剣姫と白兎の物語   作:兎魂

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今回も原作の設定変更が多く含まれますのでご了承ください。



44 豊穣の女主人出陣

まだ夕食には早い時間帯...店内には従業員しかおらずミアも厨房で仕込みをしている状態だ。

 

ベルと仲良く仕事をしていたリュー、アーニャ、クロエ、ルノアも入口までやってきて冷静沈着なリヴェリアが取り乱している様子を見て、緊張感が高まる。

 

「どうしたんだいリヴェリア!」

 

厨房の奥から手を拭きながらミアとシルが入口へとやってきた...

 

「ダンジョン9階層でベル達が闇派閥に襲われた。我々がたどりついたときには瀕死の状態でアミッドの回復魔法でもエリクサーでもまともに回復すらしない状況だ。ミアならこの症状を回復させる手段を知っていないか?」

 

腕組をして目をつぶって聞いていたミアが口を開いた。

 

「生命力の枯渇...おそらくそれだろう。ちょっと待ってな」

 

店の奥に行く前に従業員たちに声をかけた。

 

「今日は店は休みだ、仕込みの材料はまかないでみんなで食べちまいな」

 

((((お店を休む!?!?))))

 

従業員が休むことはあってもこの店を休みにするなどということは今までに一度もなかった。それほどの状態なのだと店員たちは理解した...

 

「あの...リヴェリア様。闇派閥は全滅したのではなかったのでしょうか?」

 

エプロンの裾をぎゅっと握りながら伏し目がちにリューが尋ねた。

 

リュー・リオンは正義のファミリア、アストレアファミリアの一人だった。

 

ゼウスファミリアがいなくなったオラリオは暗黒時代に突入し、都市は荒んでいた...

そんな中立ち上がったのがロキファミリア、フレイヤファミリア、ガネーシャファミリア、そしてアストレアファミリアだった。都市の治安回復に尽力する彼らに闇派閥は襲いかかった。中でもアストレアファミリアはダンジョン内に誘い込まれ敵の罠にかかってしまった。団員全てが第2級冒険者であるアストレアファミリアの奮闘により罠を退け敵を粉砕したかにみえたが闇派閥の団員複数人の命を代償にする呪い(カーズ)をかけられリュー以外の団員は永久石化の呪いにかけられてしまった...

 

死んでいない...しかしこの石化を直すことはどんな治癒術師にも、万能者(ペルセウス)にもできない。それを知ったリューの目には復讐という名の黒い炎が灯った。 

 

それからのリューは激情にかられるまま闇派閥を、それに組した者達全てに復讐をし闇派閥は滅んだとそう思っていた...しかし...闇派閥は全滅していなかった、ある者は都市の影に潜み、またある者はダンジョンに潜み機会をうかがっていたのだ...

 

「リュー・リオン、我が同胞よ。お前の戦いで闇派閥はほぼ全て殲滅した。しかし光があるところに影ができるように、闇派閥も決してなくなりはしないのだ...」

 

リヴェリアは続けた...

 

「ただ...奴らは決して怒らせてはいけない神を...ファミリアを怒らせた」

 

リヴェリアの美しい顔が僅かに歪む...

 

「ベルは仲間を護るため、己自身を盾に敵の攻撃を受け続けていたようだ...拷問のような攻撃を...っっ決して許さん!!」

 

あのリヴェリアが感情を抑えきれていない...

 

奥の方からミアが帰ってきた。その手には一冊の本が握られている。

 

「リヴェリア!治療院へ行くよ!この本に治療薬の調合方法が書いてある。あたしのとこの団長も同じ症状になったことがあるからねきっとベルにも効くはずさ。ただ調合難易度はAの更に上のSだ。覚悟しな」

 

その本はクレタの本と神聖文字(ヒエログリフ)で書かれていた...

 

「あたしが帰ってきたら店を開ける。それまでの間休暇だ。店の戸締りをしといてくれ後は好きにしていていい」

 

そう言い残しミアはリヴェリアと共に治療院へと急いだ...

 

店内に取り残された皆はお互いの顔を見合わせ無言でうなずき自室へと向かった。

 

治療院の扉を開けベルの寝ている部屋に足早に向かう2人。扉を開けるとベルの手を握り祈る二人の少女がいた。

 

目が腫れている...泣いていたのかもしれない...

