世界最強のモンスタースレイヤーとして民の為に怪物を倒していたとある王国の王子様は、ある夜に人狼に噛まれて自身も人狼…モンスターになってしまいます。さぁどうしましょう。

これはそんな王子様のお話。




ウィッチャー3をやって、ちょっと思いついたのでそのまま書いてみました。
ウィッチャー3を知らなくても全く問題ありません。
ちょっと世界観が似ているだけです。

一話で完結です。

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世界からモンスターが消えたとしても

これは今からずっとずっと昔、

まだこの世界にドラゴンやエルフ、もう今はいない怪物や非人間族たちが溢れていた頃の話です。

 

ええ、本当にこの世界にはそんな怪物たちがいたのです。

 

 

昔々とても戦争の強い大きな王国がありました。そこの王様は代々この国で一番強い人間がなりました。

その子供が次の王様になるわけではなかったのです。しかし、次の王様はそこの王子様がなるだろうと言われていました。

王になるために修行を重ねて強くなった王子様は、この世界に蔓延り弱い民を脅かす怪物を殺す、この世界で一番強いモンスタースレイヤーだったのです。

 

一匹でお城にも勝てる怪物にすら、王子様は一人で立ち向かい、その首を民の前に掲げて称賛を受けました。

この世界でその王国の王子様の名前を知らない者はいませんでした。

 

 

王子様のモンスタースレイヤーとしての最後の相手は、古い屋敷に住んでいた人狼でした。

とてもとても強い人狼でした。

 

え?そしてその後に王子様は王様になったのかって?

違うのです。王子様は…………

 

 

 

≪Ⅰ≫

 

≪Metamorphose≫

 

 

お月様がとても綺麗な夜でした。

王子様はその夜、屋敷の扉を蹴破り最後の相手となる人狼のいる大きなテラスに飛び込みました。

 

「ウウウ…何をしに…来た」

そこにいたのは身の丈3mもあろうかという毛むくじゃらで醜悪な見た目をした人狼でした。

月の光を受けて黄色い眼はぎらついており、人の身体に狼の筋肉を付けたその姿はまさしく怪物です。

 

「弱き民のために、我が名誉のために、ここで死ね、人狼」

王子様はそう口にして、鋼鉄の大兜をかぶりました。

銀の剣を抜いて人狼に突きつけます。

 

「帰れ、グルル…お前を殺す気は無いのだ」

 

「黙れ。この屋敷も土地も我が王国の所有物である。いやしくも貴様のような怪物が根城にしようなどと…身のほどを知れ」

王国の紋章が掲げられたマントを翻して王子様は人狼に飛びかかりました。

その着物の上にも鋼鉄の甲冑を着ているというのに、王子様の速さはまるで風のようでした。

しかし人狼はその銀の剣を全て頑丈な爪で受けて跳び退りました。

 

「私が、グルル、お前たちに何をしたというのだ?野の兎を食べ、草を噛み、人を見ては逃げただけなのだ」

 

「貴様の姿が人々を脅かし、夜な夜な吼えるその声が不快なのだ。怪物風情が生意気な」

人狼は王子様に積極的な攻撃を仕掛けてきません。しかし王子様はさらに踏みこみテラスの端まで人狼を追いつめます。

そこで王子様はさらに踏みこむと見せてかけて、懐から取り出した小さな爆薬を投げ付けました。

 

「グルル、私は、人を殺さない」

しかしその爆薬はテラスの手すりを破壊しただけでした。

人狼はいつの間にか王子様の後ろに回り込んで、よだれをだらだらと牙の隙間から垂らしながらそう言い放ちました。

そんなことを言う隙に突き飛ばしていれば、王子様はテラスから落ちて人狼が勝っていたのに。

王子様は戦いを侮辱されたと感じて怒りました。

 

「何を言うか。いずれ狂気に取りこまれ人を殺す、それが貴様ら怪物だ」

王子は左の肩だけを相手に見せる様にし、銀の剣を片手だけで持ちました。

相手が人と同じくらいの大きさの怪物の時にはいつもこの戦法で打ち勝ってきたという技です。

 

「私は、人を…殺したことなど無い!」

左から右、右から左へと振られる剣を人狼は全て避けていきます。

そして大上段から斬りこんだ一撃を、人狼は剣の柄を掴んで止めてしまいました。

人間の反射神経を超えた生き物ならば難しくはない事です。もう勝負はついたかのように思えました。

 

