その様な状態の人には、決して反論してはいけない。
したが最後、十倍以上の暴言を浴びせられる事になるだろう。
「…」
――――今、俺は水色髪の毛の少女に凝視されている。
本人曰く「本当に不審者じゃないか確かめる為に必要なチェック」らしい。
因みに、これが三回目だ。
「だぁぁ!やっぱり無理!疑わないなんて無理っ!!」
…ま、結局俺はどうあがいても、彼女のチェックをパスする事は出来ないみたいだが。
何となくこうなる事は分かっていたので、俺はわざとらしく溜め息をついて首を振る。
「な、何よ…
…元はといえば、あんたの外見が怪しいせいでしょうがっ!」
「さやかちゃん、この人の格好は変じゃないと思うよ…」
「そりゃあまあ、そうだけど…」
自分で言うのもなんだが、俺は変な格好をしているつもりは毛頭ない。
この格好で人ごみに紛れても全く目立たない、と自信を持って言える。
――――さて、いつまでも不審者扱いされるのも面白くない。
今度は、此方の疑いを晴らしてもらおうか。
「な、何よ…自分が疑われたからって、今度は私達を不審者扱いするわけ?
そう言うの、卑怯だと思うんだけど。」
卑怯と言われる筋合いは無い。
そもそもいた場所で不審者扱いされるんなら、そちらも十分『不審者』だと思うんだが。
「た、確かにそうだよね…」
「ちょっとまどか、何納得しちゃってるの!?」
逆に何故納得しないんだ、君は。
俺にしてみれば、女子学生がこんな廃ビルにいる事自体が怪しい
俺だったから良かったものの、本当の不審者に会ったらどうするつもりだったんだ?
「…もう会ったわよ…
って、然り気無く自分を不審者の枠から外そうとするなっ!!!」
「さ、さやかちゃん、落ち着いて…」
…質問しているのは此方だ。早く答えてく――――
――――いや、ちょっと待て。今『もう会った』って言わなかったか?
「そこにいる子を襲おうとしてたから、何とか抱えて逃げてきたのよ。
はぁ、近くに消火器があって本当に良かったぁ…」
…成る程、さっき聞こえてきたスプレー音は消火器だったのか。
しかし不審者相手に消火器噴射とはアクティブである。不審者も相手が悪かったな。
『その節はありがとうね、二人共。』
「お、お礼なんて良いよ。治してくれたのは…えぇっと…」
「ううん、私はただ通りかかっただけ。
実際に助けたのは紛れもなく貴方達なんだから、胸を張って良いのよ?」
通りかかっただけ?こんな所を?
…まあよく考えたら銃持ってたな、この子。じゃあ安心か。
「で、分かった?
私達はちゃんと理由があってここにいるの。
いい加減諦めて、自分の方が怪しいって認めたらどう?」
ふん、その理由が本当の物かも怪しいもんだがな。
不審者に追われてたっていうなら、こんな所で油売ってるのは危険なんじゃないか?
「誰のせいだと思って――――!?」
何者かの気配を感じ、勢いよく振り向く。
反射的に王の財宝を発動しそうになったが、水色髪に何言われるか分からないので、堪えた。
「――――」
気配の主は前方の暗闇、少し高い位置から此方を見下ろしている様だ。
目を凝らすと、それらしきシルエットがぼんやりと見える。
「っ!」
「っ!」
水色髪とピンク髪の子の二人の反応を見るに、どうやらアレが『不審者』の様だ。
…全く、何で転生早々にこんな大量のトラブルに巻き込まれるんだろう。神に文句を言いたい。
――――ま、仮に言う機会があったとしても…
『力を奮いたいと言ったのは貴方ですよね?
文句あるんならさっさと別の世界に移動したらどうですか?』
とか見下し顔で言われるのがオチだろうけど。
「こんな状況下で、何呑気に溜め息ついてるのよっ!」
「さやかちゃん、流石にそれは言い過ぎだよ…」
溜め息ぐらい好きにつかせてくれ。
それに不審者の事なら、別に心配する事無いんじゃないか?
