遠坂には寄り道するなと言われたけど。夕食のこともあるので、士郎と一緒に買い物に行こうと思う。
「かなりの傷を負ったな、アサシン。
「かたじけない。では、お言葉に甘えましょう」
いくらサーヴァントでも、ペシャンコになった状態で使役させたら消えかねない。アサシンが死んでしまったら、情報収集に対してのアドバンテージが得られなくなってしまう。やはり、基礎能力や決定打では他に劣るが、情報収集能力と対人に優れているアサシンこそが聖杯戦争において最優のサーヴァントと言えるだろう。
もっとも、俺本来の目的からいえば、セイバーの方が圧倒的に優れているかもしれない。あのエセ神のせいで、大聖杯がどのくらいの大きさか忘れたから、それは憶測に過ぎないが。
「士郎。今日はなにを買えばいい?」
マウント商店街に着いた。とたんに、夜から夕方に変わる。此所はいつもの夕方のように賑わっているが、夜から夕方に変わったこと以外も、何かがおかしい。人々の生気は感じられるし、他にいつもと明らかに違った様子もない。けれど、やっぱり何かがおかしいのだ。
それに、士郎が商店街に入ってなりずっと立ち止まったままなのも変だ。
「…………どうしたんだ、士郎?」
「…………いや、何か違和感を感じるというか。ライダーが張った結界とは少し違う気がするけど」
ふむ。だとしたら、何かを誤魔化すための結界、あるいは幻術の類いという可能性もある。サーヴァントもいない状況で危険な相手と鉢合わせたらマズイし、帰るのが賢明か。
「家に帰ろう。じゃないと、危けェ、クッ――――ナンだ!?」
首を、噛まれたような。そして、それと同時に周辺の景色がガラリと入れ替わる。
活気ある夕焼けの街は、血に染まった夕闇のゴーストタウンと化し。朱い月が、人のいなくなった街を隅々まで照らしている。
士郎は――――、背後からナニカに噛まれそうになっているが、やはり自分と同じように気付いていない。
「止めろーーーーー!」
思いっきり殴った。士郎を、完全に想定外だったが街の外まで吹き飛ばせた。
「あれは…………、ライダーと桜か?」
ゴーストタウンと言ったな、あれは嘘だ。まだ人間が一人残っていた。なら、助けないとだめだ。桜には、コッチ側に来てほしくない。てかなんで桜がここに。夕食の材料でも買いに来たのか。
「早くここから脱出して衛宮邸に行って、生嗣はもう手遅れだから探さなくていいって、あいつらに伝えてくれ!」
彼女らに聞こえるように声を張り上げる。残念ながら、百体以上のナニカに襲われていて、二人とも容易には脱出できない状況下にあるようだが、遅かれ早かれ脱出できると信じて。
「よう坊主、あの夜以来だな」
「え…………? ランサーが何故ここに?」
青い槍兵が、なんでかブラッディ商店街(俺が今さっき名付けた)にいる。マスターがコイツらを始末するために送ったのか。それとも、単なる偶然か運命か。
「オマエは…………、もう手遅れか。
ん? ああ、うちの外道マスターに麻婆豆腐十五皿食べてこいって命令されてな。いやいや来たら、こんな事になってたんだよなぁ」
まったく、ツイてないぜと、ランサーはニヤリ笑う。けど、俺はアイツと違って呑気に笑えない。何しろランサーの槍の切っ先が、心臓にいつでも届きますバッチオーライとばかりに鈍く光っているのだ。
ハッキリいって、命の危機である。そう一日に何度も命の危機があってたまるか! と心の奥底で叫ぶ。
「あ、ランサー後ろ!」
嘘から出た真というやつか。実際、ランサーの背後にヤツらはいた。危険なのはランサーではなく
ランサーがソイツらに注意がいっている隙に、ランサーの槍が届くまで三秒はかかるぐらいの間合いを取る。
この結界か幻術について、少しわかったことがある。おそらく、この術を破り現実を視れるのはサーヴァントやこのナニカのみ。それと、普通の人間が術を破れないときに見ている景色は結界が張られる直前のもの。
そうランサーに言ってみると、意外なことに返事が返ってきた。
「ま、そうだろうな。俺は最初から分かっていたが、あそこにいる紫の嬢ちゃんも坊主どもも全然分からなかったわけだろ?
