「そうですな、それではこのトランプを使ってゲームをいたしましょう」
そういうと男性のディーラーがテリーの後ろからトランプを一組もってくる。
「一つのゲームですと公平に欠けるかもしれません。よってこのトランプを使用したゲームを3回行い先に2勝した方の勝ちといたしましょう」
シルはアーニャと顔を見合わせ頷いた。
「では先にお好きなゲームを決めていただきましょうか。レディーファーストということで」
シルは悩んだ末一回目の勝負はHighLowを行うことにした。完全な運任せのゲームなら招き猫の幸運のスキルの後押しで有利のはず。
「ではシンプルにHighLowを希望いたします」
このゲームはディーラーが引いたカードより自分のカードが高い数字なのか低い数字のなのかを当てるとうい単純明快なゲームだ。そこに技術は不要、単純に運が勝負の分かれ道になる。それならば招き猫の幸運のスキルが発動しているシルの方が有利といえよう。そこにシルの眼力が加わるのなら鬼に金棒だ。ディーラーの表情、瞳の動きを読み切る。
「いいでしょう。では先に3回勝利した方が勝ちとしましょう。両方勝利の場合は引き分けといたしましょう」
テリーが指をパチンと鳴らすと先ほどトランプを持ってきたデイーラーが恭しく礼をして卓についた。
ちなみに今回はAが一番弱くKが一番強い、ジョーカーは抜きだ。
ディーラーはトランプの束をシャッフルするとテリーとシルに一枚ずつ配った。そしてディーラーが最初に引いたカードはハートの7だ。数字的には大きくもなく小さくもなく難しい数字だ。
「テリーさん」
テリーの背後に控えている護衛の男がテリーに声をかける。
「くくっっ...このゲームはいい。普通に勝負するとしよう」
ぼそぼそと会話する相手に違和感がつのる。そもそもこの会場は相手の独壇場...強欲なテリーが真剣勝負をするとは思えないが...
シルは迷いなく選択した。
「Highにかけさせていただきます」
カードをめくるとスペードのQ問題なくシルは言い当てた。
シルはにっこりとほほ笑むとテリーの瞳を観察した。目があった瞬間テリーは心の奥まで覗かれるような感覚に陥る。
(...なんだこの悪寒は...この俺が気圧されているだと...)
「さ,さすがですな。なんの迷いもない。私はとんだ怪物を相手にしているようですな」
(この俺がこんな小娘なんかに気圧されてたまるものか。ここにはビップ達も多くいるんだ)
シルは扇子で口元を隠すとクスリと笑った。その余裕の笑みが更にテリーを熱くさせる。しかし、今は仕掛けを実行することはできない。
(まあいい...本番はここからだ)
「私はLowだ」
テリーは自分のカードを確認する、カードはハートのJ。これでシルが1勝先に得ることになる。
「まだまだこれからですぞ、次の勝負と行きましょう」
眉間に皺をよせつつ務めて冷静に次のカードをディーラーに要求した。
「うふふ...あなたの考えていることが手によるようにわかります...」
シルはぼそっと呟いた。それからシルは問題なく3連勝テリーはイカサマをしていないとはいえぼろぼろに負けたことにより大分イライラしている様子だ。
「これで3勝。このゲームは私の勝ちですね...テリーさん」
ビキっとテリーの額に青筋がたつ。
「今日は幸運の女神様が私にほほ笑んでくれているようです」
拳を握りしめ、なんとか冷静さを保とうとするテリー。
「そうですな、ですが次のゲームはそうはいきませんぞ」
パチンと指を鳴らすと別のディーラーが新しいトランプを持ってくる。先ほどのトランプとは違い金色の装飾が施され豪華なつくりだ。
「ここからが本番です。次は私の番ですな。では2対2で行うmemoryでいかがでしょうか?遥か東の国では真剣衰弱というようですが」
そういうとディーラーがテーブルの上にトランプを並べ始める。
「真剣衰弱?なんにゃ?シル知ってるにゃ?」
「うん、お店のお客さんに教えてもらったことはあるけど...」
ぼそぼそと二人で話しているとテリーからルール説明があった。
「お二人ともよろしいですかな?それでは簡単にルール説明をさせていただきます。ここに52枚のカードがあります。このカードを2枚引いて同じ数字が揃えばその2枚は自分のものとなります。更に揃った場合もう一度カードを引くことができます。最終的に相手チームより多くカードを持っていた方の勝ちです。どうです?シンプルでしょう」
にやにやと先ほどまでのイライラした表情から一転、すでに勝利を確信しているような表情なのが気になる。
「にゃーそれならみゃーにもできるにゃ」
アーニャはやる気満々だがアーニャのギャンブルの弱さには定評がある...