此方には銃持った人が要るんだし。
「…あんたが持ってる訳じゃないのに、何でそんなに偉そうなのよ…」
偉そうにしているつもりは無いのだが。
――――そんなやり取りをしつつも、水色髪とピンク髪の二人は暗闇を凝視している。
無論、金髪の子と、俺もだ。
暫くの膠着状態の後、不意にコツコツと、その人物が履いているであろう靴の音が聞こえてきた。
「…。」
金髪の子が、銃を構える。
先程撃たれた時には混乱していて良く分からなかったが、形状は火縄銃に近い。
「…っ…」
「…」
最初に響いた靴音の余響が、まだ消えない内に――――
「…く、来るならこいっ…」
「…さやかちゃん…」
――――シルエットの正体、そして『不審者』はその姿を現した。
「…。」
黒い長髪の、若い女性。恐らく、横にいる二人と同じぐらいの年頃だろう。
服装も、最初は横にいる二人と同じ学生服を着ている様に見えたが、
スカートは白ではなくグレーであり、シャツはより白く、襟も黒い。
足には黒い靴と、黒いタイツかハイソックスの様な、そう言った類いの物を履いている。
背景が暗かったので、一瞬だけ足が無いように見えた。どうでもいい。
「…」
「…おっと、そこで止まりなさい。
本当なら銃なんて向けたくは無いんだけれど、どうやら貴方は『不審者』らしいからね。」
金髪の子がそう言うと、黒髪の子は足を止める。
――――だが、その目は全く銃を恐れていない。寧ろ見下している様だ。
「…」
「…っ…」
二人は一歩も動かず、無言で睨み合っている。
…だが直感的に、この場の空気を支配しているのは黒髪の子の方だと感じた。
「貴方、魔法少女でしょう?
だったら、魔法少女同士で争う事の無意味さを知っている筈よね?
悪い事は言わないから、直ぐに立ち去りなさい。」
「…そうはいかないわ。」
黒髪の子はその長い髪を右手で払いながらそう言い、一歩前に進み出る。
だが金髪の子はそれを許す気はない様で、向けていた銃の照準をしっかりと定め直した。
…あの銃身の角度からして、恐らく狙っているのは眉間だろう。
「呑み込みが悪いわね。
『見逃してあげる』って言ってるのよ?」
「…私は鹿目まどかに用があるの。
もしもそれを邪魔しようと言うのなら…」
「ふん、まどかには指一本触れさせないわよ、転校生!」
――――え、転校生!?
不審者の正体がまさかの転校生!?
…だったらここで逃げても学校行ったら会う事になるじゃないですかー!?
「だからタチが悪いのよ…
おまけに、転入してきたのは私達のクラスだしね。
あ、一応言っておくけど、私とまどかは同じクラスだから。」
それ、完全に詰んでるじゃないか…
思わず明日の夕刊一面に、目を覆いたくなる記事が載っている光景が目に浮かぶ。
…ここでコトが起こってしまったら、その記事は朝刊に載る事になるだろう。
見出しは勿論、『女子生徒二人殺害――――
「ちょっと!幾らなんでも物騒すぎるでしょうがっ!!
あんた、私とまどかが死んだ方が良いとでも思っているわけぇ!?」
…すまん、ネガティブ思考が過ぎた。
どうやら俺の頭は、自分の予想以上に混乱しているらしい。
「…!」
ふと黒髪の子の方を見ると、視線が合った。
その目には驚きと動揺らしき感情が浮かんでいた気がしたが、
それが俺の見間違いの領域を出る前に、彼女は視線をピンク髪の子へと移す。
「…」
そして視線を向けられた本人が気づく前に彼女はくるりと踵を返し、
姿を現した時と同じ様に、闇の中へと消えていった。
「…はぁ…助かったぁ…」
黒髪の子の姿が見えなくなると同時に、水色髪の子は大きなため息をつく。
俺とキュゥべえ以外の二人も、大きなため息をついていた。
――――黒髪の子が見せた表情について考えていなければ、きっと俺もついていただろう。
「…き…緊張したぁ…」
「転校生の奴、一体誰が狙いだったんだ?
私達が来た時にはキュゥべえを襲ってたっぽいのに、今はまどかに用があるって言ってたし…」
「兎に角、ここに長居するのは得策じゃ無いわね。
一旦私の家に避難しましょう。」
「でぇえっ!?そんな先輩に迷惑をかける事なんて出来ませんよ!
もしも転校生が私達をつけてきたらどうするんですか!?」
「その心配はないと思うな。」
水色髪の子が実にごもっともな意見を述べると、いきなりキュゥべえが喋り始めた。
その声は先程の様に頭の中に直接響いてくる物では無かったが、
本人の口が動いていないという点では、より不気味かつ不愉快だ。
…マスコット宜しくピンク髪の子の腕に収まってるが、本当に生き物なんだろうな?
「い、生き物ですよ。
私達が助けた時は怪我してましたし…」
「…あんた、本当に人を疑うのが好きねぇ。」
人を真っ先に不審者扱いした人が何を言うのか。
…で生き物のキュゥべえさん、何故例の子がつけてくる心配はないと断言したわけで?
