ソードアートオンライン《仮面の行商人》   作:Gissele

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19 散華

「っし、じゃあ行こうぜソラ!」

 

「へいへい。ナタリアさん、行ってきます」

 

「あいよ、2人とも気をつけてね」

 

俺とニーナは今日も素材回収とレベリングのためにフィールドに繰り出す。俺達の日課とも言える光景は、出会った頃と何も変わっていない。それでも、

 

 

「何ボーッとしてんだよ、さっさとしないと置いてくぜ?」

 

 

ニーナがそこにいること。それが、俺のモノクロの毎日を色鮮やかに変えていった。ただ側にいるだけで、満たされるように思えた。

 

 

 

 

あの日、お互いの想いを伝え、俺達は結ばれた。「ずっと側にいること」を共に誓い合った俺達は、自分の気持ちに嫌でも気づかされた。自分でもどうしてこいつなのだろうと、未だに思ったりする。それでも、俺はニーナが好きだ。たまらなく愛おしいのだ。だから、ずっと側にいたい。失わないように守りたい。もう、大切な人がいなくなるのは嫌なんだ。だから、絶対に間違えない。

 

 

「はーやーくーしーろー!!」

 

 

そんな俺の考え事をぶっ飛ばすようにニーナが俺を引っ張る。無駄に鍛えられたSTRに逆らえず俺は文字通り引きずられる。この様子だと将来はカカア天下になりそうだ。…………………泣けるぜ。

なんてことを考えながら、いつもの日常に身を投じるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………なあ、ソラ」

 

「どうした?」

 

「見てみろよ、これ」

 

 

今日の仕事を終え、帰る支度をしていると、ニーナがある方向を指さしていた。そちらを見ると、何もないただの地面だった。てか、どうしてニーナはこれを?

 

 

「ここに何かあるのか?」

 

「もっとよく見なよ、ほら、あそこ」

 

 

そうして注意深く見てみると、何もない地面に一輪だけ、ちっぽけな花が咲いていた。地面から生えているか細い茎の先に、申し訳程度に五つの花びらが咲いている。淡い赤に染まった花が、木々の生い茂る森の中で異色の存在を放っていたが、まあサイズがちっちゃいので全然気がつかなかった。

 

 

「この花、綺麗じゃねーか?」

 

「まあ、確かに」

 

 

ニーナの言う通り、確かにこの花は綺麗だ。そこは素直に頷ける。でも、少し違和感があった。別にそこまで気にすることではないのだが、それでも俺は、この花を初めて見た気になれなかった。

 

ふと、過去の記憶が蘇る。そこに映るのは家族と暮らした我が家。そういえば、母さんはいつも家に花を飾っていたんだった。そしてその中に必ずと言っていいほどあった花が、目の前の花と重なり、そして一致した。そうだ、この花は。

 

 

「………Forget-Me-Not」

 

「へ?」

 

「フォーゲットミーノット。勿忘草のことだよ」

 

 

そう言いながら俺は花に手を伸ばす。そして花の名前を確認すると、予想通り「フォーゲットミーノット」だった。というか現実世界のパクりじゃねーか茅場何やってるんだよあいつ。

 

 

「ああ、勿忘草か。つってもどんな花なのか知らないけどさ」

 

「この花は現実世界でもこういう花だよ。花言葉は、さっき言った通りだ」

 

「えーと、ふぉー………げっと、みー………」

 

「フォーゲットミーノット。『わたしを忘れないで』って意味だ」

 

 

勿忘草はその名の通り、『忘れないで』という意味の花言葉を持つ花だ。割とポピュラーだと思ってたけど、案外知られてないのかな。

 

 

「なんかよく分からないけど、綺麗な花だな」

 

 

そう言うとニーナは勿忘草を摘む。そして俺とニーナの共有アイテムウインドウ(そこの中のアイテムは特定のプレイヤーで共有出来る)に入れようとし、やめる。

一体何をするんだ、とか考えていると、ニーナが俺に花を向けて、

 

 

「俺はソラのことを絶対に忘れない。ソラが俺のことを忘れたとしても」

 

 

