ははっ…………はぁ
『そう、ぐーるぐーるだよ、ソレイユちゃん! そのままー、そのままー!』
『……………………成程。少しコツが要りますが、少ない魔力消費でのクラフトが可能になるのですね』
ロロライナ・フリクセルの言葉の通りに従い、ソレイユは鍋をかき混ぜる。
少しコツが要ると言うのは、錬金術を行う技術に加え、ロロナの言葉を理解する事もある。
そしてかき混ぜ続けて30分ほどした頃であろうか、ソレイユが手を止めた時、プレーンのパイが出来上がっていた。
『ソレイユちゃん、錬金術初めてなんだよね? って言うか、本当に目が見えてないの?』
『はい。魔法使いとしての研究の経歴は長いですが、錬金術と言う技術体系は初めてですよ。まあ、誰かがやっていると言う所は何度か見た事があるのですが……目に関しては、盲目ですよ。ええ、決して細目にしている訳ではありません』
『凄いなぁ…………初めての調合なのに、1回で成功するなんて』
『くすくす。元々、魔法使いにもこの様な調合の技術はありますので、本当に初めてと言うわけではありませんよ…………ですが、幾ら調合でも、流石に此処まで物質が変化する事はありませんが』
そう言った意味ではミント王国に存在する調合技術は錬金術に似ているのかもしれない。
しかし、流石に混ぜただけでパイは出来たりしない。
『うん。品質50、普通のパイだけど、初めてなら十分だよ!』
『品質、ですか?』
『そっか、その事についても話さないとね。品質って言うのは、アイテムの出来栄えって言えば良いかな? 高ければ高いほど、効果が良くなったり、お店で高く売れたりするよ』
『成程』
見ただけで解るものなのかと思うソレイユであったが、職業的に慣れてくると見ただけで解る物なのだろうと納得する。
『実に奥が深そうです。残念ながら、私は全てを学んでいく事は不可能そうですが…………』
『ええー! ソレイユちゃん、すっごく筋が良いのに、どうして!?』
『一応、見聞を広めるたびに旅をしている訳ですからね。そろそろ帰らないといけないと考えていた時に、ロロナさんに出会ったのですよ』
『あ、そっか…………ソレイユちゃん、旅人さんだったんだよね。えっと……そんなにちっちゃいのに、何で世界中を旅してるの?』
年齢の事は話していないので完全に子ども扱いである。
まあ、話したところで信じてもらえないだろうし、ソレイユとしても、もう肉体の成長に関しては時が解決するだろうとかなり長い目で以って諦めているのであった。
『研究の題材探しですよ。実に平和な地域ですからね、私もやる事は研究くらいしか無いのです……かと言って、国内では有名になりすぎましたので、中々町を出歩くことも出来ませんしね』
『そうなんだ…………私も、最近は錬金術士として名前が知られてきたみたいだから、気持ちは解るかなー』
『まあ、研究目的が見つからなくても、国外の状況を調べて報告すれば、成果無しで終わる事もありませんし、今回はその上錬金術と言う面白い技術も手に入れる事が出来ましたので、十分な旅となりましたよ』
『あ…………ソレイユちゃん、その王国に帰る前に、聞きたい事があるんだけど、私の師匠。アストリッドさんって人を見かけた事は無いかな? 先刻、何度か作業してる錬金術士さんを見た事があるって言ってたよね?』
『ロロナさんのお師匠さんですか? 流石に記憶にありませんね、名前も今聞いたばかりですし、その方も旅をされているのですか?』
『旅と言うか、放浪と言うか…………気分次第で、色んな所に行っちゃう師匠なので……』
『それは……探すのが大変そうですね』
興味がある分野には何でも手を出すソレイユと同じ様な人物なのであろう。
自制が効くか効かないかの違いはありそうだが。
『ソレイユちゃんが旅してきた所には師匠は居なかったんだよね? 何処を旅してきたの?』
『此処に来る前までは、南の方の浮遊島を。列車の旅を長い事していたんです』
『…………南? 浮遊島? アーランド大陸にそんなのあるの? 後、列車って何?』
『アーランド大陸ではありませんよ、もっと南です。海を越えた先にある別の大陸です。そして、列車とは古代の遺跡から発掘された機械の一つですね。馬車よりも早いですよ』