「死ぬがいい」

ぽたぽたと、人と同じ赤い色をした血が地面に垂れていきます。人狼のお腹に深々と銀の短剣が突き刺さっていました。

王子様はその右手にいつの間にか短剣を握って隠していたのです。

 

「ギャアアアアア!!ガァアアアアア!!」

 

「俺が王となった暁には貴様ら汚らわしい怪物ども一切を地上から消し去ってやる」

その剣を横に動かすと血なまぐさい臭いが立ち込めて地面に臓器が落ちていきます。

人狼の回復力をもってしてもこれでもうお終いです。

 

「本気で、本気で言っているのか!?私達がお前たちに」

 

「もう口を開くな。酷い臭いだ」

もう死は決まっても何かを言おうとする人狼の顎を王子様は左手で殴りました。

その時、人狼の眼から一筋の綺麗な涙が流れました。死を覚悟しての悲しみの涙ではありませんでした。

王子様がその涙にほんの少しだけ気を取られた瞬間、人狼は王子様の肩に思い切り噛みつきました。

 

「! 無駄な抵抗を。さっさと地獄へ堕ちろ!」

鋼鉄の甲冑が軋んでぎりぎりと音を立てて骨に鋭い痛みがはしりました。

王子様は短剣を更に何度も突きたてますが、人狼は唸るばかりで決して王子様を離しませんでした。

そして、王子様が短剣を人狼の心臓に突き刺し零れ落ちる血が二人の足を完全に浸した時、とうとう甲冑を超えて王子様の肌に牙が届きました。

 

「がっ……!!……!! なんて、なんということをしてくれたのだ!!」

牙に穿たれた甲冑の奥の自分の血を触って王子様は震えました。

 

人狼に噛まれたのです。人狼に噛まれると噛まれた相手も人狼となってしまいます。

これこそが人狼が人々からとても恐れられている理由だったのです。

王子様もそれを知っていたからこそ、鋼鉄に身を包んで戦いに挑んだのに、人狼は死を賭してその呪いを王子様にぶつけました。

 

 

「呪われろ!この身体、この牙、この爪を、そしてこの姿を受けて生き続けるがいい!!」

 

「怪物が!!」

地面に膝を着いて叫ぶ人狼の首を王子様は怒り狂いながら銀の剣で刎ねました。

落ちてきたその首は醜い獣の顔をしているというのに心から笑っているかのように歪んでいました。

 

「クソッ!!」

王子様は物言わぬ死体となった人狼の身体にもう一度剣を振り下ろしました。

 

しかしもう何も戻りません。

王子様は呪われました。

 

見る見るうちに身体が膨れ上がり、醜い怪物の姿に変身していきます。

それと同時に身に着けた銀製の武器が怖くなり、王子様はテラスから全てを投げ捨てました。

 

そして甲冑も服も突き破り、王子様は人狼になりました。

これからどうすればいいのか分からず、空に向かって叫ぶとそれは狼の遠吠えとなって地元に住む人々を震え上がらせました。

 

 

 

 

 

≪Ⅱ≫

 

≪Your Betrayal≫

 

王子様は朝になって王国の宮殿の自室に戻るとそれから三日間部屋に閉じこもりました。

肩に残った歯形はとても深かったけれど、医者に見せるわけにはいかず自分で治療しました。

 

王様には何も言えません。例え王様といえど、怪物が宮殿にいることを許すことは無いでしょう。

 

震えて眠りながら夜が来るたびに変身して、朝が来るのを待つのを三回繰り返した王子様は四日目の朝、一人で馬に乗って出かけました。

王子様にはもうすぐ結婚する予定のとある小さな国の姫がいたのです。彼女ならば、それでも自分を受け止めてくれると、そう信じて王子様は馬の尻を叩きました。

 

 

「どうしたのですか? 何故こちらに来ないのですか?」

 

「もうすぐ…始まる。どうかそこで見ていてくれ」

王子様の突然の来訪を、その姫も父もおおいに喜びましたが、歓迎のもてなしも全て断り王子様は姫の自室に行きました。

いつもなら激しく抱擁してくる王子様が部屋の隅で震えているのを姫は不思議そうに眺めています。

 

そして太陽は完全に沈み、夜が訪れました。

 

王子様の高価なチュニックが千切れて身体が盛り上がっていきます。

ブーツは内側から破れて毛だらけの獣の脚があらわれました。

出てきたのはボロボロのズボンを身に着けた怪物でした。

 

