1-1『だから、姉は由比ヶ浜結衣を可愛がるのは必然的なのである』 作:もこかん
「ただいまー!」
明るく、高らかに、そして甲高く。
どこか懐かしく思える声が廊下の奥から聞こえて来た。
それは紛れもなく姉の声に他ならなかった。
ソファーの下で丸くなって寝ていたサブレーまでその懐かしい声に刺激されたのか
顔を廊下の方へ向ける。
ドタバタ。
小走りにも聞こえる弾んだ足音が徐々に大きくなっていく。
そして
ダイニングに集まっていたあたし達の目の前に
久々に目にするお姉ちゃんの姿が表れた。
ダスティピンクの色をした フェイクムートンコート にワインレッド色のショート フレアミディアム丈スカート
そして、とりのこいろサテンリボンシャツといった可愛いらしい服を纏っていて
ダークブラウン色の髪がサイドポニーテールとして束ねられている。
雰囲気からして2年前よりも少し大人な感じが読み取れる。
でも、やっぱり色々とかわらないお姉ちゃんはそこに居る。
「お姉───」
ちゃん、と声をかけようとしたその瞬間
あたしの声を上回る声が、発する言葉をかきけした。
「結衣ぃー!!」
「ぬぁあっ!!」
お姉ちゃんは
帰って来てそうそうに持っていたアタッシュケースやハンドバッグ、紙袋を盛大に周囲に撒き散らし
あたしに勢いよくお姉ちゃんは抱きついてきた
「あいたかったよー結衣ぃー♪」
「お、お姉ちゃん……!苦しい…」
手回しが首筋を捉え、締め上げるようにしがみついてくる
腕を振り払うにしても完全に技(?)がきまっていて抜け出せない。
声を出すのもままならないあたしに御構い無く
容赦ない姉のスキンシップが続けられていく。
「あー、こんなに大きくなって!あ……胸も……。しかも余計に可愛いらしくなって」
「こーら、優陽!部屋を散らかさないの!ほら、自分の荷物は自分の部屋に片付けてから来なさい」
「はーい♪じゃ、すぐに着替えて戻ってくるねぇ」
お母さんのおかげで抱きつかれていたお姉ちゃんの腕はあたしから離れ
すみやかに自分が撒いた荷物を即座に拾い集め、自分の部屋へとむかった。
「ハァ………変わらない……と言うより前よりお姉ちゃんのスキンシップ酷くなってない……?」
「久々なんだから仕方がないんじゃない?」
ん……仕方がない……のかな…?
お姉ちゃんは決してシスコンではない……
と思うけど、今までの行動(今の出来事を含む)
からみてその疑問の念は振り払えない感はある。
けど、スキンシップに関して嫌な感じはしない。
だから、あたしからお姉ちゃんに
特に言うことはないけれど、たまに人前でそれをされるからそれに対しては恥ずかしいからやめてほしい………。
────────────
「それじゃ、いただきましょうか」
「「「「いただきまーす」」」」
入れたてのコーヒーの匂いがダイニング中に香る。
久しぶりの四人で囲む朝食。
いつぶりなんだろうと、記憶を思いおこしながら
バケットパンをちぎっては口へ運んでいく。
「向こうの生活とか大学生活とかどうなの優陽。上手くやってるの?」
「うん、なんとかやってる。友達もよくしてくれてるし」
「そう、ならよかったわぁ」
「なんかごめんね?2年間家に顔出せなくて。色々忙しすぎてさぁ、メールぐらいしかできなくて」
「お姉ちゃんそんなに忙しんだ大学?」
「そうよ、高校の頃より数段忙しいわよぉ。特に芸大関係は日々、デッサンとか課題提出で追われる日々なんだから!ま、私ならちょちょっとで片付けられるんだけどね」
そう言ってお姉ちゃんははにかんだ。
別にあたしにとってそれが嫌味とかには聞こえない。
実際、お姉ちゃんは1つのことにのめり込み始めると、集中力と根気よさがかなりあがるし、それが自分が好きなこと、つまり芸術関係となればなおのこと。
だから、お姉ちゃんにとって課題とかを仕上げるのは朝飯前なことは妹であるあたしが一番知っている。
「そんなに忙しぃの…。優陽、向こうでアルバイトもしているんでしょ?体調とか大丈夫なの?仕送りなら少しならお贈るけど…」
「そうだぞ、お父さんがなんとかしてやる。体を壊してはもともこうもないだろに」
両親揃って不安そうにお姉ちゃんを心配する姿は、はたから見たとき過保護にみえるのだろうか
いや、実際に過保護ではあるんだけど……
お姉ちゃんが家を出てから、二人に分散されていた過保護があたし1人に注がれるようになったから、なんとなく分かる…。
当時、お姉ちゃんが大阪の芸大に行くと言い出した時はお父さんは凄い反対した。
理由として
芸大なら東京にもあるだろ!