「それでは、そちらの猫人のお嬢さんはこちらへ」
そういうとアーニャは卓の東側へと移動する。
現在の位置は卓の北側がテリー、南にシル、西にテリーの背後に控えていた男、東にアーニャという並びである。この時点でアーニャの招き猫の幸運の効果はきれた。
「アーニャ、ちゃんと自分のカード覚えててね」
「大丈夫にゃシル!みゃーに任せるにゃ!」
少し前にルーレットでぼろぼろに負けた記憶がシルにはよみがえる...
「私がなんとかしないと...」
順番は全員でダイスを振り一番大きな目がでた人から時計回りでカードを引くことになった。
全員がダイスを振る...
「ニャー!みゃーが一番ニャー!」
順番はアーニャ、シル、護衛の男、テリーという順番になった。真剣衰弱では一番最初に引いた者が有利とは限らない。最初に52枚のトランプの中からペアを作る可能性は低い、何順かしてカードの位置を記憶してやっとペアができ始めるのが普通だ。
「にゃっ!にゃっ!...にゃーー...」
アーニャが最初に引いたカードはハートのAとスペードの3、ペアはできずにふてくされながら元の位置に戻した。
次はシルの番だ。先ほどのテリー達の様子を見るにおそらくなんらかのイカサマをしている可能性は高かった。しかし、この場ですぐにそれを看破することは至難の業だ。カードの配置なのか、それとも特殊な加工でもしてあるのか、ディーラーの動き、相手の動きに神経を張り巡らせていた。
「では、私はこれで...」
シルの引いたカードはクローバーのKとハートの7ペアにはならなかった。
(1順目はしかたない、勝負は2順目から...!)
男たちは笑った。自分たちの勝利を確信したかのように...この勝負は始まった瞬間にほぼ敗北が決定していたのだ。今回使用した豪華なトランプ、このトランプには細工がしてあった...通常のシンプルなトランプなら傷や色合いの微妙な変化があれば違和感も出てしまうがこのカードはそれは趣味悪くゴテゴテと装飾が施されその違和感を消していた。作った本人でなければこの違いには気が付けないだろう
テリーの仲間の男がカードを引くが揃わない。
「それでは次は私の番ですな...」
一枚、また一枚とカードをめくるテリー。
「おやおや...どうやら幸運の女神様は気の多い神のようですな。はっはっは」
テリーの手元にはペアの山ができる。
「に゛ーうそにゃ!イカサマだにゃ!」
ガタッと椅子から立ち上がりテリーに対して文句を言うアーニャ。それを心底嬉しそうにテリーは眺めた。
「あなたたちのような人は稀にいるんですよ。己の欲なのか、正義感からなのかはわかりませんがね。私はそんな人たちの絶望する顔を見るのが楽しくてしょうがない...ここは俺の庭だ。俺が王なのだ!」
(こいつ...殺ってもいいかにゃ...?)
アーニャの目つきが変わると空気がピリッと張りつめた。テリーの護衛二人が自然と自分の武器に手をかける。
「アーニャ!」
シルはそっとアーニャの手を握った。
「ごめんね...少しだけ我慢して...」
言葉の意味が分からず首をかしげるアーニャ。シルの言葉はすぐわかることになる...
「それでは次のゲームに移りましょう。このゲームに勝利した方が勝者となります。お二人とも覚悟はよろしいですかな?もうすぐあなた方には自由がなくなる」
シルは自分のイヤリングをひと撫ですると次のゲームの提案をした。
「最後のゲームは一対一でポーカーはいかがでしょうか?」
にやりとテリーは笑い腕を組みながら大きくうなずいた。
(俺に負けはない...この勝負がついたらこの二人をどうしてやろう...うまそうだ、今から下半身が熱くなる)
今にも涎を垂らしそうな醜悪な顔をするテリー。見ているだけで鳥肌がたつ...
「いいでしょう。それではチップを用意いたしますのでそのチップがなくなったら者が敗者ということで」
テリーが指を鳴らすとガラガラと箱に入った豪華なチップが運ばれてくる。このチップは一枚100万ヴァリスだ。それが100枚ほどある...
ふぅーとシルは一度大きく息を吐くと目の前にいるテリーをまっすぐ見つめた。
「あなたがこのカジノの経営者としてイカサマをせずに勝負してくるなら...よかったのに...」
「なにを馬鹿な...」
コツッコツッコツッ...