 

「ミア...さん?どうしてここに?」

 

ひどく弱弱しい声でアイズは尋ねる。

 

「アイズ、そんなしょぼくれた顔してるんじゃないよ。そんな顔じゃベルに笑われちまうよ。さあ、二人とも顔洗ってきな」

 

リヴェリアとミアの顔をみて少しだけ落ち着いたアイズとレフィーヤは一度部屋を出ていき代わりに二人が入室した。

 

ミアはベルの顔を見るなり持っていた本のとあるページを開いた。何回も開いたであろうそのページは他のページより皺があり汚れている...

 

「これだ、この生命の秘薬(ライフポーション)ならベルの失われている生命力を回復させることができるはずさ」

 

「この素材は...すぐにロキとフィンに連絡しよう。一番時間がかかるのは37階層、ウダイオスを超えた先にある生命の泉の花か。すぐに遠征隊を組む」

 

ガタッガタッ

 

「アイズさん!?どこに行くんですか!?」

 

扉の外からレフィーヤの声が聞こえる。

 

「レフィーヤ!どうした!?」

 

「すみません、今の話が聞こえて、そしたらアイズさんがすごい勢いで外へ...」

 

「あの馬鹿娘め、一人で深層域まで行くつもりか!っっまずはフィンに知らせなくては、ミア!ここを少しの間頼む。レフィーヤ!一度黄昏の館まで戻るぞ!」

 

「しょうがないねえ、ベルはあたしにまかせな。その本をなくすんじゃないよ!」

 

黄昏の館

 

「フィン!ベルを直す方法が見つかったかもしれない、これを見てくれ!」

 

黄昏の館内には遠征から帰ってきたばかりだというのに殺気立つもの、焦りと不安な顔をするもの、書庫に籠り回復させる方法を探るものと混沌とした状態のようだ。

 

「これは...」

 

「ミアの...ゼウスファミリアの遺産だ。すでにアイズは深層域へと向かった。我々もすぐに動かなければ」

 

フィンが材料を一読し少しの間考えた後皆を大広間へと集めた。

 

「すでに皆しっていると思うが、現在ベルは生死の境にいる。今からベルを助けるためにある薬を精製したい。事態は一刻を争う、もうベルに残された時間は少ないだろう...各パーティに分かれてすぐに動いてくれ!」

 

「「任せてください!」」

 

「「ベルは家族です!絶対に助けるぞ!!」」

 

「「遠征疲れなんて関係ねえ、皆行くぞ!」」

 

各パーティのレベルごとに合わせた素材を振り分け素材入手に急いだ。

 

大広間に残ったのは幹部達、殺気だっているベートやティオナをなだめつつ高難易度の素材を振り分ける。

 

「おい!アイズはどうした!?」

 

腕組みをしたベートが周囲を見渡す。

 

「アイズはすでにダンジョンに向かった...」

 

「一人で深層域だと!?すぐに...」

 

ベートが走り出そうとするのをフィンが止める。

 

「まて!ベート!お前にはこれを頼む」

 

「世界樹の滴...だと?」

 

世界樹の滴とはエルフの里にある世界樹から採取できる高度な回復アイテムを精製する為に必要な素材である。オラリオでの流通量は極めて少なく今現在オラリオに在庫はない。故にここから一番近いエルフの里まで採取しにいかなくてはならない。

 

「ああ?んなもん俺がいかなくてもいいだろうが!」

 

「違いますッ!ベートさん!問題は距離なんです!」

 

ここから一番近いエルフの里でもオラリオから数百キロあり馬車を使ってもかなりの日数がかかる距離だ。

 

「チッしょうがねえ、俺が行く」

 

地図で場所の確認をし、大広間を後にしようとする。

 

「時間は限られている。間に合うかい?」

 

「誰に言ってやがる!間に合わせるに決まってんだろ!」

 

出て行こうとするベートをレフィーヤが止めた。

 

「待ってください!私も行きます!」

 

エルフの里は基本的に多種族との交流を望まない為狼人のベートが行くだけでは世界樹の滴がもらえないのだ。

 

「チッしょうがねえ、乗れ!」

 

ベートはレフィーヤに背を向けしゃがんだ。

 

「はい!...ってええ!?あの、背中にですか?」

 

ボフっとレフィーヤの顔が赤くなる。

 

「てめえが俺の足についてこれるわけねえだろ、時間がねえ。速く乗れ!」

 

おずおずとベートの背に乗る...

 

ベートが片腕を後ろへと回し浅く乗っていたレフィーヤを背負いなおした。

 

「ひゃんっっ!!」

 

(お...おしりに...)

 

「あ?なんだ?」

 

「いえ、何でもありません」

 

(恥ずかしい...けど、我慢我慢...)