なんで大阪なんだ!?遠いだろっ!
そんな感じな理由ごとを言ってた記憶がある。
要は、お父さんは何があったときすぐにとんでいけないところに娘を行かせたくなかったらしい(お母さんいわく)
一方お母さんといえばお父さんとは対極的な位置である賛成派だった。
お姉ちゃんには社交性とか経済力とかあるし、なによりしっかりしてて自分の判断で物事を上手く回せるとわかっていたからお姉ちゃんの背中を推すことに徹していた。
よって、女性陣二人と男性陣が一人
どっちが有利となると一目瞭然と言うもので
そこからなんとか、お父さんを説得させることはできたけれど
承諾する代わり……と言うか条件として
『1週間に一回はメールと電話で状況報告すること』
が出されたが
それをお姉ちゃんは喜んで
 ̄ ̄ ̄ ̄
それに応じ、晴れて二人の承諾を得た経緯があったと言う……。
「いいよぉ、そんなの!無理言って芸大に行かせてって言ったのは私なんだし、大学費も払って貰ってもらってるのに部屋代までお母さん達に頼めないって!」
「いや、しかしだな……」
拒む娘の姿を見てもなお、まだ心配をおさえきれないお父さんは悩む。
「これ以上言うようなら、お父さんのこと嫌いになるから。もしあたしが結婚することになっても絶対お父さんには知らせないし結婚式にも呼ばないから」
あまりの突拍子もないことをお姉ちゃんが口にして
あたし、お母さんはともかくとして
お父さんにたいして凄い衝撃を与えた。
「なっ!な、な………!」
お父さんにとって、いまの言葉は効果覿面。
声にならない声がこの場を征した。
「あらま、お父さん嫌われたわね♪」
と、母はニコやからに微笑をもらし
「お父さん……キモッ…」
あたしはそうつぶやいた。
────────
それから
食卓の話題は2年間家に帰って来なかったお姉ちゃんの話し一色と化していた。
学校での友達のこと
勉強のこと
生活のこと
メールや電話だけじゃ話しきれない積もる話しを談話した。
お姉ちゃんが話すことは全てが面白くて
話すお姉ちゃんは姿はとても楽しそうだった。
大阪でも元気に楽しくすごしているんだなぁって、すごく伝わってくるし
やっぱり、いつまでも変わらない凄いお姉ちゃんだと、実感する。
カタッと、マグカップを置く音が小さくなった。
「あ、結衣ぃ!そう言えばさぁ、結衣ぃが好きになった人ってどんな男の子なのよぉ?帰って来てこれだけは絶対聞いておかなくちゃってきめてたのよねぇ!」
「ッン!……ッゴ…ッグゥ…ハァッ!」
それはいきなりな話しの切り替えし。
さっきまで和気藹々と話していたお姉ちゃんの話の流れから
いきなり脈絡も無くあたしの話しへとシフトチェンジ……
しかもその切り込み方が『好きな男の子はどんな子なの?』と、なれば噎せるのも仕方がない
「ちょっ、ちょっ!なんでいきなりそんな話しになるしっ!?て言うかなんであたしが好きな人が居るって前提なの!?」
取り乱すあたしに、お姉ちゃんは何か確信付けたような笑みが口もとに顕著に表れ、お姉ちゃんはそれを逃さんばかりにと追い討ちをかけていく
「ん~……結衣に好きな人がねぇ~……そうかぁー……お姉ちゃん、気になるんだけどなぁ。確か、相手の名前がぁ……ひ、ひ……ヒッキー君だったかしら?」
「ちょっ、お姉ちゃんなんでヒッキーのことしってるんの!?あ、いや、ヒッキーとは別にそんなん間柄じゃないし……今はだけど……
て、今はそんなことどうでもいいよっ!誰から聞いたのそれ!お姉ちゃんにヒッキーのこと言ってないよね!!」
「結衣!それは本当なのか!?そのヒッキー君と言う男の子のことを────」
「お父さんは黙ってて!!」
どこからヒッキーの名前を入手したのか
しかも、それがあたしの好きな人と尾ひれが付いた感じでお姉ちゃんに伝わっている状態で。
お姉ちゃん、こう言う話し好きだし
一度そう言う話しになるとすごく食い下がってくる傾向がある……そうなってくると正直めんどくさい……。
今はそんなことよりも、そんな情報を漏洩した相手だった!
誰が………
と、考えているとあっさりその漏洩した人物が見つかった。
「あら?結衣、ヒッキー君のこと好きじゃないなの?あれだけヒッキー君の話しを────」
「うぁああああああっ!!お母さん、その話しはもう、止めようかっ!ね!?お願いだからっ!!」
犯人はお母さんっ!?