瞬きも忘れて変身していく姿を見ていた姫に、人狼になった王子様は近づいていきます。

 

あなたがどんな姿になっても、どれだけ離れていても愛しています

 

かつて言われたその言葉を信じて。

 

「これが、ウウゥ…俺の今の、姿だ…それでも俺を」

 

「いや、近寄らないで!!」

 

そこには一切の救いがありませんでした。

いつものように、姫を抱きしめようとした王子様に姫が物を投げ付けてきます。

 

「何故だ? 永遠の愛を誓ったではないか。怖がらなくてもいい。俺は」

 

「衛兵、衛兵!!」

姫の叫びに続いてすぐにどたどたといくつもの足音が近づいてきます。

婚約している王子様、それもとても強い王子様がいると分かっていた衛兵達はまさか呼び出されるとは思っていませんでした。

 

「グ? ウウゥ? なぜ」

 

「いや!! 来ないで!!」

 

「ウウゥ…オォ…アアァアアアアアア!!」

 

王子様は泣き叫びながら窓を割って外に飛び出しました。

その時、衛兵の放った銃弾が王子様の腕を撃ち抜いていき、王子様はうまく着地できませんでした。

 

お城の頂上から飛び降りて着地に失敗したので、身体中の骨が砕けましたが、それでも死は許されずにすぐに身体は治ってしまいました。

 

もうどこにも戻れない。

もうなにも戻らない。

 

王子様は壁を壊してさらに人狼の姿から狼になり、道を駆けて山へと入りました。

その眼からはきらきらと人の頃と変わらない透明な涙が流れていきました。

 

 

「ウアアアァアアア!! ガァアアアア!! アアアアアアアアア!!」

 

誰に叫べばいいのかも分からず、王子様はお月様に向かって吼えました。

その声は狼の遠吠えでした。

 

そのとき王子様は分かりました。

 

あの人狼がどうして毎晩月に向かって吼えていたのかが、分かったのです。

誰にも話せない心の内を、空に浮かぶまんまるいお月様にぶつけていたのです。

 

 

もう王子様は誰にも、何も話せなくなりました。

 

王子様は更に走って山の奥の奥へと向かいました。

 

 

 

 

 

≪Ⅲ≫

 

≪Cruel≫

 

 

王子様はそれから山奥で暮らすことを始めました。

ここは王子様の王国の領土です。

自分はこの国の王の息子として生まれ、一番の大豪邸に住んでいたのに。どうしてこうなったのだろう。

王子様は何度も何度も考えて、お腹が空いたら狩りに出掛けました。

 

 

この身体になって分かりました。昼間にも変身しようと思えば出来ます。

夜はどうしてもオオカミと人間の半ばのような姿になってしまいます。

なろうと思えば完全にオオカミの姿にもなれます。

お肉を生で食べても血の味も含めて美味しいと思うようになりました。

 

 

確かに心の奥底に野生の動物のように凶暴な物が棲みつきました。

人間も食べようと思えば食べられます。しかし、その必要がないのです。

 

強靭な身体に、鋭い爪、固い牙があればどんな獲物もすぐに狩れます。

太った獲物や子供の動物は狩りやすく、とても美味しいです。

 

人間はみんな肉があまりついておらず、その上に服を着ていてとても美味しくなさそうです。

 

何よりも、理性があるのならば考えればすぐにわかることです。

人間は動物よりもとても手ごわいのだと。

 

弱く見えても服の中に熊も殺せる武器をしまっていることがあります。

仮に殺せたとしても、人間は自分達が脅かされたことを絶対に忘れずに報復に来ます。

それは王子様もよく知っていました。

 

 

王子様は人狼の姿でとある日の昼間に山の中を歩いていました。

 

人間の姿では山で過ごすのはとても辛いのです。足が痛いのです。木の枝が掠って痛いのです。

獲物を見つけられないのです。もうずっと見た目は人狼のままでいましたが、心はずっと人のままでした。

 

そんなある日、王子様はある親子と出会いました。

 

「ンガ。オオカミだ、オオカミだ」

 

「ンゴ。じんろうだ、じんろうだど、おっとう」

 

それは人よりも大きくずんぐりとした身体の怪物の親子でした。

ごつごつした岩のような皮膚と固そうな甲羅をつけた大きな人型のそれを、人間たちは岩トロールや洞窟トロールなどと呼んでいました。

知性は低く、人間含むなんでも、特に岩や鉱石なども食べると言われています。

 

