─────あーあ、やっちまった。
キリト達に己の全てをを明かした後、俺は人混みの中に逃げ込んだ。リズに剥ぎ取られた仮面はちゃんと取り返してあるのでその仮面で顔を隠す。そしてフードを被れば《仮面の行商人》の完成だ。これで俺は元通りになった……………はず。
「いや、元通りじゃねえな」
むしろ全部ぶっ壊してしまったように思える。あいつらとの間にあったものが全て崩壊したようにも思えた。まあそれだけ、あの話が狂ってたということだ。それなら仕方がない、うん。
俺が皆に話したのは自分自身の過去。大切な人を失った。憎しみに勝てず人を殺めた。この世界でもたくさんの人を殺した。それでも俺を救い、愛してくれた人がいた。でも俺は、その人でさえこの手で殺した。自分でも狂ってるとは思ってるし、あいつらが俺を嫌悪するのは自然なことだ。何らおかしいことではない。
「……………もう、終わりか」
この時点で俺は、あいつらとの縁を完全に断とうとしていた。根っからの善人であるあいつらは、きっと俺を受け入れようとしてくれる。そして、俺の犯した罪を「一緒に背負ってやる」って、きっと言ってくれるだろう。でも、その優しさが俺には恐怖でしかなかった。
もし俺がこのままあいつらの優しさに溺れれば、同じ結末を繰り返してしまう。家族やニーナと同じ結末を、あいつらが迎えることになってしまう。そうなってしまうのが目に見えていた。
だから、独りで生きていくことにした。もう誰とも関わらないように生きることでしか、誰かを巻き込まずに生きていくことができないから。
「ごめんなさい」
こうすることでしか、皆を守れないんだ。
「………ごめんなさい」
こうでもしなければ、また誰かを傷つけてしまうから。
「……………………………ごめんなさい」
誰も守れなくてごめんなさい。傷つけることしか出来なくてごめんなさい。同じ過ちを何度も繰り返してごめんなさい。────生まれてきて、ごめんなさい。
「ニャー…………」
シーナが、俺の肩に乗り頬擦りをしてくる。それが慰めなのかどうかは分からないけど、そこから伝わるシーナの体温がとにかく温かくて。
「……………ごめん」
そう言って、俺はシーナも持ち上げ地面に下ろす。これは、きっとシーナの気持ちを踏みにじる行為なのだろう。それでも俺は、この温かさを受け入れることが出来なかった。このままだと、また優しさに縋ってしまいそうになるから。
「……………ごめんなさい」
誰への言葉かも分からない声は、人混みの中でかき消された。燃えるように赤い空の下、全てを捨てた俺は、闇の中へと消えていった。
そしてそれから数ヶ月。未だに俺は独りで生きていた。第19層の《ラーベルグ》にある俺の家を拠点にし、今まで通り行商人を続けていた。今まではリズの店がある48層がメインだったが、今は最前線の74層をメインに仕事をしている。場所を変えても客はいるもので、生活に困ることは一切なかった。まあ嬉しい限りだけれども。
そして、あいつらとはあれ以来会っていないし、連絡もとっていない。独りで生きていくって決めたんだし、絶対に関わってはいけないのだ。しかし、アルゴの情報収集力を考えると、いい加減俺の所在がばれていてもおかしくない。まあそのときになってから考えればいいし、そもそも追ってきたりはしないだろうから問題ないだろう。
………もし、またあいつらと会ってしまったら。あいつらはどんな顔をするのだろうか。どんな言葉をかけてくるのだろうか。きっと軽蔑とか憎悪とかそういう感じだろうし、これ以上はやめておこう。
何はともあれ、今までの全部を捨てて身軽になった俺は、おとなしくぼっちライフを満喫していたのであった。
だが、運命の螺旋は俺を逃そうとしなかった。
ある日、俺は74層の迷宮区でモンスターを狩りまくっていた。最前線なだけあって、モンスターの強さはなかなかのものだった。まあ、だからといって俺が負けるとかそういうのはないです。はい。こうして素材も経験値もホクホクだしそろそろ安全エリアで一休みしようとしたとき、
