ソードアートオンライン《仮面の行商人》   作:Gissele

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第18話目となりました。
過去編も終盤に入りました。じきに本編に戻るのでもうしばらくお付き合いください。


18 繋がる心

「……………………《ソラ》?」

 

 

ニーナは怯えた様子で、おそるおそる聞いてきた。ニーナの反応と俺のリアルネームを呼んだことから、正解と見て間違いないだろう。

 

 

「…………そうだよ、ニーナ」

 

 

俺は顔の仮面に手をかける。互いに理解してしまった以上、顔を隠す理由も意味もない。邪魔な仮面を外して、その罪を白日の下に晒せ。それが、彼女に対する礼儀だ。

 

 

「俺は柊空。お前の父親を殺した人殺しだ」

 

 

外された仮面。そして醜く汚れた俺の顔が晒される。そこには憎悪も哀愁も無く、俺の目は酷く乾いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「本当に、ソラ、なのか……………?」

 

 

ニーナの声は震えていた。そりゃそうか、父親を殺した相手が目の前にいるんだ。そうやって怯えたりするのが普通だ。

 

 

「ああ、残念ながら本当だ」

 

「俺の父親に家族を殺されたのも、その父親を殺したのも…………」

 

「全部俺だ。半分焼けただれた顔見れば分かるだろ?」

 

「……………………」

 

 

そこから、暫く沈黙が場を支配した。互いにかける言葉が見つからず、ただ時間だけが流れていく。まるで、俺とニーナだけが、この世界から切り離されたように。

 

 

「……………………………」

 

 

自分からカミングアウトしたのはいいものの、動揺するニーナにかける言葉が見つからない。いや、言葉をかける資格なんて無いのかもしれない。

 

俺の家族を殺し、そして俺に殺されたのは、ニーナの父親だ。彼女にとってはただ1人の父親だ。それがどんな人物であれ、家族を奪われた悲しみ、怒りは相当なものだろう。当然、俺はその罰を受けなければいけない。

 

 

「憎いのなら、殺してくれたって構わない」

 

 

ニーナなら、俺を裁く権利がある。彼女に殺されるのなら、俺も本望だ。それこそ、俺の求めていた結末なのかもしれない。なのに。

 

 

「…………………ごめんなさい」

 

「…………えっ?」

 

 

ニーナの口から出たのは糾弾の言葉ではなく、謝罪だった。

 

 

「ごめんなさい、俺の父親のせいで、ソラは……」

 

 

どうして、お前が謝るんだよ。どうして、そんなに辛そうな顔をするんだよ。お前が殺したんじゃない。苦痛を味わってきたのはニーナだって同じだ。なのに、どうして。

 

 

「ごめんなさい…………ごめんなさい」

 

 

ニーナは頭を抱えてその場にうずくまる。目の焦点も合ってないし、酷く怯えた様子だ。それに、どこか泣いているようにも見える。

 

 

「………………………」

 

 

俺は、ニーナに歩み寄る。それを見たニーナは後ずさりするも、腰が抜けているのか動けない。表情も「来ないで」と訴えかけてくるようだ。明らかに拒絶の反応を示している彼女に、近づくべきではないだろう。

それでも俺は歩み寄る。罪の意識からとか、そういうんじゃなくて。ニーナの涙が、悲痛に歪んだ顔が嫌だから。だからこうしよう。小さい頃、茜が泣いた時にしてやったように。

 

 

「だめ、来ないで………………」

 

 

涙を流し、震えるニーナを

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺は、そっと抱きしめた。

 

 

「え…………………」

 

 

ニーナは驚いてるのか、目を見開いたまま動かない。そりゃそうか、いきなりこんなことされたら普通固まるか。でもしょうがないだろ?これしか思いつかなかったんだから。

 

 

 

これは小さい頃、妹の茜が泣いた時によくしていたことだ。臆病な茜はよく泣いていたが俺がこうすれば泣き止んでくれた。数少ない妹との思い出を引っ張り出して、現在の行動に至る。

 

 

 

俺の知ってる方法がこれしかないとはいえ、失策だったと思う。きっと今頃ニーナの視界にはハラスメント防止コードの発動を促すシステムメッセージが出ているだろう。これをニーナが発動すれば、俺は即黒鉄宮にぶち込まれるだろう。………うん、ヤバい。

だが、どれだけ経ってもコードが発動する様子はない。ニーナは一切の抵抗もなく、俺を受け入れていた。

 

 

「ソラ…………」

 

「嫌なら振り解け。それで俺を牢屋にぶち込めばいい」

 

 

そう、嫌なら拒絶する方法はいくらでもある。それでもニーナは俺を拒絶しなかった。それどころか俺の胸に顔を押し当てて泣いていた。

 

「自分は憎まれている」と思っていたのかもしれない。そしてまた自分が拒絶されると思っていたのかもしれない。ニーナが何を考えているかは分からないけど、いつか話してくれるのを待つしかない。

 

