「アーニャ、この前のお店でのこと覚えてる?」
「いつのことにゃ?」
「娘を失った両親の話」
「ああ、あの時のことかにゃ。ひどい話もあったもんにゃ...」
「うん、調べてもらったらね。多分これから行くところに囚われているみたいなの」
「なるほどにゃ、ミッションは2つってことにゃ!何かあったらみゃーにまかせるにゃ!」
「うん!ありがとう、アーニャ!」
いざグランドカジノへ...
「うふふ...さあ、もう一勝負行きましょうか。テッドさん?」
妖艶な笑みを浮かべるシルは向かいに座る男だけに聞こえる小さな声で話しかけた。
ビップルームにいるギャラリーが見守る中二人の戦いは始まっていた...
豊穣の女主人を出て歓楽街へと向かったシルとアーニャ。グランドカジノの前まで行くと二人は馬車を降りた。
シルはシンプルだが体のラインがよくわかる紫を主とした美しいドレスを着ている。
アーニャは金色の細工を施したドレスを着ており二人ともどこからどうみても貴族にしかみえない。アーニャはしゃべらなければ、であるが...
シルの親しくしている神様のファミリアに用意してもらった金色に輝くパスを豪華な扉の前にいる係の者に見せると深々と礼をし扉が開けられた。
「にゃー!さっそく勝負するにゃ!みゃーの腕前をみせてやるにゃー!!」
「アーニャ!アーニャは私の傍に...」
シルの声が届く前にすでにアーニャはルーレットの卓の前に陣取っていた。鼻息荒くボールが回るのをみている。
シルは苦笑しながらゆっくりとアーニャの元へと歩いて行った。
(お金に興味はないけれど...ベルさんを助けるにはあの葉を手に入れないと。例の件もあるし...まずはこのカジノのオーナーを引っ張り出さないと)
シルがそんなことを考えている中アーニャはすでに3連敗していた。
「にゃ゛ーなんで勝てないにゃーー!!」
ムキになって大金を失っていくアーニャ。次は黒に今持っている全てのチップをかけるつもりのようだ。ルーレットのディーラーがアーニャが黒にかけたのを見てボールを投げ入れた。オラリオのカジノでのルールはディーラーがボールを投げ入れてからでも一定の時間がたつまではベットの変更が可能である。
シルはアーニャのチップを動かし赤に全額を投入する。
「にゃ!何するにゃ!」
「大丈夫、私に任せて」
にっこりほほ笑むシルにアーニャは顔が引きつる。
(シルのこの顔は...本気にゃ...)
ボールは赤に止まり2倍のチップがアーニャの手元の戻された。アーニャはひきつった笑顔のまま無言で席を立つとシルと入れ替わった。
「アーニャは私に触れていてくれるだけでいいから」
そう囁くとシルはルーレットに集中した。
アーニャ・フローメルのスキル
【招き猫の幸運】
触れている者に幸運をもたらすことができる
アーニャのスキルとシルの眼力により倍、倍、倍と赤か黒かの2択を確実に当てていく。
(自分の思ったところにボールを入れている...)
シルはディーラーの腕前を見極めていた。自分たちの今のチップは当初の64倍ほど。軍資金がそれほど多くなかったことを踏まえても一般のオラリオの労働者の1年分ほどのチップを手にしていた。
用意されるチップは多くすでに大勢のギャラリーができるほどになっている。周囲は大いに盛り上がりこの少女がどこまでかけるのかを期待し楽しんでいるようだ。基本的にこのグランドカジノは貴族や有力なファミリアなどの社交場にもなっている為新顔のシルとアーニャは普通なら多少の警戒はされるはずだが、すでに情報操作はできていた。このギャラリーには多くのサクラが仕込まれている、シルの幅広い伝手でそれを可能にしていた。
ルーレットのディーラーの頬につぅーと冷や汗が流れた...
「では次は全てのチップを黒に」
周囲からはうおぉぉ!と歓声が上がる。しかしその時ほんのわずかだがディーラーの表情が緩んだのをシルは見逃さなかった。
シルはチップを動かせるぎりぎりの時間に全てのチップを0に一点賭けに変更した。
(!!??)
ディーラーの表情は一転。絶望の表情に変わった。カラコロとボールが転がり落ちた場所は赤でも黒でもなく緑の0だった、配当は36倍、一気に見たこともないほどの大金を手に入れた。
周囲からの大歓声、その歓声をかき分けでっぷりとした腹の趣味の悪い指輪を付けたドワーフの男とその護衛らしき男二人が拍手をしながらやってきた。
「いやーはっはっは、これはすばらしい。その美しさと強運私もあやかりたいものですな」
シルとアーニャの前に男が立つ。
「あなたは?」
「これは失礼しましたな、私はテリー・セルバンティス。このカジノを経営しております」
薄く笑みを浮かべるシル。
「わたくしもお会いできて光栄ですわ、テッド...テリー・セルバンティスさん」
スカートの裾をつまみシルは礼をかえした。先制攻撃も忘れてはいない。
(この女...今なんといいかけた?まさか...)