「近寄るな醜い怪物め!! それ以上寄らばこの剣の錆に…」

つい癖で右手を腰に伸ばしましたが、そこには剣はなく、あったのは灰色の毛が生えた身体だけでした。

 

「ンゴ、ンゴ、ゴゴゴ。おまえも、みにくい」

 

「ンガ、ンガ、ガガガ。おもしろいこというオオカミ」

 

「……」

そうでした。自分はもう気高い王子様でも、人間でもなくただの醜い怪物なのです。

王子様は愕然としましたが、醜いということに納得できず、人の姿に戻りました。

 

「これでも醜いか?」

 

「よくわがんね。にんげんみんな、おなじかおしてる。ンゴゴゴゴゴッゴ」

トロールの子供の言葉に王子様は言い返そうとしましたが、その時気が付きました。

トロールの親子は身体の大きさの違いはあれど、その顔の見分けなど王子様には付きません。

人にとって怪物はどんな顔立ちでも怪物で、怪物にとっても同じだったのです。

 

「めずらじいおきゃくさんだど。うちでたべていくか? ンガ?」

 

親のトロールはその手に馬の脚を持っていました。

そういえば今日は何も食べていないということに気が付いた王子様はお腹がなりました。

ですが、怪物の住処にお呼ばれされるなど実に馬鹿馬鹿しいことです。

 

「……」

 

結局王子様は黙りこんだまま拒否も肯定もせずにその親子に着いて行きました。

知性は低いが、言われているほど凶暴では無いなと、その時王子様は初めて思いました。

自分が昔に倒したトロールはどれも舌っ足らずな言葉で怒りを表しながら向かってきたというのに。

 

トロールの言う家とは洞窟のことでした。

僅かなヒカリゴケが生えているだけで中はとても暗いです。

 

王子様はすぐに人狼の姿に変身しました。

狼の眼ならば光が僅かでもずっと闇を見通すことが出来ました。

王子様は未だにこの姿を忌み嫌っていますが、それでもこの姿の方が人の姿よりも便利だとは思っていました。

 

トロールの親が鍋に入れて馬の脚を煮込んでいる間、王子様は洞窟を見て回りました。

するとどうでしょう。壁のあちこちから金や銅、宝石がのぞいているではありませんか。

その洞窟はとても価値の高い鉱山だったのです。

 

(我が領土にこんな鉱脈が…!)

王子様の頭の中で王国の地図が広げられていきます。

ここは王子様の国が支配する領土の一番端の誰も来ないような山の中でした。

これを全て奪って、と今まで怪物を倒した後にしていたことを思いましたが、その意味が全くない事に気が付きました。

誰に売るというのでしょう?誰にあげるというのでしょう?

宝石など、ただの綺麗な石ころで、人がそれに勝手に価値をつけて喜んでいるに過ぎなかったのです。

 

「この鍋はなんなのだ? どこから持ってきた」

人一人がお風呂としても使えそうな程に立派なその大なべは、よく見てみるととてもしっかりと作られており、買おうとすれば実に高く値が付くでしょう。

それをこんな愚鈍そうなトロールが作れるとは思えません。

 

「ドワーフのおじさんがつくってくれたんだど」

 

「でもにんげんにころざれてじまったぁ…」

 

「……!」

 

王子様は思いだしていました。

昔、王国内でとても腕のいいドワーフがいましたが、敵国に武器を作って流している疑いがあるとして処刑されたのです。

その疑いが本当だったのかも、そのドワーフがこの親子の言うドワーフかも分かりません。

しかし王子様は何も言う事が出来ませんでした。

はっきりと、王子様は罪を自覚するようになっていました。

 

「できだど! できだ!」

 

「ほれ、たべれたべれ」

 

「ウウゥ…」

 

トロールの親子が作った馬の肉の煮物とスープは王子様がかつて食べていた物よりもずっとみすぼらしく、味も酷い物でした。

それでもその味はとても心温まる物でした。この親子のもてなしの心が入っていたのです。

 

王子様は久しぶりに人の…? 心の温かみを感じて涙を流しながらたくさん食べました。

トロールの親子はそれを見て醜い顔をさらに醜くして笑いました。

 

 

トロールの親子は王子様にローズマリーとシナモンを持たせてくれました。

トロールの親子は洞窟の入り口に花畑を持っていて大雑把な手を使って一生懸命に育てていたのです。

その花をお肉と一緒に食べるといいと言ってくれました。

 

