こんなに早く出来るとは思わなかったから自分でも驚いてたりする^^
では86話、始まります。
2026年、5月末。
仮想課の役人────菊岡誠二郎から呼び出され、最早お決まりとなった銀座の高級スイーツ店へ来店した少年────桐ヶ谷和人。
とは言っても呼び出されたのは彼だけではなく、友人である天賀井空人も同様だったようで、すでに呼出人の菊岡と席に座っており、その隣には彼の恋人である少女、結城明日奈も同席している。
かく言う和人も1人ではなく後ろに2人の少女────恋人の紺野木綿季と妹の桐ヶ谷直葉も彼に同行してきていた。
「あれ? 明日奈も呼び出されたのか?」
当然疑問に思った和人からの問いかけ。
それに応えたのは空人だ。
「いや、菊岡さんに呼ばれたって言ったら自分も一緒に行くと言って聞かなくてね」
「だって、菊岡さんからの呼び出しですよ? 何を企んでるか判ったものじゃ……」
「いやいや、手厳しいなぁ」
ジト目で言う明日奈に、菊岡は苦笑いで頬を掻く。
そんな彼に追い打ちをかけるかの如く
「まぁ、しょうがないよね。菊岡さんが悪いんだし」
「そうですよ。リサーチとか言って殺人事件の調査なんてさせるんですから」
木綿季と直葉からも菊岡への厳しいお言葉が飛び交う。
この2人も明日奈同様、『死銃事件』の事もあり菊岡に対しての信用はかなり低い。
それ故に彼女達も和人にくっ付いてきたと言うわけだ。
和人と空人も助け舟を出す気は無いらしく素知らぬ顔だ。
四面楚歌とはこの事かと言わんばかりの状況に菊岡は苦笑いが治らない。
そんな中、あることに気付いた彼は
「そういえば、ユウキ君。君、髪を切ったのかい? 随分思い切ったね」
「ん? そうですよ。ちょっと気持ちを切り替えたかったからね」
そう、菊岡の言う通り、木綿季は髪が切っていた。
と言っても毛先を裂いたとかそういう軽いものでは無い。
腰まであった長い黒紫の髪は、肩までのミディアムにまで短くされていたのである。
それはもう気持ちのいいくらいにバッサリとだ。
「なるほどね。いや、長い髪も綺麗だったが、短いのもサッパリしてていい感じだと思うよ。さぁ、キリト君達も座って何か注文するといい」
お世辞もそこそこに、和人達に席に座るよう促す菊岡。
それぞれ席に着き、おしぼりを持ってきたウェイターに各々スイーツを注文し、ウェイターが一礼して奥へ戻っていったのを確認すると、菊岡は鞄からタブレットを取り出した。
「早速だけど、キリト君達は『七色・アルシャービン』という人物を知っているかい?」
聞きながら菊岡はタブレットを全員が見れるようにテーブル中央へと置いた。
画面にはニュース記事らしき文面と、少女の画像が表示されている。
「そりゃまぁ、知ってるけど。ていうか余程世事に関心無い限り知らない奴はいないんじゃないか」
「『七色・アルシャービン』。アメリカ在住で、弱冠13歳にしてVR技術研究の第一人者。また科学者でありながらVR世界では歌姫セブンとしてアイドル活動もしていて、SAO事件の茅場晶彦がVR技術の『闇』というなら彼女は『光』と讃えられる天才少女ですね」
和人が応えた後、空人が補足するように続けて言った。
頷いた菊岡は続けるように
「じゃあ、彼女が今度のALOで『スヴァルト・アールヴヘイム』が実装されるのと同時に日本へ来日してくる事や、『スヴァルト・アールヴヘイム』を拠点にアイドル活動する事も知ってるね?」
そう尋ねてきた。
「もちろん知ってますよ。ニュースやMMOストリームでもその話題で持ち切りですから。それがどうかしたんですか?」
いまいち菊岡の言いたい事の要領を得られない明日奈は疑問符を浮かべながら訊ね返す。
木綿季と直葉も同様に要領を得られないようで疑問符を浮かべているようだ。
そんな中、和人と空人は経験上から嫌な予感を感じて互いに視線を送りあっている。
その様子気付いていないのか、はたまた敢えてスルーしているのか菊岡は構う事なく続けていく。
「これだけの頭脳と技術を持つ天才少女が日本に来日、更には日本のVR MMOに深く関わってきている。これは我々仮想課としても見逃す事の出来ない案件なんだ。そこで─────」
「その『七色・アルシャービン』と接触してほしい」
「あんた、俺とソラにそう頼む気だったろ?」
菊岡の言葉を遮り、空人と和人が交互に言う。