「今日ここにきた目的はは二つありますの」
ちなみにアーニャはシルの言葉使いと表情の変わりようにやっぱりシルが最強だと改めて思っていた。
(...やっぱりシルは魔女にゃ...)
「一つはアルテミシアの葉」
「おやおや、あの葉を求めているのですが、あれは高度な回復アイテムと認識していますがどなたか助けたい人でもいらっしゃるのですかな?」
その問いには答えずにシルは続ける...
「もう一つ、人を探しておりますの」
「ほう?探し人ですか、それとこのカジノが何か関係があると?」
更に続ける
「私の知人から聞いた話なのですが...知人は悪漢達の誘いに乗ってしまい賭博に手を染めて財産を奪われた挙句、大切な一人娘をさらわれてしまいました。もちろん、賭博に応じた知人が愚かだったのは明白。しかし、私はこんな話を聞きました」
シルの話を聞くテリーと名乗る男の頬がぴくつく...
「大勢の麗しい娘を懐に囲う一人の男の話を...その男は...」
(この女...)
テリーはシルの言葉を遮るように大声で話し出した。
「なるほど、事情はわかりました。アルテミシアの葉は世界でも数枚しかない貴重なアイテムですが私との賭けに勝てたらお譲りいたしましょう。本来はこのカジノの繁栄の為、飾っておくだけのつもりでしたがいいでしょう。このままではこのカジノにある全ての金貨をもっていかれてしまいそうですしなぁわっはっは...」
周囲にはここの経営者としての気前のいいところを見せておきたいテリー...
「もう一つの件につきましてはそれが本当のことなら嘆かわしいことですな。私もその娘達を探すことに尽力いたしましょう。私に勝てたらですが...」
シルはにっこりと笑った。
「わたくしが負けた場合は、如何様にでも」
(俺の秘密を知る者を生かしてはおけんが、この女達程度なら軟禁状態にでもして楽しめばいい。何かあっても俺にはこの二人がいる)
背後に控える二人にテリーが目くばせすると2人は無言でうなずいた。
「いいでしょう!それではここでは何かと不便ですし、高額な賭けとなりますのであちらのビップルームでの賭けといたしましょう」
(あの扉の向こうは俺の庭、誰にも邪魔はさせん)
他に仲間がいる可能性があった為、テリーは二人をビップルームへと案内した。シルも
今回お願いしたサクラ達に目くばせをし後は自由に、と合図をした。
扉をくぐるとそこは先ほどまでのカジノエリアとは異質な空間になっていた。そこでバカラやポーカーといった賭けをしているのは貴族達の中でも更に特別な会員たちなのだろう。先ほどまでは豪華という単語があう場所だったが、この場所はサロンのように落ち着いた場所だった。そこで働くスタッフは男性以外は皆美しいドレスを身に纏いにこやかに仕事をしていた。
「かわいそうに...」
そんな言葉が自然とシルの口から発せられた。にこやかに見える表情だが心は泣いているように感じられたからだ...
アーニャも同様に何かを感じ取ったようでピリッと僅かに空気が変わった。
シルとアーニャはビップルームの中央にあるテーブルへと案内された、スタッフがグラスを持ってやってくる。アーニャが受け取ると顔をしかめた。
「シル、飲んじゃダメにゃ。何か入ってるにゃ」
コクっとシルはうなずきグラスもらって飲むふりだけしテーブルへと置いた。
グラスに入っているのは僅かだが中毒性、依存性がある薬。少量だが継続して飲むことでその効果は発揮される。簡単に言えばこの場所へと来たくなるように誘導する薬ということだ。
対面に座ったテリーはにやにやと笑いながら様子を眺めている。美姫に囲まれ、美酒美食に囲まれ、大金に囲まれる...さながら一国の王、独裁者のように自分の立場に酔いしれている。
「それではゲームを始めましょう、シンプルにトランプを使ったゲームといたしましょうか」
カジノでの戦いはここからが本番だ...
読んでいただいている皆様ありがとうございます。
そしてお久しぶりです。大分更新が遅くなりまして申し訳ありません<m(__)m>
体の方も復活しましてこれからまた更新していきますのでよろしくお願いいたします。
今回はカジノでの一コマでした、次の話でカジノは完結します。
その次はアイズさんのお話になる予定です。
次回はあの神様も登場する予定なので皆様更新までまたしばらくお待ちください!