「彼女の気配が感じられないからね。」
「…気配?」
「キュゥべえは、魔力の気配を感じ取る事が出来るのよ。
私も何度もそれに助けられたわ。」
「少なくとも、彼女はこの建物の中、及び周辺にはいない。
意図的に気配を隠しているなら別だけど、まずつけられる心配は無いと思うよ。」
成る程、所謂魔力探知機という奴か。
…あれ、じゃあ俺が王の財宝を使った事もこいつは探知して――――?
「どうしたのさ、そんなにキュゥべえの事じろじろ眺めて…
まさか、まだ生き物かどうか疑ってるわけ?」
それに関してはもう良いです。
どう見てもぬいぐるみにしか見えないけど、生き物なんだろ?
「あらあら、疑り深いのね。
キュゥべえ、その人の肩に乗ってあげなさい。」
「構わないよ。」
――――ちょっと待て、何でそうなる。
言葉に出す前に、キュゥべえはピンク髪の子の腕から飛び出、俺の肩に飛び乗った。
…やたら軽い癖に、生き物特有の温もりがある。何これ。
「…あ、温かいでしょう?」
ピンク髪の子がおずおずと訊ねてきたので、首を縦に振っておく。
…これ以上勘ぐっても意味無さそうだし、まあ生き物って事で良いか。
「仲良くなれたみたいね。
じゃあ改めて、私の家に行きましょう。
色々と話しておきたい事もあるしね。」
「えぇっ!?
…で、でも…」
「まぁまぁまどか、ここまで先輩が勧めてくれてるんだから。」
「遠慮しなくて良いのよ。」
「…わ、分かりました…宜しくお願いします…」
「さ、着いてきて。」
金髪の子『巴マミ』はそう言い、歩き始める。
その後に続いて、ピンク髪の子『鹿目まどか』と、水色髪の子が歩いていく。
…これからどうするんだろう…
「鹿目まどかと美樹さやかの事かい?
恐らく彼女達はマミから何故僕が狙われたのかとか、
魔法少女とは何なのかについての説明を聴く事になるだろうね。」
あぁそうか…
――――――――――――え?
「どうしたんだい?」
何で君はまだ俺の肩に乗ってるんだい!?
あの二人と一緒に『巴マミさん』の家に行くんじゃないのか!?
「勿論行くさ。」
じゃあ何でまだ――――
「キュゥべえ、どうしたの?
お喋りも良いけど、早く行かないとまた襲われるかもしれないわよ?」
「分かってるよ、マミ。
さあ、行こう。」
さあ行こうじゃない!
「心配しなくても、マミはもう君に敵意は抱いていないよ。
ま、警戒はしていると思うけどね。」
いや、ですからね、俺が付いていく必要はもうな――――
「いえ、貴方も一緒に来てください。」
何でそうなるんだ!
俺はその『魔法少女』だのとは何の関係もないだろう!?
「貴方は一般人でありながら、魔法少女の事を知ってしまった。
そして同時に、魔女に近づき過ぎたんです。
そもそも貴方がこうして生きている事自体、奇跡の様な事なんですよ。」
…『魔女』?
あぁ、あの毛玉髭軍団の事か。
確かに普通の人間なら、あのでかい鋏で細切れにされて薔薇の肥料にされていただろう。
『普通の人間』だったら、だが。
「…どうかしましたか?」
いや、なんでもない。
…王の財宝とか天の鎖が使える事は黙っておこう。確実に話がこじれる。
「とにかく、貴方は一度、限りなく魔女に近づいた。
従って、魔女のターゲットになっている可能性が高いんです。」
襲われる危険性があるから付いてこい、と?
「そういう事です。」
「えぇっ!?そいつも連れて行くんですかぁ!?」
「いけない?」
「…いや、別にマミさんが良いって言うなら良いですけど…」
「万が一の時は私が守ってあげるから、心配しなくても良いわよ。」
…本当に敵意抱いてないんだろうな…
「…言っておくけど、まどかに手ぇ出したりしたら許さないからね?」
手なんて出さんわ!
良い加減不審者扱いは止めてくれ!!
「じゃあ数メートル離れて付いてきてよ。」
それじゃ完璧な不審者じゃねえかぁぁぁぁぁぁ!!!
「さやかちゃん、私なら大丈夫だから…」
「何かが起こってからじゃ遅いんだよ、まどか!」
「…やれやれ…」
やれやれはこっちの台詞だよ、キュゥべえ。
――――固有スキル『巻き込まれ体質』。
愉悦とは程遠いそんな言葉が、脳裏をよぎった気がした。
今更ですが、十九歳って少年って言っていいんですかね?