 

用意されていたポーションをレッグホルスターに差し込みベートは扉へと向かう。

 

「おい、リヴェリア!アイズを頼むぞ!てめえらも急げよ!!」

 

 

そういうと最初からトップギア、全速力でオラリオの外へと向かっていった。この速さを維持できるのであれば馬などより遥かに早くエルフの里へとたどり着くであろう。

 

「んにゃああああぁぁぁぁぁぁ...」

 

あまりの速さにおかしな悲鳴をあげながら離れていくレフィーヤ...少しかわいそうだ...

 

ティオナ、ティオネ、ガレス共に高難易度の素材採集が命じられ各自部屋を出て行った。

 

「リヴェリア!君はアイズを追うんだ!いけるか?」

 

「無論だ、一度治療院に向かってからすぐに後を追う」

 

フィンは黙ってうなずいた。

 

「本来、このオラリオを離れる場合ギルドの承認が必要だからね。僕はロキとそちらの処理をしてから素材収集に向かおう」

 

 

 

治療院

 

扉をノックしようとしたリヴェリアだが中から話声が聞こえノックしようとした手を下げた。

 

治療院ではギルドで雑務を終えたロキがベルの元にいたミアと話をしているようだ。

 

「ミア母ちゃん、ええんか?もう引退した身やろ...」

 

「ロキ様、あたしはねぇ。後悔してるのさ。団長達が死んだあの時あたしがあの場にいれば何とかなったかもしれない...なんてことはいうつもりはないけどね。少なくとも仲間と共に死ねた...生きながらえちまったあたしはあの二人の子供、アイズを見守ることにしたのさ。知らない間に面倒事をかかえた子たちが集まってきちまったけどね。まあそれもいいもんさ...」

 

ベルの頭をなでながらミアは続けた。

 

「この子もあの二人の子供なんじゃないかい?最初にこの子を見たとき団長の気配を感じた。あたしが見間違えるわけないからね」

 

ロキはなんともいえない表情で無言のままでいる。

 

「あの二人の子供をみすみす死なせることはできないさね。この緊迫した状態だ、あたしもアイズを追うよ。リヴェリア、それでいいかい?」

 

二人に気を遣い気配を消していたリヴェリアが二人の前に現れる。

 

「さすがミアだな、私の気配に気が付いていたか」

 

「とりあえず時間もない、あたしの店まで来ておくれ」

 

ミアは立ち上がると出口へと歩いていく。

 

「ミア母ちゃん、でかい借りができた。この礼はウチの名に誓って必ず...」

 

ミアは顔を振った。

 

「礼なんかいらないさ。すでにあの子たちの面倒を見てもらってるんだ。あたしの方が借りを返す番さ」

 

「ミア母ちゃん...おおきにな」

 

「それじゃああたしの店に行くよ!」

 

治療院を出るとその巨体からは想像もつかないほどの速さでミアは店へと向かった。レベルの低い冒険者ならその姿を視界にいれることすらかなわないだろう...

 

豊穣の女主人はクローズという看板が掛けられ中は薄暗くなっていた。いつものこの時間なら冒険者たちで店はにぎわい店員たちは忙しく働いているはずだが今日はとても静かだ。

 

ぎぃと扉を開けると中には5人の影が...

 

「ミア母さん、準備は整っています。ここにいる者達以外は店の警備にあたります」

 

完全武装している者が3人

 

【疾風】リュー・リオン

 

【黒拳】ルノア・ファウスト

 

【黒猫】クロエ・ロロ

 

暗黒時代を生き延びた強者たちだ。それぞれがレベル4、修羅場を何回も潜り抜けてきた猛者だ。

 

貴族に扮している者が2人

 

【戦車の片割れ】アーニャ・フローメル

 

シル・フローヴァ

 

どこからどう見てもダンジョンに行く恰好ではないが何か考えがあっての事だろう...

 

「あんたたち、何をしているんだい?あたしは休暇を与えたはずだよ?」

 

腕組みをして5人を睨みつけるミア。

 

「私たちも共に行きます」

 

「たまには体動かさないと鈍るってもんです」

 

「にゃー、代金はベルの体で払ってもらうにゃ」

 

一人怪しい発言があるが大恩あるミアを一人でいかせない、一時期とはいえ一緒に働いて気に入っているベルが死に直面しているという状況にいてもたってもいられなかったのだ...