それを持ち帰ってお肉と一緒に食べると確かに普段食べるよりも美味しかったのです。

それがただお肉に合う物を一緒に食べたからというだけではないということが王子様にはもう分かっていました。

 

それから時々王子様は自分が狩った獲物をその親子に届けてあげるようになりました。

トロールの鈍い動きでは滅多にお肉が食べられないと言っていたので、王子様はどうせ一人では食べきれないからと言って、時々お肉を持ってその洞窟を訪れました。

 

そんなある日の事でした。

いつものように仕留めた兎を持って洞窟に歩いてくと、沢山の人間の臭いがしました。

そして洞窟に近づくにつれて怒声や罵声が聞こえてくるではありませんか。

 

王子様は兎を放って走り出しました。

 

 

それはとても見ていられないような光景でした。

トロールの親は縛られて呻いており、うずくまるトロールの子の背中にがんがんと人間たちが振るったつるはしやスコップが突きたてられます。

 

とうとう甲羅を突き破ってトロールの子の肉が見えてしまいました。

 

王子様は絶叫して気が付いたときには変身していました。

 

各々の手に金属の武器を持った炭鉱夫たちを薙ぎ倒しながら王子様は泣いていました。

この人間たちは過去の自分だと、分かってしまったのです。

彼らは欲にかられて、静かに暮らしていたトロールの親子を殺しに来たのだと。

 

「ウゥウゥ……見逃してやるから、今すぐ、俺の目の前から消えるのだ」

 

炭鉱夫たちは手に持つ武器も忘れて転がる様に洞窟から逃げていきました。

一人も殺さなかったのは、王子様がまだ人間だったからではありません。

一人でも死ねば人間は自分達を決して許さないと知っていたからです。

 

人間たちがいなくなったあと、トロールの子を起こし、その鋭い爪でトロールの親を縛っていた縄を切った王子様は二人に縋りついてたくさんたくさん泣きました。

すまなかったすまなかったと謝り続ける王子様にトロールの親子はお礼を言うのも忘れしばらくのあいだ困惑していました。

 

「あじがと、あじがと」

 

「なんでなくんだど、おかしいど」

 

「お前、母親はどうしたのだ? 何故父しかいない?」

どうして泣くのかと尋ねてくるトロールの子に王子様はずっと気になっていた事を逆に尋ねました。

 

「おっかあは、にんげんにころされたど」

 

「おでたちを、にんげんこわがる。おおきいからだ、こわがる」

 

「……!」

 

王子様の思った通りでした。

王子様は昔、あんな炭鉱夫たちに言われてトロールを殺したことがあります。

それがこの家族のトロールなのかは分かりません。それでも王子様はまた泣きながら何度も何度も謝りました。

 

「なんで、なんで怒らないのだ? なんで母を殺した人間を殺さない?」

 

「うー、うー。ころしたらころされる」

 

「おでたちのほうがすくないから、そしたらおでたちおわりだど」

 

「ウウゥ……」

愚鈍で知性の低いはずのトロールの親子のその言葉は真理でした。

それが分かっていたからこそ、この親子は抵抗らしい抵抗もしていなかったのです。

人間たちが殺戮に狂乱する姿をもう知っているから。

 

 

トロールの親子は王子様に舌ったらずにお礼を言いました。

そうして彼らは別の場所に行く、と言ってこの洞窟を去っていきました。

 

 

ここはお前たちの家なのだから、ここにいればいいのに。

 

そう思っても王子様は何も言えませんでした。

 

また次の炭鉱夫たちが強力な武器を抱えて来るでしょう。

いや、もしかしたらモンスタースレイヤーが依頼されてくるかもしれません。

ここが人間の支配下で、ここに人間たちがありがたがる鉱石がある限りは。

 

戦えばどちらも傷つく。この広い世界のどこに静かに暮らせる世界がある筈だ、と。

親子はそう言って去りました。

 

しかし王子様は知っていました。

もうこの世界は星が沈んでしまう程の人であふれかえっていることを。

 

それでも王子様は何も言えず、去っていくトロールの親子を見送って、とぼとぼと山の奥に帰っていきました。

 

 

 

人狼の寿命はとてもとても長く、その身体はとてもとても頑丈で、どんな怪我もたちどころに治ってしまいます。

 

そして王子様は毎晩お月様に向かって吼えました。

太陽が出ている間は人間です。

でも太陽は人間の味方なのです。

 

夜になって王子様は人狼になりますが、それでもそばにいてくれるお月様だけが味方だと気が付いて、その心を毎晩ぶつけていました。

 

