「キリト君、大丈夫………?」
「もう大丈夫だよ、アスナ」
心配そうに声をかけてくるアスナに、俺はそう答える。目の前では、ホロウとヒースクリフのデュエルが繰り広げられている。
「へー、あいつってあんな戦い方するんだ」
「AGI意外興味のない奴だからナ」
「ホロウさん、頑張ってー!」
リズは初めて見るホロウの戦い方に感心し、アルゴが補足していく。シリカはコロシアムの歓声に負けないように応援している。エギルとクラインは何か話しているようだったが、歓声のせいでよく聞き取れない。
俺もホロウの戦いを見たいし、応援もしたい。しかし、頭の中にある一つの疑問がいつまでも俺の頭から離れなかった。
その原因は、先程のデュエルでのこと。あの時、確かにヒースクリフのガードを剥がし、俺の一撃がヒースクリフに届いた………はずだった。
その瞬間、ヒースクリフの周りが止まったような気がした。いや、止まったのだ。本当に一瞬だけ、全ての時間が奴に奪われたのだ。世界が静止した中で奴は盾を引き戻し、俺の攻撃を防いだ。観戦者には分からないだろうけど、俺はこの違和感を直に感じた。たからこそ、この異常性に気づくことができた。
奴は、一体何者なんだ?あんな動き、プレイヤーにできるはずがない。神聖剣の能力にも、あんな力は無いはずだ。だったら、あいつは一体…………………
「黙、レェェェェェェェェェェェェェ!!」
突然聞こえた絶叫に無理矢理意識を戻され、その声の主に視線を向ける。
「ホロウ…………さん?」
「いきなりどうしたのよ、あいつ…………」
あの声は、ホロウから発せられたようだ。獣の咆哮のような絶叫に驚いたのか、歓声を送っていたギャラリーはすっかり黙ってしまった。コロシアムの中に沈黙が流れる。
しかし、ホロウは何故あんな声を?あいつがこんなことするとは思えないし、そうする奴じゃないことは分かってる。なら、何が彼をそうさせたのか。考えても、答えは見つからなかった。
「ホロウ君、何か喋ってない……?」
アスナはそう言ってホロウを指差した。口元を見ると、確かにヒースクリフに何か言っているようだったが、周囲の雑音のせいで聞こえない。
するとホロウが何か取り出した。武器…………とは何かが違う。何だろう、花のような結晶を持っている。………待てよ、どこかで見たような…………
「あれ、この間見せてくれた武器ですよね………。確か、みおそてぃす?だったような…………」
シリカもうろ覚えなのか、はっきりとは言えないようだ。でも答えには辿り着いていた。確かにホロウが持ってる武器はMyosotisで……………
「…………って待て!何でMyosotisを持ってるんだよ!?」
驚きと焦りのあまり声を荒げてしまった。皆の視線が俺に集まるが気にしている余裕なんてない。あいつがMyosotisを使おうとしていることが、どんな結果をもたらすのか、俺には理解できてしまった。
あいつの話が本当なら、Myosotisを使えば使うほどあいつの脳は破壊されていく。しかも、グリームアイズとの戦闘で能力を使ったせいで、あいつの脳はかなりのダメージを負っている。そんな状況であんな力を使ったら。
「待って!あんな力を使ったら、ホロウ君は…!」
アスナが危惧するように、おそらくホロウは死ぬ。HPが0にならずとも、ナーヴギアに脳を焼かれてしまう。そうなるのは目に見えていた。
だからこそ、約束したはずなのに。
試合前、俺達はホロウに「Myosotisを使わない」ように約束させ、ホロウも承諾した。それこそ、ホロウが無茶をして最悪死んでしまわないように交わした約束だった。なのに、どうしてあいつは今、Myosotisを使おうとしているのか。
あいつが約束を破るだなんて、そんなことはあり得ない。あいつだって能力のことは理解しているし、だからこそ約束の意味もちゃんと分かってるはずだ。だからこそホロウは約束を守ってくれると思っていた。なのに、ホロウは約束を破った。
しかし、よく考えるとホロウがMyosotisを使う意味など無いはずだ。この戦いで何を賭けたかは本人から聞いているけど、そこまで重要なものではない。しかも、これだけ大勢の前でわざわざMyosotisを晒すほどあいつも馬鹿じゃない。となると、今ここでMyosotisを使うメリットは無いことになる。…………何か、使わなければいけないほどの理由があるのか……
「何でよ!使わないってちゃんと約束したじゃない!!」
「ホロウ、使っちゃダメダ!!」
皆が必死に叫ぶが、その声が彼に届くことはなかった。でも、ホロウが口にした一言が、願ってもないのに俺達に届いた。
「It's, Show time.」
