「……………どうしてこうなった」
目を覚ましてから数日、俺は新たに開通になった第75層の主街区《コリニア》に来た。現在位置は転移門の前にある巨大なコロシアム。どうしてそんなとこにいるのかって?ハハハ、察してくれ。
「まあいいじゃない、仮面の行商人を売り込むチャンスじゃない」
「そうそう、商売する上で名前を売るのは大事なことだゾ?」
リズとアルゴが頭を抱え嘆いている俺を慰める。やっぱ訂正、煽ってくる。もう「まさに愉悦」と言わんばかりの表情で煽ってくる。2人にやり返したいが、今はそれどころじゃない。
「ホロウ…………、一緒に逃げないか?」
「お前も死にそうな顔してるなキリト。だが逃げられると思うか?」
キリトも俺と同じく死にかけの顔で溜め息をつく。いつものキリトからは想像も出来ない表情を是非ともネタにしたかったのだが、俺も同じ状況なのでそこはKY(空気読んどこ)。
ちなみに、なぜ俺達が死にそうな顔しているのかというと、全部あいつのせいだ。
「許さねえからな、《ヒースクリフ》」
時を少し遡り、ここまでの経緯を説明しよう。
俺が目を覚ました日に、アスナからとんでもないことを言われたのだ。
「団長が、ホロウ君と立ち会いたいと言っている」って。
アスナの所属しているギルド《血盟騎士団》の団長といえば、ご存知の通りSAO最強のプレイヤーと名高いあの男。その名はヒースクリフ。神聖剣というユニークスキルを持ち、攻略ギルドの頂点に立つ彼は、現時点で最強のプレイヤーだろう。そんな彼に呼び出された俺は、アスナの案内のもと血盟騎士団の本部の中に入る。
しかし、どうして俺がヒースクリフに呼び出されるのだろうか。別に何かやらかしたわけでもないし、血盟騎士団にケンカを売ったわけでもない。奴との接点が何もないのに、どうして俺を……………
「ホロウ君、ここよ」
考え事をしていて前を見ていなかったので、全く気がつかなかった。アスナの声で顔を上げると、そこには鋼鉄の扉が。
「それじゃ、開けるよ」
「いや、大丈夫だ。ここから先は一人でいくよ」
そう言うとアスナは少し心配そうな顔をした後、少しだけ微笑みを見せながら道を引き返していった。その背中を見送り、正面の扉に目を向ける。そしてノック……………とかいいやめんどくせえ。半ばやけくそになった俺は、両手で勢いよく扉を開ける。そこには、予想通りの男が。
「待っていたよ、仮面の行商人」
「会いたくなかったぜ、ヒースクリフ」
嫌味を言ってみるも、ヒースクリフは全く動じない。平然とそこに君臨する姿は聖騎士の名に恥じぬものだ。こうして対峙しただけで圧倒されそうになるが、平然を装い切り出す。
「いきなり呼び出すなんてどうしたんだ?訪問販売なんてやってねーぞ」
「やっていないのか、それは残念だ。しかし、呼び出した理由は別にある」
「あっそ。それで、俺を呼び出した理由は?」
俺の問いにヒースクリフが返した言葉は、あまりにも衝撃的だった。
「私と戦ってくれないか」
…………………はい?
