剣姫と白兎の物語   作:兎魂

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黄昏の館の中庭にてフィンによるベル クラネルの入団試験が行われる。


12 ロキファミリア入団試験

豊穣の女主人の一室

 

ベル・クラネルは黄昏の館へ向かう準備をしていた。祖父からもらった双剣を腰のベルトに差し込み狩猟用に使用していたナイフを携帯する。ブーツの紐をしっかりと結び頬をパンッとたたいて気合を入れる。

 

「よし!行くぞ!」

 

ドアをあけるとリューとシルが立っていた。

 

「あ!リューさん。シルさん。お借りしていた服はタンスにしまっておきました」

 

「クラネルさん。下でミア母さんがお待ちです。用意はできましたか?」

 

「はい!大丈夫です」

 

「それでは行きましょう!ベルさん」

 

シルはベルの手を引っ張って階段を下りていく。まだ女の子に触れられることになれていないベルは自分の手が汗ばんでいないかを気にしていた。

 

一階に降りるとミアとクロエ、アーニャが待っていた。

 

「にゃー。白髪頭きたにゃ」

 

「むふふ。シルが手つないでるにゃ。誰かさんへの当てつけかにゃー」

 

クロエとアーニャはいつもの調子でベルをからかう。

 

「ぼうず。準備はいいのかい?」

 

はいっとベルが元気よく返事をする。

 

「あたしからの餞別だ持っていきな」

 

そういうとミアは自分の作ったお酒をベルに渡した。

 

「無事に合格できたら開けて飲みな。ぼうずの好きな味にしてある」

 

一瞬断ろうかと思ったベルだがミアの気持ちをむげにはできないと受け取った。

 

「ベル。いいかい?冒険者になるならあたしの忠告をよく覚えときな。冒険者なんてかっこつけるだけ無駄な職業さ。最初の内は生きることに必死になればいい。最後まで2本の足で立ってたやつが勝ち組なのさ。

英雄になるって言葉あたしは信じているよ。それじゃあいってきな!」

 

(団長。あなたの息子は本当にいい子だよ)

 

ミアはベルの背中をバシッと叩いた。

 

(ミア母さんが僕のことをベルって呼んでくれた...絶対ロキファミリアに入っていつか必ず英雄になってみせます)

 

「いってきます!」

 

「ベルさーん。無理しないでくださいね。無事ファミリアにはいったらまたこのお店に来てください!」

 

ベルは一度振り返り大きく手をふってまた前を向いて黄昏の館に向けて走り出した。

 

 

黄昏の館 フィンの執務室

 

(まあこれだけ用意すれば足りるだろう)

 

フィンは机の引き出しをあけてリボンのついた鈴を鳴らす

リーン リーン ドドドドドドドド バタン 

 

「お待たせしましたぁー団長!お呼びでしょうか?」

 

すさまじい音とともにアマゾネスの女性がフィンの執務室へ入ってきた。

 

彼女はティオネ・ヒリュテ レベル5の冒険者にしてティオナ・ヒリュテの双子の姉である。ティオネは団長命でことあるごとにフィンの気を引こうと努力している。今フィンが鳴らした鈴もティオネがフィンに押しつけ...贈ったもので鳴った瞬間に駆けつけるというすご技である。

 

(この音色はどこまで届いているんだろう...まあ...いいか)

 

「ちょっとお使いを頼まれてくれないかい?この紙に書いてある物を用意してほしい。12時までに用意できるかい?」

 

「全身全霊でご用意いたします団長!ところでこんなにたくさんポーション何に使うんですか?」

 

金額にすると100万ヴァリス以上になる量と品質にティオネは驚いていた。しかもエリクサーまである。

 

「きっと必要になるさ」

 

意味深に笑うフィン

 

(ああ団長かっこいい...いつかあなたを振り向かせてみせます)

 

狙った相手は逃がさない。それがアマゾネスである。

 

 

12時10分前

 

ベルは黄昏の館までやってきた。

 

(やっぱりこの建物は目立つなー。それにしても大きな門だ。10分前だけどいいよね?)

