ソードアート・オンライン 黒と紫の軌跡   作:藤崎葵

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デュエルトーナメント、終幕


では83話、始まります。


第八十三話 終幕

「キリトォォォォォォ!!!」

 

「ソラァァァァァァ!!!」

 

互いに咆哮を木霊させ、繰り出されるキリトの刺突とソラの袈裟斬り。

ソラの剣がキリトの左肩に食い込んで切り裂き、キリトの剣がソラの胸部を突き穿つ。

それらは残り僅かだった2人のHPを一瞬でゼロにし、お互いニッと笑いあった次の瞬間、エンドフレイムを散らして爆散、両者ともリメインライトと化した。

 

「こ、これはなんということでしょう! 両者ともHP全損によるリメインライト化!!勝敗の行方はどちらのHPが先に全損したか、デュエルシステムの判定に委ねられましたぁぁぁぁ!!!」

 

カナメのアナウンスが響き、観客達が騒然とする中で、ホロパネルに判定中と表示が出る。

皆が固唾を呑んで判定を待つこと数秒、判明の表示が消えて新たな表示。

 

 

───引き分け───

 

 

そこにはそう表示されていた。

 

「お、おい! これって!?」

 

「まさか、仕切り直しか!?」

 

更に騒然とする会場内。

 

「本大会に於いて、引き分けによる仕切り直しはありません!! 通常では両者敗退となりますが、これは決勝戦。よって、このデュエル! キリト選手、及びソラ選手の同時優勝となりまぁぁぁぁぁす!!!」

 

カナメのアナウンスが響いた直後、ホロパネルに新たな表示。

 

 

────優勝 ー Kirito ・Sora

 

 

その瞬間、観客席から歓声が巻き起こった。

 

「まさかこんな結果になるとはな」

 

「予想外すぎでしょ……」

 

そんな中でクラインが苦笑いで、リズベットが呆れ顔で言う。

 

「でも、すごいデュエルでしたね!」

 

「そうね。正直、少し鳥肌がたったわ」

 

「と言うか、あたし最後の方は殆ど目で追えませんでした……」

 

興奮冷めやらぬリーファとシノン。

それとは対照的に、シリカは相棒の子竜を抱きかかえながらショボンとしていた。

そんな彼女に

 

「こういうのは慣れだ。途中まででも目で追えていたのなら、慣れれば見えるようになる」

 

そう言ってきたのはアルトだ。

思いもよらない人物から言われたシリカは少し動揺しつつも

 

「あ、ありがとうございます」

 

と、礼を返した。

 

「なんにせよ、すげぇもんだったぜ」

 

「えぇ。一瞬の油断が命取りになる……見てる僕らも息が詰まりそうになる程に」

 

その横で満足そうに言うエギルとマジク。

 

「あ、キリトとソラ、蘇生されたみたい」

 

「そうみたいだね」

 

ユウキとアスナが言いながら視線を向けた決戦場では、運営員によってリメインライト化したキリト達の蘇生が完了しているようだった。

人の形を取り戻したキリトは軽く息を吐く。

 

「キリト」

 

そこへソラが歩み寄ってきた。

キリトの目の前に立ち

 

「ありがとう、全力で戦ってくれて。デュエルをこんなに楽しく感じたのは初めてだよ」

 

「そう言ってもらえたなら、全力でやった甲斐があったかな。俺も楽しかったよ、ソラ」

 

「けど、引き分けたのは僕としては不本意だからね。またやろう、そして今度は僕が勝つ!」

 

「それは俺の台詞でもあるぜ。また全力でやろう、ソラ」

 

互いにそう言って、右手を差し出してガッチリと握手する。

すると、観客席にいるプレイヤーが立ち上がり

 

「凄かったぜー! 『刃雷』!!」

 

「『黒の剣士』もな!! またすげぇデュエル見せてくれよー!!」

 

そう言った瞬間、会場内に歓声と拍手の嵐。

キリトとソラは呆気に取られ、顔を見合わせること数秒の後に吹き出してしまった。

照れたように笑いながら、2人は観客席へと手を振った。

その後、簡単な表彰式が行われ、優勝者から三位、決勝トーナメントまで進出した上位入賞者への賞品と賞金が授与された。

 