無情にも、真っ赤な花が咲いた。
「……………それが、Myosotisかね」
ヒースクリフは興味深そうにMyosotisを見る。そもそもデザインしたのはこいつなのに、どこが興味深いというのだろうか。そもそも、まだMyosotisを起動しただけであって形を変えたわけでもない。紅い光こそ放っているものの、形は結晶のままだ。
「しかし、剣の形に変えなくてもいいのかい?そのくらいの時間なら待ってあげよう」
ああ、余裕こいてる態度に腹が立つ。あのいけ好かない顔も、全てを支配して満足しているような眼球も、あらゆる想いを拒み続けてきた盾も。………………ニーナを侮辱したあいつの全てに腹が立つ。
「………返事は無しか。ならば、こちらから行かせてもらう」
痺れを切らしたのか、ヒースクリフがこちらへと接近してくる。盾を持っているようには思えないほど速く、そして少しの隙も見せずに敵の懐へ潜り込む様は、流石アインクラッド最強といったところか。
ヒースクリフはその勢いを乗せた突きを繰り出す。そんなヒースクリフの攻撃に対して俺は無防備。ギャラリーからして見れば「何やってんだこいつ」と思ってるだろう。心配しなくても、その程度の想像なら簡単にぶっ殺してやるよ。
「──────《オートクレール》」
その声と共に、Myosotisが紅い光を纏う。その光が消えたと思うと、そこには身長ほどもある分厚い巨剣が存在していた。名前の通り、生前のニーナが使用していた両手剣の姿のその剣を、片手で持ち上げる。ミオソティスの効果で、皆無に等しかった俺のSTRは異常な値にまで膨れ上がり、この巨剣を片手で扱うほどにまでなった。
そして、オートクレールを片手に走り出す。これだけの巨剣を持ちながらも、気が狂ったように上げ続けたAGIにミオソティスも上乗せされ、ヒースクリフとの距離を一瞬でゼロにする。
「っ!?」
驚きの表情を浮かべるヒースクリフだったが、すぐさま剣を突き出す。不意を突かれても冷静に対象するとは、流石はラスボス。そうかなくっちゃ。ま、それも意味のないことなんだけどね。
ヒースクリフの剣に、右手に握ったオートクレールをぶつける。上昇したSTR、助走の勢い、オートクレールの重量も相まって、ヒースクリフの体はいとも簡単に吹っ飛んだ。壁に衝突することでようやく停止したようだが、その衝撃はかなりのものらしく。
「が…………っ」
衝撃の強さに顔を歪めるヒースクリフ。直接体を斬ったわけではないので、そこまでHPの損傷は無いだろう。しかし、かなりの勢いで吹っ飛ばされ、壁に打ちつけられた衝撃は、奴にとってはかなりのダメージとなったようだ。
しかし、殺すつもりで振り下ろしたのにそんなにダメージが入ってないことは意外だ。武器だって普通折れる。ま、そこはラスボスの特別製ということで。
「なんだ、今ので死んだと思ったのに」
「なんて…………力だ…………」
「いやいや、お前が創ったもんだろーが。知ってたろ」
悪態をつけなくなっていることから、奴の焦りが読み取れる。してやったりと、心の中でガッツポーズを決めておこう。
しかし、これで倒したと思ったのになぁ。壁に打ちつけられた衝撃は結構なものだったが、それでもヒースクリフは倒れない。盾で剣は防いでいたので損害も軽微。まだまだ余裕そうなので安心した。この程度で倒れていては困るからな。
「最低、4回は殺しておかないとなぁ……………」
そのくらい殺しておかないと俺の気が済まない。ニーナを侮辱した罪はこんなもんじゃないが、HPが切れるまでに殺せる回数は限られている。だから、この程度でへばってくれるなヒースクリフ。もっと、殺させろよ。もっと、その表情を歪ませて、俺を悦ばせろ。
「……………………あれ」
自分の思考に違和感を感じ、左手で口元に触れてみる。その感触ですぐに理解した。
──────愉しい。
俺の表情は酷く歪んでいた。殺戮の快楽に溺れ、殺しを愉しむその姿は、大嫌いな殺人ギルドのようだろう。それほどに、俺の口元は歪んでいた。
自分では認めたくない感情。必死に否定しようとしても、俺の表情は更に歪んでいく。自分の感情とは別に体が反応する。……………いや、分かってる。これが、俺なんだって。
そうだ、愉しい。最っ高に愉しいんだよ!!殺すのが、苦痛に歪む表情を見るのが、相手の全てを奪うのが、たまらなく愉しいんだ!!やべぇよ!!!そうだ、俺はこっち側の人間だった。殺戮の快楽を欲する、世間から「
「俺のために、殺す」
ニーナを侮辱されたことも、皆をこのゲームから解放することも確かに大事な目的だ。だけど、きっと、それだけじゃない。自分の欲求を満たすために、渇きを潤すために、俺はこいつを殺す。俺の、勝手な都合で。