もしかしたら高レベルの魔術師なら見破ることができるかもな」
「そうか。…………ランサー、頼みがある」
「ゲッシュに触れることは絶対しねぇからな。というか、頼みがソレなら殺す」
濃密な殺気。
あの夜のときのそれとは比にもならない。口を開いたら殺されるような気すらする。
それでも、アレになる前の最後の願いだ。槍に貫かれる覚悟を決め、依頼内容を言う。
「ランサー、士郎を衛宮の家まで置いてきてくれないか? そうしないと、何を仕出かすか分かったもんじゃない」
ここに来たら困るのだ。
あいつの眼には、俺は突然消えたように映っただろう。となると、士郎は消えた俺を探すはずだ、間違いなく。そうなれば、士郎はサーヴァントでも連れてない限り、あのナニカの仲間入りになるのは確実。
………はぁ、十年間ぐらい共に暮らして情でも湧いてしまったのか。いや、目の前に死にそうな人がいたら助けるのは当たり前のコトだしそれは、きっとない。
「いいぜ。もちろん、その対価は当然支払うんだよなぁ、坊主?」
等価交換か。この男が魔術師かどうかは別にして、やはりやらせるには、それ相応のブツが必要だろう。
「………困ったな。いま持ち合わせているものは何もない―――――、いや、これなら或いは」
泰山の無料お食事券五百円分三枚。もしランサーのマスターが予想通りの人なら食いつかないはずはない。
「……これ、マウント深山商店街って書いてあるじゃねえか。これじゃあ使い物にならないぞ」
そうだった…………っ!
もうあの舌を抜くような刺激的な辛さを誇った泰山はもう、ない。
左手を差し出すのは死に等しいし…………。
こうなれば、あれしかないか。
「じゃあ借り一つってことでお願いします。アンタの言うことは一回だけ何でも聞くってことで」
お辞儀をするのだ生嗣。
そう、彼のブリテンの人も言っていた。お辞儀をすれば何でもオッケー許してくれる、と。
なお土下座は最終奥義技。かなりキツい拷問とかされたら仕方なくするが、それ以外ならお辞儀で通す。
「おう、そうしてやってもいいぜ。ちゃんと今の言葉覚えておけよ、何でもってオマエは言ったからな」
そう言って、颯爽と去るランサー。それと首根っこ捕まれた猫みたいな士郎。
その後数分して、桜とライダーも結界を脱出した。
「…………怖いな」
自分があんな怪物になるのは怖い。
さっきまでマトモな思考を保っていたのが不思議だ。時が経てば経つほど視界が狭く、暗くなっていき、あの動く屍に近づいていく。
「(ここまでか)」
もしアレがゾンビのようなモノなら、俺は一度死ぬ。死んで、アレと同じ存在になる。見たところヤツラに自我はない。ただ血を吸うだけの屍だ。
そんなヤツラの仲間になるとか、勘弁してくれ。遠坂の文献によると、礼呪は死んだ肉体にも残るらしいが。自意識もなしで大聖杯の破壊などできはしまい。
「(だが)」
何の気なしに、
万に一の可能性。もしかしたら、自我を残したままあの怪物よりも上等な存在に成れるかもしれない。
願わくば、人の部分を残してあの怪物に成り下がることを。
天には血よりも赤い、朱い月。
俺にはそれが、嗤っているように見えた――――。
☆ ☆ ☆
街を走る流星。
服、いや鎧は全体的に青と銀の意匠で固められている。金の髪をした彼女は、主の危機を察知して南の方面に急いで向かっていた。
地面は魔力放出でひび割れ、運の悪かった民家のガラスは粉々に割った。幸い彼女が採ったルートに住民はたまたま居なかったが、後にその道を通った人は口を揃えてこう言ったらしい。
『まるで地震と台風が過ぎ去った後のようだ』
彼らはその超局地的災害に何日間か恐れたようだが、一週間経つとすっかり忘れて。
『ああ、そんなこともあったね』
そんな感じで笑い飛ばしたらしい。流石は何度も聖杯戦争が繰り返された地というべきか、そういったことへの冬木市民の耐性はかなりのものだと、後に遠坂家当主が茶飲み話に語ったらしい。
さて、話は脱線した。そんな先のコトよりも今のコト、
「(間に合えば良いのですが…………。どうしてこういうときに礼呪を使わないのでしょうか)」
それとも使えない状況にあるのか。その可能性に思い当たり、さらに魔力の放出量を上げる。
「あれは…………ランサーに、士郎?」
目的地まであと数秒。
セイバーは、こんなときに何故ランサーがいるのかと歯噛みする。目を凝らして見ると、ランサーの左手が士郎の首根っこを掴んでいるではないか。
「おっ、セイバーじゃねえか。一足遅かったな」
「ランサー、貴様………………!」