「皆さん、今日1日お疲れ様でした! 激戦に次ぐ激戦、本当に素晴らしかったです!名残惜しいですが、以上をもちまして『ALO統一デュエルトーナメント』を閉会いたします!!」

 

カナメの閉会のアナウンスが終わると同時に、会場内に拍手が響く。

こうして、2026年最初の大イベント『ALO統一デュエルトーナメント』は終幕した。

 

「ねね、キリトとソラは賞品なんだったの?」

 

闘技場の出口へと続く道を歩きながら、ユウキがキリトとソラへ訊ねた。

立ち止まってメニューを開き、受け取った賞品を確認する。

 

「オリハルコンインゴット×3と超お得回復薬セット×3、それから武具強化素材セットだな。それから賞金がなんと50万ユルドだ」

 

「僕も同じだよ。同時優勝だったからね」

 

確認した内容を伝え、2人はメニューを閉じた。

因みに超お得回復薬セットとは、ALOで購入もしくは調合することが出来る回復薬が各10個ずつという、文字通りお得なセットだ。

 

「へぇ〜。ボクはね、サンシャインインゴット×2と超お得回復薬セットに武具強化素材セット。で、賞金が30万ユルドだよ。丁度いいや、これでリズに新しい片手剣作ってもらおう!」

 

同じように開いていたメニューを閉じながら、ワクワクしたようにユウキは言う。

すると、ソラが申し訳なさそうな表情になり

 

「今更だけど、君の剣を破壊してしまってすまない、ユウキ。費用の方は僕が持たせてもらうよ」

 

そう申し出て来た。

ユウキは両手をブンブン振り

 

「え? いいよいいよ。気にしないで、ソラ」

 

「しかし……」

 

断ってくる彼女に、ソラはどうにも納得いってないようだ。

 

「ユウキの言う通り、気にしなくていいぞ。どのみち、俺の剣も一緒に作ってもらって、支払いも今回の賞金で2人分纏めてするつもりだったからさ」

 

「そーそー。どうしても気に病むっていうなら、またボクとデュエルしてよ。今度は負けないからね!」

 

「……わかった。2人がそういうのなら、そうさせてもらうよ。けど、次も僕が勝たせてもらうよ、ユウキ」

 

キリトとユウキの言葉に、ソラは頷いた後、不敵に笑ってそう返す。

その様子を後ろから見ていたクラインとリーファが呆れたようなため息を吐き

 

「キリトとユウキちゃんもだが、ソラも大概だな」

 

「実はソラさんも戦闘バカだったなんて……」

 

小声でボソリと呟いた。

そうしているうちに出口へと着き、外で待っていたアスナ達と合流。

 

「パパ、ママ、お疲れ様です」

 

アスナの肩に乗っていたユイが翅を鳴らして飛び、2人に労いの言葉をかけた。

ユウキは微笑みながら「ありがとう」と口にし、キリトが彼女の頭を指で優しく撫でてやる。

 

「ソラさん、お疲れ様でした」

 

「あぁ。アスナ、ありがとう」

 

その横ではアスナがソラを労っていた。

ほのぼのとした雰囲気が漂う中、リズベットが咳払いをし

 

「はいはーい。ほのぼのすんのもいいけど、これからどうするの?」

 

パンパンと手を叩きながら訊いてきた。

すると、クラインが身を乗り出すようにして

 

「だったらよ。これから新年会兼大会お疲れ様で会でもやろーぜ!」

 

と、提案を出す。

それを聞いたメンバー達は

 

「いいですね。年が明けてからは全員揃う機会がなかったですし」

 

「なら、今夜はうちの店は貸切だな」

 

全員、異議はないようだ。

むしろやらないという選択肢がない。

 

「じゃ、今回はクライン持ちでいいってことよねぇ? 言い出しっぺだしぃ?」

 