 

 

王子様は原っぱに寝っ転がって空を見ながら今まで殺した怪物のことを思い出していました。

出会う者に見境なく襲い掛かるグールや、船をわざと沈めて笑うセイレーンなんかもいました。

 

ですが、自分で育てた鶏の血だけを啜るヴァンパイアを、昼間に人の前に姿を表さないから、怪しい、怖いと民が言うだけで殺しました。

 

宝ではなく殺しに来た者を返り討ちにしてその者達の装備と金の上で寝ていただけのドラゴンを、気が狂った人食い竜だと聞いて殺しに行きました。

ドラゴンは霞を吸うだけでも生きていけます。そのドラゴンは年老いて動くのもおっくうになって塔のてっぺんに住んでいただけでした。

 

自分はそれらの首を掲げて英雄になっていたのです。

 

王子様はまた空に浮かぶお月様に向かって謝る様に何度も何度も吼えました。

 

東に行ってドラゴンを、西に行って魔女を、北に行ってゴーレムを、南に行ってクラーケンを殺した日々を。

彼らはただ生きていただけだったのだと。

 

 

 

 

 

 

≪Ⅳ≫

 

≪What a Wonderful World≫

 

王子様が怪物になってからどれだけの月日が経ったのでしょうか。

 

王子様はときどき人間の姿に戻って、川に映る自分の姿を見ますがその姿は昔のまま年をとっていません。

ですが、王族の着る頑丈で高級なズボンももう、腰に巻いているだけの布切れになっていました。

 

未練はずっとあります。

でも罪の意識もあります。

どうしていいかずっと分かっていません。

 

またあのトロールの親子が作った美味しく無い料理が食べたいな。

そう思いながら川から帰ってくるときに、王子様はその少女と出会いました。

 

「だ、誰!」

少女と書きましたが、年の頃は17か18くらいのようでした。

もう純白のドレスに身を包んで嫁に行ける年齢です。

 

それでも王子様からしたら、少女としか言えませんでした。

人狼になったのは23歳のころでしたが、噛まれてからずっと老化が止まって、もう何年経っているかもわかりません。

 

金色の美しい髪をした可愛らしい少女でした。こんな山の中で人を見つければ普通の女の子ならすぐにほっとするでしょう。しかし少女は怯えるように逃げだしました。

その姿ですぐに分かりました。何よりも、年頃の娘なのに上半身に何も着ていなかったのです。

 

「待て! 行くな!」

王子様は人間の姿のまま追いかけました。

人狼の姿にならなくとも、か弱い少女だったのですぐに追いつくことが出来ました。

 

「いや! 離して!」

 

「見ろ! 俺も…」

王子様は少女に、今ではもう肌色になった肩の傷口を見せました。

それだけで少女ははっとした顔になり、暴れるのもやめて王子様の顔を見ました。

 

「あなたも…?」

 

「……」

 

王子様は何も言わずにその場で変身しました。

人前で変身するのは何年ぶりなのかももう覚えていませんが、あの時のように不安はありませんでした。

 

「そんな……ごめんなさい……」

 

少女は俯いた後、静かに唸りながらびきびきと筋肉を膨らませ、肌から茶色い毛を生やして醜い人狼の姿になりました。

人狼は人の頃と比べて特にその上半身が大きく膨らみ、その服は千切れてしまうのです。

だからシャツやブラウスなどの服は着れなくなってしまうのです。

 

この少女も人狼なのでした。

二人は何も言わず、首のニオイを嗅ぎ合いました。

そして王子様の短い言葉に少女は頷いて、王子様の住む大きな大きな木のうろまで着いて行きました。

 

 

少女は何も過去のことを語ろうとはしませんでした。

もう戻れないと分かっているのでしょう。

話せば話すほど、思い出が光って辛くなってしまうのです。

 

「何それ…? そんな国、とっくにないわ」

 

「……」

自分の国はどうなっているのだろう。

王子様は尋ねましたが、少女はその国が滅んだと言います。

 

「王様になるはずだったその国の王子様がいなくなっちゃったんだって。それで国の中で争いが始まって…」

 

「……」

王子様が人狼になってからどうやらもう数十年も経っていたようでした。

もう彼の住んでいた宮殿すらも無いのかもしれません。

ああ、思いだすと辛くなるというのに。王子様はあの日々を思いだしてしまいました。

 

「あなた、名前は?」

 