『別の大陸って色々と凄いなー…………って、ソレイユちゃん海を越えてきたの!?』
『はい』
『どうやって!?』
『見ての通り、空を飛んで、ですが…………?』
魔法使いと言う事は信じる事が出来ても、空飛ぶ水晶球に乗って海を越えてきたと言う話だけは信じる事が出来ない様子であった。
『だ、だって海だよ! 海ってけっこう危険なんだよ!? ここ数年で海竜フラウシュトラウトとかが出たって話題になったり!』
『くすくす。ですから、空を飛んで居るんですよ。空を飛んでいれば、海の上では滅多に危険な生物にも遭遇しませんから』
『そ、そうなんだ…………』
『まあ、確かに、一人で海を渡ると言う話は中々理解しにくいかと思いますが、貴女達の様な錬金術士も、旅をする事はあるのでしょう? 私も、魔法使いですからね、それなりに応用が利くのですよ』
『でも、ソレイユちゃん、空を飛ぶにも魔力を使うんでしょ? 不眠不休で飛び続けるのは、流石に大変じゃない?』
『実は、錬金術の便利アイテムがあるのです。以前に立ち寄った国で、空飛ぶホウキと言う物が売られていたのですが、自動で動くので、とても便利なのです。私は、進路を北として自由に飛んでいたら、この大陸へとたどり着いたのです』
『え、そんなアイテムあるの!?』
『はい、こんなのがそうです』
ロロナとしては自分が知らないアイテムだと言う事で興味津々であった。
『品質100、潜在能力+4、祝福された。アイテム効果は街道ひとっ飛び……何これ凄い! ソレイユちゃん! レシピ知らない!?』
『流石に、錬金術士でもない私が、レシピを知っている筈がありませんよ…………』
『あー! こんな時に師匠が居ればー!』
『何か、想像出来そうな材料とかは、無いのですか?』
『…………………………うーん。ちょっと、考えてみる。此処に私の使ってたレシピ本があるから、ソレイユちゃんは出来る所まで作ってみて!』
『は、はぁ…………』
錬金術を始めたばかりの人間に、好きなように作れと言うのも変な話だが、錬金術は数を行わないと上達しないと言われているので、ソレイユは簡単そうなレシピから挑戦していくのであった。
・・・・・・
『解ったー! 解ったよソレイユちゃん!!』
半日ほどであろうか。
ソレイユがせっせと調合を続けているとロロナが飛び込んでくる。
未知の物をコレほど早く解析出切るのかと、その才能にソレイユは驚愕するのであった。
『まず、必要なのは生きているナワ。私が前に作った生きてるパイを参考にして作った、物質に生命を定着させた物!』
『…………おっと、行き成り倫理観的に凄いものがきましたね。生きてるんですか』
『次に、グラビ石。大地の力、重力をその内に秘めた特殊な鉱石!』
『成程。重力系統の力を箒に移植させる事で、空を飛ぶ力をつけるのですね』
『そして最後に中和剤! コレで完成だよー!』
『えっ…………』
『後はコレを釜に入れて、混ぜるだけー! ソレイユちゃん、手伝って、2人で混ぜれば早く終わるかも!』
『は、はい』
箒の材料らしい材料など一切無かった。
根拠が無い協力しての錬金。
しかし、実際に行ってみれば短時間で出来上がり、また取り出してみれば確りと箒の形をしており、その上で空を飛ぶ効果もついている。
錬金術ってスゴイ、ソレイユはいろんな意味で思った。
『…………面白いですね。錬金術とは、此処に居られる限界の時間まで、学ばせて頂いても宜しいですか?』
『あ……うん! ソレイユちゃんがその気なら、何だって覚える事ができるよ!』
『嗚呼、嘆かわしい。王国が、もっと自由に人の出入りを行えていたら、楽しみながら錬金術を学んで帰る事が出来ますのに』
『ソレイユちゃんの居た国って、そんなにも入国が厳しいの?』
『…………いえ、少しばかり特殊な位置に存在している国でして、条件が揃わないと国への出入りが不可能なのです』
『そうなんだ……時期を逃して帰れないなんて事にならないように、私も確りソレイユちゃんに教えないとね!』
『くすくす、宜しくお願いしますね』
『後、ソレイユちゃんの国に、機会があれば行ってみたいな。魔法使いさんが沢山居る国なんでしょ?』