「ホロウ君、君にデュエルを申し込む」
ヒースクリフは真っ直ぐこちらを見据え、不敵な笑みを見せる。「してやったぜ」と言わんばかりの表情がとてもウザい。というかそれどころじゃない。どうして俺が、ヒースクリフとデュエルをしなくちゃいけないんだよ。
「目的は二つ」
戸惑いを隠せない俺をよそに、ヒースクリフが続ける。
「一つは、プレイヤーの志気を高めるためだ。この意味、君なら理解できるだろう?」
確かにこいつの言っていることは正しい。
この世界に囚われてから長い時間が経ち、プレイヤーが「慣れてしまっている」のだ。その証拠に、攻略のスピードが目に見えて落ちている。確かに攻略ギルドの長としては見過ごせない問題だ。そこでレベルの高い戦いを見せて攻略への意欲を高めようということだろう。
「そしてもう一つ。君の戦いに興味があるからだ」
うん、こっちの理由はさっぱり分からん。
「というか、どうして俺なんかに興味を持ったんだよ」
「74層のボス戦の様子を聞いて驚いたよ。暴走状態になったグリームアイズを君がたった一人で殺し続けただなんて、とても信じられないよ」
嘘つくな、お前だってそのくらいやれるだろ。俺を評価してるのかけなしてるのか分からないのが更にムカつく。
「そんなプレイヤーと戦いたいと思うのは、とても自然なことだと思わないか?」
「というか、それならキリトと戦っとけよ。別に俺じゃなくていいだろ」
「彼とは既に戦う約束をした。アスナ君を賭けてね」
そういや、アスナがギルドを少し離れたいとか言ってたな。その条件としてデュエルを申し込んだとなれば、キリトは受けるしかないだろうな。
でも、俺にはこの戦いを受けるメリットが無い。正直こいつとは戦おうとも思わないし戦う理由もない。ヒースクリフしか得しない話を誰が受けるというのか。
「なんだ、俺には何も用意してないのか?」
相手の神経を逆撫でするような言い方をしてみるも、奴の表情は崩れない。こういうタイプの人間は苦手でしょうがない。すると、ヒースクリフが口を開く。
「なら、賭けをしよう」
「賭け?」
「そう、お互いに利益のある物を賭けようじゃないか」
賭け、か。元々向こうにしかリターンがない状況で賭けを提案する奴に怒りを覚えたが、これはチャンスだ。俺が奴へいい条件を提示すれば、奴もそれと同等の条件を提示するはずだ。元々奴にしかメリットのない話だし、交渉に関してはこちらの方が有利だ。
「賭けっていうのなら、当然それに見合った対価を支払ってくれるんだよな?」
「無論、そのつもりだ」
「なら、俺が負けたらこのギルドに入ってやる」
ピクッと、少しだけヒースクリフの表情が動いた。明らかに奴は動揺してるはず。今が攻め時か?
「俺の力も、テイムしたモンスターも、ユニークスキルもあんたのものだ。物資だって安価で大量に供給してやるよ」
無論、こちらはこんなことするつもりは無い。こんな奴の下でなんか絶対に働きたくないでござる。しかしこれだけの条件を提示するとなると、奴とて動揺を隠せまい。
「ありがたい提案だが、遠慮させてもらおう。団員にはキリト君を引き込むつもりだからね」
くそっ、大きく出すぎたか。ここは少しずついくべきだったか?いや、それならそれで奴のいいようにされてしまうだろうし。結局ダメだったか。というかキリトの被害が尋常じゃない件について。
「だが、君の力は魅力的だ。私が勝ったら、次のボス攻略に参加してもらうことにしよう」
なるほど、そうきたか。まあその程度で満足するならそれに越したことはないけど、賭け金を低くした分こちらのリターンも少なくなってしまう。そこは残念だが、こちらの被害があまりないということで妥協しよう。
「まあ、それでもいいや。じゃあ俺は……………」
こちらからは何を要求しようか。血盟騎士団での権限?いや、さすがに高望みか。じゃあアイテムか?それじゃあ割に合わないから却下。となると………
「悩んでいるのかね?」
ヒースクリフがこちらを覗き込む。その目が全てを見透かしているようで、不快で仕方がない。
「まあね。元々そっちにしかメリットのない話だし、どのくらいぶんどれるか考えてたのさ」
「確かに、それもそうだな。となると……………」
まあ最悪、キリトが負けた時の保険としてアスナとキリトの一時退団の許可にでもすればいいか。流石のキリトも、神聖剣が相手となると厳しいだろうし。さて、ヒースクリフはどう出る?リスクはあまり犯さないとは思うけど……………
「では、私の情報というのはどうかな?」
「…………!」
ヒースクリフは、賭け金として自分自身の情報を出してきた。意外だったので少し驚いたが、混乱する頭をなんとか整理して考える。