「………きひっ」
もう、いいか。理由なんてどうだっていい。溺れよう。この感情の奔流に。
そして俺は、戦いに身を投じる。
目の前では、ホロウがヒースクリフを圧倒している。Myosotisの花が咲いた瞬間から、ホロウがヒースクリフを一方的に蹂躙している。盾で防ぎ続けているが、それでもMyosotisを止めるには至らない。あの神聖剣ですら止められないとなると、あいつを止められるものなんて、もうないのではないだろうか。それほどに、ホロウの戦いは凄まじいものだった。
「………………………」
それでも、俺たちは絶対に目を逸らさない。ホロウを突き動かしているものが何だろうと、「ホロウの全てを受け止める」って決めたんだ。もうあの時みたいに逃げたりなんかはしない。絶対に。
「頼む………勝ってくれ……………」
ホロウが何の考えもなしにあんな無茶をするだなんて思えない。きっと、何か狙いがあってのことだろう。そうでなければMyosotisを使うなんてことしないはずだ。……………きっと、そうだ。そう信じたい。
パキン。
ふと、何かが割れるような音が聞こえた。理由は、すぐに理解できた。
ホロウの仮面が、割れた。
仮面の半分が欠けたのが見えた。そこから覗くホロウの眼を見て俺は確信した。きっと、皆もそうだろう。
「やっぱり、お前はそういうやつだよな」
仮面の中に見えたのは、怒りや快楽で狂ったような眼。でも、その眼から流れる涙が、ホロウの優しさの証なのだから。
ああ、これは予想外だ。
Myosotisを使った時点で結果なんて見えていた。なのに、予想外の事態に陥ってしまったのは完全に俺のミスだ。
フェイカーが、欠けた。
あ、フェイカーってのは俺の仮面ね。装備すると全ステータスダウンする、ニーナの遺品で作った装備。でも、これだけ聞くと問題ないように聞こえるだろう。火傷を負っている顔の左半分は隠せているし、ステータスの減少も解除されるからよくね?と言われるだろうけど、というか実際そうなんだけど、それが問題なのだ。
Myosotisとフェイカーは繋がっている。
言い方がややこしいし、簡単に説明すると、「フェイカーがMyosotisを制御している」のだ。
フェイカーのステータスダウンはただの副産物であり、Myosotisの制御こそが本来の役割。Myosotisの力をそのまま解放してしまえば、10秒と保たずに使用者を死に至らしめる。その力を抑え、扱えるレベルに抑えつけなければ、俺はとっくに死んでる。それほど、フェイカーの持つ役割は大きい。
だからこそ、フェイカーが欠けたのは大きな問題だ。
欠けただけだから、まだフェイカーは機能している。しかし、フェイカーの耐久力が半分になると、当然その効力も半分になる。つまり。
Myosotisの毒が、俺を蝕む。
「がぁ…………っ」
グリームアイズと対峙した時以上の苦痛が脳を駆け巡る。これ以上続くと、意識だけでなく命まで持って行かれてしまう。今すぐにでも対処しなければ。
真っ先に、Myosotisを巨剣の《オートクレール》から片手剣のデフォルトの姿《プロトタイプ》に戻す。火力は落ちるが、脳への負担は抑えられるはず。それにフェイカーの制御がほぼ無い以上、同等かそれ以上の火力は出るはず。
準備は完了した。速やかに次の行動に移る。
「殺られる前に、殺る!!」
もう後には引き下がれない。俺の命が尽きる前にヒースクリフをぶっ殺す。使う必要はないと思っていたが、仕方がない。今出せる最大火力をぶっ放して決着をつけてやる。
「ナイトメア・イローション」
繰り出すのは《ナイトメア・イローション》。相手を殺すまで終わらない悪夢をヒースクリフに向けて放つ。
しかし、ヒースクリフは笑っていた。
おそらく、俺がソードスキルを使用するのを待っていたのだろう。自分がデザインした技なら、対処できると考えたのだろう。確かにその通りだ。攻撃回数が無限とはいえ、決められた軌道でしかソードスキルは発動できない。つまり、奴は技の全てを知っていて、どうすればいいかを理解している。相変わらず、厄介な奴だ。
予想通り、俺の繰り出すソードスキルをヒースクリフは防いでいく。奴の顔にはいつの間にか余裕が取り戻されていた。勝った、とでも思ったのだろう。
「でも、それは失策だったな」
「………………!?」
徐々に、ヒースクリフの反応が遅れる。ギリギリで防いでるものの、こちらへと攻撃する余裕なんて持ち合わせていないだろう。奴の表情からも余裕が消え、焦りが見え始めた。
なぜ、こうなったのか。説明しなくてもわかるだろ?