「んなぁ! ぐぬぬ……いよぉし! いいぜ! 今回は俺様の奢りダァ!!」

 

リズベットがニヤリと笑いながら言うと、クラインは唸りながらもそう言ってのける。

その様子にキリト達は自然と吹き出し、笑い合う。

余談だが、後でキリトとソラが皆に内緒でクラインが出す新年会の費用に援助したのはまた別の話である。

とりあえず身支度を整えてから『ダイシー・カフェ』に集合ということになり、皆一斉にログアウトしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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ALOからログアウトした和人は、身支度を整え妹の直葉、そして先日から泊まりに来ていた木綿季と共に桐ヶ谷家を出て、『ダイシー・カフェ』のある御徒町へと訪れていた。

時刻は既に17時を過ぎており、辺りは暗く、道路は街灯によって照らされていた。

他愛ない会話をしながら店に向かって歩いていると

 

「ねぇ、そこのあんた達」

 

不意に声をかけられて振り向く和人達。

視線の先には紺色をした厚手のパーカーを着た男が立っていた。

既に暗くなっているのもあるが、フードを目深に被っているため顔はよく見えない。

直葉が疑問符を浮かべながら

 

「なんですか?」

 

訊ねると、男は軽快な足取りで歩み寄らながら言う。

 

「いやさぁ、オレちょっと道に迷っちゃって。地元じゃないから土地勘なくてさぁ。駅がどっちか教えてくんねぇ?」

 

「あ、いいですよ」

 

男の言葉に直葉は笑顔で応対する。

しかし、和人は近づいてくる男が何処かおかしいと思っていた。

いくら土地勘がないといっても、デジタル文明が発達したこの時代に生きる人間ならまずスマートフォンのマップ機能を利用するはずだ。

だというのにこの男はそれをせず、態々(わざわざ)道を訪ねてきた。

周りにも他の通行人はいる。

けれど、男は敢えて()()()()()()()()()のだ。

そして何より、和人はこの男の声に聴き覚えがあった。

とぼけたように、けれど相手を観察するような話し方。

そこまで考えて、和人はある結論にたどり着く。

瞬間、彼は弾かれたように動き出した。

男が直葉とあと二歩ほどの距離になる直前、彼女の手を掴み、勢いよく木綿季の方へと引く。

 

「木綿季、スグを! こいつは……っ!」

 

そこまでいった途端、男はフードの中でニヤリと笑った。

庇うよう前に躍り出た和人に向かい突撃してくる。

 

「ようやく見つけたゼェ! 『黒の剣士』!!」

 

体当たりで和人の体勢を崩し、一気に道路へと押し倒す。

そのまま仰向けに倒れた和人に馬乗りになって、男は高らかに笑い始めた。

 

「ヒャハハ!! 無様だなぁ、『黒の剣士』さんよぉ〜」

 

「和人!」

 

直葉を抱きとめた木綿季が慌てたように彼の名を呼び、駆け寄ろうとする。

しかし、それを制するように和人が叫んだ。

 

「来るな! スグと一緒に逃げろ木綿季!!」

 

「お、お兄ちゃん!?」

 

「何言ってるの、和人!」

 

逃げるように促す和人に疑問符を浮かべる木綿季と直葉。

その様子を見て、男は一層楽しそうに笑いだす。

 

「いいぜ、逃げてもさぁ? オレの狙いはこいつだしな」

 

そう言って男はパーカーの内ポケットを弄り、ある物を取り出した。

右手に握られたそれは20センチほどの銀色の棒。

添えられている親指の部分にはボタンがあり、先端には小さな孔が空いている。

間違いなく注射器だ。

 

「さぁて、派手に散れよ、『黒の剣士』。イッツ・ショウ・タイム!!」

 

男は右手を振り上げ、握る棒の先端を勢いよく和人の胸部目掛けて振り下ろす。

和人、木綿季や直葉も目を固く閉じた。

振り下ろされてきた棒の先端が、和人の胸部に接触する────直前

 

「いでぇ!?」

 