まあ、ニーナがこんな様子だと今日の仕事は無理だな。俺自身、かなり動揺してるし。もう、帰ろう。

 

 

「……………雨も降ってきたし、帰ろう」

 

 

だが空からは雨など降っていない。でも、ニーナの目から降る雨は、まだ降り続いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ナタリア武具店に到着すると、ナタリアさんが心配そうに駆け寄ってきた。愛娘が泣いてるんだし、無理は無い。ただ、ニーナに説明させるのは酷だからニーナを先に部屋に戻らせる。そして俺は、ナタリアさんにも全てを明かした。「俺が、あなたの旦那さんを殺した」と。

 

 

 

 

 

全てを聞いたナタリアさんは驚いていたものの、俺を責めることはしなかった。逆に「ごめんなさい」と謝ってきた。

 

 

「ごめんなさいね、あなたから沢山奪ってしまって………」

 

「ナタリアさんもニーナも悪くありません。寧ろ、悪いのは旦那さんを殺した俺ですし」

 

「…………いや、いいの。彼は罪を犯してしまったから罰を受けた。ただそれだけよ。」

 

「………………そうなんですかね」

 

「寧ろ、あたしたちを助けてくれたのよ。あの人は妬みや怒りを、あたしたちへの暴力で解決していた。あたしもニーナも、もうボロボロだった。結果的にだけど、それからあたしたちを救ったのはあなたなのよ」

 

 

被害を受けたのは俺達だけじゃなく、ニーナとナタリアさんもだった。あいつは、どれだけの人を傷つければ気が済むんだ。本当に、あいつが憎い。

 

 

「…………空君。一つだけ、お願いしてもいいかな?」

 

「何ですか?」

 

「…………あの子の、ニーナの側にいてあげて。昔も今も、あの子を救えるのは、きっとあなただけだから」

 

 

ナタリアさんはそう言って頭を下げてきた。

 

 

「ごめんなさい、こんなこと言える立場しゃないことは分かってる。それでも」

 

「大丈夫ですよ、ナタリアさん」

 

 

そう、大丈夫だ。ナタリアさんが不安そうに俺を見るけど、大丈夫。その願いは、ナタリアさんだけの願いじゃないから。

 

 

「初めからそのつもりです。……………俺が、あいつの側にいますから」

 

 

そう誓うように告げると、ナタリアさんは笑顔で頷いてくれた。そうとなればやるべきことは分かりきっている。

あいつは、俺を孤独から救ってくれた。深い孤独から、その笑顔で救ってくれた。温もりを、教えてくれた。

 

 

「だから、次は俺の番だ」

 

 

聞こえない程の声でそう誓い、俺はニーナの元へ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………ニーナ、いいか?」

 

 

ニーナの部屋の扉をノックし、声をかける。返事は無かったが、ガチャンと鍵の開く音が聞こえた。そして開かれた扉の先に、そいつはいた。

 

 

「……………ニーナ」

 

「いいよ、入って」

 

 

促されるままに部屋に入ると、ベッドの上に俺達は隣り合って座った。ニーナの目にはもう涙は無いが、不安そうな顔は相変わらずだった。

 

 

「…………ごめんね、ソラ」

 

「…………何がだ?」

 

 

謝るのは変わっていないが、今度はちゃんとその理由も、ニーナの想いも教えてくれた。

 

 

「あたしね、ずっと独りだった。あの人の犯した罪のせいで、色んな人から責められたし、気味悪がられたりもした。沢山、暴力も受けたりした」

 

 

震える体を押さえつけ、ニーナは続ける。

 

 

「誰も助けてくれなかった。手を差し伸べてくれなかった。それが、とても辛かったの。ソードアートオンラインを始めたのも、そんな世界から逃げるため。そうやってあたしは、独りで生きてきた」

 

 

口調も、いつもの男のような話し方ではなく、年相応の、か弱い少女のものになっていた。きっと、今まで無理をしてきたのだろう。母親を心配させないように、ずっと強がって。

 

 

「この世界では、あの事件のことを責める人はいなかったけど、あたしを襲うような悪い奴はいた。あの時もそうやって襲われててさ、誰かが助けてくれるはずもないし、半分諦めてたんだ。でも、そこに君が現れた」

 

 

それは、俺とニーナが出会った時のことだ。襲われていたニーナを偶然助ける形になった、あの時のこと。

 

 

「あたしを助けたのが偶然だってことは分かってた。分かってたけど、それでも嬉しかったんだ。そうやって助けてもらったのは、初めてだったから」

 

 

そう、初めは偶然だった。 

 

 

「だから、あの時強引に引き止めたんだ。ソラが居なくなったら、もう助けてくれる人なんて現れないから。……………また、ひとりぼっちになるのは嫌だったから。だから、助けてくれたソラを無理やり連れて来た。本当に、ごめん」

 

 

違う、助けられたのはお前だけじゃない。俺だって、お前に救われたんだ。

 

 

