「ふっふっふっ!」
短い呼吸音とともにベルが架空の相手と戦っている。想定はもちろんアイズだ、ここ数日のアイズの動きを思い出しそれをどうすれば上回ることができるかを必死で考えながらトレーニングを行っていた。
(...こんなんじゃだめだ)
やはり想像の力だけでは限界がある、アイズと同レベルでベルの指導をできる者などいない...はず。
「おいベル!なんでまた朝っぱらからこんなとこにいやがる」
訓練所の入り口付近からツカツカとベートがベルの元へとやってくる。その表情はイライラしているようでもあり弟を心配する兄のようにも見えた。
大粒の汗をしたたらせ白狼を握りしめるベルはビクッと肩を震わせ振り返った。
「あ!おはようございます!」
白狼を腰の鞘に戻しぺこりとベートに挨拶をした。
「挨拶なんかいらねぇ、質問に答えろ」
腕組みをしてベルを見つめるベートに対しベルが困ったような表情を浮かべている。
「ええと...実は昨日リヴェリアさんから遠征のことを聞きまして...それで皆さんが命の危険がある場所に挑戦するのに僕は何をやっているんだろう...と。僕の実力ではついていくことさえできない、それがなんだがすごくなさけなくて...こうして一人で特訓していました」
ベートはベルの言葉に今度はなにやら考え込んでいるようだ。
(ベルの強くなりてえって気持ちはわかる、こいつの言葉に嘘はねえ。だが何故だ、アイズの英雄になりたいってのもそうだ。何がこいつをここまで...)
「なあ、おまえは一体何者なんだ?」
そんな問いかけをしてみたくなる、しかしベル本人から自分の事を話すならともかく自分からそのことにはふれてはいけない気がした。
「まだ誰にもいってないんですが夢をみるんです...目を覚ますとほとんど忘れてしまうんですが、夢の中の僕にはたくさんの仲間がいました。仲間というか本当に家族のような人たちです。その中にはアイズさんに似た人もいました。ですが空から黒い何かが迫ってきて僕の目の前で皆が殺されてしました。そのことだけが忘れられなくて、すごく怖くて...」
ズキンッ
痛みとともにベートの脳内には幼い日のトラウマがよみがえるが、そのトラウマを払拭する為にもベートは死に物狂いで力を求めた。故に今のレベルと第一級冒険者としての自分がいる。今のベルを見ると過去の自分を見ているような気がした。
「お前にはまだ遠征は無理だ。それは変わらねえ、だが仲間が心配ならお前の代わりに俺があいつらの面倒を見てやる。お前は俺の代わりに地上に残ったやつらの面倒をみろ」
ベルの真正面に立ちその真紅の瞳をみつめる。
(...今まで気が付かなかったがこの瞳に俺は見覚えがある...)
「...ありがとうございます、お兄ちゃん!僕もっとがんばります!」
ぶわっとベートのしっぽが逆立ち今思い出しかけていたことがどこかに吹っ飛んで行った。
「ああ?おまえ今なんて?」
ベルは首をかしげながら繰り返した。
「僕もっとがんばります!」
「いやその前だ」
「お兄ちゃん?」
照れなのか怒りなのかわずかにベートの頬が赤くなりプルプル震えだす。
「ベル、おまえ誰に何を吹き込まれた?」
「ええと...ロキ様が僕たちは家族だからベートさんはお兄ちゃんだとおっしゃていたので」
「...ロキの野郎...後で絞める」
「ええと...駄目でしたでしょうか?」
キューンと捨てられた子犬のような表情でベートを見上げるがベートはそっぽを向いてベルの方を見ようとはしない。
(こいつなんて顔でみやがる...チッ...俺がお兄ちゃんってがらかよ)
はぁっっと深いためいきベルに背を向けて言った。
「どうしても呼びてえなら兄貴にしろ、それと二人でいるときだけだ。今日はもう時間がねえが強くなりてえなら明日も今日と同じ時間にここに来い。アイズが来るまでは俺が相手をしてやる、一人で訓練するよりはいいだろ」
そういうと手をあげてしっぽを振りながら訓練所へ出て行った。
「ありがとうございます!兄貴!」
遠ざかる背中に向けてベルは頭を下げお礼をいった。一瞬ビクッとベートが固まったようにみえたのは気のせいだと思う...