『機会が……そうですね。機会があれば、いらして下さい。ロロナさんならば、きっとどの様な障害があろうとも、辿り着けると信じていますよ』
この世界で唯一、封印された国。
幾度目かの黄昏など、感じさせぬ時を刻む楽園。
王国史始まって以来、何人をも拒み続けた結界を、彼女ならば越えて会いに来る。
ソレイユはそう信じて、微笑むのであった。
『よっし、頑張ろうソレイユちゃん! って言う前に、期間はどれくらいなの?』
『そうですね、計算した所、あと3年後にはこの国を出発しなければ成らないでしょうね。何と言う短い時間でしょう…………!』
『………………ソレイユちゃん。ソレ、時間、十分にあるから』
『えっ』
散々ソレイユが錬金術の応用力の高さに呆れたり、苦笑いをしていた今日の体験であったが、今回ばかりはロロナが呆れる番であった。
・・・・・・
「(……………………思えば、ミント王国に帰ってからもう10年ですか。長かった気がしますねぇ。振り返れば、直ぐに終わる想い出なのですが)」
300と言う平均寿命を越えて尚若い姿のままで生きるソレイユにとっては、矢張り一瞬とも言える時間であった。
しかし、それでも初めての出会いから13年を長く感じているのは、とても濃い時間で、とても充実した時間であったのだろう。
そして、今は錬金術の技術から派生したホムンクルスの技術を研究している。
まだまだ充実した時間は続くのであろう。
「――――匠、ししょ――――――――――師匠!!」
「(まあ、しかし。アレから色々な事がありましたねえ、真逆、私が目の前で叫んでる和也君を弟子に…………と言いますか、私が弟子を採るなんて………………)…………って、和也君、何か用事ですか?」
「はぁ……本当に、起きてるのか寝てるのか解りづらい人ですね。ダイルが行き詰ってます、何か手助けしてやってください」
「む、失礼な子ですね。少し考え事をしていただけですよ…………さて、ダイル君ですか」
「うううう…………出来ん、先刻から産業廃棄物ばかり出来る」
「あら、どう言うことでしょう。錬金失敗では壊れたアイテムが出来上がる筈なのですが、クライス君は産業廃棄物…………の、何でしょうコレ。4種類目、名付けるならDを先ほどから作っているみたいですね」
「師匠、ソレは失敗と言うんです。ほらダイル、混ぜる時間配分を考えろって言ってるだろ、師匠がしっかりと時間表を作ってくれてるんだから」
「んな事言ってもなー!?」
魔力は十分、体力も十分。
ならばコレで失敗する原因は本人の実力不足と言う事になるのだが、ソレイユが作り上げた方法として、混ぜる時間・感覚を錬金物毎にまとめて失敗を極限まで減らす方法を編み出していた。
「あー…………ソレイユ様。やっぱり、オレには才能なんて無いんですよ。ソレイユ様の方法は滅茶苦茶解りやすいですけれど、それでも人には向き不向きがあるみたいですし」
「ダイルさん、諦めては駄目ですよ!!」
「ほら、なっちゃんもこう言ってるぞ。と言うかだ、師匠が言ってた事じゃ無いが、お前はちゃんと魔力を消費して、産業廃棄物を作れてるじゃないか。いや、悪い意味で言ってる訳じゃないぞ?」
「………………才能、ふむ。クライス君のソレは、才能なのかもしれませんね」
「ちょ、師匠!? アンタが才能有りそうだからって言って、ダイルを無理やり連れてきたんでしょうが!?」
「くすくす。和也君、私は別にクライス君に錬金術の才能が無いと言っている訳ではありませんよ? 才能があるから、才能が邪魔をして、私の方法では駄目なのでは無いかと言っているのです」
「ソ、ソレイユ様、慰めの言葉は有り難いのですけど…………おちこぼれなオレに、そんなに才能、あるんですかね?」
産業廃棄物を生み出す才能など聞いた事が無い。
例えば、何を錬金してもパイになるとか、赤飯になるとか、そう言う話である。
人の役に立つものを生み出せるなら胸を張れるのだが、ゴミを量産しても流石に悲しくなるだけだと、ダイルは考えるのであった。
「ですから、クライス君。私の方法が間違っているのですよ、今度は私の言葉に従って、錬金してくださいね?」