「ここを通してくれるかしら?」
ビップルームの扉の前に誰かいる...
「この先はビップエリアで...あぁぁぁぁ...」
扉の前にいた男たちは腰から砕けるようにしてその場に座り込んだ。トロンとした表情で涎をたらしている。
「オッタル」
「ハッ!」
ずずずずっと扉が開かれる。そこにはこのオラリオでロキファミリアと同等の力を持ちレベル7、猪人の冒険者【猛者】 オッタルを従えた神フレイヤが立っていた。
ドレスコードのフレイヤは立っているだけで周囲を魅了していた、心を奪われるとはこのことなのだろう。扉を開けた瞬間、その姿を見たものはフレイヤの虜となる...
「あら、シル。久しぶりね」
フレイヤはにっこりとほほ笑む。
「これはフレイヤ様、こんな場所でお会いできるなんて...」
シルもにっこりとほほ笑んだ。
その様子を見て固まっていたテリーがダラダラと汗を流す...
(この女っ神フレイヤとつながりがあるのか!?俺はなんてことを....)
護衛の男たちもオッタルを見て戦意喪失、微動だにしない。
「面白いことをしているようね。私も見物させてもらおうかしら...」
ディーラー、そして相手のテリーのことを見つめるフレイヤ。
「あなたがテリー・セルバンティス?」
「そ...そうです」
魅了より恐怖が勝っているのだろう、がたがたと震えている。
「そう...この勝負でシルに勝てたなら私は何も言わないわ」
そういうともう一度フレイヤはディーラーを見つめた。ディーラーはフレイヤの方を見た瞬間へぁぁという妙な声を出してその場にへたり込んだ。
「あら、ディーラーがいなくなってしまったようね...オッタル!」
「ハッ!お任せを」
燕尾服に身を包んだオッタルが新しいトランプの束を要求し、それを受け取るとその大きな体からは想像できないほど可憐にシャッフルした。手や腕の動きがかけらも見えない。敬愛するフレイヤの命とあればどんな要求でも満たす。それがオッタルだ。
シルの隣でガタガタと震えるアーニャの頭を撫で落ち着かせもう少しだけ我慢してねと再度囁いた。
「ジョッキで一番強い酒持って来るにゃ!」
女性が持ってきた竜殺しという酒をがぶがぶ一気飲みをしシルの隣でシルの肩に頭をのせ沈黙するアーニャ...
「それでは勝負と行きましょう...心の準備はよろしいですか?テリーさん?」
ギリッと歯ぎしりとともに勝てばいいんだ...そうなんども呟いて正面のシルを見つめた。
「いいでしょう...」
すっすっと二人にカードが配られる...シルは自分の手札を見て10枚ベットした。テリーは一度3枚交換するとにやりと笑い更に追加で3枚レイズする。
シルはにこやかな笑みを浮かべながら更にレイズを重ねた。テリーの手札はフルハウス...通常なら強い手だ。勝負してもなんら問題はない。ただこの勝負にかかっているのは自分の全てだ、今までのようにイカサマもできない...したところでオッタルの目をごまかすことはできないだろう...今まで悪行を重ねて甘い汁を吸い自分を王などと勘違いしていたずる賢いだけの男がこの大勝負で冷静でいられるわけもない。
賭け金が30枚までいったところでテリーはこの勝負を降りた。
手札が公開される。
シルの手札 ワンペアすらできていない
テリーの手札 フルハウス
「うふふ...さあ、もう一度勝負といきましょうか。テッドさん?」
小さな小さな声、対面に座るテリーにだけ聞こえるような声でシルは笑った。
テリーは自身の顔を両手で血がでるほどひっかきよくわからない声をあげている。
「ぐうぅぅぅっっ...アルテミシアの葉は差し上げます。なのでここで引き分けに...」
テリーが話し終わる前に大きくはないが透き通るように響くシルの声。
「ルールではチップがなくなるまでということでしたので続けましょう?」
いきなりガンッと卓に頭をぶつけ涙ながらに懇願し始めるテリー。
「すみませんでしたぁぁ...もう勘弁してくださいぁぁぁぃぃぃ...」
「...2回目のゲーム。イカサマを認めますか?」
あくまでも表情は変えずににこやかにシルがテリーを問い詰める。
「ばいぃぃぃ...しましたぁぁぁ...ゆるしてくださいぁぁぃぃ」
涙でぐしゃぐしゃになった顔を何度も何度も卓に叩きつけ懇願するテリーをビップルームにいた招待客もドン引きしながらみていた...