(兄貴か...悪くねえな...)
ロキファミリアの皆と良好な関係を築けているようだ。ベルはそのままアイズが来るまで自主練を続けた...
「おはようベル。今日もはやいね」
アイズはいつもの青い装備を見に纏いベルの元へと歩いてくる。こころなしか少し眠そうなのは気のせいだろうか。
「おはようございますアイズさん!...あの、目の下にクマができてますが大丈夫ですか?」
アイズは昨夜レフィーヤ達と別れた後もベルのお弁当の試作をしておりほとんど寝ていない。
(うぅ...ベルに気が付かれちゃった...)
アイズは起きてから鏡で自分の顔をみてなんとかクマをどうにかできないか試行錯誤したが消すのは不可能だった。ベルに気が付かれないようにと思っていたが簡単にばれてしまい内心恥ずかしくて泣きそうだ。
仮に気がついても見て見ぬふりをした方がよかったがそこで指摘してしまうのがベルだ。ベルが乙女心を理解できる日はまだまだ遠い...
「んと...昨日ちょっと眠れなくて...その...あまり見ないでくれるとうれしい...かな」
アイズは恥ずかしさのあまり顔を手で覆いもじもじしている。
「あ、すすすすみません。失礼しましたぁー!」
(しまったぁ...ああいう場合は指摘してはならぬっておじいちゃんに教わったのに...)
ベルは土下座する勢いで頭を下げた。
「ん、別に気にしないで。じゃあ今日もがんばろうか!今日は朝食までの時間は魔法を使いながらの訓練をしていこう。ベートさんと訓練しているみたいだけどそこでの訓練を私で試してみて」
(ベルの訓練は私だけでみたかったけど...ベートさんも加わってくれるならその分別の技術も身につくしベルの力になるなら...我慢我慢...)
全てはベルの為!
ベルはベートとの訓練を思い出し全力でアイズに向かっていった。剣術、体術、魔法、その全てを駆使する、圧倒的強者に対してやることはいつでもシンプルである。それは自分の全力を出すこと、当然アイズにはどんな攻撃も効かないが全力を出すことでみえてくることもある。アイズからは明確なアドバイスはないが攻撃しているベルは自分が強くなっていくことを実感していた。
訓練も順調にすすみ今は休憩のようだ。ポーションをアイズから受け取り一気に飲み干す、疲れた体をポーションが癒してくれる感覚にも大分慣れてきた。
「おー、アイズもベルもお疲れさん!朝からよう頑張ってえらいで」
訓練所の扉からロキが休憩中のベルとアイズに歩み寄りベルの白い髪を撫でた。
「あ!おはようございますロキ様」
「おはよう、ロキ」
アイズはロキが訓練を覗いていることなど気がついてはいるがそれには触れない。
「ウチこの間からずっと考えたんやけど...」
「何を考えていたんですか?」
「アイズとベルの
ベルの頭にはクエスチョンマークが浮かんでいる。アイズは以前ロキに技名を言うと威力が上がるといわれていたのでロキの言葉を待った。
「ええと...ロキ様技名とは?」
「むふふ、ベルは知らんのも無理ないんやけど...自分の必殺技ってあるやん?そういう技使うときに技名いうと威力が上がるんや!」
「そうなんですか!?アイズさんも必殺技とかあるんですか?」
アイズはベルの視線に少し照れながらも頷いた。
「んと...私の技名もロキが考えてくれたの、でもここでは見せられない...かな」
アイズの必殺技は最大級の風を纏った神速の突きなのでこの場で使うと黄昏の館が吹き飛ぶ可能性が高い
ベルが残念そうな表情をしていたので付け加えた。
「一緒にダンジョンに行ったときに見せてあげる」
「本当ですか!?ありがとうございます!」
二人の世界に入りつつあるので一つ咳払いをしてロキが自信に視線を集めた。
「コホン、ええか?二人とも...いちゃつくんやったらなー...ウチも仲間に入れてや!...まあそれは置いといて、技名やけど【
「かっこいいです!魔法発動させてからこの技名言えばいいんですか?」
「そやでー!まだリヴェリアの許可ないから使えんけどな、アイズたんはウチのつけた名前どや?」
「ベルがいいならいい」
「そ、そか」
(アイズたん...ベルの方ばっかみんとウチの方もみてやーーー...)
