とある転生者の試練   作:雷灯かがり

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すみません、めっちゃ遅くなりました!
後書きに重大発表があるので、見たい人も見たくない人も見ることをお勧めします。


俺たちの戦いは、これか

瞼が開く。

どうやら俺は気を失い、そして復活した後、またすぐに眠ってしまったらしい。市販品のリモコンで、あたかもテレビのスイッチを切るのとその行為は同然とでも言うような手軽さで意識を抵抗する間もなく刈り取られ、その後やっとこさ回復してあの金髪少女から逃げようと右脚を前に踏み出したら、前のめりに倒れて再度シャットダウン。まったく我ながら情けない。蓄積した疲労にすら気付かないで、危険な敵の前で倒れたなどと。これではイリヤスフィールではない方の姉、つまりは現実世界の姉からの叱責は避けられまい。遠回しでチクチクとした精神攻撃連続クリティカルヒットからの、鍛え直しという名を借りた圧倒的暴力。このセットが三日間続き、最後にあのあくまは肉体・精神ともに極限状態となった俺にこう言うに違いない。

『死ななかっただけマシと思え。次は無いぞ』

 

 

ハハ。想像したくない、怖い。

その幻想を消し飛ばすべく、ビュンと風切り音が耳を撫でるほどの速さで心地よい睡眠へと誘う枕の誘惑を振り切って起き上がり、その飛び起きざまに頭をブンブンと揺らし、あの寿命を削るような幻を振り払う。

その後すぐに眠気が覚めて、周囲の状況を確認できるようになると、俺は疑問に思った。

「む、ここは……?」

 

どこなのか。

コンクリートの地面に内臓が飛び出しそうなくらいの衝撃を伴った無様な着地をしたはずだが、ここはうっすらと消毒液の香りが漂う屋内。また、胡座(あぐら)をかいて座っている俺の体に伝わる感触は木の板のような硬いものではなく、柔らかい布団のものだ。さらに、壁には眼に優しい緑色と白色をベースにした紋様が。この三点から推測するに、この部屋は。

 

「保健室、か」

 

「正解☆ それにしても、驚異の睡眠力と変態力だったわぁ。まさか、意識を元に戻したと同時に倒れかかくるなんて思わなかったゾ」

 

振り向くと、そこには刺すような目線で俺を見るリモコン少女が。俺は彼女を凝視した。それはそこに人がいたことに驚いたからであり、あいつの言動に聞き逃せないものがあったからだ。断じて、驚異の胸囲に目を奪われたからではない!

 

「訂正してくれ。俺は変態行為なんてしたことは無いし、するつもりも無い。それに、もし俺が間違ってお前にそんなコトをしたとしても、お前の能力なら記憶を消去で解決だろ……」

 

傍らの丸椅子に腰掛け、すらりと長い足を組んでいる金髪少女はレベル5。すなわち学園都市の人口230万人の最上位に位置する、七人しかいない超能力者のうちの一人。やつの持つ能力は心理掌握(メンタルアウト)と呼ばれるもので、簡単に言えば“人”の精神に関してなら何でもござれの十徳ナイフのようなもの。つまるところ、記憶の消去も可能なはず。

 

「あの時のあの人と同じで、記憶を消去できないのよぉ。自在に操ることはできるのに、不思議よねぇ。御坂さんみたいに電磁バリアを張ってる訳でもないしい、一体どういう能力かしらぁ?」

いやぁほんと、原作知識さまさまである。体感時間的に五分ほど前にいたあの世界では、ヤツのせいでそれは使用不可能だったからな。遠坂に訊かなければ聖杯戦争の情報も得られなかっただろうし、イリヤに訊かなければ大聖杯がどこにあるかなんて知らなかった。彼女たちのお蔭で、俺はいまここに居ると言っても過言ではない。感謝しないといけないな。

うんうんと頷いていると、蜂蜜色の彼女がじぃーっとこちらを見てきた。やや頬をむくれさせて、何かに納得できないでいる様子。得体の知れない強制力に突き動かされて眼をそちらに向けると、中学生とは思えない驚異のボディをした者は気持ち冷ややかな声で訊いてきた。

 

「話、聞いてたぁ?」

 

無意識に無視し続けた結果女王サマがお怒りの件について。上目遣いで睨んでくる金髪美女という要素だけなら役得役得と言えるのに、そこに凶悪な超能力(心理掌握)というものが絡むだけで一気に現実から目を背けたくなるレベルへ昇華、それなんてビフォーアフター?

……ついネタに走ることで現実逃避したが、それで保たれるのは俺の精神力だけだ。それ以外は保っても守ってもくれない。故に、そろそろ真剣にアイツへの対応策を敷かなけねばゲームオーバーだ。相手はあの悪名高い心理掌握(メンタルアウト)。対応を誤れば、どんな目に遭うか分からん。聞いてなかったと正直に言うべきか、それとも言い訳をセットにして謝るべきか。例えば、思考に没頭していて声は聞こえていたけど右から左に流していたんだ、ごめんね! みたいな感じで。そう難しく深読みせず普通に対応すれば良かな?

……いや待て。傍らにいるのはあの食蜂操祈だ。もしや、今まで考えていたことが筒抜けだったということもあるのではないか。すると、この時点でもう取り返しのつかない事態になっている可能性すらある。

壊れたブリキのオモチャのようなガクガクとした動きで首の筋肉を動かし、懸命に外していた目線を、ピタリと合わせる。と、彼女はおもむろにリモコンを取り出し額に合わせてきた。このままではマズイと秒も待たずに嫌でも悟ってしまったので、仕方なく合掌みたいに手を合わせて謝る。

 

「わるい、聞いてなかった」

 

「正直でよろしい☆ それに免じて、無視したコトは許してあげるゾ」

 

た、助かった……。

嘘言ったらあのリモコンで何をされてたか。原作では、この女王に助言しただけでダイエット中なのにエクレアを大量に食べるよう命令された不憫な人もいたからな。

 

「でも、あなたには必ず質問に答えてもらうわあ。あんな行為をしたんだからあ、それ位の代償は払ってもらわないとだゾ」

 

「あんな行為………???」

 

はて。そこまで言うなら、俺はこの少女に何かを仕出かしたのだろう。その行為とやらを思い出そうと頭を捻る。あいつは“倒れかかって”とか言ってたから、睡魔に堕ちた直近にその出来事は起こったはず。であれば、その直前、つまり少女から意識を返されたときに一旦遡り、そこから順々に追っていけば良い。