何が男の頭に命中し、男は堪らず左手で頭を抑えて辺りを見渡した始めた。

その隙を和人は逃さず、男の右腕を掴んで思いっきり握力を込めて握りにかかった。

 

「ぎぁ!」

 

ギリィっ、という擬音が聞こえそうな強さで握られた男は右手に握る注射器を地面に落としてしまった。

怯んだ隙を更に突き、和人は勢いよく上体を起こして男の拘束を振りほどく。

体勢を崩した男を圧し退け、地面に転がった注射器を奪い、更に男の顔面を殴りつけるために左の拳を振るう。

か、それは男が後退したため躱されてしまった。

なんとか立ち上がる和人に、聴き覚えのある声が届く。

 

「キリト! 大丈夫か!?」

 

「そ、ソラ……あぁ、なんとか。さっきのはソラが?」

 

青年────天賀井空人が駆け寄ってきた。

空人は首を横に振って

 

「いや、僕じゃなくてシノンだよ。さっき、合流して『ダイシー・カフェ』に向かってたら君が襲われてたんで、近くに落ちてた空き缶を投げてくれたんだ」

 

木綿季達のいる方へと指を指しそう返した。

視線を向けると、そこには明日奈と詩乃がいる。

彼女達はとりあえず和人が無事だった事に安堵の表情を浮かべていた。

と、そこへ

 

「おいおいおい、なにのんびりしてんだよ?! つーか、邪魔してくれてんじゃねぇよ、『刃雷』さんよぉ〜?」

 

とぼけてはいるが、怒気の籠った声が耳に届いてきた。

視線を向けると男が何処から取り出したのか、折りたたみ式ナイフを握り、刃をこちらに向けている。

身構える和人と空人。

 

「別にのんびりしてるわけじゃない。それより、今まで何処に潜伏していたんだ? 『ジョニー・ブラック』──────いや、『金本敦』」

 

空人は鋭い視線で男を見据えながら問うた。

すると男──────金本敦はフードの中でヘラっと笑い

 

「んなの誰が喋るかよ。それより、お前も現れてくれたのは好都合だぜ、『刃雷』。探す手間が省けたからなぁ。いや、ホント苦労したぜ? 警察から逃げ回りながら、お前らがよく行く店を探し出すのはさぁ。その通り道で待ち伏せてりゃ、きっと遭遇するって思ったよ」

 

ナイフをチラつかせながら、そう返してきた。

あくまで巫山戯た態度を取る金本に、和人は一歩前に出て

 

「そりゃご苦労な事だよ。けど、ここまで派手な事をしたからには、もう逃げられないぞ? 大人しく捕まって法の裁きを受けろ、金本敦」

 

そう言うと、途端に金本が纏う雰囲気変わった。

 

「……呼ぶんじゃねぇよ……」

 

「なに?」

 

「オレを『金本敦』って呼ぶんじゃねぇよ!! オレは『ジョニー・ブラック』だ! 『笑う棺桶(ラフィン・コフィン)』の『ジョニー・ブラック』なんだよ! 間違えてんじゃねぇぞ、クソどもが!!」

 

明らかに怒りと殺意を込めた声で喚き散らす金本。

その様子に、木綿季はあまり驚いた風ではないが、直葉や明日奈、詩乃は明らかに困惑していた。

あの男が何故あんなにも怒りと殺意を撒き散らしているのか、その()()がわからないからだ。

 

「そう思っているのはお前だけだ。もうSAO は、『アインクラッド』は消滅した。それと同時に『笑う棺桶』も消えたんだ。いい加減、夢を見るのは辞めたらどうだ」

 

そんな金本に、空人が諭すように、それでも強い口調で言う。

しかし、それは金本の怒りを増幅させるばかりだ。

 

「うるせぇ! それもこれも『黒の剣士』がSAO をクリアしやがったのが悪ぃんだよ!! それさえなきゃ、オレは『笑う棺桶』の『ジョニー・ブラック』のままだったんだ!! あの世界で、自由気ままに殺し続けられたんだよ!! なのに、てめぇの所為でクソくだらねぇ現実に引き戻されちまった! せっかくザザが新しい()()を教えてくれたのに、それもてめぇらの所為でオジャンになっちまった! マジふざけんなよ、あぁ!?」