そう言えば、お母さんにはゆきのんの話しとかヒッキーの話し、小町ちゃん、いろはちゃんの話しとかしてたんだった……
まさかお母さんから、お姉ちゃんに行き渡っていたとは思いもしなかった
しかも内容がお母さんによってデフォルトされちゃってる状態で伝わっているとか予想外すぎる。
「えぇ、でも今日の結衣ぃの格好気合い入ってると言うか大人ぽい格好?って感じじゃん?それはそれでグーカワなんだけど、つまりそう言うことなんでしょ?」
「そう言うことって何っ!?そりゃ、2年たてばあたしの服装だってかわるよ……だいたい、今日ヒッキーと遊ばないし、まず誘っても来ないし……。今日はゆきのんと遊ぶの」
「ゆきのん……?ゆきのん、ゆきのん……ゆきのちゃん?」
首かしげ、何回も「ゆきのん」と言う単語を何回も反復し、つぶやいていくにつれ
最終的にゆきのんと言うあだ名から名前へと変わっていた。
ま、比較的名前が分かりやすいあだ名だしあたしのお姉ちゃんだからすぐわかると思う。
それにたいして特に驚くことはない。
「うん、ゆきのんは『ゆきの』って言う名前だよ?それがどうしたの?」
まだ首をかしげている状態から立ち直らないお姉ちゃんは、今何かを必死に思いだそうとしている。
それがなんなのかあたしにはわからない。
ただ
『ゆきのんちゃん……ゆきのんちゃん…ゆきのん……?』
と、お姉ちゃんは未だに繰り返し呟いていた。
机の上に並べられていた朝食は綺麗に完食され
食器は次々と片付けられていき、もうそこには何も残されてはいない状態へとなっていた。
お母さんはまだ洗い物を
お父さんはダイニングのソファーに座り、ニュースを見ている。
そして、お姉ちゃんはサブレーとじゃれていた。
かくしてあたしといえば
もっとお姉ちゃんと話していたかったけど
あたしには既に先約がいて
その先約の相手、雪ノ下雪乃ことゆきのんとの待ち合わせの時間が迫っていたからそれができなくて
家を出る支度をしに自室へと戻っていた。
お姉ちゃんに聞いたところ5日間は家にいるって言っていたから帰ってからでも充分に話はできるし焦る心配はない。
「忘れものとかないよね……、よし今日は楽しむぞっ!」
きつけの声と共に壁にかけられたコートを羽織、部屋を出ようとした
するとあたしの部屋に乾いたノックの音が鳴った。
「結衣ぃ〜、ちょっといいぃ?」
「え、お姉ちゃん?うん、いいよ」
開かれたドアの向こうにはさっきまでサブレーと遊んでいたお姉ちゃんが
で、その足元にはお姉ちゃんの後を付いて来たであろうサブレーがちょろちょろと歩き回っていた。
そう言えば、妙にサブレーってお姉ちゃんに懐いているところあるんだけど……どうしてだろ?
「どうしたの、お姉ちゃん?あたしそろそろ出ないと電車が………」
「時間ギリギリ行動は今でも変わらないのね結衣って」
クスッと小さく笑みがこぼれた。
「うん、もう行くんでしょ?なら、目的地までおくらせて」
「………え?おくるって…何にで?」
「もちろん車で♪」
「お姉ちゃん免許持ってたの!?」
「あら、言ってなかったぁ?」
「言ってないよ!初耳!」
聞いてないと言うこと、免許を取ったと言うこと、そんなこと以前に、そんなお金どこから……と言う疑問をお姉ちゃんには敢えてこれ以上は追求はしない。
けど、どうしていきなりおくると言い出したのか、新たな強い疑問が浮上してきた。
「おくるっていっても、車は……?さすがにお姉ちゃんもってないよね……?と、言うかどうしていきなり?」
「妹と一緒にいたいからよ♡と言うのは理由の半分ぐらいで、もう半分は結衣のお友達を1度みたくてね♪車は……」
いきなり、お姉ちゃんは廊下にでて大きく息を吸い込み
「おとーさん!ちょっと結衣をおくるから車、借りるねっ!」
叫んだ。
「おー、気おつけてなぁ!」
叫んだ後
返事は直ぐに返ってきた。
と言うかお父さん、お姉ちゃんが免許持っていたこと知ってたんだ!
なんで教えてくれなかったし!
「と、言うことで車は大丈夫よ☆」
「打っ付け本番!?『ダメだ』って言われたらどうしてたの!?車は……まぁともかくとして……なんであたしの友達を?」
「まー、そのことは取り敢えず車の中でしない?時間が危ないんでしょ?」
「そうだった!」