眼を瞑り、過去の記録を垣間見る。

始まりは目が開いたときからだ。リモコンを握った金髪の少女が正面にいて、あの俺たちを囲むように立っている取り巻きがいた。彼女らの能力は未知数だったんで正面突破を試みようとしたのだが、体の制御をミスり――早い話出力を出し過ぎて転倒し、そのまま少女の胸部に倒れかかってしまった。そのためにあいつの頭が地面に叩きつけられるのは罪悪感があったようで、俺は彼女の背中を右腕で支え、そこを支点として身体を食蜂と地面の間に滑り込ませて俺がその代わりになったのだ。で、その後の記憶はないから寝たらしい。

あの行為を、しっかりと覚えている。そこに俺は違和感を覚えた。学園都市の超能力者、食蜂操祈の能力の名は心理掌握(メンタルアウト)。記憶の消去程度ならお茶の子さいさいのはずなのだ。にも拘らず、依然として俺はあの記憶、あの感触を忘れていない。先方の能力が絶不調なのか、それともこちらに何か要因があるのか。傍らの少女もそれを不思議に感じていたらしく、慣れた手つきでリモコンを弄びながら訊いてきた。

 

「その様子だと、思い出してしまったみたいねぇ。今ここで忠告しておくけどお、条件付きで許すのは今回限りだゾ☆」

 

次からは許さない、とその目が語っている。

仕方ないか。初対面のどこの馬の骨とも知らぬ男にあんなトコを触られたら、そりゃ怒るに決まってる。むしろ、条件付きで許してくれることをありがたいとマリアナ海溝よりも深く感じ入るべき。どんな報復が飛んでくるか怖いが、それはそれ。ラッキースケベをした者は、された者から仕返しを受けるのがこの世の不変の摂理であるからして。

 

「その条件とは?」

 

「さっきも言ったけどぉ、私の質問に必ず答えてもらうコト。そうねぇ……。まずは、なんであなたの記憶に干渉力が効かないか教えてくれるぅ?」

 

なるほど、そういうことか。

こうして俺に疑問を投げかけるということは、あちら側の能力に問題があるのではなく。こちら側にその理由があるわけだ。それなら、すぐに察しがついた。

今現在、俺の脳はこの世界の原作知識を持っている状態だ。それを覗かれたら、何かデンジャラスなコトが起きる可能性が高い。おそらくそんな事態を防止するために、バカ神が脳に細工したのだろう。だが、そうだとすると金髪への答えは大いに困る。正答をばか正直に話すのは論外。とすると、やっつけでテキトーな誤答を考えて教えねばならん。いや、ここは論点すり替えの術でいくか。そういえば、神サマが社会的な死が何とかとか言っていた。実際そんなものが与えられたのか現状を確認すべく、シルクよりも白く白く真っ白な窓の縁から遠い空を漠然と眺めながら問う。

 

「なあ食蜂。俺って、男子禁制の“学舎の園”に間違って空から侵入したわけじゃん。扱いってどうなる?」

 

原作で、土御門元春の罠に嵌められた上条当麻が迫り来る女子の包囲網から逃れられたのは、この食蜂さんの助力が大きい。しかし、好きな彼(上条当麻)ではなく痴漢野郎A()の扱いはそれとは大きく異なるはずだ。学舎の園から脱出するには金髪少女の助力が無ければ困難を極める。屋根づたいに蛇の如く移動できれば可能と信じたいが、屋根を疾走する施設帰りの御坂美琴(レベル5)に遭遇……という危険性がある。要するに、食蜂操祈の裁量次第で俺の運命は決まってしまうのだ。

 

「さぁ、どうかしらねえ。私に従うのならあ、お咎めもなしに此処から出られるかもしれないわよぉ?」

 

人を小馬鹿にした口調で言う。

解っている。あいつは記憶には干渉力が効かないと言った。逆に言えば、それ以外であれば俺のことをどうとでもできるというコトだ。結局のところ俺には、食蜂に従って学舎の園から無事抜け出せるか、食蜂に逆らってリモコンを押されるかの2つに1つしか道はない。

ちらりと当のレベル5を見ると、にんまりと頬を歪ませつつ懸命に笑いを堪えている様子が目に入った。人が必死に活路を見いだそうとしている姿を肴に愉悦に浸るとはコイツ性根がひん曲がってやがる。中学生にしてこの有り様では私、将来あかいあくまとかド外道神父の類いにならないか心配です。…………いや。もう既に手遅れか。

カレイドなんとかさん並みの性格の歪みに、特技が傷の切開とかいうマーボー八極拳を超える能力(心理掌握)のゲスさ。うむ。残念ながら、文句無しにあっち方面の逸材である。

 

「なにか、失礼なこと考えなかったあ?」

 

「イヤァベツニ、ナニモカンガエテナイヨ!」

ハハッ。

やはり、精神系能力者は怖いでござる。何もかもお見通しな所が特に。

それはそれとして、本格的に何か策を考えなくてはマズイ。やろうと思えばアヤツのリモコンを瞬時に奪って無力化させ、首を絞めるなりして行動不能にし窓ガラスを蹴破って逃走することも出来そうだが後々厄介な火種に成りかねん。ここは、一先ずあいつの疑問に答えるべきか。しかし、正直にありのまま話すことはしてはならない。となると問題が1つ。つまり、精神系の超能力者(レベル5)に嘘がバレないか。この一点に尽きる。そして悲しいかな、食蜂操祈が嘘の判別が可能か不可能かとかなんてとっくの昔に忘れている。

俺は約十六年の間原作を読んでいない。ならば必然として、原作知識についての穴が虫食い状にある。主要な、もしくは気に入った登場人物や凡その流れは覚えている。しかしそれは新訳14巻までのもの。それ以降のストーリーは、まだ未発売だったので知らないのだ。よって、俺はそこに至るより以前に聖杯を見つけ出さなければならない。

……っと、思考が逸れた。

いま考えるべきは、食蜂への対処。何時までも悠長にリモコンを弄んでいるわけでもなし、時間稼ぎは終わりにして何か言うべきだ。

俺は考えた。

ほんっとにもう、死にたくない一心で全ての脳細胞をフルに稼働させ伝達される剰りに多い情報量に一つ一つの細胞が圧殺されたり其処に含まれる水分が沸騰して枯死するんじゃないかっていうくらい回路を循環させた。ああ、そういや回路と云えば魔術回路は消えてしまって残念……って、そんな事に割いてる余裕なんてない、それよりもあいつへの対処だ対処。

――――――――いや待て。何か、閃いたような。キーワードはおそらく“魔術回路”だ。そこから順々に発想出来るモノ、そこに何かいいアイデアの元になりそうな語句がある。

始め、魔術回路といえば?