 

門の前にはロキファミリアの団員たちが常に警備として交代で立っている。ベルは警備をしている団員に声をかけた。

 

「すみません。12時にフィンさんにここに来るように言われたベル・クラネルといいます」

 

ロキファミリアの団員は明らかに怪しげな表情をしている。

 

「貴様!我らの団長をフィンさんなどとなれなれしく呼ぶとはどういう了見だ。今日貴様のような軟弱そうなものが来ることは聞いておらん。即刻立ち去るがいい」

 

団員たちは今日ベルが来ることを聞かされていないようで不審人物としてベルを扱うつもりのようだ。

大手ファミリアでよくある現象だが主神であるロキの名を汚す可能性のある人物は幹部達の判断を仰がずにこのように門前払いをしてしまうという困った風習があった。幹部達や主神ロキもこの行動には頭を痛めており見つけ次第きつい説教を行うようにしている。

 

「ええ!?ああああの僕昨日12時にここにくるようにフィンさん...フィン・ディムナ団長に言われたんですが。本当です!」

 

(もしかして僕なにか聞き間違えてた?どどどうしよう...)

 

「なんやなんや。えらいさわがしいやないか」

 

「なにかあったのかい?」

 

ぎぎぎっと門が開けられる。

主神ロキと団長であるフィンが門を開けて外に出てきた。

 

「は!この少年が団長に呼ばれたなどと申しているので今追い払っているところであります」

 

警備の団員が敬礼して報告する。

 

「んん?ベルやないか。ちゃんと時間通りに来てえらいでー」

 

そういうとロキはベルの頭をなでる。うへへとにやけた顔をしている。

 

「すまなかったねベル。ウチの団員が失礼した。後でよく言い聞かせておくから許してほしい」

 

フィンは深々と頭を下げた。 団員は顔が青ざめを通り越して白くなっている。あわてて団員も頭を下げた。

 

「いやいやいや僕なんかに頭をさげないでください。しっかり説明できなかった僕が悪いんです」

 

あわててベルも頭を下げる...ゴッ

 

あわてて頭を下げたせいでフィンの頭に頭突きをしてしまう。

 

「いだーーーーっっフィンさん大丈夫ですか?」

 

涙目になって謝るベルだがフィンは涼しい顔をしている。これがレベル6の冒険者と恩恵を刻まれていない者との違いである。

 

「あっはっはっは本当に君はかわいいな。アイズが君を気に入る気持ちもわかるよ」

 

「ベル痛かったやろー?ウチが頭なでてやるからな」

 

「ロキ...君はベルに触りたいだけだよね?あんまりベルをいじるとアイズに嫌われるしリヴェリアに怒られるよ?」

 

ロキはしゅんと肩をおとししぶしぶベルの頭から手を放す。

 

「さてそろそろ行こうかベル。ついてきてくれ」

 

ベルは返事をしてフィンの後についていく。フィンがベルを案内したのは黄昏の館内にある訓練施設である。

黄昏の館のには二つの中庭があり一つは芝生がひかれ木々や花が植えられ観賞用や休憩スペースとして使用されている。もう一つは周りを強靭な石の壁に囲まれた訓練場だ。ここでは団員以外には見られてはいけないスキルや魔法を試す場所となっている。よってベルの最終試験にもっともふさわしい場所だといえる。ここならば誰にも情報は洩れない。

 

訓練施設には全幹部が集結していた。たった一人の入団希望者に対してこのように全員が集まるなど異例だ。

回廊から何事かと見下ろしている者も何人かいる。ベルはこの張りつめた雰囲気に今更ながら気が付く。

肌が粟立つ。全身を包む感覚に足が震える。ふと目をやるとアイズと目が合う。

 

アイズはベルを見ると大丈夫だよといってくれているようでニコッとほほえんでくれる。次第にベルは落ち着きを取りもどし周りを見れるようになった。まず最初に目に飛び込んできたのはすごい数の高そうなポーションである。パッと見ただけでも数十個はある。ベルの背中を冷や汗が流れる...

静まり返るなかフィンが声をあげる。

 

「全員注目!これよりベル クラネルの入団試験を行う! 入団条件を発表する...」

 

(((ゴクッ)))

 

その場にいる全員が息をのむ。ベル以外も初めての経験で緊張しているようだ。

 

「入団条件は...この僕と戦い一撃を入れるもしくは僕に負けを認めさせること。ベル。試験は君が諦めた時点で入団失格として終了とする!ここにポーションを用意した。いくらでも使ってくれて構わない。試験は君が諦めるまで何日でも続けて行う。以上だ。質問はあるかな?」

 

 

(((団長!?いくらなんでもその条件はあんまりでは...)))

 

団員たちはあまりに厳しい試験内容に驚愕する。この内容だと合格する可能性はほとんどない...むしろ0だといっても過言ではないだろう。

 

(これがロキファミリアの入団試験なんだ。相手はあの勇者(ブレイバー)...でも死にはしないよね...?)

 

「ベル。君の武器はそのナイフでいいのかな?僕はこれを使わてもらう」

 

フィンは昔アイズを鍛えていた時に使用していた木剣を持った。

 

(木の剣かそれなら...)