「うわああああああああああ!!」
「きゃああああああああああ!!」
「ちょっ!?」
いきなり大声を上げて男と女が猛ダッシュしてきた。しかも2人とも敏捷が高いのか滅茶苦茶速い。これだけ鍛えてるとなると相当な手練れだろう。しかし一体誰なのだろうかと思い、遠くから迫ってくる2人を注視すると
「…………ってキリトとアスナ!?」
まさかのカップル(?)に俺は驚くと同時に納得した。あの2人ならこの速さも説明がつく。逆にこの2人で助かった。変なおっさんがダッシュしてくるとか軽くホラーだし。って、
「…………あれ、ヤバくね?」
うん、大変ヤバい。このままでは見つかってしまう。もし見つかってしまったのなら気まずい空気不可避なので、近くに隠れることにした。
そして隠れながら2人の話を盗み聞きすると、どうやらボス部屋まで辿り着いたのはいいがボスがいきなり猛ダッシュしてきたのでビックリして逃げてきたようだ。この2人がそこまで驚くとは、ここのボスは相当手強いだろう。ま、攻略組でもない俺には関係ない話だけどね。
そんなことを考えているとあらビックリ。アスナが手作りのサンドイッチをキリトに食わせていたのだ。いくらここが安全でも一応迷宮区でっせ?自重しろよリア充がばくはつしてしまえ。あ、でも俺も一応リア充か。過去形だけど。
すると、下層側の入り口から六人のプレイヤーが入ってきた。キリトも一瞬警戒していたが、そのパーティーのリーダーを見ると肩の力を抜いた。
「おお、キリト!しばらくだな」
「まだ生きていたか、クライン」
クラインというプレイヤーとの面識はないが、キリトから話を聞いたことがある。確か《風林火山》というギルドのキルドマスターで、ゲーム開始直後に知り合ったらしい。まあ、一度ラフコフ討伐作戦で見かけたんだけどね。でもキリトとは別の部隊らしかったから会ったことないけど。
キリトの方はクラインをいじって遊んでる。うん、俺が言えたことではないけどお前も結構えげつねえなおい。
「キリト君、《軍》よ!」
アスナの視線の先には重装備の部隊らしきプレイヤーが計12人。先頭に立っていた男があとの11人を下がらせ、キリト達の前に現れた。
「私はアインクラッド解放軍所属、コーバッツ中佐だ」
「キリト。ソロだ」
「君らはこの先まで攻略しているのか?」
「…………ああ、ボス部屋の前まではマッピングしてある」
「ではそのマップデータを提供してもらいたい」
「「「「!?」」」」
当然のように言ってくるコーバッツにキリト、アスナ、クライン、そして俺までもが驚いてしまった。
「手前ェ、マッピングの苦労をわかってるのか!?」
「我々はプレイヤーの解放のために戦っている!協力するのは当然の義務である!」
いや何言ってんだよお前アホか。んな義務なんてあるわけねーだろ軍とかいいおっさんがゲームのキャラになりきってんじゃねーよ気持ち悪い。ほら冗談はその辺にしておけの、アスナとクラインもキレそうだから。
「どうせ街に戻ったら公開しようと思っていたデータだ、構わないさ」
キリトは冷静だった。一応警告はしたが、コーバッツは聞く耳を持たず、そのまま軍の連中は奥へと進んでいった。流石に心配だったようで、キリト、アスナ、クラインと《風林火山》がその後を追った。まあ軍の奴らが死ぬのは目に見えているので妥当な判断だ。
「さて、どうするか」
一方、俺は追うべきか追わないべきか迷っていた。あのままでは軍の中から死人が出る。もしかしたらキリト達が巻き込まれる最悪の事態もあるわけだし、追いたいという気持ちもある。
しかし、追うとなると当然キリト達に遭遇することになる。そうなると、まあ気まずい。それに、俺があいつらを巻き込んでしまう可能性もある。それは避けなくてはいけない。
そして3秒悩んだ結果、
「……………やっぱ追うか」
何か、嫌な予感がした。いくらキリトの「あれ」があっても、今回ばかりは取り返しがつかないように感じてしまう。この不安を放っておいたらきっと後悔する。バッタリ会ってしまった場合はその時考えればいい。とにかく、これ以上あいつらを傷つけたくなんてないんだ。