 

まるで鼓膜を破かんばかりの大声で金本は叫ぶ。

その姿には一種の狂気すら感じ取れた。

 

「何……言ってるの、あの人……殺人を、遊びって……」

 

「狂ってる……」

 

彼の言葉に戦慄を感じながら、明日奈と直葉が掠れた声で言う。

その横で木綿季は金本を鋭い視線で見据えながら

 

「明日奈、スグちゃん。あれが『笑う棺桶』だよ……どうしようもないくらいに、()()()()()に魅入られた集団……それがあの人の姿なんだよ」

 

冷えた声で言った。

かつてあの世界で金本達が行った行為を思い出し、尚且つ罪の意識すら感じていない彼に怒りを覚えたからだろう。

それまで静かに金本を見ていた詩乃が

 

「あんた、人の命をなんだと思ってるの? 喪った命は二度と還らない。それがどう言う意味かわからないって言うわけ?」

 

問いかける。

すると金本は

 

「はぁ? 雑魚の命なんて知らねぇよ。小突いただけで消えちまうような(もん)、あってもしょうがねぇだろうが。んなもん塵と同じだ! だから殺してやったんだよ! 塵掃除してやったんだ、このオレがさぁ!!」

 

まるで自分のしたことは間違いではない、詩乃(おまえ)こそ何を言っているんだ? と言う口調で言い放つ。

その姿に、流石に困惑していた明日奈達も怒りを覚える。

詩乃は穢らわしいモノを見るように金本を見て

 

「……最低ね」

 

吐き捨てた。

その呟きにはどれほどの怒りが込められているだろう。

彼女はかつて、母親を護るために、その手で人を殺したことがある。

その事は詩乃に様々な苦痛を与えてきた。

命を奪うと言う事は、奪われた者の可能性すら消してしまう。

それを心の底から理解している詩乃だからこそ、金本の言葉には吐き気を催すほどの嫌悪を感じたのだ。

 

「言いたい事はそれだけか?」

 

そんな中、ここにいる誰よりも冷えた声を放つ者がいた。

金本が声の主の方に視線を向け、視界に捉えた瞬間───── 一気に背筋が凍る感覚に襲われる。

視線の先にいるのは空人。

その眼光は鋭く、冷たい怒りを孕んでいる。

 

「少しは良心があると思っていた僕が馬鹿だった。ここまで救いようのない外道なら、もう容赦はしない」

 

怒気のこもった声で言う空人に、金本は一歩下がるも

 

「黙れ、偽善者が! まだだ! まだ終わらねぇよ! ()()()が終わらせねぇ!! イッツ・ショウ・タイム! そうさ、オレは『笑う棺桶』の『ジョニー・ブラック』だ!!」

 

そう叫んで駆け出す。

咄嗟に和人が構えようとした─────その直前に空人が数歩前に出る。

金本は構わずに突進し、右手に握るナイフを突き出してきた。

それを空人はステップを踏んで回避。

彼の横をすり抜けるようにして躱したのだ。

慌てて振り向く金本。

その直後、顔面に凄まじい衝撃が奔り

 

「ぐがっ!!」

 

金本は左手で顔面を押さえて数歩後ろによろけた。

眼前には右手の掌を突き出している空人の姿。

そう、金本は彼が打ち出した『掌底打ち』を喰らったのだ。

 

「な、ろっ……!?」

 

顔中に奔る痛みに耐え、再びナイフを突き出そうとするが、視界に空人の姿はない。

彼は既に深く体勢を沈ませていたからだ。

気付いた時には既に遅く、空人は反時計回りに身体を捻り、左脚による蹴りを繰り出していた。

骨法で言う『竜巻蹴り』である。

 

「ひ……っ!?」

 

咄嗟に防御しようと両腕を交差させるが、そんなものはまるで意味をなさんとばかりにガードの上から左脚が炸裂。

 

「ぎぁ!!!?」

 