「よせよせ、俺はオマエんとこのマスターも元マスターも殺しちゃいねえよ。
そうそう、あとでライダーとそのマスターから、あの坊主の伝言があるだろうよ」
ランサーが嘘を言っているようには見えない。ならばライダーが…………? いや、それも違う。短い期間だったが、生嗣のことは少しだけ理解した。
彼は、自分を殺した相手に伝言を頼むような性格ではない。伝言など頼まず、悔しそうな顔で死を迎える姿の方が彼らしい。
「つまり、マスターはまだ死んでいない………?」
「いや、もう人としては終わっただろう。
俺はあの類いには詳しくなくてな、オマエのマスターがどうなっているか全然分からん。
だが、これだけは忠告しておこう。オマエがもし今後あの坊主に会う機会があったとしたら、姿、もしかすると魂さえも変質しているってことだ」
まだ商店街に留まっている可能性もあるかもな、と言い残してランサーは士郎を抱えたまま衛宮邸のある方角に走り去った。
その後、セイバーはナニカを切り倒しながら商店街を見て回ったが、彼の姿は既にどこにも無かった。
☆ ☆ ☆
「じゃあな小僧。次会ったら晴れて敵同士ってわけだ、そのときまでに首を洗って待ってろよ」
ランサーはそう言ってから霊体化して去った。うちにはまだ誰もいないから、聖杯戦争初日から今日まで何があったのかを日を追って整理しようと考えた。
まずセイバーと訳の分からないうちに契約した後に、ランサーとの戦闘になった。その後教会に行って聖杯戦争の説明をされた帰り道に、遠坂やアーチャーと協力してバーサーカーとの戦闘になった。その次の日はお泊まり会で、さらにその次の日は。遠坂に言った言葉が彼女の逆鱗に触れたらしく、怒った遠坂の放ったガンドを避けれなくて記憶を封印された。その後は昨日まで穏やかな日常が続き、混沌とした今日に至ると。
「………あとで遠坂に説明してもらおう」
記憶を封じられた間に何があったか、特に今日のことを知りたい。
桜とか慎二がどうなったかも気になるし、生嗣も商店街に入った途端に消えてしまった。ランサーが不穏なことを言っていたが、それは間違いであってほしい。
「ちょっと見てくるか」
屋敷の周りを見てくるくらいなら一人でも大丈夫だろう。
廊下に出る。
玄関から外に出ようとした矢先、ガラガラと玄関が開いて、コート姿の遠坂が帰ってきた。
「遠坂」
「ただいま。なに、まだ衛宮くんしか帰ってきてないの?」
「ああ。まだ俺以外は帰ってきてない」
「そう、じゃあこんなとこで立ち話もあれだし、場所を変えましょう」
なぜ学校で俺を襲ったか
その後は今日の事に話題が移ったが、なんでも遠坂はさっきまで新町方面を探索していたらしく、商店街で起きたコトについては知らなかったらしい。
「え!? ってことはなに。生嗣はそのままどっかに消えたってわけ!?」
「これはランサーが言ってたコトなんだけど、あいつは生嗣のことを人として終わったとか、姿や魂が次会ったら変質しているだろうとか。
俺としては信じたくないけど、一応伝えとく」
すると、なにやら難しい顔で考えこむ遠坂。
こっちは、遠坂の意見を頼りにしているので、こいつが顔をあげないことには何も言えない。
沈黙が続く。
紅茶でも淹れようかと腰を上げたそのとき、呼び鈴が鳴った。
「お邪魔します」
そんな声が聞こえたあと。居間に、桜とライダーとセイバーが入ってきた。
………途端に、居間の気温が急激に下がった気がした。うう、この険悪な空気を俺一人で何とかしないといけないのか。
「あら、桜じゃない。どうしたの? 確か、家の都合でしばらくここには来れないはずよね?」
「いえ、生嗣先輩からもお爺様からも許可は下りました。あとは士郎先輩からだけです。
あ、先輩も、もちろん大丈夫ですよね?」
怖い。とんでもなく怖い。
桜は笑っている。が、笑っている顔がこんなに怖いとは思わなかった。
「えっーと、それはだな…………」
セイバーを流し目で見るが、彼女は目をヒョコヒョコと動かして、なかなか目を合わせてくれそうにない。
ならば、桜を追い出したらしい二人のうちの一人の遠坂に、視線で助けを求めるも、あいつはずっと桜と火花を散らして俺をまったく見てない。
ならば、ここにはいない生嗣の意思を尊重して。
「ま、まあいいんじゃないか? 桜、生嗣は許可を出したんだろ?」
「はい。先輩は、ちゃんと衛宮邸に早く行けって言ってくれました。遠坂先輩、ここは
「待って。桜、本当にアイツはそういう意味合いで言ったの?」
「ええ、そうです」
「そう、なら私はここから退散するわ。
私は生嗣くんと同盟してたから