――――無茶な鍛練(自殺行為)

――――魔術師の証(魔力炉心)

――――セラとリズ(人造人形)

上記より“無茶な鍛練(自殺行為)”を採用。

つぎ、自殺行為といえば?

――――無茶な投影(衛宮士郎)

――――英霊エミヤ(自己抹殺)

――――無限の剣製(内部崩壊)

上記より“英霊エミヤ(自己抹殺)”を採用。

最後、英霊エミヤといえば?

――――正義の味方(十救一殺)

――――錬鉄の英雄(投影魔術)

――――記憶の欠落(召喚失敗)

上記より“記憶の欠落(召喚失敗)”を採用。

これを組み込みもっともらしい理屈を創造し、

記憶の欠落時のアーチャーの行動を模倣し、

事の原因を落下時の後頭部損傷に変更し、

その答えを以て食蜂操祈を騙し抜いて、

監獄(学舎の園)脱出の足掛かりと為す――――――――――!

 

「まだあ?」

 

……盗み見ると、そこには複数のリモコンでお手玉を始めた食蜂が。カッコつけようとしたのか真偽は定かではないが、その思惑とは裏腹に一度目で失敗してしまう。

それは見なかったことにして。

その作戦でいくには、まず己を騙すことが必要だ。“俺は何も覚えていない”と脳に刷り込ませ、一時的に凡そ全て記憶を忘却させる。その次に、記憶がないから干渉力が効かないのだろうと眉唾物な解釈を説明する。相手は心理・精神関連に関してのプロで即興の演技などさっくり見抜きそうだが、明日は明日の風が吹くとも云うし。きっと問題ない。

……とは思うのだが、不安だし神様から念のために助け船を早速出してもらうとしよう。

「(神様! 助け船頼む!)」

一心に願う。

きっと、神が言っていた“助け船”とやらは困った時の知恵とかそういうモノだ。学園都市最強の超能力者に追い詰められている身ととしては現状を打開できる手段をもう1つ欲しい。

が、願い続けること十秒。一向に“助け船”が来ないので、もうプラン:アーチャーで行ってしまおうと思う。なぜならリモコンお手玉に両手の指で数えきれないくらい挑戦して見事に失敗し続けているからか知らないが、食蜂はとてもご機嫌が悪いらしく、これ以上引き延ばすと何されるか分からないからだ。

スゥーと深呼吸し、閉ざしていた口を開く。

 

「なぜ記憶に干渉力が効かないか。それは」

 

「女王! 大変です、空から船が!」

 

自分でも分からない。

皮肉った手振りと(とも)にそう言おうとしたがしかし。ドアをスライドして身を乗り出すように入ってきた銀髪縦ロール少女が悲鳴混じりに言ったコトに知らず息を呑み、思考に空白が生じた。

…………………えっ、助け船ってそういう?

 

「しかもクルーズ客船ですよクルーザー客船っ!

二十万トンぐらいのが少なくて3隻以上も! この学舎はそれだけの質量に耐えられる設計なのでしょうか!?

……って、あれ、あの生物はまさか殿方!?

私ったら殿方の存在を求めるあまりこんな幻覚を視てしまったとでもーーーーーー!?」

 

「無理でしょうね。幾ら学園都市のハイテク建築技術でも、推定時速約ニ千キロメートルで自由落下してくる豪華客船に耐えうる設計なんて出来ないはずよ。あったとしても、たかが一校舎のためにそこまでするはずない。

それと、あの殿方は幻覚ではありません。貴女はあの現場にいらっしゃいませんでしたし、その反応は仕方のないコトですが」

 

「そのような考察は後の楽しみにしましょう。いまは、いち早くこの学舎から離れませんコト? 不肖の身ですが、私の計算によるとお船さん方は二十秒程で此処に到着する予定ですし?

ああ、あとそこの殿方。貴方はそこで生き埋めになるのが宜しくてよ。女王にあのような真似をするなど……フフ、許せませんね?」

 

わらわらと人が集まってくる。

総勢五名ほど。彼女らは食蜂派閥の者たちだろう。どうやら女王を助けに来たらしいが、俺を助けるという気配はどう見てもない。唯、銀髪の人は一度心配そうな表情をして此方を見てくれたが。

そんな天使と真逆を逝くは最後の一人。殺る気満々で、隙あらばな殺気に溢れていらっしゃる。まるで悪魔のようだが、幸いこの緊急事態のためか、悪魔含み天使除く四名は此方に眼もくれず女王――食蜂操祈――と銀髪縦ロールの方を、じっと命令を待つ兵士のような体で屹立している。

すると、お世辞にも広いとは言えない小部屋で小走りに歩いていた天使は、開閉式の窓の前で食蜂に向き直り、入ってきたときの焦燥はどこに行ったのかというくらい冷静に、かつタイムリミットが刻一刻と近づいているため早口で言った。

「私たち以外の校舎内にいた生徒は全員避難し終わりましたので、ご心配なく。廊下から続くルートは間に合いませんから、この窓から出て校門まで走り抜けます」

 

そう言って窓を開けてから、天使は女王にアイコンタクトを取ると、女王はゆらり丸椅子から立ち上がり、てくてくと歩きながらそれに応じる。

 

「お願いねぇ」

 

立て膝で腕を構えている銀髪の前に立ち止まり、そのまま彼女に体を預ける食蜂。縦ロール少女が立ち上がると、それは俗に云うお姫様抱っこの形になっていた。

窓の淵に足をかけ、そのまま外に彼女らが出ていく直前。お姫様は黄金色の眼で俺の眼を射抜きながら矢継ぎ早に言った。

 

「私は私の派閥のコたちはもちろん、私の知っている人たちが死ぬのは嫌よぉ。それは名前も知らない会ったばかりの貴方だって例外じゃないわ」

…………。

 

「それを忘れないこと。名前すら知らない私がそう思うのだからぁ、名前を知る仲のいい友人や恋人ならぁ、ましてその想いは強くなるでしょう?」

 

……………………。

 

「まあ、言いたいことはそれだけよぉ。お互い無事に生き残れたらぁ、また会ってお話しをしましょう。先程の話の続きを」

 

………………………………む、危ない危ない。最後の言葉が無かったらうっかり泣いていたわ。下手したら惚れていたわ。いや、ほんと危なかったわ。“心理掌握”恐るべしだ。

というか“先程の話の続き”とか、漸く一難が過ぎ去ったと思ったのにそれが再発してしまうじゃないですか、ヤダー。俺の急所を的確に突いてくることといい、あいつは記憶干渉が出来ないんじゃ無かったのか。

こうして思考の迷宮に潜り込みそうだった俺を、つんけんどんとした声が引き戻す。

「そこの人、早く此処から出ないと死にますよ?