見事に直撃した竜巻蹴りは、金本を吹き飛ばして地面に叩きつける。

ゴロゴロと転がってうつ伏せ状態で倒れた金本はビクン、ビクンと大きく痙攣しながら意識を手放した。

金本が行動不能になった事を確認した木綿季は和人に駆け寄り

 

「和人! 大丈夫?! 怪我してないよね?!」

 

目に涙を浮かべながら問うてきた。

そんな彼女を安心させるように、和人は木綿季の頭に手を置いて

 

「あぁ、大丈夫だよ。ごめんな、心配させて」

 

言いながら彼女の頭を撫でた。

次いで直葉も駆け寄ってきて

 

「お兄ちゃん!」

 

「スグも怪我はないか?」

 

「私は平気。お兄ちゃん、ごめんね、ありがとう、庇ってくれて」

 

申し訳無さそうに言う妹に、和人は笑いながら空いてる手で直葉の頭も撫でてやる。

その横では、明日奈と詩乃が空人の元へと駆け寄っていた。

 

「空人さん!」

 

「無茶するわね。けど、前にも思ったけど、あんた現実でも強すぎじゃない? まさか、殺してたりは……」

 

「いや……とりあえず、行動不能にする程度の威力に抑えてはおいたよ。明日奈も、心配させたね。すまない」

 

そう返してくる空人に、詩乃は呆れ顔になり、明日奈は首を小さく横に振って

 

「いえ、空人さんに怪我が無くて良かったです」

 

言いながら彼の右手に自身の両手を添え、包み込むように握った。

その時だった。

サイレンの音が彼らの耳に届いてくる。

音の方へと振り向くと、赤色灯を回しながら、パトカーが現場となっている此方は向かってきていた。

どうやら通行人の誰かが警察へ通報したのだろう。

和人達は地面に倒れて気絶している金本を見張りながら、警官が到着するのを待つことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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翌週の土曜日。

 

「なぁるほどなぁ。それで新年会が今日に延期になったと」

 

悪趣味なバンダナを頭に巻いた男性────壷井遼太郎がジョッキに注がれているビールを呑みながら言う。

先週、和人達を襲撃し、空人に撃退された金本敦は警察病院へと搬送され、殺人未遂、そして死銃事件の容疑者として逮捕された。

菊岡誠二郎からの情報によると、現在も取り調べが行われているが、金本は黙秘を貫いているらしい。

いずれにせよ、金本が和人を殺そうとした現場を木綿季や直葉が目撃し、更には『ペイルライダー』を操っていたGGOプレイヤー宅から鑑識が採取したDNA情報が金本と一致したため、実刑は免れないと菊岡は言っていた。

因みに和人達は襲撃された事により、警察に事情聴取されることとなった。

それ故、予定していた新年会は延期となり、今日至るというわけである。

 

「しかし、いきなり連絡が来た時は流石に焦ったぜ。よく無事だったな、キリトよ」

 

カウンターの奥から焼き上がったピザを持って来たエギルが、それをテーブルに置きながら言う。

和人は苦笑いをしながら、コップに注がれているジンジャーエールを飲み

 

「まぁな。正直、ソラ達が来てくれてなかったら殺されてたよ」

 

そう言って空人、明日奈や詩乃に視線を向けた。

当の空人達も苦笑いしている。

すると、ピザの一切れを頬張り咀嚼していた綾野珪子がそれを呑み込み一息吐いて

 

「あたしは理解に苦しみます……なんで、そんなに『笑う棺桶』である事に拘るんでしょう? その金本敦って人も、新川昌一って人も。せっかく解放されて現実に帰還できたのに……」

 

「聞く限りじゃあいつらの場合、キャラに成り切るんじゃなくて、あの世界での自分こそが本物だって思い込んでるように感じるわ」

 

そう言葉を漏らす珪子に次いで、その隣に座っている篠崎里香が言う。

それに応えるように口を開いたのは直葉だ。

 

「私は、少しだけ判る気がする。私もALOで空を飛んでる時は、自分があの世界の住人になったって気持ちになるから。だからと言って、人を殺すのは許せないけどね」

 