今度会ったときは覚悟しておいてね、と言って遠坂は出ていった。
「待て、遠坂!」
呼び止める声は、届かない。
玄関が閉まった音がした。それは、もう貴方とはこれっきりという、遠坂の意思表示に思えた。
「先輩、夕食にしましょう。今日は、わたしが腕に寄りをかけて作っちゃいます」
桜は台所で調理し始めた。ライダーはそんな桜の様子を眺めている。
セイバーはそんな二人をじっと目を離さず見ている。たぶん二人が何かしないか監視しているのだろう。
こんな日に限って、ムードメーカーの藤ねえは来ない。学校で大勢の生徒が被害にあったからその処理に追われているのだろう。
「桜、俺も何か手伝うよ」
こうしてずっと座っているのは手持ち無沙汰なので、何かしら手伝えることがあるなら手伝おう。
「えっと、じゃあ先輩には配膳をお願いしちゃいますね。お料理のほうは、大丈夫ですから」
「任せろ」
桜が食事を作る光景を見つめる。こんな時間がいっそのことずっと続いてほしい、と思いながら食事が出来上がるのを待つ。
「はい、出来ましたよ先輩」
桜が声をかける。俺は、出来上がった料理をテーブルの上にどんどん乗せる。アサリの炊き込みご飯、エビの包み蒸し、エスニック風のイカ、ハンバーグ。
どの料理も桜の想いが込められた丁寧な一品で、思わずため息が出てしまうほどのものだ。
「すごいな、桜。どれもすごく美味しそうだ」
「やだなあ、先輩ほどじゃないですよ。料理に関しても、わたしはまだまだ先輩に追い付けてません」
いただきます、と声が重なり合う。
ライダーは現世に召喚されてから食事をするのは初めてらしい。だから、桜も頑張って作ったのかもしれない。
「桜、おかわりを」
「はい、セイバーさん」
セイバーの気配は、心なしか桜の食事を食べてから和らいだ気がする。これを機に、桜とセイバーの仲が良くなるといいのだが。
「先輩。今日のお食事、どうですか?」
「すごく美味しい。どんどん料理の腕が上がってるな、もう少ししたら和食でも勝てなくなりそうだ」
「そうですか? お世辞でもそう言って頂いて嬉しいです、わたし」
「お世辞なんかじゃないさ。いまのは、俺の本心だ」
「ふふっ、ありがとうございます。先輩に追い付けるように、これからも頑張ります」
桜は笑顔だ。
やっぱり桜には、ああいうふんわりとした笑顔が似合う。その後も、今日の夕食は和やかな雰囲気で進んだ。食事を終えて洗い物も済んだ後に、唐突に桜は話を切り出した。
「そういえば、生嗣先輩から言伝てを預かってました。ライダー、直接聞いたのはあなただけど、わたしから話してもいいかな?」
「ええ、別に構いません」
「では、要点だけを言いますね。もう手遅れだから探さなくてもいい、だそうです先輩」
出遅れだから探さなくてもいい。
つまり、それは。
「セイバー、あいつはもう………」
「それが、よく分からないのです。マスターは死んだはずなのに、魔力の供給は変わらずされている。いえ、むしろ以前より送られてくる魔力が大きい」
死んでいるのに生きている。
その矛盾。あいつはいま、一体どうなっているのか。
ランサーが言った言葉を反芻する。『姿、もしかすると魂さえも変質している』。
それは、いったい―――――――?
☆ ☆ ☆
飼育箱で、夢を見る。卵の殻。黒色の黄身。愛の海に、記憶はない。胎盤に出ずる。ラインは初回から不在。
ひたひたと散歩する。ゆらゆらの頭は空っぽで、きちきちとした目的なんてうわのそら。ぶるぶると震えてごーごー。
からからの手足は紙風船みたいに、ころころ地面を転がっていく。ふわふわと飛ぶのはきちんと大人になってから。
ごうごう。
ごうごう。
ごうごう。
「おい、ちょ■■ア■見ろ■、アレ。なん■濡れて■の、ア■ツ?」
キイキイだれかが寄ってくる。
「お、いい女じゃん。や■■裸足?」
ぞろぞろ人が寄ってくる。
「お■、ちょ■■待て■。逃げ■な■■?」
蟲惑した覚えはありません。
怖くなったので帰りましょう。
「お■、■■逃げて■だてめえ」
「待てって■■■■■■■? また■■かよ!」
「■■悪い■■■■■■? こい■」
てくてく彼らは追ってきます。
きんきん煩く響くので。
くうくうお腹が鳴りました。
「■まえ、ちょ■■止め■!」
「ご■■なさい、■し■くれ! ぐ■■!」
「助■て、■■けは助け■■■! が■ぁ!」
飼育箱の、夢を見る。
今夜、虫を潰した。
頑張れ原作主人公!頼れるのは君しかいない!
絶望ラッシュの後には、輝くハッピーエンドが必ず君を待っている! といいなあ。