 

ミアはふぅーっと大きなため息をついた。

 

「まあ休暇をどう過ごそうがあんたたちの勝手だ。バイト代はでないよ!」

 

「で、あんたたちはそんな恰好してどこへ行こうってんだい?」

 

ふわりとスカートの裾を摘みシルが会釈した。

 

「エルドラド・リゾート、娯楽施設の最大賭博場に目当ての品があります。ミア母さん」

 

「にゃーカジノに行くなんて初めてニャ!みゃーの腕でちょちょいと景品とって来るにゃ!」

 

ミアは額に手を当てた。

 

「アルテミシアの葉かい?」

 

「さすがミア母さん、世界に数枚しかないといわれる素材です。めったなことでは手に入らないみたいですけどカジノのオーナーがお金をかけて1枚だけ入荷したみたいなんです」

 

「あんたたち2人で大丈夫なのかい?」

 

「大丈夫です!私が懇意にしている神様が何かあれば動いてくれるようなので」

 

ミアはまた盛大にため息を吐いた...

 

「あたしは用意してくるから3人は店の外でまってな、シル、アーニャ、あんたたちも無理はするんじゃないよ!」

 

そういうとのっしのっしと店の奥へと姿を消した。しばらくすると馬車が到着しシルとアーニャは娯楽施設へと向かった。

 

「ところでミア母さんはどこのファミリアだったの?リュー何か知ってる?」

 

ルノアが隣にいるリューに声をかけた。

 

「いえ、私もどこのファミリアに所属していたかは知りません...ただ、少なくともレベル5の上位以上なのはわかります。私が一歩も反応できない相手ですから」

 

その言葉にクロエが首をかしげた。

 

「にゃ?そんなに強いならもっと有名になってるはずにゃ」

 

3人とも腕に自信があり、オラリオの情勢を調べたことがあるので顔がリストに載っていれば知っているはずだった。

 

「まあお前たちが知らないのも無理はない、ミアも大分まるくなったからな...それに死亡扱いされている」

 

「死亡扱い...リヴェリア様それはどういう事でしょうか?」

 

外でそんな話をしていると店の中からギシッギシッと近づいてくる音が聞こえる。扉に近づくにつれ圧迫感のようなものが迫る。

 

ビリッッ全身を危険信号が駆け巡ってた。

 

扉を開けて出てきたのは顔まで覆い隠す全身黒のフルプレートの戦士だった。肩に担いでいるのは身の丈ほどあるバトルアックス...

 

リヴェリア以外の3人は一瞬にして背後に飛びのいた。全身から噴き出す冷や汗が自身と相手との大きな戦力差を表している。

 

「嘘...ゼウスファミリアは全滅したはずです...」

 

「あたしも賞金稼ぎだったから知ってるよ...というか知らないはずない」

 

「にゃ...死神(タナトス)だにゃ...」

 

クロエが尻尾をプルプルさせて震えている。

 

「死神とはえらく物騒な名前ではないか」

 

「みゃーの見た古い暗殺の依頼書...そこに書かれていたSSクラスの難易度の暗殺対象にゃ。SSクラスなんて何十人束になっても不可能、何人もの暗殺者を返り討ちにしたって話にゃ。だからファミリアの皆から死神とか鬼神とか呼ばれてたにゃ」

 

かつて最強と呼ばれたファミリア、存在するだけで犯罪抑止力になるとまで呼ばれた英雄たち。その中の一人がゼウスファミリアのNo2 ミア・グランド 二つ名は【黒の執行者】万物全てを両断する力を持っていると恐れられていた人物だ。ギルドの公式記録ではゼウスファミリア全滅時に戦死したことになっている。

 

「この鎧を身に纏うのも十数年ぶりかね...なんだいあんたたち、さっさと行くよ」

 

「「「はっはい!」」」

 

びしっと姿勢を正す3人にミアは苦笑した。

 

「あたしは過去の亡霊さ、仲間の死んだ知らせを受けたときあたしは一度死んだんだ...心を折られた、復讐する気すら起きないくらい粉々に...今はこの店の主人であんたたちバカ娘共の親代わりさ...ただ今一度,アイズとベルを助けるためにあの頃の自分に戻ろうかね」

 

バサッと鎧と同じ黒いマントを翻しバベルへと向かう、その背中には彼女の誇りでもあるゼウスファミリアのエンブレムが刻まれていた...

 

 

 




呼んでくださっている皆様、いつもありがとうございます。

評価お気に入り登録もありがとうございます。大変うれしく思います<m(__)m>

今回出陣シーンの挿絵を絵師さんにお願いしようとしていましたが、少々都合がつかなくなり挿絵がなくなりました。また後日アップしようと思いますのでお待ちください<m(__)m>

ミア母さんの設定、アストレアファミリアの設定変えております。当然原作を知った上での変更ですのでご了承ください<m(__)m>

はたして アイズとベルの運命は...

次回タイトル 階層主です。  更新までお待ちください<m(__)m>

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