「そうですか...では続けましょう」
シルがそういうとオッタルはトランプをシャッフルし5枚カードを配った。
クスっ
豪華な椅子に座ってワインを飲みつつその様子を眺めていたフレイヤは笑みをこぼした。
「シルは相変わらずね...怖いわ」
醜いテリーは見るに堪えないがシルの容赦のなさは見ていて気持ちのいいものだ。
シルは配られたカードをみてまた笑う...
「私に勝ちさえすれば全て丸く収まるのでは?テリーさん、でしたっけ?あなたには私に勝つしか未来はありません」
内心なんとかあやまってどうにかしようと表面上だけの謝罪をしていたテリーはわなわなと震え項垂れた。冷や汗の量も尋常ではない。
「ぐぅぅ...2枚交換だ...」
カードを確認するとテリーは5枚ベットした。
「私、人を見ることが好きなんです...たくさんの人がいるとたくさんの発見があって目を輝かせてしまう...それで人間観察ということを続けているうちになんとなくわかるようになったんです」
シルはにこにこしながら続ける。
「その人が今何を思っているのか...本当か嘘か、怒っているのか悲しんでいるのか...瞳はいろいろなことを教えてくれる。私はその人の瞳を見ると魂が見える気がするんです。先日も真紅の瞳の中にすごく美しい魂が見えるような人に会いました...とても純粋で真っ白で...」
席を立ちゆっくりとテリーの方へと足を進める。
「初恋かもしれません...その人の特別になってみたいと初めて思いました...でもその人には大切な人がいる...恋って難しいですよね...」
くすくすと笑いながら徐々に近づいていくシル。そしてテリーを見下ろした...
「ここで働いている美しい女性たち...彼女たちの目は絶望の光で満ちています。そして助けを求めています。彼女達にも大切な人たちがいるはず、そして彼女たちを大切に思っている人たちもいるはず...そんな彼女達の事を苦しめているあなたの事は...」
テリーまで近づくとぐいっとネクタイを掴んだ。
「絶対に許しはしない...」
氷のように冷たい目でテリーを見つめた。数秒見つめあった後すっと元の笑顔に戻りゆっくりと元の位置へ...
それからは早かった、テリーにはすでに相手と駆け引きするような気力は残されておらずシルは相手の全てのチップを手に入れた。
「これで私の勝ちですね。約束は守っていただきましょう」
「くっそぉぉ!こいつだけでも!」
テリーの後ろに控えていた護衛の二人が最後のあがきにシルを切りつけようとしたところを一人はオッタルによって腕を握りつぶされもう一人は起きたアーニャのけりが下あごにヒットし沈黙した。
パン!
シルが手を叩き大きな音がした。周囲がシンッと静まり返る。
「これで皆さんは自由です。それと今回の件に関わった皆様方、覚悟しておいてください」
シルの言葉にワーッと女性たちが声をあげシル達の元へとやってきてお礼を言っている。しかし今この場にいなく幽閉されている女性もいるようだった。
「シル、いいわ後は私に任せなさい。オッタル!」
「ハッ!情報操作、ガネーシャファミリアへの連絡は抜かりなく」
フレイヤは薄くほほ笑むと満足したように部屋を出る。部屋の外で待機してい4人の小人族と共にカジノを後にした。
「アーニャ、目的は果たしたしベルさんのところにいこ!」
そういうとアルテミシア葉の入った小箱を抱えアーニャの手をひいた。
「に゛ゃー頭痛いにゃ、ふらふらするにゃ。あの人が来るなら先に言ってほしかったにゃ」
シルはアーニャの前で手を合わせペロっと舌を出した。
「ごめんね、イカサマの可能性は最初から予想していたし、私だけでも勝てたとは思うけど...部屋の女性達みてたらムッとしちゃって...」
アーニャもそれには同感のようでうなずく。
「それに、フレイヤ様もベルさんの事気にかけてたみたいだったから...」
ついでにテリーもといテッドの悪行も潰せたことだしミッションは大成功だ。
カジノの外に待機していた馬車に乗りこみ二人は歓楽街を後にした...
いつも読んでいただいている皆様ありがとうございます。
今回はカジノ編最後ということで年内に投稿できてよかったです。
フレイヤさんが参戦したことにより本編とは違い戦闘はほぼおこらず戦意喪失という感じにまとめました。まあ原作と同じ流れすぎるとつまらないですし...<m(__)m>
これで年内最後の投稿となります、皆さん来年も良い年でありますように...
次回はアイズ決戦です。
イラストも入る予定ですのでお楽しみに<m(__)m>