すると菊岡は目を逸らし
「いやぁ……あっははは……」
乾いた笑いを零し始めた。
どうやら図星だったらしい。
和人と空人は嫌な予感が的中した事に溜息を吐き、木綿季達は一斉に菊岡を見やる。
その目の冷やかさは言うまでもないだろうが。
バツの悪さを誤魔化すためか、菊岡は咳払いをして
「ゴホンっ。いやぁ、流石はキリト君とソラ君だ。説明の手間が省けて助かるよ」
半ば開き直ったようにそう言った。
丁度その時、注文したスイーツと紅茶、もしくは珈琲をウェイターが運んでくる。
各々の前にスイーツと飲み物を置いた後、ウェイターは一礼して奥へと下がっていった。
和人は自身の目の前に置かれた珈琲が注がれたカップを取り
「何を開き直ってるんだか……。菊岡サン。接触とは言うが、流石のアンタも簡単にそうはいかない事くらい判ってるだろ? 相手は世界的に有名な天才少女だ。会わせてくれなんて言って会えるわけないじゃないか」
そう言って珈琲を一口啜る。
木綿季達も同意見なようで、言葉にこそしないが未だに菊岡の見る目は冷ややかなままだ。
しかし、空人は手に取ったフォークで自身の注文したラズベリータルトを一口サイズに切りながら
「けど、菊岡さんは『現実世界で接触してくれ』とは言わなかった。それはつまり仮想世界─────ALO『スヴァルト・アールヴヘイム』にログインしてる時に接触する事を期待している……違いますか?」
そう言ってフォークに刺した一口サイズのラズベリータルトを口にする。
空人の言葉を聞いた菊岡は頷いて
「ソラ君の言う通りだよ。流石に僕も現実世界で彼女と接触するのは不可能だと思ってるさ。けれど、ALOにログインしている時なら可能性はあると考えてる。もちろん現実世界よりはって事だけどね」
言いながらタブレットを自身の手元に戻した。
「けどこの娘、現実世界だけじゃなくて仮想世界でも歌姫セブンとして有名ですよ。ホントに接触出来る可能性あるの、お兄ちゃん?」
「正直言ってかなり低いな。仮想世界でもそれだけ有名なら護衛っていう取り巻きもいるだろうし、簡単には近づけないだろ。なぁ、菊岡サン。アンタが基本的に無茶な依頼はしない事は、今まで依頼を受けてきた俺が一番解ってるつもりだ。そのアンタがこんな無茶な依頼してくるのは相応の理由があるって事だろ? ……『死銃事件』の時みたいに」
直葉の言葉に応えた後、和人は菊岡に目を向けてそう問いかけた。
すると菊岡は苦笑いになり
「キリト君には敵わないねぇ……。君の言う通り、『死銃事件』の時同様、『七色・アルシャービン』に対しても上はかなり警戒しているんだ。君達も知っての通り、VRMMOは様々な可能性を秘めたジャンルであると同時に、凶悪犯罪の温床にも成り得るかもしれないモノだ。茅場晶彦の『SAO事件』、須郷信之の『SAO
言いながら少しズレた眼鏡を指で上げ戻したと思えば真剣な表情で和人達を見てくる菊岡。
数秒の沈黙の後、和人は軽く溜息を吐いて
「はぁ……わかったよ」
「……いいの、和人?」
了解の意を示した和人に、木綿季が覗き込むように彼を見ながら問う。
「ま、今回は『死銃事件』の時みたいな危険はないだろうし、依頼というよりは菊岡サン個人の頼み事みたいなものだと思う事にするよ。けど、念を押して言うが簡単に接触出来ると思わないでくれよ。一応努力はするが、相手は現実でも仮想でも有名な娘なんだからな。それと接触する前に何か起こっても俺達の所為にはしないでくれよ」
「勿論わかってるさ。ともあれ、引き受けてくれて本当に有難いよ。キリト君の言うように、可能性的な事も考えて今回の件は仮想課からの依頼ではなく、僕個人からの頼み事として扱う事にさせてもらうから、大っぴらに報酬は出せないが……代わりに今日は好きなだけ注文しても構わないよ」
木綿季からの問いに応え、菊岡にそう告げて珈琲を飲む和人に、菊岡が満足そうな表情でそう言った。
その瞬間
「ホントですか?! じゃあボクこのフルーツミックスタルトとストロベリームースを注文しよっと」
「なら私はシナモンロールとクランベリーチーズケーキにしようかなぁ」
「私、オレンジムースとナッツチョコケーキにしますね。すいませーん、ウェイターさーん」
木綿季達が目を輝かせながらウェイターを呼び、自分達の食べたいものを注文していく。