 

「ベル。君は木の剣だから死なないと思っているかもしれないけど...よくみていてくれよ?」

 

フィンがすさまじい速度で木剣を振る。その一連の動きはしなやかでそれでいて鋭い、まるで舞踊のようだ。

 

「はぁぁっ」

 

木剣を壁に叩きつける

 

ドゴォォッ

 

レベル6の力で叩きつけられた壁は大きく陥没した。団員たちは見慣れた光景だがベルの心に恐怖を与えるには十分だった。

 

(ベル。これぐらいで怯えるようじゃ英雄にはなれないぞ。乗り越えてみせるんだ)

 

「なぁ!?壁が陥没した!?あんな力でやられたら僕は...死ぬ」

 

(っていうか木の剣なのになんで壁の方が陥没してるんだろう)

 

「君はなぜこの木剣が折れないかと考えているね?これはエルフの里にある世界樹の幹から作ったものでね。ちょっとやそっとじゃ折れないんだよ」

 

(フィンさん僕の考えていることわかるのかな...怖い...)

 

「それじゃあいいかな?始めよう」

 

ビシッと空気が凍る。フィンが剣を構えると殺気がベルに向けて放たれる。

ベルは恐怖に負けまいとナイフを構えてフィンに突っ込んでいく。

 

「ああああーーー」

 

ナイフをがむしゃらに振り回す。フィンは冷静に太刀筋を見極め攻撃をかわし時折木剣でベルの足や腕を打ち据えていく。手足は赤く腫れあがり血がにじんでいく。痛みに耐えながらベルはナイフを振るう。

しかし人間を相手にしたことがないベルはフィンに対して振るうのに躊躇いがあった。

 

ベルはナイフを振りかぶりフィンに向かってナイフを叩きつける...寸前でピタッと止めた。

 

「ベル。なぜ止めたんだい?」

 

「フィンさんこそなぜよけなかったんですか?」

 

「君が止めるのがわかったからさ」

 

「僕は...」

 

「君は僕をなめているのかい?」

 

フィンは木剣でベルを薙ぎ払った。ボギッボギッと鈍い音がしてベルは吹き飛び壁に激突する。

 

「ガハッグッゴホゴホ」

 

(痛い痛い痛い痛い...体が千切れそうだ。このままじゃ...死ぬ)

 

「ベル!頑張って!」

 

 

 

 

仲間視点

 

「うわーあの殺気。団長結構本気じゃない!?」

 

ティオナがうっすら額に汗をかいて仲間に話しかける。

 

「団長は...何をお考えなのでしょうか...相手は恩恵も受けていない少年なのに」

 

双子の姉であるティオネは普段の団長とは違う様子に心配しているようだ。

 

古株であるリヴェリア。ガレスも手に汗をかきその様子を見守っている。

 

「ベルのやつなにやってやがる。ありゃ切る気がないな...」

 

ベートは彼にはめずらしくベルの心配をしているようだ。あの酒場での事件でベルの事を認めたのであろうか...

 

ベルがフィンに吹き飛ばされる。

 

(((ベルが...!)))

 

アイズは両手を握りしめて叫ぶ

 

「ベル!頑張って!」

 

 

 

ベル

 

(アイズ..さん。そうだ...僕は負けられない。僕は...)

 

ベルの胸の奥底からの気持ち...

 

(僕は...あなたを...)

 

「ぐああああーーー」

 

ベルは足をふんばり立ち上がる。

 

「ベル。これを」

 

アイズがベルにエリクサーを投げて渡す。

ベルは受け取ったエリクサーを一気飲みし全身を駆け巡る回復の衝撃に耐える。

 

(ベル。今度は言葉じゃなく行動で僕に君の覚悟を示してくれ。英雄の資質のほんのわずかな片鱗でもいい)

 

「ベル。君の覚悟はそんなものだったのかい?言葉だけではないことを僕に見せてくれ」

 

「フィンさん。まだまだ...これからです!」

 

ベルは自分の言葉を思い出していた。

 

(誰よりも強くて優しい英雄になりたい)

 

「行くぞ!」

 

ベルはもう一度フィンに向かってかけていく。右、左、フェイントをいれてもう一撃。

 

(んん?さきほどより技が洗練されている...だがまだまだ足りないね。)

 

「あまいよ。ベル」

 

先ほどと同様にベルを打ち据えていく。しかし、ベルは一歩も引かず痛みに耐えながら喰らいついていく。

ひたすら耐える、耐える、耐える。耐えながらベルはフィンの攻撃を見極めようとしていた。そして、フィンの動きを観察し、すさまじい速度で吸収していっていた。

 