私は別に貴方がどうなろうが知ったコトではありませんが、食蜂さんがあのように言っていたので」

 

ほら急いでください、と見知らぬ三編み少女が俺に手を差しのべる。それは今日初めて聞いた声。今まで何も言わなかったことを他の人たちに対する遠慮と捉え、身長が低いことを考えれば、ひょっとしたら派閥に入ったばかりの一年生かもしれない。“女王”と呼ばないこともその一端か。

そんなコトを考えつつも彼女の手を掴もうとしたが、途端にヤな予感がしたので、ぐいっと柔らかな細腕を掴んで引っ張り、閃いた直感のままにベッドの上に押し倒した。

「ちょっと、何をしてるんです!?」

 

驚々愕々とした声がキンキンと耳をつんざいて煩いったらありゃしないが、船が衝突してくる音と比べたらそんなのは遠ざかっていくサイレンのようなものだ。第一、人間の声が巨大な建築物同士で起こる破壊音に勝てる訳がない。

ジャッジメントの腕章を付けた、わーわー叫んでいる少女の口を塞ぎ、眼を閉じて聴覚だけに意識を集中させる。しかしてそれだけで常盤台中学の学舎に罅が入っていく音が次々に聴こえてくる。

 

「あのまま外に出て行ったら死んでたけど……、元はと言えば呑気に迷宮入りしてたオレが悪いかね。しっかし“聖人”とやらの(からだ)はどこまで持つか……」

 

フリーフォールの結果、感覚的にみて骨にヒビが入りそうで入らないくらいの大怪我を負った俺。それくらいで済むとか何ともファンタジーな体を手に入れたものたが、果たしてソレはどれほどの重さに耐えてくれるか。

元はと言えば俺が原因だが、悪質な“助け船”を渡してくれやがった神サマが最も責められるべき諸悪の根源。せめて“助け船”の説明ぐらいしてくれってんだ。あれか、アイツは言峰みたいなものか。問われなければ答えないスタイルは通じる所があるし、前の世界で麻婆関係しか美味しく作れなくなったのもアイツのせいだろう。きっとそうに違いない。

与えられた“助け船”の性質まで汚染された聖杯に通じるものがある。俺はあの状況を何とかして欲しい思いで願ったが、悪い方向性でそれは叶えられた。これを悪質な願望器と言わず何と言う。

 

「ぐあぁ…………っ」

 

校舎と船。

それらの残骸が背中を殴る。そんな硬くて重くて大きいものを頭に当てられては堪らんので、慌てて両手で後頭部を覆い、肘を柔らかな布に沈ませる。

すると、背中の角度が自然に下がってしまうため、窮地の友にこう言われる。

 

「あのぉ……顔、近いです」

 

現在俺たちは鼻先が当たりそうなくらい近づいてしまっている。当たり前と云えば当たり前だが、彼女はオレから身を離したそうな様子。しかし、我々はベッドの上で、例えるなら天秤にテキトーな感じで重りを乗せたら釣り合っちゃったぐらいの奇跡的なバランス力が作用しているお蔭で浮いているために、下手に身動きが取ると二人仲良くベッドから滑り落ちて、未だ底が見えない地底まで真っ逆さま。タイガー道場まっしぐらだ。

 

「すまない、今は我慢してくれ」

タイプではないが、相手は一応女子だし多少の緊張はする。なので、それを悟られないように目線は出来る限り合わせず眼だけそっぽに向けているのだが。

「んん、空中に浮遊……?」

 

自分の思考に引っ掛かって、俺はつい口に出してしまった。そんなコトは有り得ないと必死に思い込みつつも、本当は冷たい現実を既に知ってしまっている。

そうした状況下で決行されし現実逃避という俺の最後の抵抗は。

 

「気付いてなかったんですか? そうですよ、私たちは現在進行形で落下中です。ですが、このベッドのお蔭で自由落下からのカエルの死体ルートは避けられています。運が良ければ、ベッドが全ての力を吸収し壊れて、私たちは捻挫程度で済むかもしれませんね」

 

彼女の宣告により打ち砕かれた。

希望的観測を口にする彼女の表情はどんより暗い。“聖人”とか云うチートを手に入れた俺は最悪でも今の体勢でいれば骨折で済むだろう。しかし彼女は違うのだ。超能力者(レベル5)でなければ、凄腕の魔術師……でもなさそうな、どこにでもいそうな女子中学生。しかも地底に落ちる衝撃を直に受けるような位置つまりベッドの上に寝ているため、致死率は、傍から見ればベッドに少女を押し倒しているさまで“聖人”の肉体を持つ俺より遥かに高い。

そうやって現状の情報整理をしていると、オレは、再び現実逃避したくなるような事実に感付いてしまった。

……これ、第三者から見れば事案じゃないか?

 

痴漢紛いのコトをしたばかりの男子高校生が、ちょっと前までは小学生だった女子中学生を押し倒しているこの事態。体型が超中学生並みの食蜂さんなら辛うじて言い逃れできなくもないが、まことに遺憾ながら、この少女は身長や体つきともに、作家系英霊が持つ宝具並みの拡大解釈を断行しても完全無欠なロリっ子。誰かにこの現場を押さえられたら確実にロリコンの謗りは拭えまい。

 

ああ、オレはロリコン扱いなどごめんだ。

そんな勘違いをしたヤツは八裂きにしてやる。

かといって、みすみす人命を目の前で失うなど見過ごせるはずがない。その命が、まだ救いようのあるものならば尚更だ。

したがって、俺は――――

 

「あー、わかった。

……なら、聞くぞ。お前は担がれんのと抱えられるのとどっちがいい?」

 

「へ?」

そう。

たとえ、ロリコンと呼称されるとしても。

不名誉なアダ名が広まるとしても。

骨折程度で済むのなら、人命の1つぐらいは軽々と救ってみせるとしよう――――!