ヒースクリフとて人間であり、一人のプレイヤーなのだ。限界がないなんてあり得ない。いくら攻撃の軌道を理解しているからって、異常な強さの攻撃を何度も何度も受け続けたらそのうち限界が訪れる。しかも、ナイトメア・イローションは
「ぐっ……!」
Myosotisと盾が衝突すると、ヒースクリフの持つ盾が大きく弾かれた。右斜め上に大きく振られた盾はもう戻せない。つまり、がら空きだ。
すかさず踏み込み、左斜め下から斬り上げる。これで俺の勝ち……………と思った瞬間、予想通りの展開になる。
ヒースクリフが、システムのオーバーアシストを使ったのだ。
時間が止まったようなこの感覚は、キリトとの戦いで感じたものと全く同じだった。コマ送りのように、ヒースクリフの盾が引き戻されていく。そして何事もなかったかのように、ヒースクリフは盾を構えていた。
だが、これを待っていた。
「オート……………クレール!!」
Myosotisが巨剣へと変貌し、ヒースクリフの盾へと襲い掛かる。あらん限りのSTRとオートクレールの圧倒的な重量が、引き戻された盾を容赦なく弾き飛ばす。ヒースクリフの手から離れた盾は、宙を舞ってその後落下。地面と盾が衝突する乾いた音が無常に響く。
「いっけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
丸腰になったヒースクリフに、最大限の力を込めた一撃を放つ。集中しているせいか視界がスローモーションに見えるが、ヒースクリフの喉へと向かってMyosotisが吸い込まれていくのは見て取れる。ヒースクリフの喉元まで迫ったMyosotisを確認し、俺は勝利を確信した。そして、このまま剣がヒースクリフを貫く
かと思ったその時、それは聞こえた。
「すまない」
瞬間、Myosotisが霧散する。
「っ!?」
ヒースクリフに迫っていた刃が消失したのだ。俺の手元にはMyosotisの原型である花の結晶が残されていた。
「どう、して」
わけが分からなかった。今、確実にヒースクリフを殺ったという確信があった。なのに、突如Myosotisの能力が解除された。…………何が起こったか理解できない。
Myosotisの耐久値がゼロになった?いや、そもそもMyosotisに耐久値なんて存在しない。では、俺の限界が来たのか?これも違う。脳への負荷はあるものの、戦闘不能になるまでの負荷はかかっていない。じゃあ、一体どうして。……………まさか。
「本当に、すまない」
「てめぇ、まさか…………」
ヒースクリフの表情は、本気で謝罪をする人間の顔だった。そこから一つの真実に辿り着くも、時すでに遅し。
「君の勝ちだ、ホロウ君」
ヒースクリフの剣が、俺を貫いた。
お久しぶりでごさいます。今回もお読みくださりありがとうございます。
大幅に遅れてしまい大変申し訳ありませんでした。何があったかは活動報告にて報告させていただきます。
ホロウ対ヒースクリフの戦いは、ヒースクリフの勝利で終わりました。相変わらず私の文章力が壊滅的なので、理解できない部分がありましたら苦情を言ってください。説明させていただきます。
今回もありがとうございました。次回もよろしくお願いします。