血盟騎士団のトップの情報。ならばそれは秘密にしているはずだ。実際アルゴもこいつの情報はあまり持ってないし、高値で売れるだろう。その情報を使って血盟騎士団に対して有利に交渉だって出来る。こいつはなかなかいい景品なのか?いや、「どこまで情報を明かすか」ということを明言してないし、ここは退くべきか?どうするか………
「情報、ってだけならアバウトすぎるな。どの程度の情報を明かしてくれるんだ?」
「無論、全てだ」
…………こいつ、マジかよ。
「私のステータス、スキル、所持品、そして現実世界での情報も明かそう。その情報は自由に使ってもらって構わない」
何じゃそりゃ。こんなの俺への要求と全然釣り合わないじゃないか。俺へのリターンを求めてくるに違いない。情報自体は喉から手が出る程欲しいが、さすがにリスクが高すぎる。
「それじゃあ釣り合わないだろ。情報3つが妥当じゃねーか?」
「…………君がいいのなら、それでいいが」
どこか納得のいかない様子のヒースクリフ。「私のことを知ってほしい」とかそういうの?というかそれホモじゃないですかヤダー。
「しかし、今は私が君にお願いしている立場だ。これでは不公平だ」
なぜそこまで。ますますこいつの真意が分からなくなってきた。そこまでして俺と関わることにこだわるんだ?奴の言った理由はわからんでもないが、それならキリトと戦えば十分なはずだ。それなのに、どうして。
「ホロウ君、私は君を評価している」
突如、ヒースクリフが語り始める。
「74層のボス戦ではあの化け物を一人で殺し続け、ラフィンコフィン討伐作戦でも敵を欺き、部隊の被害を最小限に抑えてくれた」
確かに、グリームアイズを殺したのは俺だし、ラフコフ討伐作戦でも俺が大半を殺したから部隊の被害は軽微なものだった。それは、ある程度知られている情報だ。
「しかも、第1層の孤児院への援助もしているらしいじゃないか。こんな世界でそこまで他人に親切にできるとは、尊敬に値するよ」
こいつの言っていることは真実だ。はじまりの街にある教会で、行き場のない子供を保護している《サーシャ》という女性がいる。俺はその女性に資金や食料を無償で提供している。きっかけはもう忘れてしまったけど、援助は今も続けて…………って、あれ。
「……この情報は、誰にも明かしてない。なのに、どうして」
そう、これは俺とサーシャさんしか知らない情報なはず。キリト達はもちろん、アルゴですら知らない情報を
「もう一度言おう。私は君を評価している。誰の助けも借りず、
「っ!?」
おい待て、どうしてこいつがニーナのことを知ってるんだよ、キリト達以外には話してないし、あいつらが誰かに話すなんて考えられない。アルゴがこの情報を拡散していないことも確認済みだ。こいつが知ることなんてできないはずだ。なのに、どうして
「どうして、それを」
「どうして、か。いいだろう、報酬の前払いということで一つだけ教えよう」
ヒースクリフが歩み寄ってくる。そして言い放ったその一言はあまりにも衝撃的なもので、俺の思考をいとも簡単に吹き飛ばした。
「私が、
それからのことは、あまり覚えていない。アスナの声で意識が戻ると既に奴の姿はなく、その空間だけ時間が切り取られたように思えた。それからしばらくの間、何もできなかった。奴の言葉だけが頭の中でリフレインして、他のことを考える余裕なんてなかった。それだけ重い真実を知り、少しばかり打ちひしがれていたのだろう。だが、それももう終わりだ。ただ単にやるべきことが見えただけのことじゃないか。なら、後は分かってるよな?
そして現在に至る。コロシアムでは、キリトとヒースクリフの決闘が始まろうとしていた。俺の出番はキリトの後なので、今は高みの見物というわけだ。リズやアルゴが色々話しかけてくるが、今はそれどころではなかった。
奴は、何故俺に正体を明かした?奴が茅場晶彦だというのは、サーシャさんとの関係やニーナの死を知っている時点で確定している。奴は本物であり、このゲームのラスボス。ならば、やることなんて決まってる。
俺は、この世界を終わらせる。仲間をこのデスゲームから解放するために、この世界に終止符を打つ。だから、俺は。
「お前を殺すぜ、茅場彰彦」
その言葉は誰かの耳に届くことなく、コロシアムからの歓声にかき消された。
今回もお読みくださりありがとうございました。
ヒースクリフが大好きで、だからこそしっかき書きたいと思ったのですがこのザマです。泣きたいです。もういっそのこと文章を誰かに書いてほしいです。まあそうしたら私は要らないんですけどね。
次回はもっとうまく書けるように頑張ります。それでは失礼します。