二、ライダーは、俺一人で倒す。
「ライダーは、俺一人で倒す」
おっ、口に出したら何だかイケる気がしてきた。相手はサーヴァントとは言え、マスターがワカメだし、それにライダーはランサーにすぐ負けたからな。マスターがワカメなせいだとは思うが。
「ええっ、ちょ、なにわけのわかんないこと言ってるのよ!?」
「落ち着け遠坂、相手はサーヴァントとは言え所詮ライダーだ。あの慎二がマスターのライダーだぞ。何とかなるって」
いざとなったらマスターを狙えばいいし。固有時制御で身体の動きを倍速させて殴れば勝つる!
「……コイツ頭がおかしくなったのかしら。まあいいわ、一人でライダーを倒す、と言ったわね」
無言で肯定する。いざとなったらマスターの慎二を撃って殴れば勝利は確実だろう。
「じゃあ貴方が死にそうになったら助けてあげるから、それまでは一人で頑張って頂戴ね」
「よし、勝ったぞ遠坂。この戦い、我々の勝利だ!」
向き合ってからの勝利宣言、そして宣言をしながらのガッツポーズも忘れない。
大丈夫かこいつ、といった眼で見られるが心配は要らない。魔力も体力も気力も十分な俺を殺せるサーヴァントは山ほどいるだろうが、一瞬で殺せるのは凄腕のアサシンか超強力なサーヴァントかそれこそ『人類種の天敵』的なやつだけだろう。
「任せとけ」
体を『強化』してから、スイッチを切り替えるために深呼吸して心身ともに万全の状態とする。
……ああ、そういや遠坂に是非とも頼みたいことがあった。
「この戦いが終わったらさ、士郎のこと頼んだ」
「…………は?」
勝利したとしても敗北したとしても、俺はこの世界から消える。別段俺一人が消えたからといって、アイツが『正義の味方』を目指して日々猛進することは変わらないだろう。けれど、何となくだが、アイツを一人にさせるわけにはいけない、そんな気が衛宮士郎を見ているとするのだ。
――――遠坂凛が衛宮士郎を監視、いや見守っていればアイツは安泰だろう―――――。
ふと、遠坂と士郎の二人を見ていたらそんな天啓のような閃きがあった。
「伝えられて良かった」
責任を押しつけてしまうことになるが、そこは勘弁してほしい。だって俺は、この世界のヒトではないのだから――――――――。
「……そんなこと言わないでよ、それじゃ、あなた本当に―――――」
階段を降りている最中、そんな、涙を必死に堪えているような掠れ声が聞こえた。
☆ ☆ ☆
―――そっか、先輩は姉さんを選んだんだ。
先輩の兄弟分である生嗣先輩と、姉妹だった遠坂先輩から衛宮邸から出ていくように言われてぼんやりと漠然とそう思った。先輩と姉さんならお似合いのカップルになりそうだな、と笑おうとした。
でも口角は全然上がってくれなくて、唇が震えるばかり。これでは二人の仲をよく思っていないみたいではないか、と笑ってしまう。
そこに、自らの卑しい感情が付け込んだ。
―――姉さんに先輩を盗られてもいいのか。
姉さんが全てを勝ち取っていく。私が蟲蔵で苦しんでいる間に、姉さんはその輝かしいまでの才能で私の欲しかったものを端から浚っていく。そして姉さんはとうとう先輩まで奪おうとしている。
―――許せない。
先輩を奪うなんて許せない。私の唯一の居場所まで奪うなんて許せない。よりにもよって生嗣先輩と結託して私が私で居られる唯一の居場所から追い出すなんて許せない。
「(いやっ………っ! ちが、っ……う、ちがうちがうちがう………っ! 先輩っ…………、違うんです、わたしは……)」
「――――――――おらっ、聞いてるのか桜ぁっ! さっきから何度も何度も何度も話し掛けてやってんのに無視しやがって………っ!」
思考はそこで中断された。間桐慎二は廊下に転がっている妹を罵倒し、背中を蹴り、いい気味だというよつに
「おい慎二………っ! 俺をどうしてもいいから、桜には手を出すな! やるんなら俺だけにしろ!」
そういう彼の身体は満身創痍だ。慎二の命令を受けたライダーから一方的に身体中を殴られて、もういつ意識が飛んでもおかしくない。しかしそれでも意識を保っていられるのは何故か?