アイズはベルの喜ぶ顔を見ていてロキの方を一切みていなかった。ロキが嘆くのも無理はない...
(僕も自分の技にいろいろと名前つけてみよう...)
祖父の影響を受けているベルはどんな名前をつけるだろうか...痛い名前ならきっとロキがそれとなく訂正するはずだ。
ロキとの話の後、訓練を再開し朝食まで全力で訓練を行った。
(明日はダンジョンで実際にモンスターを倒す訓練をしよう、今のベルなら何も問題はないはず)
アイズはベルの実力を加味して、予定よりはやくダンジョンに潜る予定だ。無論上層にアイズより強い敵はいないので少し物足りなく感じるかもしれないが複数の敵と対峙した時や地形を利用した戦闘の経験を積ませることは非常に重要である。
朝食後
「ベル、これからお昼ご飯までの間訓練頑張ったらご褒美をあげる」
(ご褒美になるかわからないけど...お弁当作ったっていうのも恥ずかしいし...)
ご褒美という言葉に釣られベルはアイズの苛烈な訓練にひたすら耐えた。ベルの現在のステイタスは訓練を始めてから驚異の上昇を続けておりロキファミリアのレベル1の中でも上位に達しそうな勢いだ。戦闘の技術に関しては圧倒的に高いといえる。
昼食はほどほどにと言われたベルは素直に頷きアイズからのご褒美をわくわくして待っていた。
中庭にいてという言葉を聞いてからかれこれ2時間ほどたつ...さすがのベルもこの放置プレイには耐えられなくなってきていた。
(アイズさん...僕はいつまで待てばいいんでしょうか...お昼あまり食べなかったからお腹が...)
ぐぅぅとなるお腹を押さえ中庭の大きな木の下で空を見上げる。雲一つない晴天だ。ちなみに中庭は天候が悪い日には天井が閉まるようになっており雨が入らないよう工夫されている。
「ベル!またせてごめん」
急いで中庭に入ってきたアイズは背中に両手を回し何か持っているようだ。
寝転んでいた状態から瞬時に起き上がりベルは立ち上がった。
「アイズさん!いえいえいえいえ、全然大丈夫です気にしないでください!」
「ありがとうベル。んと...あのね...これを作ったんだけど...」
おずおずと両手を前に出すとそこには長方形の箱が乗っていた。アイズの顔は今までにみたことないほど赤面し心なしか震えている。
その様子を茫然と眺めていたベルだがハッとなり同じく赤面した。
「あああ...あの、もしかしてこれは...」
「うん。お弁当...ベルが女の子の手料理はロマンっていってたから...私なんかので喜んでくれるかわからないけど...」
がしっとベルがアイズの両手を掴んだ。もちろんお弁当は落とさないように細心の注意を払っているが...
「そんなことありません!僕はアイズさんにもらえるのが一番嬉しいです!」
「ベル...」
「アイズさん...」
手を握り合いお互い目を見つめ合う二人...今までになく非常にいい雰囲気であるが...
ぐぅぅぅ
「「......」」
(あ゛あ゛ーーーー僕の馬鹿ぁーーー)
このいいタイミングでベルのお腹がなった...現実は非情である。しかし目の前のアイズは顔を赤くするベルを見てやさしく微笑んでいた。この人の笑顔を護りたい...
「それじゃあお弁当食べようか、この木の下でいいよね」
「はい!」
二人は木陰に腰を下ろした。アイズから手渡されたお弁当をどきどきしながら開けるとそこには不恰好ではあるがアイズが一生懸命作ったであろうサンドイッチが入っていた。ちらりとアイズを確認してから口に運んだ。
「それでは...いただきます!もぐもぐもぐ...ぐぅ...おい...しーですアイズさん!」
(あまーーーーっっこれは...きつい)
人は誰にでも苦手な物がある。ベルは基本的に甘い物が苦手であるが、以前食べたじゃが丸くんの小倉クリーム味やミア母さんが作る物は問題ない。しかし今回はアイズが使用した果実はダンジョン18階層で採取できる非常に甘味の強い果実で更に甘い方がおいしいという料理初心者にありがちな理由で砂糖が大量に使用されているようだ。一口食べる毎にベルの胃に大ダメージを与えていく、しかしアイズが見ている前で苦しい顔を見せるわけにはいかない。ここは気合で乗り切るしかない...