突然のことで理解が追いつかなかったが、ニーナの悲しげな顔が全てを理解させた。

きっと、怖いのだろう。忘却が自分を消し去ってしまうのではないか、また独りになってしまうのではないかって、怯えてるんだろう。その感情はよく知っている。今の俺にも、その感情が纏わりついているのだから。

まあこんな湿っぽい空気もアレだし、少しシリアスブレイカーを発動しますか。

 

 

「あたし、ソラのこと絶対に忘れないから……。だから、ソラもあたしのこと………」

 

「せいっ」

 

「あだっ!?」

 

 

今にも泣き出しそうなニーナにとりあえずデコピン。手加減はしてるからHPは減ってないだろうけど、ニーナにはとても効いているようだ。

 

 

「いきなり何してんだよ!?」

 

「何ってデコピンだけど?」

 

「そんなの見りゃ分かるわ!!」

 

 

よほどデコピンが痛かったのか、ニーナは若干キレ気味みたいだ。うん、後で絶対シメられるだろうねこれうわぁオワタ。でも変な空気を抜け出すことには成功したようだ。グッジョブ。

 

 

「というか何でいきなり湿っぽい空気醸し出してるんだよお前は。いきなり『お前のことは忘れない』とかシリアスな雰囲気にしやがって」

 

「……………俺だって、そういうことを考えたっていいだろ」

 

 

ああ、そうだな。お前のその気持ちは本物なんだよな。だからそんなに悲しい顔をしてるんだよな。………わかったよ、さっきの言葉への回答、ちゃんとしてやるから。

 

 

「……………忘れないさ。お前のことも、お前と過ごした時間も、全部忘れない。忘れられないだろうな、これからずっと。だから、俺の方こそ頼む。俺のこと、忘れないでくれ」 

 

 

俺だって、忘れられるのが怖いんだ。愛する人の中から永遠に忘れられるのが、堪らなく怖いんだよ。怖いのは、お互い様だってことなんだ。

それでも、ニーナは「忘れない」と言ってくれた。強い決意を持って、誓ってくれた。俺だって、この世の全てに誓ってお前を忘れない。ならば何も怖くなんてないだろ?

 

 

「……ハハッ、ソラのことなんて忘れられる訳ねーだろバーカ」

 

「そりゃこっちのセリフだ、ニーナ」

 

「……………ありがとな、ソラ」

 

「俺の方こそ、ありがとう」

 

 

そしてニーナは俺に微笑む。俺の表情は仮面で隠れて見えないだろうけど、きっとニーナは分かってるだろう。

 

「忘れない」のその一言が、空っぽだった俺の心を満たしていくようだった。きっと、それはニーナも同じだろう。そのことが、より一層俺を満たしていった。

俺は今、幸せだ。愛する人を愛せて、愛する人に愛されて。それがずっとニーナの記憶の中にある。永遠に繋がっていられる。ずっと求めていたものが目の前にある。ああ、これ以上の幸福があるのだろうか。それほどにまで、俺は幸せだった。

 

 

だから。だからこそ俺は。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こちらに向けられた殺意に気づけなかったのだ。

 

 

 

 

 

「ぁ………がっ………………」

 

「ニーナッ!?」

 

 

突如崩れ落ちるニーナ。その肩には短剣が突き刺さっていた。毒が付与していたのか、ゆっくりニーナの体力が減少していく。

しかし、一体誰が。毒つきの短剣から見て、おそらく殺人ギルドが……………

 

 

「…………まさかっ!!」

 

 

短剣が飛んできた方向を見ると、複数の人影が見える。深くフードを被っており顔は確認出来ない。そして、その中の1人が手首を晒す。するとそこには、

 

 

 

 

 

奴らの象徴である《笑う棺桶》のマークが。

 

 

「ラフィンコフィン………………!!」

 

 

どうして奴らがここに。この辺りは他のプレイヤーには知られていない穴場のはず。なのにどうして。

そう考えるうちに、ラフコフの連中は立ち去ろうとしていた。その表情は、歓喜と狂気に歪められた笑顔だった。その笑顔で、俺は気づいてしまった。

 

 

初めから、俺がターゲットにされていた。

 

 