「だってさライダー。ははっ馬鹿だよね、こいつ負け犬の癖にさ、僕と対等でいる気なんだぜ?
おまえがもしマスターだったら土下座くらいで許してやろうと思っただろうけど、負け犬の分際で僕に口出しするなんざ一億年早いんだよ、ばーか。
衛宮には面白いショウを見せてやるからさ、もう少し待ってろよ」
こうなった間桐慎二のことを熟知している人なら当たり前に分かることだが、衛宮士郎が土下座したとしても慎二が許すはずがない。いや、むしろ許すのではなく垂れた頭を踏むぐらいはするだろう。
「おっ、やっと来たか。さあ楽しい、楽しいショウタイムの始まりだ」
間桐慎二は、廊下に階段を降りる音が響くと、小型のナイフを衛宮士郎の首に当たる寸前の距離まで近付ける。
「慎二、ショウって一体なにする気だよ。止めるなら今の内だぞ」
衛宮士郎はナイフが首に当たらないようにしながら、友人としてこんな悪行を止めろと、何かに急かされるように忠告する。
「見ればわかるさ。
……あ、言い忘れていたけどショウが始まったら発言禁止だから」
衛宮士郎の忠告を無視し、ライダーと呼ばれた女性がいる方向を慎二はジッと笑いを噛み殺しながら見詰める。
……そこには、
「……………っ!」
顔をひどく歪ませ、右手で拳を血が出るほど力強く握り、無言で怒気を放っている衛宮生嗣の姿があった。
☆ ☆ ☆
―――さあ、どうしてくれようか。
「やあ、随分と遅かったじゃないか。いい加減退屈だったしさ、大切な人質なのに思わず殺すところだったよ」
「慎二。人質ってどういうことだ」
「言葉通りの意味だよ。そうだな、サーヴァントを連れてきたならその場で自害させるさせるつもりだったんだけどね」
ニヤニヤと笑う。その顔がイラッとくるので今すぐに潰したい衝動に駆られるが、我慢だ。
「あ、そう言えばさ。遠坂って学校に来てるのにどうして助けに来ないんだろうな?」
桜の肩が遠坂の名前を聞いた瞬間ビクッと震えたが、俺はワカメ頭の一挙一動に目が行っていたために気付かなかった。
「さあな。それより本題に入ったらどうだ」
「ちっ、使えないヤツだな。……まあいいさ、僕は寛大だからね。お前の望みどおり本題に入ろうじゃないか」
人質を開放するかわりにどんな条件を突き付けられるか、加えて慎二をどこまで譲歩させられるか、それらが大きな焦点だろう。
「ライダーと一対一で戦って勝てばコイツらを開放してやるよ。
でも、それじゃ簡単に決着が着いてつまらないから、ライダーには手加減するように言ってある。安心しろよ、命までは取らないだろうからさ」
……ライダーの手には短刀がない。確かに手加減らしきものはするようだ。が、それでは足りない。
「ふざけるな、俺みたいな普通の魔術師がサーヴァントに勝てるわけないだろ。公平を期して、マスター同士で戦うべきだ」
「ハッ、お断りだね。」
あっさりと交渉が決裂し、ライダーが近づいてくる。
あと三歩。たったそれだけで、あのサーヴァントの魔手はこちらに届く。
「やれ、ライダー」
ライダーの体が跳ねる。三歩の距離がまるで無かったかのような速さだが、ランサーのと比べればむしろ遅い。
開始右ストレートは外側に避け、そこに左ジャブが飛べば地面を蹴って距離を取りつつ、左手に予め用意していた柄から、刀身を出して三本の黒鍵を投擲。ライダーは短刀を実体化させるとほぼ同時に全ての黒鍵を打ち落とす。
……ライダーとの距離は広げられたが、短刀や鎖を持ち出してきたのでそうした意味も無くなってしまった。
「おい生嗣、お前なかなかやるな。」