その様子を見て、菊岡は冷や汗をかき
「あー、いやその……好きなだけとは言ったけど、少しは手加減してくれると嬉しいかなぁ……なんて……」
笑顔を痙攣らせながらそう言う。
「無駄だよ菊岡サン。もう聞こえてないって。あ、木綿季、ついでにクッキーサンドショコラアイスも頼む」
「人間、諦めが肝心ですよ。明日奈、カラメルミックスベリーパフェもお願いできるかな」
「えぇー……」
そんな菊岡の様子を、和人と空人は同情しながら言いつつも容赦なく注文し、菊岡は困惑しながら声を漏らすのだった。
余談だが、会計を済ませ店を出るとき、普段食べる事の出来ない高級スイーツを心行くまで堪能して満足そうな木綿季達の姿と、明らかに厚みの薄くなった財布と、とても言葉には出来ない金額が書かれた領収書を手に、「……経費で落ちるかなぁ……」と呟き哀愁漂う背中を見せる菊岡の姿があったという。
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数日前の菊岡とのやりとりを思い返し、改めてキリトは眼前に広がる光景を見て溜息を一つ吐きながら
「……接触とはいったものの……これはちょっとなぁ……」
言いながらどこかウンザリした表情を浮かべている。
「セブンちゃーん!」
「今日も可愛いよセブンちゃん!!」
「俺、レアアイテムゲットしたんだ! だがら『シャムロック』に入れてくれぇ!!」
「バーカ! お前の実力で入れてもらえるわけねぇだろ!」
騒々しく騒ぎながら、1人の少女を囲むプレイヤーの壁。
強引に突破しようにも、かなりの密集率で正に肉の壁とはこの事だろうという光景だ。
「これ、ちょっと無理っぽいよね?」
「あぁ。突破しようと思えば出来なくもないが……後が怖いからそれはやめとく」
ユウキの問いかけにそう答えるキリト。
そんな中、セブンを取り囲む群衆達を見て、ソラがある事に気付いた。
「そういえば、この人達はみんな同じ羽根飾りを着けてないか? アレは確かプーカの装備だったはずだが……」
そう、ここにいるプレイヤーの殆どがソラの言う羽根飾りを装備している。
サラマンダーにウンディーネ、ノームにシルフと種族問わずにだ。
「あれは『シャムロック』信奉者─────つまりは歌姫セブンのファンである証なんだって」
そんなソラの疑問に応えたのはリーファだった。
「それって歌姫セブンを好きだって事か?」
「それは大前提で、七色博士に対して心酔している証でもあるみたい。最近ではALO内で仮想世界理論の講義もやってて大人気みたいなの」
疑問符を浮かべているキリトにそう言って返すアスナ。
それを聞いた彼は感心したように腕を組み
「へぇ、その講義は興味あるなぁ。機会があれば是非とも聞いてみたい。でもまぁ、現実でも仮想でもそれだけ出来るならこのファンの肉壁も納得だなぁ……」
言いながら難しい顔になった。
さっき彼自身が言ったようにこの肉壁の突破自体は可能だ。
しかし、本当にそれをやって彼女、セブンに近づいたとしても恐らく話すことはできないだろうとキリトは考えている。
その理由は──────彼女の隣にいるプレイヤーの存在だった。
「……気付いたか、スプリガン」
その時、一緒に広場に来ていたユージーンが、件のプレイヤーを見ながらキリトに声をかけてきた。
「ああ。只者じゃないなアイツ。一見何もしてないように見えるが、実際には周りのプレイヤーを観察してる。恐らく不用意に彼女に近づいてくる奴を見張ってるんだろうな。何者なんだ一体?」
そうユージーンに問いかけると、彼は鋭い目付きをさらに鋭くした。
なにやら因縁でもあるのだろかと思っていたら、同じく共に広場に来ているサクヤとアリシャがその問いに答えてくれた。
「彼の名はスメラギ。『シャムロック』の中で最強と言われるプレイヤーだ。歌姫セブンから最も信頼されている男で、実質『シャムロック』のナンバー2と言えるだろう」
「で、なんでユージーン将軍が怖い顔してるかと言うとネ。なんとあのウンディーネ君とデュエルして負けちゃったんだヨ」
「そうなんですか?」
アリシャから出てきた言葉にキリト達は驚き、ソラが彼に目を向けて問いかける。
するとユージーンは目を伏せ
「……油断はしなかった。だが、結果負けたと言うだけだ。次は無い。しかし貴様等、もし『シャムロック』と事を構えるようなら奴には用心しておくんだな」