(ベル。本当に君は...君とこうしていると僕も楽しくなってくるよ。不思議な感覚だ。それにしてもこんなにはやくこのレベルの動きについてきているとは。さすがあの二人の息子だね。そしてアイズの弟だ)

 

手加減をしているとはいえ今のフィンの攻撃はレベルにすると1の上位の者達と同じくらいの力で攻撃している。恩恵を受けずにこの攻撃をさばくのは普通の人間には不可能である。

 

 

 

 

ロキファミリアの団員が走ってロキのところまでやってきた。

 

「ロキ様。お客様がお見えになっているんですが...」

 

「んんーなんや。今忙しいねん。後にしてくれへん?」

 

いえ、それが...と団員が続けようとしたとき...

 

「あら、ロキ。私がせっかく来たのにそれはないんじゃないかしら?」

 

美の女神フレイヤ 猛者(おうじゃ)オッタルが中庭の入り口に立っていた。

 

「んな!?フレイヤぁ??おまえ何勝手に入ってきてんねん」

 

ロキファミリアの幹部たちはすさまじい殺気とともに臨戦態勢を取る。

 

「ちょいまちい。みんな落ち着けや。まずは話を聞いてからや」

 

ロキファミリの面々は武器を下げ、一歩下がる。

 

「んで?なんの用や」

 

「ちょっと気になる子がいてね...あなたに取られる前に見に来たの」

 

(こいつまさか、ベルに気がついとる。シルのやつ...)

 

ロキは唇を噛む。

 

(まあしゃあないか。まだベルはウチの恩恵は刻んどらん。条件は平等や...ただこいつの魅了はやっかいやなー)

 

そんな話をしていると最悪なタイミングでベルがフィンに吹き飛ばされロキとフレイヤのところにとんでくる。寸前でオッタルがかばいオッタルに支えられるベル。

 

「あら。こんなに傷だらけになってかわいそうに」

 

そういうとフレイヤはベルの頬に手を添える。

 

(しもた...ベルが...んん?)

 

「あ...あの...ありがとうございます。」

 

ベルは恥ずかしがってはいるが魅了されている様子はない。隣にいるオッタルは目を見開いていた。

 

(この子私の魅了が効かない...やはりこの魂は。美しい。ああ...この魂の輝きに久しぶりに会えたわ)

 

フレイヤは恋する乙女のように頬を染める。

 

(この子は私のものにするのは無理ね。むしろ私のものにしない方がこの子の魂は更に輝く。そして最後に天に上る魂を私が抱きしめてあげるわ...それまではおあずけね)

 

(こいつ何考えとるんや。嫌な笑みしとる)

 

「あなた。名前は?」

 

フレイヤが問う。

 

「ベル・クラネルです。あの あなたは?」

 

ベルが問う。

 

 

「フレイヤよ。これからもがんばってね...ベル」

 

(あなたは私が護るわ...永遠に...)

 

「行くわよ。オッタル」

 

「ハッ」

 

フレイヤが去ろうとする。

 

「なんや。もうええんかいな」

 

「ええ。もういろいろわかったから。じゃあねロキ。あの子を大切に扱いなさい。でないと...」

 

フレイヤは最後まで言わずに黄昏の館を出て行った。

 

「なんやねんあいつ。邪魔が入ったけど試験再開や!」

 

(とりあえずベルに魅了がきかなくてよかったな。まあ 考えるんは後や)

 

ロキの声にあわせてベルとフィンの打ち合いが再開される。

 

 

 

「フレイヤ様。よろしかったのですか?」

 

フレイヤはオッタルの問いには答えず意味深な言葉を言う。

 

「オッタル。希望より熱く絶望より深いものを知っているかしら」

 

「いえ。わかりません」

 

「それは愛よ...」

 

フレイヤ達は(ホーム)へ帰って行った。

 

 

 

フィンによるベルの入団試験は2日間続いた。そして遂に決着する。

 

 




いつも読んでいただいている皆様ありがとうございます。

今回はベル君が頑張っております。

レベル6VS恩恵なし。普通に厳しいですよね。
フィンはベルの力と覚悟を試す為あえて厳しくしています。が実際に戦っていて非常に楽しそうにしています。

フレイヤさんはいろいろと怖いです...

10話に挿絵のサンプルを載せましたんで皆様ご覧ください。まだ、完成品ではありませんが今描いていただいている最中です。

次回 ロキファミリア入団です


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