褒められて悪い気はしないが、嫌な予感をひしひしと感じるのは気のせいだと思いたい。
「ライダー、もう手加減しなくていいぞ。お前の本気を見せてみろ」
ライダーは短刀を握り直して、構える。
「……………お覚悟を」
ライダーは本気だ。本気で俺を殺そうとしてくる。なら、俺も覚悟を決めないと。
「了解」
黒鍵の残数は九本。後先考えなければ固有時結界も三倍まで可能。肉体強化も同じく後先考えなければあと二十分程度は持つだろう。だが、展開されている紅の結界が魔力を吸収しているため短期決戦が望ましい。
服の内ポケットから柄を六本出し、左右の指の合間にそれぞれ三本ずつ挟み刀身を出す。本来なら師匠のような選ばれた代行者しかこのような、刀身が魔力で編まれた黒鍵は使えないらしい。俺みたいな、教会にすら属していない魔術師が黒鍵を使えるのは師匠のおかげだ。
そんな黒鍵を渾身の力を振り絞って投擲してから、師匠から習った縮地もどきと固有時制御を併用して使用する。
「
廊下を勢いよく蹴ったときに発動させる。
十メートルの距離を無にしてしまう縮地もどきに二倍速が加わったらどうなるか。
「……………!」
ライダーはガシャガシャと鳴る鎖と、短刀を駆使して六本もの黒鍵の投擲を叩き落とす、弾き飛ばす、あるいは相殺するなどしてそれらを完全に防ぎ、今度は此方の番とばかりに釘を三つ投擲した。
――――が、時すでに遅し。生嗣はライダーとの距離を詰める一瞬のうちに残りの黒鍵三つを左手の指の合間に挟んで投擲していた。黒鍵と短刀は、急速に近づく二人を囲むようにしてそれぞれ弾かれる。
「ハァーーーーーッ!」
生嗣は弾き飛ばされた黒鍵を手に取り、ライダーの心臓部分を突き刺さんとし。
「―――――――――」
ライダーは実体化した短刀を手に持ち、生嗣の首を抉らんとする――――――!
「
首に迫る短刀を三倍速で潜り抜け、黒鍵でライダーの心臓を深々と突き刺すも、その直後に身体が、半回転して勢いを増したライダーの蹴りで吹き飛ばされた。
「ご――――――」
呼吸ができない。
蹴りの衝撃と固有時制御の副作用が重なり、全身に激痛が走り意識が飛びそうになる。それでも辛うじて意識を繋ぎ止められたのは、勘に障る笑い声が今までより大きく聞こえたからだ。
眼を開き、すぐそこに慎二がいることを把握。宙に浮いていた足を着地させて勢いのままに体を反転させ、
「え―――――?」
目の前にあったナイフを刃ごと手の平で包む。刃が肉に食い込んで痛いので、力づくで慎二の手からナイフを奪い取り、誰もいない所に捨てる。
「え、え―――――!?」
全力が出せる右腕を振り上げる。
手の平の傷が広がることなど考えもせず、強く握りしめた右拳で慎二の胸部を殴りぬいた。
「ぐぎゃ――――――!?」
吹っ飛んでいくワカメ頭。師匠の内臓破壊パンチは出来なかったが、感触からして、動けなくなるくらいのダメージを与えられたに違いない。
………いや、そんなことより桜と士郎の無事を確めるべきか。
「桜……!」
「……先、輩―――――」
―――二人の邪魔をするべきではない。遠くに吹っ飛ばされた慎二に結界を止めさせるか。
「そこまでよ。どうやら勝負あったわね、慎二」
……と。
俺や士郎の背後には、いつの間にか遠坂がいた。
ちなみにライダーは具現化の核たる心臓が破壊されているはずのため現世に留まることすら危うく、蹲って消滅を先延ばしすることで精一杯な状態だろう。
「と、遠坂………!? くそっ、ライダー! 早くそいつらを殺せ!」
これはジョークと判断していいのか?