「だから今日、君がソラだって知って、あたしは後悔したの。あたしを助けてくれたのに、ソラはあんなに傷ついてた。なのにあたしはソラの優しさに縋ってて。あの時の『ごめんなさい』は、そういう意味」

 

 

俺だって、お前が傷ついてきたことを分かってやれなかった。それに、辛いのに笑顔で俺に話しかけてきてくれた。その笑顔に俺も縋っていたんだ。……『ごめんなさい』。

 

 

「そんなあたしが、ソラと一緒にいちゃダメだよね。一緒にいたいだなんて、思っちゃダメだよね。人の痛みを見ないで、自分のことしか考えてないのがあたし。…………そんな人、ソラも嫌いだよね?」

 

 

自嘲を含んだ笑みを浮かべるニーナ。きっと、俺に拒絶されると思っているのだろう。

だからこそ、俺はあの時の、あの言葉を口にする。ニーナが俺を救ってくれた、あの言葉を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『あっそ』

 

「…………………えっ?」

 

 

素っ頓狂な声をあげるニーナ。拒絶されると思っていたのだろう。予想外の言葉に驚いているに違いない。

 

 

『どうせ、拒絶されるとか思ってたんだろ?』

 

 

あの時のニーナの言葉を、一文字の狂いもなく告げる。過去の自分の言葉を聞かされて、ニーナはどんな気持ちだろうか。分からないけど、この言葉はきっとニーナを救ってくれる。俺だって、この言葉に救われたんだから。

 

 

「自分が傷ついてたのに俺を救ってくれたのは、お前だってそうだ。痛みを笑顔で隠して、俺を救ってくれた。俺の方こそ、ごめん」

 

 

それは、嘘偽りのない、俺の本心。

 

 

「俺が人殺しだと知っても、お前は俺をちゃんと見てくれた。いつも、笑いかけてくれた。………温もりを、教えてくれた。本当に、ありがとう」

 

 

もう、仮面は必要ない。自分を偽るのは、もう終わりだ。

 

 

「だから、今度は俺にお前を救わせてほしい。お前の苦しみを、背負わせてほしい。それがただのエゴだとしても、お前が望まないとしても、俺は」

 

 

今なら、きっと伝えられる。心の中の、その想いを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ずっと、お前の側にいたいんだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………ホント?」

 

「…………ああ」

 

「ホントの、ホント?」

 

「ホントの、ホントだ」 

 

 

ニーナは信じられないように、俺に何度も聞いてきた。俺が答えると、ニーナの目から一筋の涙が流れ落ちた。

 

 

「……………ソラッ!!」

 

 

ニーナが俺に抱きついてくる。しっかりと受け止め、優しく抱きしめる。

 

 

「あたしも、側にいたい……………!ソラと、ずっと一緒にいたいよ……………!」

 

「…………大丈夫だ、ニーナ。ずっと、一緒だから」

 

 

そうして、お互いの温もりを確かめ合うように俺達は抱き合った。そこに言葉は無い。でも、それだけで全てが満たされるようだった。ニーナも、そうだと思う。

 

ずっと側にいること。それがどれだけ難しいことかなんてもう理解している。死と隣り合わせのこの世界で、それは限りなく困難だ。

それでも、きっと守ってみせる。ニーナは、ニーナだけは絶対に。大切な人を、二度と奪わせはしない。そう、誓うよ。

だから今だけは、この温もりを感じていたい。ずっと求めていた、愛する人の温もりを。いいよね…………ニーナ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぃー、まさかあんなことになっちまうとはなー」

 

 

あれから結構な時間が経ち、ニーナの様子も元に戻り、いつもの口調、いつもの表情だが、それが少しだけ違うように見えた。

 

 

「お前もあんな言葉よく言えたもんだな。思い返すとすっげぇ恥ずかしいぞ?」

 

「早速黒歴史を掘り返してんじゃねえよ」

 

 

相変わらずの会話。それが、とても特別に思えて。

 

 

「……………これで、俺達もリア充ってやつなのかな」

 

「まあ、そんなもんじゃねえか?」

 

 

ずっと側にいる。まあ、言いかえればそういうことだ。俺自身、こいつを好きになってたなんて驚きたけど、不思議と嫌じゃなく、寧ろこいつで良かったとさえ思う。

 

 

「そうだ、俺の本名まだ話してなかったな。ソラの名前はもう知ってるし、彼氏には本当の名前くらい言わないとな」

 

 

俺達は仮面を脱ぎ捨てて、本当の自分でようやく出会う。

 

 

「俺の名前は朝比奈新菜《あさひなにいな》だ。よろしくな、ソラ!」

 

「俺の名前は柊空《ひいらぎそら》だ。よろしくな、ニーナ」

 

 

本物の笑顔で、俺達は笑いあった。




今回の話はいかがだったでしょうか。
次回、過去編最終回です……………と言いたいところですが、次回はニーナの設定資料とします。流石にニーナがどんな奴なのかっていう説明を省きすぎたので、ここで説明します。
今回もありがとうございました。まだまだ話は続いていくので、どうぞよろしくお願いします。
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