奴らの狙いは俺だ。ニーナを狙ったのは俺に精神的なダメージを与えるためだろう。殺人ギルドで人を殺してた奴が突然幸せそうに暮らしていたら、それをぶっ壊そうとするのがこちら側の人間だ。その狂った思考を理解できる俺が、今はとても憎い。

 

 

「うぅ……………」

 

 

今はそんなことどうでもいい。こうしている間にも毒の進行は進んでいく。一刻も早くニーナを治療しないといけないんだ。

 

 

「待ってろ、今毒を………………」

 

 

そうして俺はニーナの毒を消すため解毒結晶を取り出し、使用する。だが、

 

 

「どうして………………」

 

 

解毒結晶を使用しても、ニーナの毒は治らない。何度も試してみるが状況が変わることはなく、時間だけが過ぎていく。毒の進行は極めて遅いが、治せないのは大問題だ。このままではいずれ、ニーナが死んでしまう。その事実が、俺を焦らせた。

その時、俺はあることに気がつく。ニーナに出ている毒の表示が、いつもの毒とは少し違っていた。そこで俺は、ある情報を思い出す。

 

 

「……………致死毒」

 

 

それは噂で聞いた程度の情報だった。致死毒というのはどこかのフラグMobを倒すことで一度だけ手に入るアイテム、らしい。詳しい情報は聞いてなかったが、それは今まさに見せつけられてるところだ。

この毒は治らない。どんなアイテムを使っても絶対に消えないのだ。ゆっくり、しかし確実にプレイヤーを死に至らしめる。故に致死毒。そう確信した時、俺は絶望の底へと叩き落とされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

──────ニーナは、死ぬ。

 

 

 

その事実が頭を支配した瞬間、俺の中の何かが壊れた。

 

 

「クソッ!治れっ、治れぇっ!!」

 

 

何度も何度も解毒結晶をニーナに使用する。俺は焦りから叫び狂ったように何度も何度も解毒結晶を使用するが、状況が変わることはなかった。

このままでは、ニーナが死んでしまう。何も出来ないまま、毒に侵されて。また、大切な人が目の前で消えていくのを見ることしか出来ないのか。

 

 

「………………嫌だ」

 

 

嫌だ。そんなの嫌だ。絶対に嫌だ。やめてくれ。頼むから、やめてくれ。罰なら俺が受けるから。今まで犯してきた罪への裁きも喜んで受けよう。だから、ニーナは。ニーナだけは奪わないでくれ。

誰への言葉なのかは分からない。でも、こうするしか俺には無いんだ。俺には、もう……………

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………………ソラ」

 

 

ニーナが俺を呼ぶ。仰向きになっている彼女が俺の手を握ってきた。その手は酷く震えていて、表情も無理に貼り付けたような笑顔だった。

 

 

「ニーナ…………………」

 

「分かってる。もう、俺は…………あたしは助からないんだろ?」

 

 

ニーナには、これから訪れる未来が見えてしまっていた。どう足掻いても避けられない、確定された死が。

 

 

「…………だからさ、お願いがあるんだ。ソラにしか頼めない、大事な頼みが」

 

「……………………………何だ」

 

 

正直諦められないし、諦める気なんて毛頭無い。だからこんな形で頼みなんて聞きたくない。それでも、辛いはずなのに無理して笑うニーナを見たら、その願いを叶えなくてはいけないと思ったんだ。

 

 

「今から言うことは、きっと馬鹿げてるって自分でも思う。それでもあたしは………」

 

「大丈夫だ、どんなにおかしい頼みでも、必ず叶える。そう、誓うよ」

 

 

そう、その気持ちに嘘はない。だからどんな願いでも叶えよう。それが、俺に出来ることだから。

 

 

「時間も無いし、要点だけ話すね。ソラ、お願い」

 

 

そしてニーナがその願いを口にする。けど、それが全ての始まりだったんだと、俺は知る由も無かったんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──────ソラ、あたしを殺してくれ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………えっ?」

 

 

理解出来なかった。いや、ちゃんと聞こえた。聞こえたんだけど、その意味を理解することが出来なかった。

 

 

「何、言ってるんだよ、ニーナ」

 

「毒で死ぬ前に、お前にあたしを殺してほしいんだ」

 

 