「よかった...ベルに喜んでもらえて」
アイズはバクバクとサンドイッチを食べるベルをみて幸せそうだ。
(レフィーヤに教えてもらったのを参考にしてアレンジしてみてよかった...かな)
「あの...僕ばかりいただいてもいけませんしアイズさんも一緒に食べませんか?」
(アイズさんすみません、僕はもう...)
「うん、私も少し食べようかな」
アイズもサンドイッチを口にした。
(しまったぁ...アイズさんがこれを食べたら味に気がついて...あれ?)
アイズはおいしそうにサンドイッチを食べていた。
(この甘さに耐えられるなんて...アイズさんはやっぱりすごい...)
お弁当も無事食べ終わりゆるやかな時間が二人の間に流れていた、日差しは強いが木陰にいるので気にならない、そして涼やかな風がほてった体に心地いい。
中庭を何気なく眺めていると隣でアイズが小さくあくびをしていた。
「ベル、昼寝の訓練をしよう」
「...アイズさん眠いんですか?」
「訓練だよ、冒険者はいつでもどこでも寝れるようにしておかないといけないから」
そういうと木にうつかって一瞬で寝息をたてはじめた。
(すごい...これが第一級冒険者の実力...)
ベルも隣で気にうつかってなんとか寝ようとするも眠れない、隣で美少女が寝ているという場面で寝れるほどタフではないようだ。
「ううーん...」
アイズが寝返りをうとうとしたひょうしにベルの方へと倒れてくる。
「!?アイズさん!?」
アイズはベルの太ももに頭をのせ完全に熟睡している。
(っっっっっぼ...僕はどうすれば...)
自分は動けない、アイズも起こせない、ベルは必死で煩悩を振り払い思考を止めた。
ベルがなんとか眠りについたころ中庭にヒリュテ姉妹が現れた。
「ティオネ見て!アイズとベルが寝てるよ!」
「あらあら、仲良さそうに寝てるわね。ティオナくれぐれもちょっかいは...ばかティオナ戻りなさい!」
現在ベルの左ふとももはアイズが占拠している、そこへ音もなく瞬時に移動したティオナが右の太ももに頭をのせ昼寝をし始めた。
ティオネは妹を力ずくでどかすことも大声で起こすこともできずイライラした様子だったが、これ以上ティオナが二人の邪魔をしないようにという体で妹の隣に座り眠ることにした。
数十分後
「こいつらこんなところでなにやってやがる...」
ベートが中庭を通りかかると4人が仲良く木陰で眠る姿を発見した。そのあまりにも無防備な姿に思わずため息が出る。
(チッ...この馬鹿二人は風邪とは無縁だがアイズとベルはアマゾネスほどタフじゃねえからな)
ぶつぶつ文句をいいながらではあるがどこからか毛布を持ってきてベルとアイズにかけた。一応ティオネとティオナにも毛布を投げつけておいたので後で文句を言われることもないだろう。
(...念の為だ...)
ベートはベルたちとは反対側に回り木に寄りかかり目を閉じた。口は悪いがベートも中々に心配性である。
更に数十分後
「見てみなよ、リヴェリア、ガレス」
会議の為移動中だったロキファミリア最高幹部の3人が中庭に目を向ける。そこには仲良く寝ている5人が見えた。
「がっはっはっは、若い者はいいのう」
「あれはどういう状況だ...まあこの場にロキがいなくてよかったな」
ここにロキがいれば間違いなく自分からあの5人の中に突っ込んでいく事が容易に想像できる、更に返り討ちにあうことも想像できる...
「若い世代が着実に育ってきているね、仲がいいことはすばらしいことだよ。ベルを中心に上手くまとまっているのかもしれないね」
この幸せな時間が永遠に続きますように...
読んでくださっている皆様ありがとうございます。
更新遅くなってしまい申し訳ありません<m(__)m>
次回はダンジョンに潜りますあとはヴェルフが出てくるかもしれません。
これからもよろしくお願いします!