「抱っことおんぶ、どっちが好みだ?」

簡潔に、分かりやすく言い直したつもりだったが、一言足りなかったかっ。

顔がみるみるうちにリンゴ色に染まり、口を鯉みたいにパクパクさせてるこのロリっ子は十中八九冷静じゃない。だったら、俺だけでも外面だけはクールさを保たなきゃダメだ。

真顔だ、真顔をキープするんだっ!

「は、」

あたかも太陽光を反射し尽くす氷のような……って、ヤバい。これは、間違いなくあの前兆だ。ジェットコースターで必ず叫ぶ系女子だった彼女や、愛称冬木の虎でしられるジェットコースター系(本人が!)教師が格闘技で襲いかかってくる直前に例外なく感じたブルッと震えるやつだ!

しかしこの状況下でジャーマンスープレックスとかを放つほど、こいつは愚かではないはず。そしたら二人とも死んじゃうからネ!

俺の人生、約30年間の経験をもとに今後の展開を予測するに、必ずアレがくる。その可能性、なんと因果逆転の槍が当たるくらい高確率だ、ろう!

耳を塞ぎたいところだが、シーツから手を離したら安定した足場を失うし、耳栓などの文明の利器もない。ならば、せめて心の準備だけはしてお。

「はぁあああああ!!!!!???

な、なにを言っているんですか、あなたはああああ!!! なんですか、一見冷静そうに見えても脳内はパニックでおかしくなってて、そんなトンチンカンなコトをのたまわっているんですかああああ!!!!??」

 

「ちょっ、やめ、やめろぉー! 脳に響く、ほんともう脳髄に直接キンキン響くから! ボリューム落として! もっと俺の体を気遣って!」

 

「うっさいんですよ、なんですか抱っことかおんぶって! 燃やしますよ! あたし一応、炎熱系統の能力者なんですからね!」

 

「止めて、燃やさないで! いくら肉体が丈夫でも燃やされたらマズイって! あ、そういえば、常盤台のヒトたちは最低でも強能力者(レベル3)でしたね、忘れてました!」

 

「はぁ。そういうあなたは、肉体強化系統の能力者ですか? 上空から生身で落ちても死なないという事は、かなりの高位能力者でしょうね」

 

「……。ま、それは置いといて。早くどっちにするか決めてくれないか? 落ちてからじゃ遅いんだ」

 

と言うと、あたりの瓦礫を見ただけで俺の意図を理解したのか、数秒で返事を返した。

 

「どちらでも構いません。ええ、構いませんがセクハラしたら燃やしますよ」

 

「安心しろ。年端もいってない少女に手を出す気はない。……そうだな、抱える方でいく」

 

膝の関節と背中に腕を回し、持ち上げる。その際にベッドを、足を一歩踏み出したらジャンプ台になるように、かつ現時点では斜めになっているがギリギリ足場になるような角度に調整する。

一歩踏み出せば後戻りは不可。墜ちていく瓦礫を次々に足場かつ踏み台にして、最終的には無事着地となるようにしなければならない。

 

「行くぞ」

 

一蓮托生の間柄となった相方はコクリと頷き。

 

「お願いします」

 

潤った眼で未だ見えぬ地底を見据え、消え入りそうな声で呟いた。

「ふぅっ!」

 

踏み出す。

コースは予め決めた。平均高低差は五メートルほど。その程度なら、“聖人”という頑強な肉体にとって恐るるに足らず。

 

「はぁっ!」

 

跳ぶ。

が、心せよ。これは終わりの見えないクライミングのようなもの。飛び立った時点で次の足場だけではなく二手、三手先を考えなければ詰む。

五メートルの連続ならば恐るるに足らず。されど、その倍や、さらにその倍の飛距離は避けねばならん。

 

「しぃっ!」

着地、同時に跳躍。

通常の“聖人”の脚力をもってすれば、十、二十の距離を跳ぶことなど容易い。その倍だろうが易々とやってのけるだろう。

しかし、数時間ほど前まで一般人のそれに収まっていた俺は違う。“強化”などの魔術行使でようやく超人の底辺といえる身体能力を手に入れていた俺と、素でそれを優に超越する”聖人”とでは身体の扱い方が余りにかけ離れ過ぎている。ゆえに、この生死が関わる重大な局面では以前の俺レベルの力にセーブしなければならない。身に余る力は自らを破滅させる。それは、長きにわたる魔術の鍛練でいやっていうほど思い知らされたことだ。

「――――!」

 

最初の跳躍からどのくらい経ったか。

数秒に思えるし、数時間にも思える。

ただ一つを言えることは。終着点が、あと三歩で届くということだけ。

一歩。

二歩。

三歩―――――!

 

「だめです、それは!」

 

それはガスタンクだった。

自動販売機くらいの大きさで、表面にLNGと記載されてある。

それは石油でもあるまいし、体に長時間付着しないはずだ。傍らの少女は“炎熱系統”の能力者と名乗ったが、能力を使用しなければ引火することもないから安全だろう。

踏みつける。

と、今までの瓦礫と同じようにヒビが入り。

 

「っ!?」

 

痛みはない。

いや、それを伝える機能など、漏れだしたソレに足が触れた瞬間凍りついた。

背中から着地する。

凍った左足でそうすると、地面に落ちたガラス製のグラスの亡骸のように、バラバラに砕け散るイメージが、頭に張り付いたからだ。

「ぐっ……、あ」

 

人肌の熱を持った両手で患部をこする。

が、それはすぐに徒労に終わる。36度程度の熱で、マイナス162度の極寒の冷気に晒された凍てつきを溶かせられはしない。

 

「動かないでください、まだ間に合いますから」

 

そう言って、無傷で底に到達できた少女は、凍った箇所を緩やかに暖めていく。

焦っている様子が眼に見えて判る。凍傷になったら最悪、その部分を切り落とすこともあるという。それを未然に防ごうとしているのだから、焦るのも当然か。

 

「まずいです。まずいです。まずいです。あの、ここは危険なので壁際に取り敢えず行きましょう。足はもとに戻したので、はやく」

 

「了解、ありがとな」

 

おおう、ほんとに戻ってる。

アレに触れる時間が短かったのが不幸中の幸いか。それに、このロリっ子が近くにいたのもラッキーだった。

のだが、青ざめた顔で『まずいです』を繰り返している彼女を見ると、危機は過ぎ去っていないことを強く感じる。

「なあ。いったい、何がまずいんだ?」

 