それはさっき聞いた。それがどういうことなのかだってもう理解している。でも、どうしてそんなこと。必死に考えている時、ニーナがその真意を明かす。

 

 

「このままだとさ、あたしは毒で死んじまうだろ?それが嫌なんだよ。システムなんかに殺されるのが、あんな人殺しに殺されるのが、…………今までのように、全てを奪われて独りで死ぬのが」

 

 

悲しみや怒り、恐怖を押し殺しながら、彼女は続ける。

 

 

「だから、お前に殺されたいんだ。お前以外の奴に殺されるだなんてお断りだし、殺せるのはお前だけなんだ。…………あたしの父親が家族を奪ってしまったお前なら、罰だって割り切れると思うから」

 

 

違う。お前は何も悪くない。お前だって苦しんできたじゃないか、なのにどうして自分で罰を受けようとするんだよ。どうして、こうも自分を責めるんだよ。

 

 

「それに、こういう展開を小説で見たことがあるんだ。姫を守り続けてきた騎士が、敵兵によって殺されそうになった姫に『殺してくれ』って言われて、そして剣で貫いた。その時姫は笑顔で最期を遂げるって話。読んだときは姫の気持ちを理解出来なかったけど、今なら理解出来る」

 

 

嫌だ。そんなの絶対に嫌だ。どうしてお前を、愛する人をこの手で殺さなきゃいけないんだよ。あの時とは、状況が違う。憎い相手なら躊躇いもなく殺せるだろう。でも、好きな人を殺すだなんて、俺には出来ないし、やりたくなんかない。

 

 

「だからさ、ひと思いにやってよ。もう時間も無いしさ」

 

 

ニーナの体力はもう2割も無い。時間はもう残されていないのは明白だ。もう少しで、ニーナはシステムに殺される。それをニーナが嫌うのも、もう知っている。

手にナイフを握る。でも、その手を動かせなかった。やっぱり、俺には出来ない。ニーナを殺すだなんて、そんなこと

 

 

「……………っ!」

 

 

ニーナが、俺を短剣で斬りつけてきた。俺の体力が少し減り、ニーナの名前が犯罪者を意味するオレンジに変わる。

 

 

「これで、お前があたしを殺してもお前はグリーンのままだ。これで心置きなく」

 

「違うんだよ!!そんな理由なんかじゃない!!俺は、お前がっ!!」

 

「ソラッ!!!」

 

 

今まで聞いたことのないくらいに、ニーナは必至に叫んだ。その目には、涙が。

 

 

「頼むよ……………最期くらい、死に方くらい選ばせてくれよ………!もう、独りにしないでくれよ……………!!」

 

 

傍から見れば、それは狂った願いなのだろう。でも、俺には理解出来てしまった。ニーナの痛みが、そしてその願いの理由が。

 

今まで、ニーナの人生は奪われ続けるだけだった。人殺しの家族だとかそんな理由で、友達も、居場所も、未来だって奪われてきた。そして今、自分の命すら奪われると考えると、絶望しか感じない。

だからこそ、殺して欲しいんだ。愛する人の手で、奪って欲しいんだ。それならきっと、受け入れられるから。もう誰にも奪われずに済むから。

 

 

「あ……あぁ……………………」

 

 

俺は短剣を両手で握りしめ、頭の上に構える。振り下ろせば、ニーナの命は消え去ることになる。そう考えると、体が拒絶する。『やめてしまえ』と、頭も体も蝕んでいく。

でも、それじゃダメなんだよ。ニーナの死は、もう避けられない。なら、ニーナを救う方法はこれしかない。例え自分が人殺しの罪を背負うことになっても。裁きを受けることになっても。それでも俺は、愛する人を。ニーナを。

 

 

「………………ソラ」

 

 

全てを悟ったニーナが、俺に笑いかける。それはいつもの眩しい笑顔とは違う、優しい微笑みだった。

 

 

「絶対忘れない。お前のことを、ずっと」

 

「…………うん。あたしも、忘れないよ」

 

 

それは、とある花言葉。俺とニーナが交わした誓い。俺達には、その言葉だけで十分だった。

 

 

そしてニーナの言葉と同時に、俺はナイフを振り下ろした。その切っ先は、ニーナの心臓を正確に貫いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………………ありがとね、ソラ」