「……言いたくない」

言えば自分がその王国の王子様だとばれてしまいます。

彼はこの世界に生きる者なら誰でも知っている英雄だったから。

 

「私、もう行くわ。私が噛まれたこと…村の皆は知っているから…そこには戻れないけど、どこかに…」

 

「行くな、ウウゥ…」

 

夜の姿、獣の身体で外に行こうとした少女の腕を掴んで行かせまいとします。

少女は最初のように振りほどこうとはしませんでした。王子様が敵では無いとは分かっていたからです。

 

「どうして?」

 

「人は、怪物が嫌いだ。殺す。俺は…俺は、俺はそれを誰よりも知っているのだ。ウウアァ…」

王子様は辛い思い出や、殺してきたただ生きてきただけの怪物たちの事を思いだしてまた泣いてしまいました。

思いだすと辛い、それは確かなのですが、王子様はその中でも人一倍辛いようでした。

 

少女は獣の眼からぼろぼろと涙を零す王子様の姿を見て、そっと王子様のそばにいました。

 

少女が王子様のそばから離れていくことはありませんでした。

言葉ではああいっても、もう戻れないことは分かっていたのかもしれません。

それでもやっぱり少女は寂しそうでした。

 

しかし、王子様はもう寂しくありませんでした。

何千日もの孤独がとうとう終わってその寂しさを共有できる者が出来たのです。

 

昔のように花から花へと飛ぶ蝶のように優雅な生活は出来ません。

何人もの女性に贈ってきた宝石などもありません。

 

それでも、ときどき少女に綺麗な花を贈ったり、一緒に川で遊んだりしました。

 

獲物の美味しい部分は譲ってあげました。

 

少女が熊に引っかかれて大怪我したときは一晩中舐めてあげました。

銀の剣で深手を負わなければ、人狼は滅多なことでは死なないと分かっていても、王子様は一人ぼっちになるのが怖くて怖くて、泣きながらずっと祈っていました。

 

 

瀟洒な服も、美しい豪邸もありません。

ボロを着て、みすぼらしい場所で暮らす王子様の求婚をそれでも少女は微笑んで受けてくれました。

それはお月様がまん丸い夜のことで、二人とも獣の姿の時のことでした。

 

お金はありません。従者もいません。

うろの中にも大した物は何もありません。

 

ですが、日中に狩りをして、夜は星空を眺めてお月様に向かって二人で吼えた後に一緒にふかふかの毛皮に鼻をこすりつけて眠る。

この世界にこれ以上の幸せはどこを探してもありませんでした。

 

王子様は今まで生きてきて一番幸せでした。

 

時には獣の姿で、時には人の姿で二人は何度も何度も交わりました。

 

やがて二人の間に子供が出来ました。

生まれた子供たちはやはり人狼でした。

 

人は一度に一人か二人しか産みません。

しかし狼はもっと沢山産みます。

 

五人の子供が生まれました。

五つも幸せが出来たのです。

 

この世界の全てから見捨てられたと思っていた王子様に、少女と五人の子供たち合わせて六つの幸せが出来ました。

 

王子様はとても幸せでした。

 

 

 

でも、王子様は忘れていました。

 

この世界はとても残酷で、

この世界はとてもとても残酷な人間に支配されていた事を。

 

幸せな日々でそんな当たり前のことすらも忘れてしまい、家族で近くの原っぱに遊びに行って、

子供たちを好きなように遊ばせていたところを人間に見られていたのです。

 

 

 

 

≪Ⅴ≫

 

≪Death Comes as the End≫

 

その日も王子様は張り切って狩りに出ました。

自分一人で食べるのではないというのがこんなに嬉しいことだなんて、知りませんでした。

 

今日の夜は豪勢な食事が出来そうです。大きなシカを仕留めたのです。

そして、仕留めたシカは一人では運べそうもないから妻に手伝ってもらおうと思いながら、

途中で人の姿に戻ってその器用な人間の手で花を摘んで家に帰ると。

 

家の木の前でどす黒く濡れた奇妙な袋を持っている、鋭い目つきの帯刀した男が見えました。

 

一気に王子様の頭の中に様々な言葉と感情が渦巻きました。

そしてしたことは、その男を突き飛ばして木のうろに入ることでした。

 

「……」

王子様は、叫ぶことも出来ませんでした。

滅多切りにされた子供たちと妻の死体がそこにはあり、首から先はありませんでした。

その身体には鼻につんとくる液体がかかっていました。

油でした。王子様は思いだしました。怪物の首を切って、身体は焼き、首を持ち帰って民の前に掲げていた過去を。

 