そう言うと背を向けて広場から去っていった。
彼の姿が見えなくなったところで
「さて、私達も行くとしよう。リーファ、キリト君、また会おう」
「アスナちゃん達もまたネー♪」
サクヤとアリシャの2人も言いながら背を向けて広場から去って行く。
残されたキリト達はもう一度広場に集まっている群衆の壁と、それに囲まれているプーカの少女とウンディーネの青年を見て
「ま、歌姫セブンがスヴァルト・アールヴヘイムにログインしている事が確認できただけでも良しとするか」
キリトが頭を掻きながら言った。
同意するように頷くユウキ達。
そうして今日は彼女に近づくのは不可能と判断した彼らは広場を後にした。
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数日後。
スヴァルト・アールヴヘイムの街『空都ライン』の酒場のすぐ隣に、エギルとリズベットが其々の店をオープンしたと連絡が入りキリト達が集まっている中、シリカは1人街の中を走っていた。
それというのも、彼女が学校から帰り、スヴァルト・アールヴヘイムにログインし、いざキリト達と合流する為にリズベットとエギルの店に向かおうとした時のことだった。
店とは反対方向の曲がり角にふと目を向けると、以前強引なナンパ男達から自分を助けてくれたサラマンダーの少年らしき人物が目に映ったのだ。
その姿はすぐに見えなくなり、慌てて彼を追いかけて走り出したシリカ。
曲がり角に到着するも少年の姿はなく、シリカは彼を探すべく街の中を走り回っていると言う次第だ。
そうして探し続けること十数分。
何度目かの曲がり角に差し掛かったその時だった。
「止まれ」
声が耳に届き、振り向こうとしたがそれは叶わなかった。
何故なら─────彼女の首のすぐ真横に赤い刃が添えられていたからだ。
声の主はサラマンダーの少年で、シリカの背後から彼女の首に両手剣を向けている。
「なんでオレを
そこまで言って少年は両手剣を下げ
「……もしかして、この間変なのに絡まれてた娘か?」
数日前のことを思い出した彼はシリカにそう訊ねる。
シリカは安堵の息を吐いた後、少年の方へ振り返り
「はい、そうです。あの……追いかけたりして、ごめんなさい! どうしてももう一度あの時のお礼が言いたくて……」
申し訳なさげな表情で、深々と頭を下げながら言うシリカに、少年は苦笑いになって
「なんだ。てっきりオレに怨みのある奴が尾行してるのかと思ったよ。こっちこそごめんな、いきなり剣を向けたりしてさ。それと、この前の事なら気にしなくていいよ。オレが助けたくて助けたんだからさ。」
そう言って返してくる。
しかし、シリカは気が済まないのだろう。
勢いよく頭をあげた後、ブンブンと首を振りながら
「それじゃぁあたしの気が済みません!! だから。あの……その、えぇっとぉ……」
最初は強かった語気が次第に弱くなり、何処か恥ずかしそうに俯きながら口籠るシリカ。
そんな彼女を少年は疑問符を浮かべながら次の言葉を待っている。
シリカは意を決して再び顔を上げ
「お、美味しいケーキのあるお店を知ってるんです!! だからあたしにご馳走させてくだしゃい!」
勢いよくそう告げた為、最後に噛んでしまい、シリカは顔を真っ赤にしてまたもや俯いてしまった。
すると少年は彼女のそんな姿が可笑しくなったようで、堪えきれず吹き出してしまい
「くっ……あっはははは! そんな力込めて言わなくても。最後とか噛むし。けど、折角誘ってくれてるんだから、流石に無碍には出来ないな。わかった。素直にご馳走される事にするよ」
一頻り笑った後、シリカの申し出を了承する。
それを聞いた彼女はパッと表情を明るくし
「それじゃぁ行きましょう! あ、そういえば自己紹介してませんでしたね。あたしはシリカっていいます。この子はピナ」
「きゅあ!」
自分のプレイヤーネームと頭に乗っている相棒の子竜を紹介する。
それに対して
「オレはジュンっていうんだ。よろしくな、シリカ!」
サラマンダーの少年─────ジュンもニカリと笑いながら自身の名を名乗った。
街中のカフェでケーキとお茶を楽しむ竜使いの少女とサラマンダーの少年。
そんな二人を陰から見つめるモノ達がいた。
次回「ジュン」