「金本敦、奴はきっと新川昌一と同じで、SAOに心を囚われたままなんだ。けど、それは奴等がした事の免罪符には決してならないよ」

 

直葉の言葉に応えるように言う和人。

少々暗い雰囲気が漂うが、それを破るように遼太郎が立ち上がる。

 

「えぇい! 辛気臭ぇ話はもうやめようぜ! 折角の新年会なんだからよ! エギル、料理も飲みもんもジャンジャン持って来てくれ!」

 

「おうよ。みんなしっかり食ってくれよ!」

 

遼太郎に言われたエギルがニッと笑いそう言った。

次々に運ばれてテーブルに並んでいく料理。

皆がそれを和気藹々と楽しんでいる中、和人は1人難しい顔をしていた。

それに気付いた木綿季が、彼の上着の袖を軽く引き

 

「どしたの、和人?」

 

問いかける。

和人は木綿季に目を向け

 

「いや……奴、金本敦が言っていた()()()っていうのが気になってな……」

 

「あの人……それって……」

 

「あぁ。十中八九あいつだろうな。『笑う棺桶』のリーダー『PoH(プー)』」

 

途端に木綿季の表情が曇っていく。

『PoH』とはかつて『アインクラッド』を震撼させた最悪の殺人ギルド『笑う棺桶』を立ち上げた男のプレイヤーネームだ。

『赤眼のザザ』、『ジョニー・ブラック』と呼ばれていた新川昌一、金本敦と必ずと言っていいくらいに行動を共にしていたが、『笑う棺桶』を無力化する為に行われた大規模な作戦の決行日以降、その姿を見る事はなかった。

生命の碑に刻まれていた彼の名が消えていなかったことから、生きて現実に帰還しているだろうとは思ったいたのだが、まさかこんな形であの男の存在を思い出さされるとは思ってもなかったのが和人の心境だ。

 

「今回は大事なく済んだけど、もしかしたら次はとか……いや、下手すれば俺達の知らないところで、もっととんでもない事が起ころうとしてるのか……って、ちょっと嫌な方向に考えちゃってな……」

 

苦笑いをしながら和人は言う。

すると、木綿季は右手に持っていたグラスをテーブルに置き、彼の左手にそっとそえて

 

「もう、和人はまた勘違いしてるよ。確かにさ、また今回みたいな事が起こるかもしれない。でも、だからって和人が全部抱え込む必要はないんだからね? 前にも言ったよ? たとえ世界中が和人の敵になってもボクが、ボク達が味方だよってさ。何かあったら、みんなで考えて、みんなで解決すればいいんだよ」

 

木綿季はそう言って和人に微笑んだ。

 

「ユウキの言う通りだ、キリト」

 

同意するように空人も和人に視線を向けながら言った。

彼だけではない。

いつの間にか、ここにいる皆が彼を見て笑顔を向けている。

 

(あぁ……そうだ。そうだったな)

 

向けられた皆の笑顔を見て、改めて和人は思う。

自分は1人ではないのだと。

たとえこの先にどんな苦難が待ち構えていようとも、彼女達と一緒なら乗り越えられる。

木綿季とユイ、空人に明日奈、直葉や詩乃に里香と珪子、遼太郎やエギル。

何よりも大切で、かけがえのない和人の仲間達だ。

 

「よっしゃ。景気付けに乾杯といこうぜ! キリの字、いっちょ盛大に頼むわ!」

 

「はぁ? なんで俺……まぁ、いいや」

 

遼太郎に言われた和人は呆れつつも、グラスを手にとって立ち上がる。

それを持った右手を高らかにあげて

 

「じゃあ、今年もみんなでたのしくやろう!! 乾杯!!!」

 

『乾杯!!!』

 

和人の声の後、皆の声が響いた。

彼らの2026年はまだ始まったばかりだ。

 

 




新たに追加された4つのフィールド。

未知なる大地で新たな冒険が少年達を待つ


次回「スヴァルトアールヴヘイム」

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