そして俺はキリト達の後を追う。脳裏をよぎる最悪の結末を噛み殺しながら。
俺がキリト達を追いかけてから結構な時間が過ぎ、ボス部屋までもう少しといったところで、
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
ボス部屋から悲鳴が聞こえてきた。声からするとおそらく軍の悲鳴だろう。キリト達ではなくて少しホッとするも、危ない様子なのは確かなので隠れて様子を見る。
おそらくキリトの忠告を無視してボス部屋に入ったんだろうし結果は見えていたけどこれは酷すぎる。
床からは青い炎か吹き上げ、その向こうからは青い悪魔のような姿をしたボスモンスターがそこにいた。その名も《ザ・グリームアイズ》。山羊の頭と右手の巨剣が特徴的なそのモンスターが逃げ回る軍の部隊を追いかけていた。一応軍の連中を数えてみるが、2人足りない。今の様子からして、既に死んだようだ。
そしてキリトが転移アイテムの使用を指示するも、ボス部屋が《結晶無効化空間》で転移結晶は使えないようだ。まあ使えるならとっくに使ってるだろうし。
「全軍…………突撃………!」
「ばっ……………」
まさかの全軍突撃。HPが2割しかない奴もいるのにコーバッツは何を考えているんだ。どう考えてもこの判断はありえない。ただの自殺行為だ。
そして悪魔に慈悲などなく、青白いブレスを放ち動きを鈍らせる。すかさず巨剣で一人のプレイヤーをすくい上げるように斬り上げる。そのプレイヤーはイカれた指示を出したコーバッツ本人。
「─────有り得ない」
落下したコーバッツはそう言い残し、砕け散った。そしてリーダーが殺された軍のパーティーはたちまち瓦解する。全員HPがほとんど残っておらず、このままだとコーバッツと同じ末路を辿ることになる。
「だめ──────ッ!!」
その光景に耐えられず、アスナが飛び出す。グリームアイズの背後から攻撃するも、HPはほとんど減っていない。しかもグリームアイズの狙いがアスナに切り替わった。アスナに巨剣が振り下ろされる刹那、
「アスナ─────ッ!!」
キリトが間に飛び出し、剣の軌道をわずかに逸らす。キリトのステータスをもってしてもそれが限界とは、どんだけ筋力あるんだよこいつ。風林火山の連中が軍を外に出そうとするも、悪魔が中央に陣取っているせいで動けずにいる。絶望的な状況だ。
もうこれ以上は耐えられない。最悪あいつらにバレてもこの状況をどうにかしないと
「アスナ!クライン!十秒持ちこたえてくれ!」
…………と俺が飛び出す前にキリトが二人にそう伝えると、左手でウィンドウを操作する。そしてオブジェクト化したのは、もう一本の片手剣。通常二本同時に扱うことなど決してないのだが、限にキリトは今そうしている。
そしてキリトがアスナとスイッチし、グリームアイズの目の前に飛び出す。振り下ろされる巨剣を右手の剣で受け、左手の剣で胴に一撃を与える。初のクリーンヒットに、敵のHPが目に見えて減少した。
これはおそらくキリトのエクストラスキルだろう。こんなスキルはアルゴも知っていないようだったし、おそらくユニークスキルというものだろう。《二刀流》、とでも言うべきだろうか。しかしこんな切り札があるとは、本当にこいつは底が知れないな。
そしてキリトが怒涛の連撃を放つ。おそらく二刀流専用のソードスキルだろうその攻撃は、グリームアイズの体に叩き込まれる。そして連撃はグリームアイズのHPを一気に削り取り、キリトの咆哮と共に放たれた最後の一撃が奴の胸を貫くと、グリームアイズの絶叫が部屋の外まで響く。そのHPの表示は、0。
「やったか…………………」
0になったHPを見て、俺は安堵する。キリト達がやられるという最悪な結末を想定して飛び出す準備をしていたが、どうやらその心配は杞憂だったようだ。とりあえずもうしばらく様子見を……………って、あれ?