「一つ。液化天然ガスは、ある気温になるまで空気よりも重いので、それまでは下へ下へと下降します。

二つ。それが液体が気体に蒸発する過程で、体積は約600倍になります。その広がるスピードはさして速くありませんが、このように逃げ場がない場合は、それは安心材料になりえません。

三つ。このガスは極低温です、囲まれればまず助かることはありません。その状況での呼吸は肺の凍結や呼吸困難で死に至りますし、それ以前に凍死する危険もあります。さらに厄介なことに、私が熱や炎を放出すれば、ドーンと爆発します。さっきの場合はガスが周囲に到達していなかったので凍傷を防げましたが、次からは不可能です」

 

うわ……。

「なので、まずいのです」

 

要約すると。

逃げないと死ぬけど逃げ場がないってコトか。

あぁ、ふつうはそう思う。頭上の空洞は元の状態に修復されつつあり、さらに人ひとりが通れるような隙間も見当たらない。で、殺人ガスはこの空間に充満しつつある。活路はない、と誰だって思う。

 

「見つけた」

 

が、立ち止まって思い出してほしい。

ここは異世界である。メタ的に考えれば、神様とやらが与えた試練には必ず突破口があるはずなのだ。

隠し扉とか、スイッチとか、そんなお助けアイテムがないはずがない。

この場合は、周囲の環境に合わせた模様の扉。運がいいことにすぐ後ろにあったので、蹴破って中に入る。

「木製だったし簡単に入れたな。ほら、呆けてないで、先を急ぐぞ」

 

「……よーく近付いて見ると小さな取っ手がありましたし、せめてそちらを使いましょうよ……」

 

過ぎてしまったことは悔やまない。

神さまみたいな存在じゃないと、時間を巻き戻すことなんて出来ないのだし。

それに、断定はしないがあのバカ神のことだ、たぶん取っ手に毒とかが仕込まれていたのだろうし。

「これは……、うーむ。どちらに進むべきか」

で、あれから真っ直ぐに走り続けると、道は三叉路に分かれた。一つは今まで通ってきた道。一つは遠くに上の階に続く階段が見える道。一つは二つの丸い穴が穿たれた豪奢な扉がある道。

眼を細めて、じぃーっと扉の上部にある板を凝視すると、それが“100”と彫られている事を発見した。

「上に行けばいいと思いますけど。あの扉は、あなたの怪力でも開けられない予感がします」

 

「科学の申し子が“予感”なんてモノを信じるんだな。いや、別に責めてるわけじゃないぞ?」

 

それはおそらく正しい。

二つの玉を集めて孔に埋めたら扉が自然と開き、その奥に目的のブツがあるんだろう。逆説的に、玉を孔に埋めない限り、あの扉は何があろうと開かないはずだ。

 

「別にオカルトは信じてません。信じてませんが、あの扉の質感があまりに重かったのでそう感じてしまっただけのことでしょう。

ええ、そういうことなので、上に昇りません?」

 

開かない……だろうが、念のために確かめてみたい気もする。しかし気体と化した液化天然ガスに追い付かれて死んでしまっては情けないし無念すぎる。

「そうだな、地上に戻ろう」

 

それまでに何かしらのヒントがあるだろう。

此処が地下百階だとすると、地上までの時間はけっこうかかる。毎階が毎階ダンジョンダンジョンしてるわけでもなかろうし、休息層の一つや二つはあっていいはずだ。考えようによっては“ソードアートオンライン”の前哨戦と考えられるし、難易度イージーに違いない―――――――

 

 

 

 

と、考えていた時期が俺にもありました。

「えーっと、ここは左じゃないか?」

 

「いいえ右です。まったく、何度この迷宮に騙されれば気がすむんですか。いいですか、右は行き止まりに見えますが、実は此所からでは角度上不可視の道が隠されているのです。経験上間違いありません、右です」

 

「いいや違うね。確かに俺たちは散々その手のトラップに引っ掛ってきた。だが、その逆のパターンもあったことも忘れてはならない。ここは裏の裏を読んで左だね、間違いない」

 

そして睨みあう我々迷宮攻略隊(二名)。

ここまで仲が険悪化したワケは、ひとえにこの迷宮の難解さにある。

どれくらい難解かというと、我々は三時間程の時を経た今ですら、いまだに一層も攻略出来ずにいるくらい難解なのだ。分かれ道以外の景色の代わり映えが一切無く、数々の罠がいたるところに張り巡らされている極悪さで、エネミーが出ないことだけが救いだ。

前の階層が単純な三叉路だったことから、この階層がこの地下ダンジョンで最も難易度が高い迷路になっていることなど明白……という推測に基づく希望だけで、俺たちは正気度をどうにか保っている。

 

「やっぱり右じゃないですかー! あっ、おまけに階段まである! これはお手柄ですね!」

 

にぱっと笑い、こっちこっちと急かしてくる。

左だったらドヤって煽ろうとしたのに、残念極まりない。まあ、突破口を見つけられたのは嬉しいから文句は言わないが。

「ん? おい、これ開かないぞ」

 

階段を上った先には例の扉があった。

これを開けられれば次の階層に行けるのだろうが、開かない。押しても引いても殴っても蹴っても駄目ときた。

 

「おかしいですね……。内側だと開かない仕組みになっているのでしょうか……?」

 

「だろうな。じゃあ左側、行ってみよう」

 

ため息をついて階段を下りる。

行けども行けども行き止まりの袋小路から、ようやく抜け出せたと思ったらこれだ。このざまを見てほくそ笑んでるだろう、あの駄神は地獄に落ちろ。

 

「はぁ……。こちらも行き止まりですか、何なんでしょうねこの迷宮。製作会社が仮にあったとしたら、クレームをバシバシ送りたいです」

 

疲れきった表情で落胆を示す少女。

製作会社――神界的なやつだろぉーか。それに苦情を大量に送りつけるとか蛮勇だなこの娘。人のことは言えないが。

 

「待て。あの外側に突き出てる所が、わざとらしく正方形に切り取られてるんだが。あれ、怪しくないか?」

近寄って内部を眺めると、エレベーターのように、昇降口側に英数字を縁取られたボタンが取り付けられていた。B1のスイッチしかないが、俺の予想が正しければそれだけで十分だ。

 

「途中の階は飛ばせて、地下1階まで一足飛びに行けるということでしょうか。この迷宮の設計者にも良心というものが、ほんの僅かでも有ったのですね」

 

「ああ、正直信じられん。陰湿で地味な嫌がらせしかしない臓硯みたいなヤツだと思っていたが、評価を改めるべきか?」

 