「は、はい……!」
「では、言いますよ? クライス君、ぐーるぐーると、混ぜてください?」
「は、はあ!? い、いえ。ぐ、ぐーるぐーる、ですね!!」
何を言っているんだと本気でツッコミを入れたくなったダイルであったが、仮にも相手はミント王国最高位の称号を持つ一人である。
そんな人物に巫山戯た口調で話しかけたら後がヤバイと、何とか理性を総動員して食い止め、自棄になりながらも『ぐーるぐーる』とかき混ぜるのであった。
そして――――――
「…………何だ……ダイル、出来るじゃないか」
「くすくす。では、クライス君。今度からかき混ぜる時は、貴方の判断で行ってください、貴方にはソレで丁度良いようです」
「は、はい!」
初めての成功にダイルは喜び、次の調合を始めるのであった。
「やれやれ。ダイルに付き合ってたら疲れたな。師匠、少し外の空気を吸ってきます」
「はい、適当に戻ってきてくださいね」
ダイルの余りにも型破りな錬金術の成功に、呆れて、そして驚いた和也は、落ち着く為にも外へと出て行くのであった。
「それにしても、ソレイユ様。何でダイルさんは失敗ばかりだったのですか?」
「あ、オレもソレは気に成ります。ソレイユ様の言われた通りに行ったら、直ぐに出来る様になったのは、何でですか?」
「……………………クライスさんは、余計な事を考えると緊張する傾向にあったようです。私の理論を一字一句間違えないようにとするあまり、本来の実力が出せなかった様です。ですから私は、クライスさんに逆に何も考えないで行って貰おうと考えたわけです」
「つ、つまり、オレは単純って事ですか……?」
「さあ、ソレはどうでしょう。クライスさんが私の抽象的な言葉を理解していたのかは解りません。ですが、クライスさんは感覚でどうすれば良いかが解って居る様です…………それを、才能と――――――くすくす」
「そ、ソレイユ様?」
話の途中で急に笑い出したソレイユに、ダイルは怪訝そうな顔で見る。
一緒に居たナナも、何がどうなったのか解らない様である。
「くすくす……失礼しました。余りにも、余りにもクライス君が私に錬金術を教えてくれた先生に、そっくりだったものですから」
「オレが、ソレイユ様の……錬金術の師匠に?」
「ええ、その方も、錬金術の指導に擬音を多用する方で、私もその方の言いたい事を理解する作業が一番苦労しました……ええ、似てますよ。感覚だけで、どんな調合すらやってのける実力の持ち主でした」
「そ、そんな人にオレが……」
「くすくす。教える側になって、初めてです。真逆、抽象的で伝わりづらい説明の方が良い結果になるなんて、思いもしませんでした。嗚呼、今日は懐かしい事を思い出す日です……今、何をやっているんでしょうね」
「師匠!!」
「…………和也君?」
先ほど外に休憩に出て行ったばかりの和也が帰ってきた。
顔が引きつって、声も少しばかり荒い様子である。
「アンタって人は、アンタって人は…………!」
「ど、どうしたのです?」
「くっ…………いいえ、お客さんです。お連れしました」
「…………?」
和也が慌てるほどの人物が来たのだろうかと、そして、自分はそんな人物との約束をしていたのだろうかと記憶をあさるが、まったく心当たりが無かった。
――――だから、来た人物を見て、とても驚く事になった。
「えへへ、ソレイユちゃん、久しぶり」
「………………え、っと。ロロナ、さん? 10年、ぶり、ですね――――あの頃よりさらに、お綺麗になりましたね」
「ありがとう、ソレイユちゃんは、10年前と同じだね」
ソレイユは理解する。
和也は目の前の人物が何処から来たのかを聞いたのであろう。
そして、ソレが何を意味しているかを理解して、先ほどの様な引きつった顔を見せたのであろう。
「えっと、ソレイユ様、その方はどなたなのですか?」
「くすくす。ええと、簡単に説明しますと、彼女はロロライナ・フリクセル。ミント王国の外の世界の人物で、そして、私の錬金術の、お師匠様ですよ」
――――――――暫くして、その言葉の意味を理解したダイルとナナの声が、迷いの森中に響き渡る事は、想像に難くない事であった。