過去編も終盤に入りました。じきに本編に戻るのでもうしばらくお付き合いください。
「……………………《ソラ》?」
ニーナは怯えた様子で、おそるおそる聞いてきた。ニーナの反応と俺のリアルネームを呼んだことから、正解と見て間違いないだろう。
「…………そうだよ、ニーナ」
俺は顔の仮面に手をかける。互いに理解してしまった以上、顔を隠す理由も意味もない。邪魔な仮面を外して、その罪を白日の下に晒せ。それが、彼女に対する礼儀だ。
「俺は柊空。お前の父親を殺した人殺しだ」
外された仮面。そして醜く汚れた俺の顔が晒される。そこには憎悪も哀愁も無く、俺の目は酷く乾いていた。
「本当に、ソラ、なのか……………?」
ニーナの声は震えていた。そりゃそうか、父親を殺した相手が目の前にいるんだ。そうやって怯えたりするのが普通だ。
「ああ、残念ながら本当だ」
「俺の父親に家族を殺されたのも、その父親を殺したのも…………」
「全部俺だ。半分焼けただれた顔見れば分かるだろ?」
「……………………」
そこから、暫く沈黙が場を支配した。互いにかける言葉が見つからず、ただ時間だけが流れていく。まるで、俺とニーナだけが、この世界から切り離されたように。
「……………………………」
自分からカミングアウトしたのはいいものの、動揺するニーナにかける言葉が見つからない。いや、言葉をかける資格なんて無いのかもしれない。
俺の家族を殺し、そして俺に殺されたのは、ニーナの父親だ。彼女にとってはただ1人の父親だ。それがどんな人物であれ、家族を奪われた悲しみ、怒りは相当なものだろう。当然、俺はその罰を受けなければいけない。
「憎いのなら、殺してくれたって構わない」
ニーナなら、俺を裁く権利がある。彼女に殺されるのなら、俺も本望だ。それこそ、俺の求めていた結末なのかもしれない。なのに。
「…………………ごめんなさい」
「…………えっ?」
ニーナの口から出たのは糾弾の言葉ではなく、謝罪だった。
「ごめんなさい、俺の父親のせいで、ソラは……」
どうして、お前が謝るんだよ。どうして、そんなに辛そうな顔をするんだよ。お前が殺したんじゃない。苦痛を味わってきたのはニーナだって同じだ。なのに、どうして。
「ごめんなさい…………ごめんなさい」
ニーナは頭を抱えてその場にうずくまる。目の焦点も合ってないし、酷く怯えた様子だ。それに、どこか泣いているようにも見える。
「………………………」
俺は、ニーナに歩み寄る。それを見たニーナは後ずさりするも、腰が抜けているのか動けない。表情も「来ないで」と訴えかけてくるようだ。明らかに拒絶の反応を示している彼女に、近づくべきではないだろう。
それでも俺は歩み寄る。罪の意識からとか、そういうんじゃなくて。ニーナの涙が、悲痛に歪んだ顔が嫌だから。だからこうしよう。小さい頃、茜が泣いた時にしてやったように。
「だめ、来ないで………………」
涙を流し、震えるニーナを
俺は、そっと抱きしめた。
「え…………………」
ニーナは驚いてるのか、目を見開いたまま動かない。そりゃそうか、いきなりこんなことされたら普通固まるか。でもしょうがないだろ?これしか思いつかなかったんだから。
これは小さい頃、妹の茜が泣いた時によくしていたことだ。臆病な茜はよく泣いていたが俺がこうすれば泣き止んでくれた。数少ない妹との思い出を引っ張り出して、現在の行動に至る。
俺の知ってる方法がこれしかないとはいえ、失策だったと思う。きっと今頃ニーナの視界にはハラスメント防止コードの発動を促すシステムメッセージが出ているだろう。これをニーナが発動すれば、俺は即黒鉄宮にぶち込まれるだろう。………うん、ヤバい。
だが、どれだけ経ってもコードが発動する様子はない。ニーナは一切の抵抗もなく、俺を受け入れていた。
「ソラ…………」
「嫌なら振り解け。それで俺を牢屋にぶち込めばいい」
そう、嫌なら拒絶する方法はいくらでもある。それでもニーナは俺を拒絶しなかった。それどころか俺の胸に顔を押し当てて泣いていた。
「自分は憎まれている」と思っていたのかもしれない。そしてまた自分が拒絶されると思っていたのかもしれない。ニーナが何を考えているかは分からないけど、いつか話してくれるのを待つしかない。
まあ、ニーナがこんな様子だと今日の仕事は無理だな。俺自身、かなり動揺してるし。もう、帰ろう。