「どうして…………消えないんだよ………」
グリームアイズは消えることなく、そこに立っていた。HPが消えたなら、ポリゴンとなり消えるはず。なのにどうして、こいつはそこにいるんだよ。
キリトもこの状況を驚愕の表情をはじめとする浮かべている。そりゃそうだ、自分が今倒したはずの敵が倒れてないのだから。するとそのままキリトは倒れ込む。おそらく二刀流で無理をしたせいだろうが、やはり心配だ。アスナとクラインも近寄ろうとする。この様子だと俺は必要ないと判断し、その場を立ち去ろうとする。
だが。
「ゴァァァァァァァアアアアア!!!」
「なっ!?」
本来そこには存在しないはずなのに、そいつは、そこに立っていた。
「えっ!?」
「何ぃっ!?」
アスナとクラインも思わず立ち止まる。それもそのはず、倒したはずのグリームアイズが動き出したのだ。まるで何もなかったかのように、巨剣を持ち上げ咆哮した。その咆哮が空気を震わせる様子は、絶望を表しているようだった。
しかしおかしい。何故倒したはずのグリームアイズが動いている。確かにHPは0になったはずなのに。そう思いHPを見てみると。
「なんだよ…………あれ」
HPのかわりに、5:00の表示が。そしてその表示か4:59に変化した瞬間。
キリトへと、巨剣が振り下ろされる。
「危ないっ!!」
アスナがキリトを抱えて離脱。間一髪で攻撃を避けたものの、体制を崩し倒れ込む。キリトは気を失ってはいないが意識が朦朧としていて、とても戦闘できる状況とは言えない。
おそらく、あの数字はカウントダウン。死してなお足掻く悪魔の最後の抵抗。きっとこの時間がゼロになれば奴は死ぬだろう。しかし、逆に考えればその間奴は不死身になるのだ。それに加えて、キリトは行動不可能。まさに絶体絶命だ。
急いで助けなければいけない。それは分かってる。分かってるのに、体が動かない。見えない何かに縛られているかのように、固まってしまう。
いや、動けない理由は分かっている。俺がキリト達を恐れているんだ。このまま向かえば、またあの時と同じ過ちを繰り返してしまうだろう。それが怖い。キリト達に拒絶されるのが怖い。…………また、大事な人の死を目の当たりにするのが、怖い。それが、俺を縛り付ける。このまま逃げてしまえと、囁く。
その声はどこまでも甘く聞こえて、俺はその声に
「……………っ!!」
左腕を、ナイフで刺した。すると、囁く声はどこかへと消えていった。もう少しで全てから逃げてしまうところだった。弱い自分に反吐が出る。何逃げようとしてるんだよこのクズ。だから何も守れないんだよ、お前は。
この場から逃げようという囁きに、俺は傾きかけていた。そうして全てを忘れれば、きっと今まで通りに独りで生きていける。もう人の死ぬ瞬間を見なくて済む。大切な人が消えていく絶望を味わうこともない。そう思ってしまった。一瞬でもそう考えてしまった自分が憎くてしょうがない。
「『目の前で死なれるのが怖い』?『もし死なずにすんだとしても拒絶されるのが怖い』?ふざけるな!!そうやっていつも間違ってきたのはどこのどいつだよ!?そうして目を逸らしたところで何も変わりはしないことを、お前が一番分かってるはずだろうが!!!」
一通り自分を罵倒したところで、俺は走り出す。そして左手でウィンドウを操作し、一つのアイテムを取り出す。
「…………そうだよな、ニーナ」
あの日、俺達は約束したんだ。絶対に「忘れない」って。お前と過ごした時間も、お前を殺した罪もずっと忘れない。全部背負って生きていく。そうして償うからって。
「絶対に、忘れない。それが、どれだけ辛くて苦しいものだとしても」
取り出したアイテムは、あの日の約束の証。思い出の花とニーナの遺したものの全て。その全てが、この花弁のような結晶の中にある。その結晶が今、俺の手の中で脈動している。
「そのためにも、あのふざけた悪魔をぶっ殺す」
キリト達に拒絶されようが関係ない。今度こそ、俺は間違わない。大事な人を守りたい。そのために、俺は殺す。目の前の悪魔も、弱い自分自身も。
「………………いくぜ、ニーナ」
その言葉で、手にした結晶が輝く。紅蓮の閃光に包まれた結晶が、一つの形に姿を変える。
その感覚を確認し、ボス部屋に飛び込む。目の前には倒れ込んでいるキリトとアスナ、そしてそこに剣を振り下ろそうとしてる憎き悪魔が。絶望的状況だが、それでも俺は止まらない。敵だろうが絶望だろうがぶっ殺してやる。もう、何も奪わせはしない。
俺はキリトと悪魔の間に入り込み、目標を見据える。グリームアイズは標的を俺に変更したようで、その剣の切っ先がこちらに迫ってくる。だが、迫り来る死の恐怖ですら今の俺にはどうでもよかった。
目の前の悪魔は制限時間内は死なない?だからどうした。そんなの、
さあ、告げろ。あの日の愛する人との約束を。その証の名を、今。
「────────
紅蓮の極光が、絶望を穿つ。
お読みくださりありがとうございました。
今回はvsグリームアイズさんでしたが、オリジナル設定を含ませているので原作とは別物です。オリジナル設定と一応タグはやっていますが、何卒ご理解の程よろしくお願いします。
あと、更新が遅れてしまい申し訳ありません。一度書き上げたのですが、なんか変だったので全部消して書き直しました。それでこんなに遅くなったくせにこの程度の文です。本当にごめんなさい。
それでも今回も読んでくださりありがとうございました。感想、指導などお待ちしております。