時。遠坂やセイバー、アサシンに神父から聞いたことを伝えた後、なんやかんやあって、遠坂が今日の夕食を作ることになり、今ここに至る。
因みにテーブルには4つの大皿が置かれている。そしてその内容は、かに玉に、青椒牛肉絲、肉野菜炒め、最後に皿一杯のシューマイ軍団と、こっちの世界に来てからは全然食べなかった料理が並ぶ。それに、口直し程度のサラダが少し。
だが。藤ねえに一つ言っておきたいことがある。
「いや、俺も中華料理作れるぞ。麻婆豆腐とか」
「生嗣は麻婆豆腐『しか』作れないじゃない。あれはダメよ、辛すぎて喉が痛くなるもん」
「そうかな、泰山の麻婆豆腐よりはかなり辛さ控えめにしてあるんだけど」
「……前々から思っていたけど。生嗣って味覚変じゃないか? 泰山の麻婆豆腐を一皿完食出来るなんて、普通無理だぞ」
「士郎、お前は泰山の麻婆豆腐を食べたことがないからそう言うんだ。いっぺん食べてみなって。ご飯があれば余裕で食べきれるから」
「そうです士郎。何事もまずは試してみなければ判りません。しかし、いきなり泰山へ行くというのは士郎にとっては苦痛だと思うので、生嗣の麻婆豆腐甘口から試してみたらどうでしょう。
そうしたら貴方も麻婆豆腐が好きになるに違いありません」
「昨朝食べた麻婆豆腐はどのくらいの辛さなんだ?」
「中辛」
「…………わかった。じゃあいつか食べよう」
「ねえ。さっきから麻婆豆腐の話ばっかりしてるけど、早く食べない? 中華料理って冷めると犯罪的にまずいんだから」
遠坂は自分の作った食事が冷める前に食べて欲しいのか、一度会話を打ち切った。
全員がいただきます、とお辞儀して料理を口にした。
「…………むむっ」
結構美味しい。久しぶりに麻婆豆腐以外の本格中華を食べたせいもあると思うが、並べられた料理はどれもかなり美味しかった。
「うわ、すごいすごい! こんなにごはんをおいしくさせる料理は久しぶりだよぅ。うん、遠坂さんに百点をあげましょう!」
「ありがとうございます。先生のように素直に感想を言ってもらえると、わたしも嬉しいです」
「ああ、俺もこんなに中華がおいしいとは思わなかった。“中華料理はどれも味が一緒だろう”っていうのが偏見だったことに気付かされるほど旨い」
「凛。特にこの“かに玉”という料理が美味しい。また機会があったら作ってください」
「士郎とセイバーも感想ありがと。ふふ、こんなに褒められるとは思っていなかったな。でも、約一名感想を言っていない人がいるけど、その人はこの料理を食べてどう思っているのかしら?」
「結構美味しいと思うぞ。遠坂がこんなに料理が上手くてビックリした。でも一つ改善点を挙げるとすれば、かに玉の餡をもっと作ってたくさんかけた方がいい。何故なら、その方がジューシーに仕上がるからだ」
「嬉しい感想ありがとう。……そっか、もっと餡を多めにした方がいいのか」
遠坂は何やらぶつぶつと一人言を言い出した。余計なことを言ったかも知れん。
夕食を食べ終わり、洗い物をし、自分の部屋に戻る。
「アサシン、頼みたいことがある」
「なんでしょうか、魔術師殿」
「今日の夜から教会の前で見張りをしてほしい。あの神父はもしかしたらサーヴァントを保有しているかもしれない」
「その根拠は?」
「泰山で彼と話し合いをしたとき、そういう節があった。言峰神父はサーヴァント、即ち現時点で唯一マスターが判明していない、ランサーを保有していると考えていい。これは確定していると思っていいと思う」
「ランサーを見つけたらどうすれば?」
「ランサーだった場合襲うのは止めた方がいい。アサシンにとってはランサーは相性が悪い。それ以外だった場合は第4次聖杯戦争で召喚されたサーヴァントということだ。俺としては、ランサーより前回のサーヴァントの方が好ましい。なぜなら、そのサーヴァントは十年間この世に留まっているからで、そうすると魔力の消耗をかなりしているはずだ。
まあ要するに、同盟相手のアーチャーと、危険なバーサーカーと、ランサー以外だったら戦っていい。
後、その時戦うかどうかの判断はアサシンに任せる」
「了解しました、魔術師殿。しかし前回から残っているサーヴァントなどいるのでしょうか?」
「ま、いないと思うがな。言ってみただけだ」
「では、早速教会の方に行ってきますぞ」
「バレないように行ってらっしゃい」
アサシンにも指示をしたし、今日はもう寝るか。
……バーサーカーについての情報が、体がデカくて巨大な岩のような剣を持っている、しかないのは困ったな。