「……………雨も降ってきたし、帰ろう」
だが空からは雨など降っていない。でも、ニーナの目から降る雨は、まだ降り続いていた。
ナタリア武具店に到着すると、ナタリアさんが心配そうに駆け寄ってきた。愛娘が泣いてるんだし、無理は無い。ただ、ニーナに説明させるのは酷だからニーナを先に部屋に戻らせる。そして俺は、ナタリアさんにも全てを明かした。「俺が、あなたの旦那さんを殺した」と。
全てを聞いたナタリアさんは驚いていたものの、俺を責めることはしなかった。逆に「ごめんなさい」と謝ってきた。
「ごめんなさいね、あなたから沢山奪ってしまって………」
「ナタリアさんもニーナも悪くありません。寧ろ、悪いのは旦那さんを殺した俺ですし」
「…………いや、いいの。彼は罪を犯してしまったから罰を受けた。ただそれだけよ。」
「………………そうなんですかね」
「寧ろ、あたしたちを助けてくれたのよ。あの人は妬みや怒りを、あたしたちへの暴力で解決していた。あたしもニーナも、もうボロボロだった。結果的にだけど、それからあたしたちを救ったのはあなたなのよ」
被害を受けたのは俺達だけじゃなく、ニーナとナタリアさんもだった。あいつは、どれだけの人を傷つければ気が済むんだ。本当に、あいつが憎い。
「…………空君。一つだけ、お願いしてもいいかな?」
「何ですか?」
「…………あの子の、ニーナの側にいてあげて。昔も今も、あの子を救えるのは、きっとあなただけだから」
ナタリアさんはそう言って頭を下げてきた。
「ごめんなさい、こんなこと言える立場しゃないことは分かってる。それでも」
「大丈夫ですよ、ナタリアさん」
そう、大丈夫だ。ナタリアさんが不安そうに俺を見るけど、大丈夫。その願いは、ナタリアさんだけの願いじゃないから。
「初めからそのつもりです。……………俺が、あいつの側にいますから」
そう誓うように告げると、ナタリアさんは笑顔で頷いてくれた。そうとなればやるべきことは分かりきっている。
あいつは、俺を孤独から救ってくれた。深い孤独から、その笑顔で救ってくれた。温もりを、教えてくれた。
「だから、次は俺の番だ」
聞こえない程の声でそう誓い、俺はニーナの元へ向かった。
「………………ニーナ、いいか?」
ニーナの部屋の扉をノックし、声をかける。返事は無かったが、ガチャンと鍵の開く音が聞こえた。そして開かれた扉の先に、そいつはいた。
「……………ニーナ」
「いいよ、入って」
促されるままに部屋に入ると、ベッドの上に俺達は隣り合って座った。ニーナの目にはもう涙は無いが、不安そうな顔は相変わらずだった。
「…………ごめんね、ソラ」
「…………何がだ?」
謝るのは変わっていないが、今度はちゃんとその理由も、ニーナの想いも教えてくれた。
「あたしね、ずっと独りだった。あの人の犯した罪のせいで、色んな人から責められたし、気味悪がられたりもした。沢山、暴力も受けたりした」
震える体を押さえつけ、ニーナは続ける。
「誰も助けてくれなかった。手を差し伸べてくれなかった。それが、とても辛かったの。ソードアートオンラインを始めたのも、そんな世界から逃げるため。そうやってあたしは、独りで生きてきた」
口調も、いつもの男のような話し方ではなく、年相応の、か弱い少女のものになっていた。きっと、今まで無理をしてきたのだろう。母親を心配させないように、ずっと強がって。
「この世界では、あの事件のことを責める人はいなかったけど、あたしを襲うような悪い奴はいた。あの時もそうやって襲われててさ、誰かが助けてくれるはずもないし、半分諦めてたんだ。でも、そこに君が現れた」
それは、俺とニーナが出会った時のことだ。襲われていたニーナを偶然助ける形になった、あの時のこと。
「あたしを助けたのが偶然だってことは分かってた。分かってたけど、それでも嬉しかったんだ。そうやって助けてもらったのは、初めてだったから」
そう、初めは偶然だった。
「だから、あの時強引に引き止めたんだ。ソラが居なくなったら、もう助けてくれる人なんて現れないから。……………また、ひとりぼっちになるのは嫌だったから。だから、助けてくれたソラを無理やり連れて来た。本当に、ごめん」
違う、助けられたのはお前だけじゃない。俺だって、お前に救われたんだ。
