「ルナさん!しっかりしてください!」
血を流すルナを見てベルはガタガタと震えていた。あきらかにいつもとは様子が違うベル。一種の過呼吸のような状態に陥ってしまっている。治療は刹那が的確に行っているものの血を流しすぎている為すぐにでも本格的な治療をしなければならない。
「なんでこいつが上層にいるんだよ!!通常よりはるかにでかい...」
このパーティで唯一中層で対峙したことのあるリリーが驚愕の声を挙げた。
それもそのはず、通常の個体より一回り以上大きな体、赤黒い肌。何より冒険者の装備をはぎ取ったのか、鎧のようなものを装備し大剣を持っていた。腰には何が入っているかわからないが袋のような物をぶら下げている。先ほどの槍の扱いといい装備といい完全に
「刹那!ベル!ウチが時間を稼ぐ、ルナを連れて逃げろ!」
恐怖......このままこいつと戦ったら死ぬ。そんな映像が脳内に鮮明にうつった。ここで皆を逃がすには自分が時間を稼ぐしかない。瞬時に判断したリリーは絶叫ともとれるような声をあげ残りの2人に声をかけた。
ただ一人、そんな切迫している状況の中ベルだけがその場を動けずにいた。
「そんな...僕は...また...守れない......」
いままでもそうだったがベルは仲間の死というものに囚われているように見える。ケガをすることは日常茶飯事だがそれは死ぬようなものではない。ただ今回のルナの傷は命にかかわる致命傷だ。ベルの脳裏にあの悪夢がよみがえっていた。
「ベル!」
ルナの治療を終えた刹那がパンッとベルの頬を強く叩いた。頬を抑えているベルの右手は血で濡れていた。
「ベルはルナを護ったんでござる!その手を見るでござる!拙者には何も見えなかったでござるがその様子からみるに、ベルは無意識に右手を振り上げた。それがなかったらルナはきっと胸の中心を貫かれて即死していたでござる、それに今ベルがいなきゃみんなここで死ぬしかないでござる!だからベル......皆を助けて!」
呆然と刹那の話を聞いていたベルが自分の手にポーションをふりかけ治療をするとバシンと頬を両手で叩いた。
(ここで僕が折れたら......また大切な人たちを護れない)
「刹那さん......すみません。もう大丈夫です!」
悪夢を振り払うように頭を振り、ルナを刹那にまかせベルは白狼を構え立ち上がった。
「ベル!ここはウチにまかせて皆を連れて逃げろ!」
「...リリーさん、あいつを見てください」
こちらの様子を伺う
こちらに背を向けたかと思うと持っていた大剣を入口の天井付近に叩きつけた。天井が崩れ通路を岩が塞いでいく。
「あいつまさか!」
大剣を担いで
「罠です!リリーさん!」
背後から大剣を叩きつけるリリーだが待っていたかのように振り向きざまに降られた一撃をなんとか大剣で受けるもその衝撃によって壁まで吹き飛ばされた。
吹き飛ばされたリリーに駆け寄っている間に
退路は断たれた......
ベルに支えられ立ち上がるリリー
「ちくしょぅ...なんなんだあいつ」
「リリー!覚悟を決めるしかないようでござるな。逃げ道はない、援軍なんか期待できない。まさに背水の陣でござる」
ルナの治療を終え背後のくぼみに寝かせると刹那が鞘に納めていた刀を抜きながら2人の元へと歩み寄った。
「...奴の魔石は胸の中心だ。そこを突くしかウチらに勝機はない。あいつの皮膚は熱や冷気に強く断ちにくい、普通に攻撃してもベルや刹那の攻撃じゃ奴に致命傷を与えられない。それにレベル2のウチでも力負けしたんだ。あいつのステイタスはおそらくレベル3...強化種だ」
口では強気な言葉を発している刹那とリリーだがその手は震えていた。
そんな二人の手をやさしく握りしめたベル。
「僕がおとりになります、僕の魔法を使えばリリーさんより俊敏に動けます。それに...僕たちはあんな奴よりもっと強い人たちと訓練してきたじゃないですか。本気のアイズさんやベートさんに比べたらかわいいもんですよ」
ベルだって怖いはずだ。訓練はあくまで訓練、本気の殺意をまじかに感じ恐怖したが務めて明るく二人にほほ笑んだ。
「そう...でござるな!」
「たしかに、あいつよりよっぽど怖い!」
恐怖によって固まった体と心が多少なりとも軽くなった。
「刹那、あれを持ってきてるか?」
「持ってきてるでござる」
「ウチとベルが時間を稼ぐ、隙を見て奴の動きを封じてくれ!」
東方の侍に憧れる刹那にとっては不要な技術、忍びの技だ。
刹那は一度小手を外し、手袋を改めて装備した。
ふぅーっと深く息を吐き集中する刹那。
ベルが魔法を発動し魔力を足に集中し始める。
「僕が先に...」
走り出そうとするベルの前に手を広げ静止するリリー。
「ベル!おまえの耐久じゃ一撃もらっただけで危険だ。魔法と速度で攪乱しつつ援護してくれ...頼む」
「...わかりました。リリーさん、気を付けてください!」
「行くぞ!訓練を思い出せ!必ず全員生きて地上へ!」
「「はい!」」
ヴモォオオオオオー!!