トラップがないか警戒しながらエレベーターもどきに乗りこむ。上から鉄製のタライが落ちてきたり足場にトゲが生えてきたりすることはなかったが、俺たちが完全にモドキに乗った直後に、それは起きた。

 

「閉まりましたね」

 

「閉じ込められたな」

 

元からあったさも当然とでも言うかのように、外と内とを隔てる土壁が突如現出した。

となると、現実的な選択肢は一つに絞られる。

やはり神サマは人でなしだったことを再確認したオレは、傍らの少女に了解を取ってスイッチを押した、……押してしまった。

このとき、急速に動くと発生してしまう重圧について考えておけば、もっとマシにいけたかもしれない、とのちの俺は語る。

 

「なン、ですトぉーーーーーっ!?」

 

血という血が搾り尽くされていくような感覚。

骨は軋みを上げ、内臓は今にも飛び出そうだ。

今の己が、圧搾器に潰されていく果実とよく似ているな、なんて惨いイメージが、脳裏に浮かび。

海面に浮かんでいく、はずなのに。

深海へと沈んでいく、奇妙なマボロシを最後に、オレという存在は霧散した――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――いつまで寝てるんです。今すぐ起きないと、今度こそ燃やしますよ?」

 

「あれ、俺生きてた!?」

ガバッと飛び起き、自分の頬にビンタをかます。

痛い。痛いってコトは生きていたのか?

自らの体を舐め回すように見るが、どこも欠けていない健康体がそこにあった。

肉片と骨のカタマリになるのかと観念したのに、五体満足で生きてるとはどういうこっちゃ。

 

「それにこの部屋……」

まるで秘密基地のような様相だ。

中央にテーブルが一台。その上に本が二冊。テーブルの真ん中にある蝋燭立ての上に蝋燭が三つ。部屋の四隅にはランタンが一つずつ配置されていて、赤茶色の煉瓦は直方体の形をした部屋全体を隈無く覆っている。パッと見た感じだと食料や水といった生きていく上で必要となるものは皆無だが、なぜか懐中電灯やリュックなど、必ずしもそれに必要じゃないものがあったりする。

 

「あなたが寝ている間におおよそ調べましたが、独断で触れてはいけなそうなモノを幾つか発見しました。そこの妖しげな本一冊に、あれはマホウジン……というのでしょうか。あそこの隅っこにある、ぼんやりと青く光る不思議な紋様です」

 

ふむ。

確かにそれら、特に妖しげな本のほうは、邪なオーラを放出している。謎の魔方陣なんて、アレに比べたら竜牙兵みたいなもんだ。あ、それは因みに本を真祖としたらって基準です。

……え、なぜアレをそんなに危険視するかって?

それはですね、明らかにアレがオレをデッドらせるために用意した神サマの罠だと分かるからなのであります。

まず本の装飾からして不穏、ここに極まっている。本能が危険を訴えかけてやまない、鮮血のごとき赤色。神秘性を感じさせる、毒々しく艶やかな紫。高貴さなど微塵もない、ただ不気味な死を予感させる黒色。それらが無秩序に混ざりあうことで、これ以上とない不吉さを醸し出しているのだ。

まだまだ危険視にたる判断材料は残っている。そう、アレに近付いたら、というイマジネーションをするだけで金縛り(拒否反応)が出るんだから、そりゃあもうトンデモナイ危険物だ。“原典”とか地雷とかと同じカテゴリーにすっぽりと収まるに違いない。

ああ、蝋燭立てを挟んで対称的に置かれている焦げ茶色をした分厚い本を少しは見習ってほしいものだ。表紙のタイトルに“迷宮完全攻略ガイドブック”と書かれていたりする、真面目に普通の本をやっている所を特に。

そこをあの妖しげな本ときたら、表紙に金文字で“封印の書”と立体的にデカデカと彫られているだけで、他はなに一つ読み取れない仕様。むしろ読み取ろうとするたびに、アレはそのつど反撃してくるようだ。あのロリっ子に身体を揺すられなかったら、今頃はヤツの術中に嵌まっていただろう。……自称“封印の書”恐るべし。

――――このように“封印の書”とやらのインパクトが強すぎるために、相対的に魔方陣の危うさを軽視してしまうのは是非もないコトなのだ。ま、どうせ、どこかに転移するためだけのものなのだから恐るるに足りないなり。魔方陣ごときで俺をビビらせるためには、もっと場の雰囲気とかそれそれ自体の色彩をもっとホラー風味にしないとダメなりよ神サマ。

「―――焦げ茶色をした本のほうは安全そうだったので先に読もうとしましたが、やっぱり止めました。役に立たないゴミなので燃やそうかと」

 

「へ、今なんて言った? なんか物騒な事を口走らなかったかお前?」

 

シンキングタイム0秒で思わず口を挟んだ。

よりにもよって安全な本のほうを燃やすとは気が違ったのか。大うつけになったのか。

いや、そんなことよりも蛮行を止めなければ!

 

「物騒な事……? いえ、私は、あの本からアーモンド臭がしたので燃やそうとしたまでですが」

 

アーモンド臭……まさか、殺人事件の定番――青酸カリが仕込まれていたのか!?

あのヤロウ……。

油断も隙もあったもんじゃないな。相棒が隣に居なかったら、これまでに何度死んでたか。

 

「青酸カリかぁ……。これが屋外だったら燃やせたんだが、ここ密室だしなぁ。放置だ放置」

はあ、と今日何度目かのため息をついて、もう一冊のほうを流し見る。相も変わらず禍々しく鎮座していらっしゃるが、それは、このダンジョンの趣と似通っている。

そう、罠と見せかけて実は罠じゃなかった法則。

ハズレが既に出ているのと、あの本が発する露骨なまでの不気味さで、その法則に該当しているのではないかと思えてしまう。

 

「なぜ、その如何にもな本を手に取ろうとしているのです。裏の裏があることを忘れましたか。その本も放置するべきでは?」

 

「――――――」

 

君子危うきに近寄らず、という諺がある。

賢い人は危ないものに近寄らないよ、みたいな意味だったか。ああ、それは正しい。あの碌でもない神サマのことだ、両方がオレを殺すために用意したものだとも考えられる。それを裏付けるかのように、妖しげな光を放ち始めた書物は放っておいて、どこか遠いトコに逃げるべきだが――――

 

 

 