 

 

 

 

 

風に吹かれて舞い上がる花びらのように、ニーナは無数の硝子片となり、散った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ニーナを殺した後、俺はナタリア武具店に戻った。出迎えたナタリアさんはニーナがいないことに気づき、俺に問い詰めてきた。そして俺は、そこで起きた全てを告げる。

するとナタリアさんは涙を流しながら、「ごめんね」と繰り返していた。それがどういう意味なのかは分からなかったけど、泣き崩れるナタリアさんに聞けるはずもなく。ナタリアさんの言うままに、俺は部屋へと歩いていった。追い出されるかと思っていたけど、そうならなかったようだ。そんなことも、なんかどうでもいいような気がした。

 

 

その夜、俺は仰向けになる。いつもなら隣にはニーナがいて。その温もりが何よりも心地よかった。

でも、ニーナはもういない。俺が殺した。俺が、ニーナの全てを奪ったんだ。愛する人を、この手で、自分の意志で、殺したんだ。

 

 

 

────あれ。

 

 

ふと目から何かが零れ落ちた。まず左目、次に右目。そしてそれが涙だと気がついた時にはもう止まらなくなり、何度拭っても止まらなくなってしまった。

もういない。ニーナはいない。そのことしか俺の頭には無く、そのことが俺を蝕んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──────また、間違えたのか。

 

 

 

 

 

答えに辿り着くと、俺は目を閉じた。全てから、逃げるように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日、俺の目から涙は流れ続けている。そんな顔のまま、ナタリアさんにこう伝えた。

 

 

 

「これからは、独りで生きていく」、と。

 

 

 

それを聞いたナタリアさんは引き止めることもなく、工房の中から何かを取り出し、俺に渡してくる。

 

 

 

「共有アイテムの中の、あの子のアイテムを使った装備だ。形見だと思って持って行ってちょうだい」

 

 

 

俺は仮面と、片手剣のようなものを受け取った。そしてその名前を見る。仮面の名は《フェイカー》。偽物という名の仮面には全ステータスの減少の効果があった。そして剣の名前を見ると、そこには俺達の誓いの証があった。

 

 

 

「………………《ミオソティス》」

 

 

Myosotis。勿忘草の学名だ。おそらくあの花を剣に混ぜたのだろう。その意味は、『私を忘れないで』。

 

 

「……………ニーナ」

 

 

それはおそらく、彼女の願い。ニーナが最期に残した、想いそのもの。

 

 

「……………大丈夫、絶対忘れないから」

 

 

そろそろ、行かなきゃ。そんな俺に、ナタリアさんが声をかける。

 

 

「行ってらっしゃい。でも、辛くなったら帰ってきていいんだからね」

 

「…………………ありがとうございます。でも大丈夫ですよ」

 

 

俺は扉に手をかけ、扉を開ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺は、救われちゃいけないですから」

 

 

その言葉はナタリアさんには届かず、扉の閉まる音にかき消された。

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そうだ。俺は許されちゃいけないんだ。

いくらニーナが望んでも、いくらナタリアさんが許しても、俺は裁かれなければいけないんだ。

あの時だって、俺がもっと気をつけていれば防げたかもしれない。ニーナの優しさに縋ってなければ、迫る殺意に気がついたかもしれない。

全て、俺が悪いんだ。だからこそ、俺は罰を受けなければならない。自ら愛する人を殺めた愚か者には、救われる権利なんて無い。

 

 

「……………ニーナ」

 

 

俺は、仮面を取り出す。名前の通りだ。俺は偽物であり、紛い物。始めから全てを間違え続けた愚かな存在。その象徴である仮面で自分を偽る。止まらない涙を、覆い隠すかのように。

 

 

「絶対に忘れない」

 

 

忘れない。ニーナも、自分の犯した罪も。全て背負って生きていく。そして俺は、多大な苦しみと悲惨な最期を迎えることになるだろう。だが、それでいいんだ。それだけが、俺がニーナに償えるただ一つの方法なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こうして《ホロウ》は歩き出した。

その目から流れる涙は、未だに止まらない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………………以上が、《柊空》であり《ホロウ》である俺の全てだ。ご静聴、感謝します」

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