こちらの準備を待っていたかのように大きな咆哮をあげた。
「ライトニングボルト」
ベルの魔法で牽制しつつリリーが大剣を大きく振りかぶり振り下ろした。
ヴモッォ!!
肉に刃が食い込みボタボタと血が流れる、いくら強いといっても指先を攻撃されてはたまらない。リリーの体を離し怒りをあらわにした。神経が集中している指先は古来より拷問にも使用されるほど痛いのだ。
「ベル、おまえよくあんな精密剣技を...まあ、その、なんだ...た、助かった。ありがとう」
にこっとリリーにほほ笑むと更に加速して追撃を加えた。狙いは敵の機動力を奪う為の足、そしてできれば目を潰すことが望ましい。自分よりも弱者につけられたことにより激高したかと思われた相手だが、こちらの動きを読み大剣を逆の手に持ち帰るとすさまじいスピードでベルの首めがけて薙ぎ払いを仕掛けてきた。
(早い!)
咄嗟に白狼で受け流しを試みる。
(重い!!受け流しきれない...)
衝撃を全て受け流すことはできず鈍い痛みがベルの全身を襲う、なんとかリリーの攻撃に合わせ後ろに跳び体制を立て直すことには成功した。
(一瞬でも油断したら一撃で殺られる...でも攻撃は単調だ。振り回してくるだけなら対応できるはず)
この化け物に人間のように意志がしっかりあるのかどうかはわからない。怒りにまかせて攻撃をしてくる敵は単調な攻撃をすることが多い、故にレベルの低い冒険者でも人数が勝っていれば隙を突くことも可能になる。
一人が気を引いている間にもう一人が攻撃を加えていく。致命傷にはならなくても徐々に削ることは可能だ。足にダメージを蓄積させれば動きも鈍くなりいきなり距離を詰められることも激減する。無論こちらが致命傷を受けないことが大前提での作戦ではあるが。
例えば、ベルの魔法を敵の正面に当てるなどして敵の視覚を妨害してからの攻撃である。これは日頃からの訓練の中で培った連携の錬度がものをいう。絶対に1対1の状況にならないように細心の注意を払いつつ攻撃を仕掛ける2人。
ベルとリリーが奮闘する中二人の影に隠れながら少しづつ刹那は仕掛けを進めていた。
徐々に動きが鈍くなっていっていることに
「今でござる!」
「ライトニングボルト」
ベルの魔法が動きの鈍くなった
「縛法」
ヴモォッ!?
ビシッと敵の動きが完全に止まった。目を凝らすと銀色に光る糸のようなものが何重にも
「刹那さんこれは!?」
「拙者の奥の手でござる、あれはミスリルを織り込んだ糸でござる。見えにくいようにすごく細く加工して何重にも巻きつけなくちゃいけないでござるがレベル3ぐらいまでなら動きを少しの間なら封じることができるでござる」
「あいつの力なら直に動けるようになる。ここで決めなきゃ終わりだ。全力で叩き込むぞ!」
ベルの白狼が、刹那の刀が敵の上部の鎧を破壊する。狙うは一点のみ、胸の中心の魔石だ。
しゅーと大きく息を吐きリリーが大剣を握り直し距離をとった。筋肉が盛り上がり力を溜めていることがよくわかる。
はぁぁぁぁ!!
足がめり込むほど強く地面をけり一直線に
ヴ、ヴモォォォォォーーー!!
リリーの全力の一撃が胸を捉え壁にめり込むほど相手を吹き飛ばした。崩れた岩がガラガラと
「やったでござるー!!」
「まだだ、奴の灰になった姿を見るまでは油断するな!」
もうもうと埃が立ち込め、辺りが静まり返る中音が聞こえた。
ガリッ......
「な、なんの音でござるか!?」
ガリッガリッボリボリボリ......
読んでくださっている皆様いつもありがとうございます。
そしてあけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。
今回は牛さんが登場いたしました。こちらが4人なので牛さんも原作より強い設定になっております。
糸を武器にするというのちょっとやってみたかったので忍びの技として少しだけ登場させました。ペルセウスとかヘファイストスファミリアの人なら作れるはず......
次回更新までまたしばらくお待ちください<m(__)m>