あの慎二のことだ。自暴自棄になってそんな命令をした、というのが最も正解に近い解釈だろう。
「立て、立ち上がってアイツらを殺せよライダー! おいっ、僕の言うことが聞けないのか、このポンコツがーーーーーっ!」
血を吐きながら、公園で燃え尽きたはずの一冊の本、
「諦めろ慎二。そして早くライダーに結界を解かせろ」
「ハ! 解かせるわけないだろ、おまえは黙って突っ立ってればいい………!」
いまのライダーを一言で表すならば、『お前はもう死んでいる』だろう。現世に留まるための核はすでに破壊されているため、直接手を下さなくてもライダーは死ぬ。
……だが、こうしている間にも俺含む学校中の人々の命が奪われている。ライダーが勝手に死ぬのを待つ、なんて悠長なことを言っている場合ではないのだ。
「黒鍵は全て破損か。なら、首を絞めて息の根を止めればいい」
腕と足、そして手の『強化』はまだ残して置くべきだろう。ライダーが死ぬ気で特攻を仕掛けて来るとも限らない。
「生嗣、おまえライダーを殺すのか?」
「そうだ。関係のない一般人を見殺しにしたくないし、俺たちみたいな魔術師でも時間が経てばこの結界に殺される。ならば、その元凶を倒すべきだ」
ライダーも慎二の命令と自身の生の板挟みになってずっと苦しんでいるよりかは、今ここで死んだほうが人々のためにもなるし良いに決まってるよな、士郎?
「だめだ、………うまく言えないけど、俺はお前に人を殺してほしくない。殺す以外にも、なにか違う手段があるはずだ」
記憶を消されたのが災いしたか。今の士郎に聖杯戦争やサーヴァント云々を説明していたら日が暮れて数多の人命が失われる。
士郎を無視してライダーに止めを刺す。それが一番の解決策なことは分かってる。けれど、それは少なくとも士郎が納得するやり方ではない。
―――――………いや、待てよ。納得しないなら納得させればいいのだ。
「遠坂、士郎の記憶を復元することは可能か?」
「…………。まず、結論から言うと記憶の復元はできるわ。でも、それは海底に一度沈めたものを引っ張り出すようなものだから少し時間がかかるわね」
「ふむ。少しってどのくらい?」
「復元自体は最短、十分程度で終わるわ。でも当の本人に雑念があったらダメだから、気を失わせるか無心にさせないといけないのよ」
「わかった。じゃあ俺が気を失わせるから、遠坂は記憶の復元を頼む」
遠坂から記憶を復元させる理由を聞かれると思ったのだが、何もないので時間の節約にはなったが拍子抜けだ。
「よし、そこから動くなよ。当たり所が悪いと最悪死に至る危険性があるからな」
士郎は頑丈だから大丈夫だろうが、と安心・安全の保証を小声で付け足して落ち着かせる。
「はっ………!」
我ながら上出来だ。一発で気を失わせられたのは今回のモルモット………、いや被験者………、ではなく衛宮士郎で初めてだ。
「遠坂、俺はライダーか慎二を必ず倒して結界を解かせるから、何があってもその作業を止めないでくれ。
………俺は死なないが、もし、万が一、億が一、死んだときには、悪いけど、後のこと頼む」
我ながら不吉な言葉のオンパレードだ。こんなにも死亡フラグを怒濤の勢いで建てたら、本当に今日、俺は死ぬかもだ。………ま、死なないさ、きっと。そんなことは絶対に無いと信じよう。どっかの誰かも死亡フラグの建てすぎで生き残ったって言うし。大丈夫、大丈夫。全く問題など何一つない、オールオッケー。
……そんな楽観と不安が混ざりに混ざった気を取り直して、さっさと死にかけのライダーか慎二を倒そうと、本能が警報を発する。で、本能の命じに従ってクルッと後ろを振り返ると、待ってましたとばかりに校舎を覆う色はさらに深く濃い赤に染まる。
赤い結界だったときとは比べものにならない。赤黒く変色した結界は肌を焼き、立ち込める霧は呼吸すら許さない。慎二は身を焼くような苦痛に耐えられずに発狂し。
「ーーーーーーっ!」
一方、いつの間にか遠くに離れた桜も苦しそうに蹲って胸を掻き毟っている。ライダーは守るべき対象であるはずの慎二を苦しめ、さらに桜も苦しめている。
……気に入らないが、そこから推定出来ることは。
「ライダー、お前自分が少しでも長く現界するためにマスターの魔力も奪っているのか……!?」
サーヴァントとはマスターを守るモノ。であれば、このようなことは有ってはならないコトだ。
……マスターがサーヴァントのために、足りない魔力を魂喰いによって補うのは、殺さなければの条件付きだが千歩譲って許せる。所詮一、二週間で終わる戦争だ。
……サーヴァントがマスターのために、黙って敵サーヴァントやマスターと戦うのも、無事に帰還出来ればの条件付きだが許せる。無事であれば、巻き返しは利く。
だが、マスターがサーヴァントを裏切ることと、サーヴァントがマスターを裏切ることは絶対に有ってはならないことだ。もしそんなことをする奴が目の前にいるならば、首をはねるに違いない。ライダーがそうならば、礼呪の出し惜しみをせずセイバーを呼び出して、一般生徒や先生を巻き込まないような威力に制限させたビームをぶっ放させるだろう。
「それは違います、セイバーのマスターよ。私は私のマスターを死なせないためにこの結界を張って魔力を摂取させている」
ライダーは『セイバーのマスター』と言った。アサシンの存在を知っていたら『セイバーとアサシンのマスター』と言ったはずだ。つまりライダーは、アサシンが俺のサーヴァントであることを知らないのか………?