「いや、如何にも怪しいから放っておけない。この世界にそれが在るか知らんが、この本、大気中の魔力(マナ)を常に一定量吸い続けてやがる。それに、次の段階に移行したのか第五架空元素(エーテル)みたいのを乱舞させ始めてるから、このまま放っておくと何らかの魔術行使を許してしまうことになる。

それはできない、俺はあれを止めないと」

 

あと数分もすれば、もう届かない。

吹き出すエーテルは渦を巻き、ソレで生じる暴風は人間一人くらいは軽く吹き飛ばしてしまうだろう。

どんな魔術か解らない。解らないが、発動してしまっては手遅れってことだけは体で判った。

なら、この手が届くうちにアレを止める。

オレが採れる選択は、それ以外に有り得まい。

 

「――――――」

 

歩くたびに、電撃染みた魔力が身体を走る。

一歩を踏み出すたびに、風圧が動きを縛る。

風をかき分けるたびに、閃光が両眼を潰す。

のろのろと、亀のように鈍足で。

ゆらゆら揺れる、灯火より頼りない動き。

眼で見てられないからと、渦の中心より流れる魔力を遡ることでソコに至ろうとした結果、一番の最長ルートで突き進むこととなった。

「届け」

 

何を言ったか分からない。

ただ、俺は絶対の意思でもって、あの本が行おうとしている魔術を止めるべく歩んでいるだけ。俺が何を言ったかなんて考えるヒマがあるなら、一歩でも先に脚を動かす。

 

「届け」

 

そうしてどれほどの時が経ったか。

一瞬にも永遠にも思えた時間が過ぎ、ようやく中心地に至った。台風の目と同じ原理なのか、そこでは、あれほど吹き荒んでいた風は止んでいた。しかし手を伸ばしても伸ばしても、防御機構を備えていたのか、触った感じ円形に本を囲う結界に阻まれる。

 

「届け――――!」

 

握り拳で思いっきり殴る。

体内の魔術回路が残っていれば“強化”を右腕右拳にかけたところだが、無いものは仕方ない。その代わりに“聖人”の腕力があるのだから、それで十分。結界を破壊する代償に血飛沫を上げながらも、右手は遂に本の表紙に到達する。

「よし!」

 

表紙を開く。

と、一枚目にはこんなコトが書かれていた。

 

“この空間が異界化されるまで残り十秒。止めるためには二頁目を開かなきゃ死ぬ。しかし開けば地獄を見るかもしれないので、その覚悟を持って開くべし”

 

カウントダウン好きだなこの神サマは!

そういえば、つい数時間前にもこんなことがあった。あの世界に残るかどうか、なんて大変返答に困る代物を三秒で答えろとかいう難題だった。

ま、それはそれとして。

“地獄を見る覚悟”とやらを持って開こうか、残り時間少ないし。

 

「どれどれ……。――――っ!」

 

思考が数瞬で漂白される。

あまりに多い情報量に、脳が耐えられずオーバーヒートを起こす。例えるなら電子機器が、操作と充電の両方を同時に行われて熱を持ったような。例えるなら限度いっぱいのダムに、大量の水を注ぎ込んだために溢れてしまうような。

青く光る魔方陣の扱い方。

この迷宮の基本的な仕組み。

五つの“原典”に対応する宝玉。

など、数多の情報が脳内に直接送り込まれた。

「だ――ょう――すか? 突――れたの――配―ましたよ? 起――い―なら返――らい―してくだ―い」

 

よく、聞こえない。

いや違う、ことばは聴こえるのに、理解が追い付かないのか。ついさっきまで話していたことばが、まるで異星の言語になってしまったかのよう。

ただ、あいつが心配してくれてることだけは、声色と表情でちゃんと伝わった。

 

「大丈夫だ、問題ない。ちょっと情報の量がたくさんで混乱しているだけ――――、」

 

あれ、おかしいな。

いつも通りの音量で言ったはずなのに、自分の声がひどく小さいような。

でも、目の前のあいつの表情が緩んだようだし、このくらいで良いのだろう。

「取り敢えずここから出よう。あの魔方陣から外に行けるらしい。転移場所は―――」

 

最後、地上にいた場所の半径百メートル以内で、命の安全があるところにランダムテレポート。そのことを伝え、元いた場所に戻るよう促す。

 

「あなたはど――るんで―か?」

 

魔方陣に足を乗っける手前で、彼女は振り向き言った。また、よく読み取れなかったが、あいつが言いたいことは分かった。

これからどうするのか。

ああ、そんなことは決まってる。

 

「この本によると五層ごとにセーブできて、ここに一旦戻ってもその次の層に進められるらしい。俺は五層まで攻略して、その後地上に行くさ。どうやら今度からはエネミーが出るらしいから慎重に行かないとな」

 

ニヤリと笑いながら、新たにできた緑色の魔方陣に乗る。身体が光に包まれていくことに懐かしさを覚えながら、あいつに手を振って別れを告げた。

 

 

 

 

告げた、はずだったのだが。

「どうして来たんだ、おまえ。大変な目に会ったばかりじゃないか。向こうの友達とか心配してると思うし、帰ったほうが良いと思うが」

 

「こんな面白そうなもの、あなた一人に独占なんてさせませんよ。それに借りがありますから、それを返済するまでは私もともに戦います」

 

借り、ねえ。

いったい誰が誰に借りなのやら。

まあそれは置いといて、強い能力者が一人でも戦力になるのはありがたい話だ。が、弱かったら逆に足手まといになって最悪道連れになりかねない。それを一応確認させてもらおうか。

 

「覚悟は?」

 

「あります、逆にあなたこそどうなんですか?」

 

ふむ、意気込みは十二分にあるな。

満面の笑みでシャドーボクシングをするくらいやる気に満ち満ちている。前世は武闘家とかトレジャーハンターだったりするのではなかろうか。

 

「フッ、もちろんよ。俺たちの戦いはこれか」

 

「ストーップ! それ言うと打ち切りになりますので、金輪際言わないように!」

 

 

 

 

 

 




率直に申し上げますと、《とある転生者の試練》のfate/staynight編のクオリティに納得がいかなかったので書き直しちゃいます。
ええ、後々になって様々な不覚に気付き、たまに修正しましたが後の祭り。修正箇所が多過ぎてもはや手遅れなのだと観念した私は、新たに《とある転生者の試練【改訂版】》を投稿することに決めました。
万全を期して再投稿したいのと受験の関係で、おそらく桜が散っていく季節に再投稿と相成りますので、何と言うべきか……。もし良ければ引き続きよろしくお願いします。




※ifルートのほうは時間が余れば投稿する予定です。
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