「ふん。お前が父親か。その首も持ち帰るとしようか」

そう言って袋を投げ捨てた男が銀の剣を抜きます。

その投げ捨てられた袋の端からは、綺麗な金髪が見えました。

 

「オッ、オッ、オッ…アアアアアア、ガァアアアアアア!!」

これほどまでに急激に変身したことは今まで一度もありませんでした。

怒りと狂気に飲みこまれて、今にもその男をばらばらにしてやりたくなりました。

王子様は初めて人を殺したいと心から思いました。

 

「本性を表したな、怪物」

 

「俺たちがお前たちに何をした!? 山奥で静かに生きていただけだ!!」

王子様は遠い昔の、自分が怪物になった夜のことを今、思いだしました。

辿りついてしまっただけなのだろうと、思ってしまいました。

 

「黙れ、醜い怪物め。貴様らのような化け物がうじゃうじゃと増えること、それ自体が罪なのである」

 

「ウオオォオオオオオオオ!!」

王子様が叫ぶと山が大きく揺れて木の葉が舞い落ちました。

尻尾が激昂で膨れあがり、爪が普段の倍も伸びました。

 

そしてその時頭に悪魔が囁いてきたのです。あの日、自分に呪いをかけた人狼でした。

噛みついて、そのまま男を逃がしてしまえと。

 

どうせ、もう。

 

殺しても戻らないのだから、と。

 

 

「ガァアアアアア!!」

王子様が真っ直ぐ飛びかかると男は驚きながらも、銀の剣を突きだしてきました。

しかし王子様は全く避けようともしませんでした。王子様の腹に剣が深々と刺さり、また叫びたくなるような痛みが襲いました。

この痛みが何度も何度も、妻を、子供たちを襲ったのだと。それを感じながら王子様は男に噛みつきました。

人狼は素早い怪物です。この程度の攻撃ならばまず避けるだろう、と思っていた男は予想外の行動と攻撃に反応できませんでした。

 

「くっ、そ、さっさと死にやがれ!!」

 

「ウウゥ、…ウウガッ、ガァッ」

男は王子様の腹に何度も剣を抜いては突きたててきます。それでも王子様はその口から力を抜きませんでした。

もう二度と戻ってこない幸せな日々が思い浮かび獣となった王子の目から涙が流れ、とうとうはらわたが零れてしまいました。

 

身体中から力が抜けていきます。弱い人間よりもずっと優れた回復力も生命力も、なくなったはらわたまでは戻してくれません。

それでも牙を食いこませ続け、とうとう王子様の牙がその男の鋼の鎧を貫きました。

そしてその肌に牙が届き、深々と食いこみ男の肩の骨を砕きました。

 

「うぐっ、がっ! くっ…なんということをしてくれたのだ」

 

「呪われろ!この身体、この牙、この爪を、そしてこの姿を受けて生き続けるがいい!!」

肩が壊れては剣を握ることも出来ず、そして男にはもう人間としての生は待っていません。

それを察したのか、男は青い顔をして走り去っていきました。

 

 

 

「ウウ…ウヴヴ…」

王子様はこぼれたはらわたを越えて男が投げだした袋をそっとその爪で開きました。

恐怖と痛みで目を見開いた家族たちの首が出てきました。

王子様は人の姿に戻り、その一つ一つの目を優しく閉じてから抱き寄せました。

 

王子様は消えていく命を感じながら思いました。

 

この世界から戦いは消えないだろう。

怪物が一匹残らず消えれば、今度は人同士で争うだろうと。

 

怪物怪物と、少し自分達とすがたやかたちが違うだけでそう呼んでいたに過ぎなかったのだと。

 

つまり……人間もまた怪物なのだと。

 

その時、不思議なことに雲一つない空だというのに雷が一家の家であった木に落ちました。

王子様は最後の力を振り絞って家族の首と一緒に燃える家の中に戻りました。

 

やがてその煙は空に昇って本当の雲になり、山に降り注ぐ綺麗な雨になりました。

それは王子様の流した涙の色をしていました。

 

 

 

 

 

そして怪物は一匹もいなくなりました。

 

とうとう人々を脅かす怪物は消えていなくなったのです!

 

それなのに世界に平和は訪れません。

肌の色や目の色、価値観の違いを許せず今度は人々同士で大きく戦い始めたのでした。

 

それは怪物がいたころよりもずっとずっと激しく醜い争いでした。

 


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