いま運良くアサシンは結界の中にいる。ならば、俺がライダーの気を引き、アサシンがそこを奇襲すればきっと殺れる。
「(気配を消してライダーの背後に陣取れ。ライダーを一撃で仕留められないと思ったら、卑劣な手だが慎二か桜を撃ってくれ)」
「(ははは、何をおっしゃるかと思えば。私は暗殺者、もう数え切れない程そのような手段を使いました。必ずや、仕留めてみせましょう)」
アサシンがライダーを確実に射つために、俺は暗殺しやすい状況をつくらなければならない。
丁度ライダーには幾つか訊きたいことがあるから、質問してアイツの気を散らせよう。
「……そのマスターは苦しそうにしているぞ? お前は現に余命を伸ばしたようだし、そういうことじゃないのか?」
今にも消えそうだったライダーは、結界の色が赤黒くなってから明らかに存在感を増している。対サーヴァント戦は難しいだろうが、地の利があるため対マスター戦ならば負けることはないだろう。
「いえ、違います。まず私のマスターはこの結界ではなく、彼女自身が持つ理由で苦しんでいる」
『彼女』とライダーは言った。
……それはおかしい。ライダーのマスターは間違いなく慎二だった。その証拠に、さっきはアイツがライダーに指示を出していた。
「その理由で私のマスターは魔力を著しく消費し、このままでは自滅してしまう。ならば、失う魔力より多くの魔力を貴方たちから摂取すれば自滅は避けられる」
「………待て。俺の聞き間違いだとは思うんだが、『彼女』がお前のマスターなのか?」
「意外ですね、とうに気付いているものと思っておりましたが」
ライダーのマスターは慎二ではなく桜だった。
それは意外だが、驚くようなことではない。むしろ、いや、もしかするとライダーのマスターが桜だということを知ったからの可能性もあるが、やはり桜のほうが慎二よりも滲み出る雰囲気やオーラから言ってライダーのマスターにしっくりくる気さえする。
「そんなことよりもライダー、一つ訊きたいことがある」
踏んではいけない地雷かもしれない。もっと、大袈裟に言うと地獄への扉を開こうとしているのかもしれない。
「……なんでしょう? 私に答えられるようなことならば答えますが」
だが、知らなければならないのだ。彼女とはもう数年の付き合いだ、何度も助けられたし、士郎や藤ねえと居間でテーブルを囲んだことも数知れない。桜がもし助けを望んでいるなら、桜が俺たちを何度も助けたように俺も桜を助けないと。
「桜が抱えている問題とはなんだ。なぜ桜はこんなにも苦しんでいる?」
「それは私の口からは言えません。どうしても知りたいのなら、マスターから直接聞くか、それとも――――」
『それとも』。ライダーが放ったその言葉は閃光が如く脳髄を駆け巡り、さながら避雷針が雷光を導くように思考は当たり前の結論に着地した。それは正しく一瞬の閃きであったが、それは確実に桜に関する答えそこに全てあると考えてしまえる程に、その方法は有力な手段だ。
「―――いえ、ですが桜は貴方がたに知られることを望んでいません。それを知りたいというのなら、私はここで貴方を殺します」
『それを知りたいというのなら、私はここで貴方を殺します』とはよく言ったものだ。知りたい知りたくない関係なしに
「(魔術師殿、あとは私にお任せを)」
アサシンが倒してくれれば、礼呪の出し惜しみをした甲斐があったというものだ。ここを乗り越えれば、残る脅威はバーサーカーのみ。それ以外のサーヴァントは、セイバーがいる限り怖れるに値しない。