「だから今日、君がソラだって知って、あたしは後悔したの。あたしを助けてくれたのに、ソラはあんなに傷ついてた。なのにあたしはソラの優しさに縋ってて。あの時の『ごめんなさい』は、そういう意味」
俺だって、お前が傷ついてきたことを分かってやれなかった。それに、辛いのに笑顔で俺に話しかけてきてくれた。その笑顔に俺も縋っていたんだ。……『ごめんなさい』。
「そんなあたしが、ソラと一緒にいちゃダメだよね。一緒にいたいだなんて、思っちゃダメだよね。人の痛みを見ないで、自分のことしか考えてないのがあたし。…………そんな人、ソラも嫌いだよね?」
自嘲を含んだ笑みを浮かべるニーナ。きっと、俺に拒絶されると思っているのだろう。
だからこそ、俺はあの時の、あの言葉を口にする。ニーナが俺を救ってくれた、あの言葉を。
『あっそ』
「…………………えっ?」
素っ頓狂な声をあげるニーナ。拒絶されると思っていたのだろう。予想外の言葉に驚いているに違いない。
『どうせ、拒絶されるとか思ってたんだろ?』
あの時のニーナの言葉を、一文字の狂いもなく告げる。過去の自分の言葉を聞かされて、ニーナはどんな気持ちだろうか。分からないけど、この言葉はきっとニーナを救ってくれる。俺だって、この言葉に救われたんだから。
「自分が傷ついてたのに俺を救ってくれたのは、お前だってそうだ。痛みを笑顔で隠して、俺を救ってくれた。俺の方こそ、ごめん」
それは、嘘偽りのない、俺の本心。
「俺が人殺しだと知っても、お前は俺をちゃんと見てくれた。いつも、笑いかけてくれた。………温もりを、教えてくれた。本当に、ありがとう」
もう、仮面は必要ない。自分を偽るのは、もう終わりだ。
「だから、今度は俺にお前を救わせてほしい。お前の苦しみを、背負わせてほしい。それがただのエゴだとしても、お前が望まないとしても、俺は」
今なら、きっと伝えられる。心の中の、その想いを。
「ずっと、お前の側にいたいんだ」
「…………ホント?」
「…………ああ」
「ホントの、ホント?」
「ホントの、ホントだ」
ニーナは信じられないように、俺に何度も聞いてきた。俺が答えると、ニーナの目から一筋の涙が流れ落ちた。
「……………ソラッ!!」
ニーナが俺に抱きついてくる。しっかりと受け止め、優しく抱きしめる。
「あたしも、側にいたい……………!ソラと、ずっと一緒にいたいよ……………!」
「…………大丈夫だ、ニーナ。ずっと、一緒だから」
そうして、お互いの温もりを確かめ合うように俺達は抱き合った。そこに言葉は無い。でも、それだけで全てが満たされるようだった。ニーナも、そうだと思う。
ずっと側にいること。それがどれだけ難しいことかなんてもう理解している。死と隣り合わせのこの世界で、それは限りなく困難だ。
それでも、きっと守ってみせる。ニーナは、ニーナだけは絶対に。大切な人を、二度と奪わせはしない。そう、誓うよ。
だから今だけは、この温もりを感じていたい。ずっと求めていた、愛する人の温もりを。いいよね…………ニーナ?
「ふぃー、まさかあんなことになっちまうとはなー」
あれから結構な時間が経ち、ニーナの様子も元に戻り、いつもの口調、いつもの表情だが、それが少しだけ違うように見えた。
「お前もあんな言葉よく言えたもんだな。思い返すとすっげぇ恥ずかしいぞ?」
「早速黒歴史を掘り返してんじゃねえよ」
相変わらずの会話。それが、とても特別に思えて。
「……………これで、俺達もリア充ってやつなのかな」
「まあ、そんなもんじゃねえか?」
ずっと側にいる。まあ、言いかえればそういうことだ。俺自身、こいつを好きになってたなんて驚きたけど、不思議と嫌じゃなく、寧ろこいつで良かったとさえ思う。
「そうだ、俺の本名まだ話してなかったな。ソラの名前はもう知ってるし、彼氏には本当の名前くらい言わないとな」
俺達は仮面を脱ぎ捨てて、本当の自分でようやく出会う。
「俺の名前は朝比奈新菜《あさひなにいな》だ。よろしくな、ソラ!」
「俺の名前は柊空《ひいらぎそら》だ。よろしくな、ニーナ」
本物の笑顔で、俺達は笑いあった。
今回の話はいかがだったでしょうか。
次回、過去編最終回です……………と言いたいところですが、次回はニーナの設定資料とします。流石にニーナがどんな奴なのかっていう説明を省きすぎたので、ここで説明します。
今回もありがとうございました。まだまだ話は続いていくので、どうぞよろしくお願いします。