「(やれ、アサシン)」
ライダーを挟んで廊下の向こう側に潜んでいたアサシンは、得物の
「暗殺者のサーヴァント…………!」
しかし、ライダーとてそう易々と主を殺されるような軟弱なサーヴァントではない。銀の光が短刀を悉く弾くと、あろうことか自らの首筋に短刀を押し当て――――――――
それを、一気に切り裂いた。
……飛び散る鮮血。
黒い装束に身を包んだライダーの白い首筋から夥しい量の血が噴き出していく。
「なにを――――――」
やっているのか。サーヴァントが人並み外れているとはいえ、あれでは致命傷だ。あれで命に別状がないのなら、先ほどの黒鍵で受けた傷は蚊に刺された程度のものだろう。
「っ………!?」
だが、それは知らぬ者だけの憶測。後ろからのためよく見えないが、撒き散らされた血液は大気中に留まり、魔方陣を形成しているようだ。
たとえようもなく禍々しい、膨大な魔力の塊。そこからあまりに強大な魔力が漏れているのか、体が強風に圧されるようにじりじりと下がっていく。
「アサシン…………っ!」
何をする気だか知らないが、宝具級のものが発動すると考えていい。そしてライダーの狙いは、ライダーの先にいるアサシンと慎二だろう。慎二はどうでもいい、むしろ死んでほしいが、アサシンが殺られては困る。
「では――――またいずれ戦いましょう、勇敢なひと。もっとも、これを見ても貴方に戦う気力が残っていればの話ですが」
――鼓動が聞こえる。
ぎちり、と肉をこじ開けるような音と共に、ライダーの髪が舞い上がり――――
「っ…………!」
轟音と閃光。
吹き荒れる烈風に、堪らず目は閉じる。ただ、目を閉じていようと否応なしに感じさせられた。何かが、光の矢じみたとてつもないスピードで廊下を駆け抜けていったのだと――――。
「―――――――――」
目を開けると、そこにあるのは無惨な破壊の跡だった。桜とライダーの姿はない。
………今の光はアサシンを狙うのと同時に、ここから離脱するためのものだったらしい。
「………こりゃ、事後処理が大変そうだ」
師匠が過労死することなど考えられないが、もしそうなったときは麻婆豆腐と秘蔵ワインでもお供えしよう。
「ちょっと、あのエセ神父を心配するなら私たちを心配してよね。ほんとに大変だったんだから」
「あっ、ごめん忘れてた」
振り返れば、優雅とは程遠い顔をした遠坂が死んだように眠っている士郎を膝に乗せ、仲睦まじく膝枕なんてことをしているではないか。
「嫌な予感がする。即死級の地雷を踏んだ、とか、時限爆弾のスイッチを間違って押した、みたいな類いの」
いやいや、ないないそれはない。彼女の忍耐力はきっとかなり強い………と信じたい。いくら士郎とハグしたそのすぐ後に、遠坂に膝枕させられているのを見たとしても。
「信じるんだ………、人類の可能性を」
いや、少しばかり意味合いが違うか。俺の出そうとした答えはそれではなく―――――。
「勝手の自己解決しようとしてるところ悪いけど、言うべきことは言わせてもらうわ。私は教会への連絡を済ませて、やるべきことをやってから貴方たちの家に帰る。だから、貴方は士郎と寄り道しないで帰りなさい」
「わかった。じゃあまたな、遠坂」
礼呪を使うか使わないか。桜を殺すか殺さないか。衛宮士郎の……が……になるかならないか。
それらの要素――――、特に二番目の要素で彼の運命はかなり変わっていきます。